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おかえり!妖精の家へようこそ ~スキル図鑑で家族が増えていく物語~  作者: 月瀬 リュカ


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第35話 傷ついた妖精



 《妖精のポスト》へ届いた葉の手紙には、送り主の知る場所が示されていた。


 森の奥。


 花が枯れ始めている場所。


 そして、出かけた妖精が帰ってこない。


 何が起きているのかは分からない。


 けれど、手紙に残された「怖い」という言葉を、見なかったことにはできなかった。


「場所は分かるか?」


 俺が尋ねると、ピクは葉の手紙を両手で持ち上げた。


「うん!」


 葉の表面へ、ぼんやりと森の景色が浮かんでいる。


 大きな岩。


 二本並んで立つ古い木。


 その間を通り抜けた先に、小さな花畑が見えた。


 景色の下には、妖精の家を出た場所から目的地までを示す細い光の線が伸びている。


「ここから少し離れていますね」


 ローズが手紙を覗き込む。


「暗くなる前には戻れるかな?」


 ラベンダーが空を見上げた。


「急げば大丈夫だと思う」


 俺は剣と盾を確認した。


 眠りの霧を抜けた疲れは、まだ少し残っている。


 ローズもラベンダーも同じはずだ。


 それでも、今は休んでいる場合ではない。


「ピーチはどうする?」


 俺が尋ねると、ピーチは完成したばかりの薬を革鞄へ入れていた。


 淡い水色の薬が入った小瓶を布で包み、割れないように丁寧に並べていく。


「もちろん行きます」


「疲れているだろ」


「妖精さんが困っています」


 ピーチは顔を上げた。


「そのために、この薬を作ったんです」


 迷いのない声だった。


 小妖精たちが心配そうに集まってくる。


「怖いところ行くの?」


「帰ってこない妖精、探す?」


「ピーチのお薬、持ってく?」


「はい」


 ピーチは小妖精たちへ見えるように、小瓶を持ち上げた。


「怪我をしていても、すぐに助けられるように持っていきます」


「治る?」


「必ず治せるとは言えません」


 ピーチは正直に答えた。


「ですが、できる限りのことをします」


 小妖精たちは少し不安そうに顔を見合わせた。


 やがて、一人がピーチの指へ抱きつく。


「お願い」


「はい」


 ピーチはその小さな身体へ触れないよう、そっと指を支えた。


「任せてください」


 俺たちは準備を終え、光の扉をくぐった。


     ◇


 森の中へ戻ると、ピクが手紙の光を確かめながら前を飛んだ。


「こっちだよ!」


 先頭はラベンダー。


 その後ろを俺とピーチが歩き、ローズが最後尾につく。


 妖精の家にいる小妖精たちは連れてきていない。


 外へ同行できるのはピクだけだ。


「近くに魔物はいるか?」


「今のところはいないよ」


 ラベンダーは耳を立て、何度も周囲の匂いを確かめている。


「でも、森の奥から変な匂いがする」


「どんな匂いだ?」


「枯れた草みたいな匂い。少しずつ濃くなってる」


 手紙にも、花が枯れていると書かれていた。


 その場所へ近づいているのかもしれない。


 しばらく進むと、地面へ生えている草の色が変わり始めた。


 最初は葉の先が少し茶色くなっている程度だった。


 だが、奥へ進むほど枯れた草が増えていく。


 花はうつむき、花びらが地面へ落ちていた。


「本当に枯れていますね」


 ローズが一本の花を見つめる。


「水が足りないのでしょうか」


「それだけではないと思います」


 ピーチは枯れた花の前へしゃがみ込んだ。


 葉へ触れ、土の状態を確かめる。


「土は湿っています」


「じゃあ、なんで枯れてるの?」


「分かりません」


 ピーチは少量の土を小瓶へ入れた。


「あとで調べてみます」


 今は原因を探すより、帰ってこない妖精を見つける方が先だ。


 俺たちは手紙の光を追い、さらに森の奥へ進んだ。


 やがて、前方に大きな岩が見えてきた。


「手紙に出てた岩だ!」


 ピクが声を上げる。


 その先には、太い木が二本並んで立っていた。


 目的地は近い。


 ラベンダーが急に足を止める。


「待って」


「どうした?」


「何か聞こえる」


 全員が口を閉じた。


 風が葉を揺らす音。


 遠くで鳥が鳴く声。


 その間に、かすかな音が混じっていた。


「……誰か、泣いてる?」


 ラベンダーが右手の草むらへ顔を向ける。


 耳を澄まさなければ聞こえないほど小さな声だった。


 ピクも同じ方向を見る。


「妖精の声だよ!」


 俺たちは草むらへ急いだ。


「待って。周りを確認する」


 ラベンダーが先へ出る。


 草をかき分け、周囲の匂いを確かめた。


「魔物はいない」


 その言葉を聞き、俺も草むらへ入った。


 少し進んだところで、ピクが小さく息を呑んだ。


「いた!」


 倒れた花の陰に、小さな妖精がいた。


 うつ伏せに倒れ、身体の半分が枯れた葉に埋もれている。


 服は泥で汚れ、片方の羽が力なく地面へ垂れていた。


「大丈夫?」


 ピクが慌てて近づく。


 妖精はピクの声に反応し、ゆっくり顔を上げた。


 額には擦り傷がある。


 腕にも赤い傷が走っていた。


「ピク……?」


「うん。ピクだよ!」


「よかった……」


 妖精は安心したように目を閉じかけた。


「寝ちゃだめ!」


 ピクが小さな手を握る。


「今、助けるから!」


「ピーチ」


「はい」


 ピーチはすぐに革鞄を下ろした。


 柔らかい布を地面へ広げ、傷ついた妖精をそっと仰向けに寝かせる。


「触りますね」


 妖精は苦しそうにしながらも、小さく頷いた。


 ピーチは眼鏡を押し上げ、身体の状態を確認していく。


 額。


 腕。


 足。


 最後に、地面へ垂れた羽へ視線を向けた。


「羽は折れていません」


「本当?」


 ピクが尋ねる。


「はい。傷はありますが、根元は無事です」


 ピーチは妖精の胸元へ指を近づけた。


「呼吸が弱くなっています。身体も冷えています」


「治せる?」


「やってみます」


 ピーチは迷わず、淡い水色の薬を取り出した。


 長い間、妖精のために作り続けてきた薬。


 ついさっき完成したばかりの薬だ。


「使うのか?」


「はい」


 ピーチは小さな匙へ、薬を一滴だけ落とした。


「まずは少量を飲ませます」


 ピクが妖精の頭を支える。


「お薬だよ。少しだけ飲める?」


 妖精は薄く目を開けた。


 匙を口元へ運ぶと、淡い水色の薬を少しずつ飲み込んでいく。


「ゆっくりで大丈夫です」


 ピーチは妖精が飲み終わるのを待ち、今度は清潔な布へ薬を染み込ませた。


 額と腕の傷を水で洗い、薬を含んだ布を優しく当てる。


 淡い光が傷口を包んだ。


「光ってる」


 ラベンダーが小さく呟く。


 傷口に残っていた赤みが、少しずつ薄くなっていく。


 妖精の苦しそうだった表情も、ゆっくりと和らいだ。


「効いています」


 ピーチの声が震えた。


「薬が、妖精さんの身体へ馴染んでいます」


「よかった!」


 ピクが嬉しそうに笑う。


 ピーチは傷ついた羽にも、薬を薄く塗った。


 無理に動かさず、柔らかい布で支える。


 しばらくすると、妖精の呼吸が落ち着き始めた。


 冷えていた頬にも、少しだけ色が戻っている。


「もう大丈夫なのか?」


「すぐに動ける状態ではありません」


 ピーチは妖精の様子から目を離さずに答えた。


「ですが、命に関わる状態からは抜けたと思います」


 その言葉を聞き、全員が息を吐いた。


 ピーチは小瓶を握ったまま、傷ついた妖精を見つめていた。


「本当に……効いた」


 丸眼鏡の奥に涙が浮かぶ。


「私の薬で、妖精さんを助けられました」


「ピーチのお薬、すごいよ!」


 ピクがピーチの頬へ抱きつく。


 ピーチは涙を拭い、小さく頷いた。


「はい」


 けれど、すぐに表情を引き締める。


「この子が、どうしてここで倒れていたのかを聞かなければなりません」


 傷ついた妖精が、ゆっくり目を開いた。


「大丈夫?」


 ピクが顔を覗き込む。


「うん……少し、あったかい」


「ピーチのお薬だよ!」


「お薬……?」


「妖精のために作ったんだよ!」


 妖精はピーチを見る。


「ありがとう……」


「無理に話さなくて大丈夫です」


 ピーチが優しく答える。


「ですが、一緒にいた妖精さんたちのことを教えてもらえますか?」


 その瞬間、妖精の顔から安心した表情が消えた。


「仲間……」


「仲間がいるの?」


 ピクが尋ねる。


 妖精は震える指を森の奥へ向けた。


「みんな、あっちにいる」


「無事なのか?」


 俺の言葉を、ピクが妖精へ伝える。


 妖精は首を横に振った。


「危ない」


 小さな身体が再び震え始める。


「逃げようとしたの」


「でも、みんなはまだ……」


「何があったの?」


 ピクが尋ねた。


 妖精は何かを思い出したように目を閉じた。


「怖い音がして……お花が枯れて……」


 言葉が途切れる。


「それから?」


「分からない」


 妖精は震えながら続けた。


「みんなで逃げたけど、途中で離れちゃった」


「仲間たちは、まだ森の奥にいるの?」


「うん」


 妖精はピクの手を強く握った。


「助けて」


 その一言で、ピクの表情が変わった。


「助けるよ」


 ピクはすぐに答えた。


「みんなで助ける!」


 俺も森の奥を見る。


 枯れた草。


 帰ってこない妖精たち。


 そして、仲間が危険だと伝える傷ついた妖精。


「この子を連れて進めるか?」


 俺が尋ねると、ピーチは少し考えた。


「今は動かさない方がいいです」


「じゃあ、ここに置いていくの?」


 ラベンダーが周囲を見回す。


「それは危険だ」


 俺は《スキル図鑑》を開いた。


 敵意のある者や魔物が近くにいなければ、妖精の家へ続く扉は開く。


 図鑑から光が溢れ、木々の間に扉が現れた。


「開いた」


「近くに魔物はいないんだね」


「ああ」


 扉の向こうには、妖精の家の庭が見える。


 俺たちは傷ついた妖精を妖精の家へ運ぶことにした。


 ピーチが両手で優しく抱き上げる。


 扉をくぐると、庭に残っていた小妖精たちが一斉に集まってきた。


「帰ってきたー!」


「妖精いるー!」


「怪我してる!」


「今は静かにしてください」


 ピーチの言葉に、妖精たちはすぐに声を小さくした。


「この子は薬が効いて、少しずつ元気になっています」


「治る?」


「はい」


 ピーチははっきりと答えた。


「必ず治します」


 妖精たちは安心したように、傷ついた仲間の周りへ集まった。


 俺たちは庭にある柔らかい葉と布を使い、小さな寝床を作る。


 傷ついた妖精を横たえると、ピーチがもう一度羽と傷の状態を確認した。


「しばらく眠れば、体力も戻ると思います」


「ピーチは残るか?」


 俺が尋ねると、ピーチは首を横に振った。


「一緒に行きます」


「でも、この子の治療は?」


「状態は安定しています。薬も効いています」


 ピーチは残っている薬を確認した。


「森の奥には、ほかにも怪我をしている妖精さんがいるかもしれません」


 ラベンダーが短剣へ手をかける。


「急いだ方がいいね」


「そうですね」


 ローズも杖を握り直した。


 ピクは眠り始めた妖精の手をそっと離す。


「みんなを連れて帰ってくるね」


 傷ついた妖精は目を閉じたまま、小さく頷いた。


 俺たちは再び光の扉の前へ立つ。


 向こうには、枯れた花が広がる森が見えている。


「行こう」


「ああ」


 何が森の奥で起きているのかは、まだ分からない。


 けれど、危険な場所に妖精たちが残されている。


 今度は、俺たちが助けに行く番だった。


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