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おかえり!妖精の家へようこそ ~スキル図鑑で家族が増えていく物語~  作者: 月瀬 リュカ


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第36話 森から逃げる妖精たち



 傷ついた妖精を《妖精の家》へ預けたあと、俺たちはすぐに森へ戻った。


 扉の向こうには、先ほどと変わらず枯れた草花が広がっている。


 けれど、一度庭の鮮やかな緑を見たあとでは、その光景がさらに異様に感じられた。


「仲間は、あっちにいるって言ってたよ」


 ピクが森の奥を指さす。


「ああ。急ごう」


 俺たちは再び歩き始めた。


 先頭はラベンダー。


 俺とピーチがその後ろを進み、ローズが最後尾から周囲を警戒する。


 進むほど、枯れた植物が増えていった。


 地面を覆っていた草は茶色く変色し、踏むたびに乾いた音を立てる。


 花はほとんど残っていない。


 つぼみのまま黒く萎れているものもあった。


「さっきより、ひどくなっていますね」


 ローズが辺りを見回す。


「木まで枯れ始めてる」


 ラベンダーが足を止め、一本の大木を見上げた。


 幹はまだ太く、根もしっかりと地面へ張っている。


 それなのに、枝にはほとんど葉が残っていなかった。


 風が吹くたび、黄色く変色した葉が落ちてくる。


「これだけ大きな木が、急に枯れるものなのか?」


「普通ではありません」


 ピーチは木の幹へ触れた。


 樹皮を少しだけ削り、内側の状態を確かめる。


「中まで弱っています」


「病気か?」


「可能性はあります。ですが、周囲の植物が同時に枯れているのが気になります」


 ピーチは地面へ膝をつき、土を指ですくった。


「土には水分があります。強い日照りが続いたわけでもありません」


「じゃあ、何が原因なんだ?」


「まだ分かりません」


 ピーチは悔しそうに首を振った。


「もっと調べる必要があります」


 原因を突き止めることも大切だ。


 だが、今は森の奥に残された妖精たちを助けなければならない。


「調べるのは、みんなを見つけてからだ」


「はい」


 再び歩き始める。


 森は静かだった。


 鳥の声も、虫の音もほとんど聞こえない。


 足音だけが、やけに大きく響いている。


 しばらく進んだところで、ラベンダーの耳がぴくりと動いた。


「待って」


 俺たちは足を止めた。


「何かいるのか?」


「たくさん聞こえる」


 ラベンダーは目を閉じ、耳を澄ませる。


「小さな足音。それと、羽の音」


「妖精?」


 ピクが身を乗り出した。


「たぶん」


 ラベンダーが前方の草むらを指さす。


「こっちへ向かってる」


 俺は盾を構えた。


 ローズも杖を握り、ピーチを守るように立つ。


 魔物に追われている可能性もある。


「ピク、俺の後ろにいろ」


「うん」


 かすかな羽音が近づいてくる。


 ぱたぱたと不規則に揺れる、小さな音。


 それに混じって、枝が折れる音と、苦しそうな息遣いも聞こえた。


 やがて、草むらが大きく揺れた。


「誰かいるの?」


 ピクが声をかける。


 その声を聞いた瞬間、草の奥から何かが飛び出してきた。


「ピク!」


 小さな妖精だった。


 その後ろから、さらに何人もの妖精が姿を現す。


 全部で六人。


 誰もが泥や枯れ葉で汚れ、羽の光も弱くなっている。


 先頭の妖精は、飛ぶ力さえ残っていないのか、地面を走っていた。


 二人の妖精が、傷ついた仲間の身体を両側から支えている。


「みんな!」


 ピクが俺の後ろから飛び出した。


 妖精たちはピクの姿を見ると、張り詰めていた表情を緩めた。


「ピクだ」


「ピクがいる」


「助けにきてくれたの?」


「うん!」


 ピクは妖精たちの前へ飛んでいく。


「ミントたちも一緒だよ! もう大丈夫!」


 その言葉を聞いた妖精の一人が、その場へ座り込んだ。


「よかった……」


 ほかの妖精たちも次々に力を抜く。


 安心した途端、限界を迎えたのだろう。


「ピーチ」


「はい」


 ピーチはすぐに鞄を下ろした。


「怪我をしている方を、こちらへ寝かせてください」


 妖精たちは頷き、支えていた仲間を布の上へ横たえる。


 傷ついた妖精は、片足を動かせないようだった。


 足首の近くが赤く腫れ、細い傷もついている。


「何があったんですか?」


 ピーチが優しく尋ねる。


 妖精は答えようとしたが、顔を歪めた。


「今は話さなくて大丈夫です」


 ピーチは足の状態を確認する。


「骨は折れていないと思います。ですが、強く捻っています」


「治せる?」


 ピクが尋ねる。


「薬を使います」


 ピーチは妖精用の薬を取り出した。


 小さな布へ薬を染み込ませ、腫れた足首へそっと巻いていく。


 淡い水色の光が広がった。


 傷ついた妖精の表情が、少しずつ和らいでいく。


「痛くない?」


「さっきより、楽……」


「よかった!」


 ピクが笑顔を見せる。


 ほかの妖精たちも、ほっとしたように息を吐いた。


 ピーチは残る妖精たちの身体も一人ずつ確認していく。


 腕を擦りむいた者。


 羽の端が傷ついた者。


 疲れ切り、立つこともできない者。


 幸い、命に関わるような傷はないようだった。


 ピーチは薬を少しずつ使いながら、傷の手当てをしていく。


「みんなに効いてるね」


 ラベンダーが言った。


「はい」


 ピーチは嬉しそうに答えた。


「先ほどの妖精さんだけではありません。この薬は、ほかの妖精さんにも使えます」


 長い間作り続けてきた薬。


 誰にも必要とされないかもしれないと言われても、諦めなかった薬。


 それが今、目の前で妖精たちを助けている。


 ピーチの手は忙しく動いていた。


 けれど、その表情には確かな喜びがあった。


「ピーチ、すごい」


 妖精の一人が呟く。


「ありがとう」


「まだ終わっていません」


 ピーチは優しく笑う。


「元気になるまで、きちんと治します」


 治療が一段落したところで、俺は妖精たちへ尋ねた。


「森の奥で何が起きたんだ?」


 ピクが俺の言葉を伝える。


 妖精たちは互いに顔を見合わせた。


 やがて、先頭を走ってきた妖精が口を開く。


「急に、怖い音がしたの」


「どんな音?」


「大きくて、重たい音」


 妖精は両手で耳を塞ぐような仕草をする。


「どんって鳴るたびに、地面が揺れた」


「地面が?」


「うん」


 別の妖精も頷いた。


「最初は遠くだったの。でも、少しずつ近くなってきた」


「それから、お花が枯れた」


「朝は元気だったのに、急にしおれたの」


「木の葉も落ちたよ」


 妖精たちは口々に話し始める。


「魔物は見た?」


 ラベンダーの問いを、ピクが伝える。


 妖精たちは全員、首を横に振った。


「見てない」


「怖くて、逃げたから」


「音がした方は、真っ暗だった」


 姿は見ていない。


 だが、何かが森の奥で動いている。


 その影響で植物が枯れているのかもしれない。


「全員で逃げたのか?」


「ううん」


 妖精の一人が俯いた。


「まだ残ってる」


「何人?」


「分からない」


 小さな声だった。


「みんな、別々に逃げたから」


「花のお家にいた子たちは、まだ奥にいるかも」


「飛ぶのが苦手な子もいる」


「小さい子もいるよ」


 ピクの表情が曇る。


「助けに行かなきゃ」


「ああ」


 俺も頷いた。


「その前に、この妖精たちを安全な場所へ移す」


 俺は《スキル図鑑》を開いた。


 近くに魔物がいないことを願いながら、妖精の家を呼び出す。


 図鑑から光が溢れ、枯れた木々の間に扉が現れた。


「開いた」


 敵意のある者や魔物は、近くにいない。


 少なくとも、今すぐ襲われる危険はなさそうだ。


 扉の向こうには、色鮮やかな花が咲く庭が見えている。


「お花がいっぱい……」


 妖精の一人が目を見開いた。


「枯れてない」


「ここ、どこ?」


「妖精の家だよ!」


 ピクが胸を張る。


「みんなが安心して暮らせる場所!」


 妖精たちは驚いたように庭を見つめていた。


 枯れていない草。


 咲き誇る花。


 穏やかな泉。


 森から逃げてきた妖精たちにとって、それは信じられない光景なのだろう。


「入って大丈夫だ」


 俺が声をかける。


 ピクが言葉を伝えると、妖精たちはおそるおそる扉をくぐった。


 庭にいた小妖精たちが、すぐに集まってくる。


「妖精きたー!」


「怪我してる!」


「こっちで休んで!」


「お水あるよ!」


 逃げてきた妖精たちは、少し戸惑いながらも庭へ入っていく。


 泉の近くには、先ほど助けた妖精が寝かされていた。


 その姿を見つけ、仲間の一人が声を上げる。


「いた!」


 眠っていた妖精が、ゆっくり目を開けた。


「みんな……?」


「無事だった!」


「よかった!」


 妖精たちは小さな寝床の周りへ集まり、再会を喜び合った。


 ピーチはその様子を見守りながら、残った薬を確認していた。


 小瓶の中身は、最初より明らかに減っている。


「あと、どれくらい使える?」


 俺が尋ねる。


「数人分です」


 ピーチは小瓶を光へかざした。


「傷が軽ければ、もう少し多くの方に使えます。ですが、重傷の妖精さんが何人もいた場合は足りません」


「薬はすぐに作れるのか?」


「《妖精露草》の残りはあります」


 ピーチは少し考える。


「ですが、調合には時間が必要です」


 森の奥に残された妖精たちが、どのような状態なのか分からない。


 薬が足りなくなる可能性もある。


「必要な分だけ持っていこう」


「はい」


「助けた妖精をここへ運べば、庭で追加の薬を作れる」


「分かりました」


 ピーチは残った薬を鞄へ戻した。


 傷ついた妖精たちを庭へ残し、俺たちは再び森へ向かう。


「まだ行くの?」


 逃げてきた妖精の一人が、不安そうに尋ねた。


「残ってるみんなを助けに行くよ!」


 ピクが答える。


「絶対に連れて帰るから!」


「怖い音に気をつけて」


「うん」


 俺たちは光の扉をくぐった。


 扉が消えると、再び枯れた森の静けさに包まれる。


「残ってる妖精の場所は分かるか?」


 俺が尋ねると、ピクは少し考えた。


「花のお家がある場所なら分かるよ」


「まずはそこへ向かおう」


 ラベンダーが先頭に立つ。


 俺たちが歩き始めようとした、その時だった。


 どん。


 森の奥から、重たい音が響いた。


 足元の土が、小さく揺れる。


 枯れた木の枝から、残っていた葉が一斉に落ちた。


「これだ」


 ラベンダーが森の奥を睨む。


 耳を立て、何かを探る。


「妖精たちが言ってた音だよ」


「何がいる?」


「分からない」


 ラベンダーは短剣の柄へ手を置いた。


「でも、地面の下で何かが動いてる」


 再び、低い音が響く。


 今度は、先ほどよりも近かった。


 どん。


 俺は盾を構え、枯れた木々の向こうを見つめた。


 森の奥で、巨大な何かが近づいていた。


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