第39話 おかえり、妖精薬師
巨大な虫の魔物が倒れると、森は静寂に包まれた。
先ほどまで響いていた地響きも、植物が枯れていく音も聞こえない。
妖精たちは恐る恐る花の陰から顔を出した。
「終わった?」
ピクが魔物を見つめる。
「ああ」
俺は剣を鞘へ納めた。
「もう大丈夫だ」
その言葉を聞いた妖精たちは、ようやく安心したように笑顔を見せた。
だが、ピクはすぐに首を振る。
「まだだよ」
「どうした?」
「まだ帰ってきてない妖精がいる」
助けた妖精たちも頷いた。
「一人だけ見つからないの」
「怖くて隠れたままかもしれない」
「探そう!」
ピクが飛び上がる。
俺たちは再び森の中を歩き始めた。
◇
枯れた花畑を抜けると、大きな花が集まる場所へ出た。
そこには潰れた花の家がいくつも残っている。
「ここで暮らしてたんだ」
ラベンダーが辺りを見回す。
「うん」
ピクは少し寂しそうだった。
「みんなのお家」
ピーチは倒れた花びらをそっと持ち上げる。
中には誰もいない。
ほかの花も同じだった。
その時だった。
「……ひっ」
小さな声が聞こえた。
「いた!」
ピクが一輪の大きな花へ飛んでいく。
花びらの奥。
小さな妖精が身体を丸めて震えていた。
「大丈夫だよ」
ピクが声をかけても、妖精は首を横へ振る。
「もう、怖い……」
花の外へ出ようとしない。
俺が近づこうとすると、妖精はさらに奥へ隠れてしまった。
「無理に出さない方がいいですね」
ピーチが静かに前へ出た。
花の前へしゃがみ込み、小さな妖精と目線を合わせる。
「こんにちは」
優しい声だった。
妖精は少しだけ顔を上げる。
「……だれ?」
「私はピーチです」
ピーチは微笑んだ。
「妖精のお薬を作っている薬師です」
「お薬?」
「はい」
ピーチは小さな瓶を見せた。
「怪我をした妖精さんを治してきました」
妖精は瓶をじっと見つめる。
「みんな……?」
「もう安全ですよ」
ピーチはゆっくりと言葉を続ける。
「ピクさんもいます。」
「ミントさんたちもいます。」
「怖い魔物は、もういません。」
妖精は震えながら花の外を覗く。
本当にピクがいた。
助けた妖精たちも笑顔で手を振っている。
「でも……」
「まだ怖いですか?」
妖精は小さく頷いた。
ピーチは急かさなかった。
「大丈夫です。」
「あなたが出てこられるまで、私はここにいます。」
静かな時間が流れる。
風が優しく花びらを揺らした。
やがて、小さな手が花の中から伸びる。
ピーチはそっと手を差し出した。
妖精はその指を握る。
温かい。
安心したように笑うと、自分の足で花の外へ出てきた。
「出られた」
ピクが嬉しそうに抱きつく。
「よかった!」
「うん……」
妖精も小さく笑った。
ピーチはほっと胸を撫で下ろす。
「怪我はありませんね」
「怖かっただけ」
「それなら安心しました」
◇
全員の無事を確認し、俺たちは妖精の家へ戻った。
光の扉を抜けると、庭で待っていた妖精たちが一斉に振り向く。
「帰ってきた!」
「みんな帰ってきた!」
「最後の子もいる!」
庭いっぱいに歓声が響く。
助けられた妖精たちは、仲間の元へ飛んでいく。
抱き合い、笑い合い、泣きながら再会を喜んだ。
その様子を見ていたピクが、大きく息を吸う。
「せーの!」
その声に合わせ、妖精たち全員が叫んだ。
「ピーチ、おかえり!」
「妖精薬師、おかえり!」
庭いっぱいへ響く、小さくて温かい声。
ピーチは驚いて立ち止まった。
「私……ですか?」
「うん!」
ピクが飛びつく。
「ピーチが森を助けてくれた!」
「みんなを助けてくれた!」
「だから、おかえり!」
妖精たちは次々とピーチの周りへ集まる。
「ありがとう!」
「また来てね!」
「ずっと一緒!」
ピーチは丸眼鏡を外した。
涙が止まらない。
「私は……」
幼い頃。
雨の森で倒れた自分を助けてくれた妖精たち。
今度は自分が助ける番だと決めて、薬師になった。
何度も笑われた。
妖精の薬なんて意味がないと言われた。
それでも諦めなかった。
その想いが、今ここで報われた。
「ただいま戻りました。」
優しく微笑む。
「これからも、皆さんの薬を作ります。」
「やったー!」
妖精たちは嬉しそうに飛び回った。
すると、一人の幼い妖精が小さな花を抱えて歩いてくる。
「これ」
ピーチへ差し出したのは、小さな白い花だった。
「ありがとうのお花」
特別な薬草ではない。
どこにでも咲く、小さな花。
それでも、妖精にとっては一番大切な贈り物だった。
ピーチは両手で受け取る。
「ありがとうございます。」
胸へ抱きしめる。
その瞬間――。
庭が淡く光り始めた。
「なに?」
ローズが辺りを見回す。
花壇の隣に、小さな花の家が一つ現れる。
続いて二つ。
三つ。
避難してきた妖精たちが暮らせるように、小さな家が次々と咲いていく。
「お家が増えた!」
ピクが大喜びする。
「妖精の家が大きくなった!」
俺はその光景を見上げた。
この庭は、妖精が増えれば成長する。
仲間が増えるたびに、もっと温かい場所になっていく。
「おかえり。」
ピクが小さく呟く。
「みんなのお家へ。」
夕暮れの庭には、妖精たちの笑い声がいつまでも響いていた。




