第43話 七十%達成
朝食を終えると、俺は庭のテーブルへ《スキル図鑑》を置いた。
【登録技能数 66/100】
七十%まで、あと四つ。
「今日は絶対に七十までいこう!」
ピクが図鑑の上へ降り立ち、元気よく拳を上げる。
「でも、その前に確認するものがあります」
ローズが、六十%の達成報酬が記されたページを指さした。
昨日は次々と技能を覚えることに夢中になり、詳しく確認できていなかったのだ。
【スキル図鑑の登録率が60%に到達しました】
【達成報酬を解放しました】
【任意の技能を三つ獲得できます】
【特殊能力《技能の手引き》を獲得しました】
五十%で得た技能三つも、まだ使わずに残してある。
【未使用の技能獲得権 六個】
「六個も好きな技能を選べるんだ」
ラベンダーが図鑑を覗き込む。
「ああ。だが、今はまだ残しておく」
「今回も?」
「必要な技能が見つからなかった時や、どうしても誰かを助けたい時に使いたい」
何が起きるか分からない。
すぐに使ってしまうより、いざという時の切り札として残しておいた方がいい。
「では、《技能の手引き》を試してみましょう」
ローズに促され、《技能の羅針盤》を開く。
【現在習得可能な未登録技能】
《陶芸》
《地図作成》
《清掃》
《洗濯》
《製粉》
《魔力循環》
続けて、《技能の手引き》を意識した。
すると、それぞれの技能の下へ新しい文字が浮かび上がる。
《陶芸》
【習得条件】
粘土をこね、自分で形を整え、焼き上げた器を完成させる。
【進行度 0%】
《地図作成》
【習得条件】
実際に歩いた場所の地形と目印を記録し、他者が利用できる地図を完成させる。
【進行度 70%】
《清掃》
【習得条件】
複数の汚れに適した道具と方法を使い分け、一つの場所を清潔にする。
【進行度 85%】
《洗濯》
【習得条件】
衣類の素材と汚れに合わせて洗い方を変え、傷めずに汚れを落とす。
【進行度 40%】
《製粉》
【習得条件】
穀物を乾燥させ、異物を取り除き、用途に適した細かさの粉へ加工する。
【進行度 0%】
《魔力循環》
【習得条件】
魔力を身体の一部へ集めず、全身へ一定の速さで巡らせ続ける。
【進行度 35%】
「すごい!」
ピクが文字の周りを飛び回る。
「なにをすれば覚えられるか、全部書いてある!」
「進み具合まで分かるのですね」
ピーチも感心したように眼鏡を押し上げた。
「これなら、手当たり次第に試す必要はありません」
「まずは一番進んでいる《清掃》からだな」
あと十五%なら、すぐに覚えられそうだ。
◇
俺たちは妖精工房へ移動した。
毎日使っているため、工房はピーチがきれいに整えている。
それでも作業台の隙間には薬草の粉が入り込み、窓の近くには細かな埃が残っていた。
「箒だけでは取れない汚れもあります」
ピーチが細い刷毛を渡してくれる。
刷毛で作業台の隙間から粉をかき出す。
床は箒で掃き、棚は乾いた布で拭く。
薬をこぼした跡には、水で湿らせた布を使った。
「同じ布で全部拭くと、薬の成分が別の場所へ付着してしまいます」
「なるほど」
用途ごとに道具を替え、工房全体を掃除していく。
最後に窓を開け、室内の空気を入れ替えた。
【《清掃》の習得条件を満たしました】
【新しい技能が登録されました】
《清掃》
【登録技能数 67/100】
「あと三つ!」
妖精たちが一斉に声を上げる。
「きれい!」
「ぴかぴか!」
「毎日これくらい掃除してくださいね」
ピーチが笑顔で言う。
「技能を覚えたから終わり、ではありませんよ」
「分かってるよ」
本当に少しだけ、図鑑を閉じたくなった。
◇
次は《地図作成》だ。
俺たちはこれまで歩いた場所を思い出しながら、大きな紙を広げた。
妖精の家を中心にして、森の入口、エルフの村、泉、薬草を採った場所を描いていく。
「森の中では、この大きな岩が目印になります」
ローズが岩の位置を書き加える。
「こっちには、牙猪がよく通る獣道があるよ」
ラベンダーは狩りで使っている道を記した。
ピーチも妖精露草を探した範囲へ印を付ける。
「危険な毒草が多い場所も書いておきましょう」
「それなら、近づいてはいけない場所だと分かるな」
距離だけではなく、目印や危険な場所も書き込む。
完成した地図をピクへ見せた。
「これを見て、森の泉まで行けそうか?」
「えっとね……」
ピクは地図の上を歩きながら、道をたどっていく。
「大きな木を右に曲がって、白い岩のところを左!」
「正解だ」
【《地図作成》の習得条件を満たしました】
【新しい技能が登録されました】
《地図作成》
【登録技能数 68/100】
「あと二つ!」
◇
昼からは《洗濯》に挑戦した。
冒険から帰ったあとの衣服には、土や汗だけでなく、魔物の血が付くこともある。
「全部まとめて水へ入れてはいけません」
ピーチが衣服を種類ごとに分けていく。
「白い布と色の付いた布。丈夫な服と傷みやすい服。それに、血の付いたものは最初に冷たい水で洗います」
「温かい水じゃないのか?」
「血は熱い水を使うと、落ちにくくなってしまいます」
知らなかった。
泥を乾かしてから払い落とし、血の汚れは冷たい水で洗う。
色を付けたばかりの布は、ほかの衣服と分けた。
ローズが水魔法を使おうとすると、ピーチが慌てて止める。
「強すぎる水流は駄目です!」
「少し流すだけですよ?」
「ローズさんの少しは、服が破れます」
ローズは残念そうに手を下ろした。
代わりに俺とラベンダーで衣服を洗う。
汚れを落としたあとは、布を傷めないように水を切り、しわを伸ばして干した。
【《洗濯》の習得条件を満たしました】
【新しい技能が登録されました】
《洗濯》
【登録技能数 69/100】
「あと一つ!」
ピクだけではない。
妖精たち全員が、図鑑の周りへ集まっていた。
「次はどれにする?」
「一番早そうなのは……」
《技能の手引き》を確認する。
《魔力循環》
【進行度 35%】
《製粉》
【進行度 0%】
《陶芸》
【進行度 0%】
数字だけなら《魔力循環》だ。
だが、昨日ローズから魔法を教わったばかりで、俺の魔力はまだ完全に回復していない。
「無理に魔力を使う必要はありません」
ローズが言う。
「《製粉》なら、今日中に終わらせられると思います」
「でも、進行度はゼロだぞ?」
「必要な工程が分かっているのですから、最初から最後まで行えばよいのです」
「それもそうだな」
俺たちは畑の近くに保存してあった小麦を取りに向かった。
◇
収穫した小麦は、十分に乾燥させる必要がある。
すでに保存用として乾かしてあった小麦から、傷んだ粒や小石を取り除く。
殻を外し、きれいな粒だけを集めた。
「このまま石臼へ入れるの?」
「はい。ただし、一度に入れすぎないようにしてください」
ピーチの指示に従い、小麦を少しずつ石臼へ入れる。
取っ手を握り、円を描くように回した。
「重い……」
「ミント、がんばれー!」
妖精たちは応援するだけで、手伝ってくれない。
ラベンダーと交代しながら石臼を回し続けると、下から白い粉が落ちてきた。
「まだ粒が粗いですね」
一度ふるいにかけ、粗いものだけをもう一度石臼へ戻す。
何度か繰り返すうちに、手触りの細かな小麦粉が出来上がった。
【《製粉》の習得条件を満たしました】
【新しい技能が登録されました】
《製粉》
【登録技能数 70/100】
その瞬間。
開かれていた図鑑から、黄金色の光が立ち上った。
「七十!」
「七十%だ!」
妖精たちが一斉に飛び上がる。
庭中へ小さな光が舞い散った。
【スキル図鑑の登録率が70%に到達しました】
【達成報酬を解放します】
これまで黒く塗り潰されていた報酬欄へ、ゆっくりと文字が浮かび始める。
「今度は何がもらえるの?」
ピクが俺の肩へ飛び乗った。
「待て。今、表示される」
光が収まり、新しい報酬の名前が姿を現そうとしていた。




