第31話 ローズの部屋
妖精工房が作り上げた木造壁を、俺たちは並んで眺めていた。
昨日、三人で苦労して作った最初の一枚。
その隣には、妖精工房が同じ材料から作った二枚目の壁が置かれている。
「本当に同じだね」
ラベンダーが二枚の壁の間を行き来しながら、縄を結んだ位置や板の隙間を確認する。
「釘を打った場所まで同じです」
ローズも壁へ指を当てた。
妖精工房が作った方は、職人が作ったように美しく仕上がっている――ということはなかった。
板の長さも。
縄を巻いた位置も。
上の方がわずかに右へ傾いているところまで、最初の壁とまったく同じだった。
「傾いてるな」
俺が少し離れた場所から言うと、ピクが誇らしげに胸を張った。
「おんなじだよ!」
「そこまで同じにしなくてもよかったんだけどな」
「どうして?」
「もう少しまっすぐにしてくれてもよかっただろ」
ピクは不思議そうに首を傾げた。
「お家は、ミントたちが作ったものを覚えるの。勝手に変えないよ?」
「なるほど」
妖精工房は、俺たちの失敗を直してくれる設備ではない。
一度完成させたものを、同じ形で再現する設備だ。
最初に作ったものが悪ければ、悪いものが増える。
「上手に作り直したらどうなるの?」
ラベンダーが尋ねる。
「覚え直せるよ!」
ピクが元気よく答えた。
「前より上手なら、新しい方を覚えるの!」
「だったら、先に壁を直した方がいいな」
同じように傾いた壁を何枚も作っても仕方がない。
まずは、今ある壁を見直す必要がある。
「でも、その前に部屋の大きさを決めよう」
俺は現在の家を振り返った。
小さな寝室。
三人で食事をすれば狭く感じる居間。
簡単な料理ができる台所。
最初は十分だったが、家族が増えた今は明らかに足りない。
「ローズの部屋は、どこがいい?」
「私の希望で決めてよろしいのでしょうか」
「ローズの部屋なんだから当然だろ」
「空いている場所で構いません」
「そう言うと思った」
ラベンダーが苦笑した。
「空いている場所じゃなくて、ローズが住みたい場所だよ」
「ですが……」
「毎日使う部屋だからな」
俺も続ける。
「後から別の場所がよかったって言われても、簡単には動かせない」
ローズは家の周囲を見回した。
泉が見える側。
妖精工房に近い側。
畑へ出やすい側。
そして、花畑に面した東側。
朝の光を受けた花が、風に揺れている。
小妖精たちは花から花へ飛び移り、楽しそうに遊んでいた。
「では……」
ローズが小さく口を開いた。
「朝に花畑が見える場所がいいです」
「ここだな」
俺は家の東側へ向かった。
窓を作れば、部屋の中から花畑を眺められる。
朝も明るいはずだ。
「ここをローズの部屋にしよう」
「ありがとうございます」
まだ少し遠慮が残っているが、ローズの表情は嬉しそうだった。
「次は広さだな」
俺たちは縄と杭を持ってきた。
四本の杭を地面へ打ち、縄で囲む。
最初は寝台が一つ置けるほどの広さにしてみた。
「これくらいか?」
ローズは中へ入り、周囲を見回した。
「十分です」
「絶対に狭い」
ラベンダーがすぐに区画へ入った。
そのまま地面へ寝転がり、両腕を広げる。
「寝台を置いたら歩く場所がなくなるよ」
「寝返りを打つだけで壁へぶつかりそうだな」
「寝台の上で寝返りを打つので、壁にはぶつかりません」
「そういう問題じゃない」
俺は杭を抜き、少し外側へ移した。
今度は反対に広げすぎたらしい。
「これでは、木材が足りなくなるかもしれません」
ローズが言う。
「先に置く物を決めよう」
俺は土の上へ簡単な部屋の形を描いた。
「寝台」
「荷物を入れる箱」
ラベンダーが続ける。
「窓も必要だな」
「はい」
ローズは花畑へ目を向けた。
「できれば、あちら側に」
「他には?」
「それだけで十分です」
「本当に?」
ラベンダーが顔を覗き込む。
ローズは少し黙った。
「……小さな机があれば、魔法書を読む時に便利かもしれません」
「机も作ろう」
「本もあるんだろ?」
俺が尋ねると、ローズは小さく頷いた。
「数冊だけですが、精霊や魔法について書かれた本を持っています」
「じゃあ本棚もいるな」
「一つあれば十分です」
「一つで足りる?」
ラベンダーが笑う。
ローズは少し迷ってから、控えめに答えた。
「できれば……二つあると嬉しいです」
「二つ作ろう」
「ですが、木材が」
「足りなければ、また集めればいい」
一度作れば、妖精工房が覚えてくれる。
家具は壁ほど大きくない。必要な材料もそれほど多くないはずだ。
ローズの希望を聞きながら、寝台、机、本棚、荷物箱を置く場所を地面へ描いていく。
何度か杭を打ち直し、ようやく部屋の広さが決まった。
その時、図鑑が光った。
【《採寸》を習得しました】
【《採寸》を登録しました】
【《スキル図鑑》34/100】
「一つ目だ」
「部屋の広さを測ったから?」
「ああ。長さだけじゃなく、置く物の大きさまで考えたからだと思う」
以前なら、縄を伸ばして終わりだった。
今回は何度も測り直し、家具を置く位置や歩く場所まで考えた。
図鑑が技能として認めたのも納得できる。
「次は地面を平らにするぞ」
部屋を作る場所には、小石や木の根が残っていた。
見た目では分かりにくいが、花畑側へ少し下がっている。
このまま壁や床を作れば、家全体が傾いてしまう。
俺たちは石を拾い、土を削り始めた。
しばらく作業したところで、手だけでは効率が悪いと気づいた。
「土を固める道具がいるな」
「盾で叩いたら?」
ラベンダーが俺の背中を見る。
「昨日やってみたけど、土が縁へ引っかかって使いにくい」
「盾を地面へ叩きつけたのですか?」
ローズが少し驚いた顔をした。
「一度だけだ」
「盾がかわいそう」
ラベンダーが笑う。
「道具は使ってこそだろ」
「でも盾は土を平らにする道具じゃないよ」
確かにその通りだった。
俺たちは余っている木材を確認した。
平たい板へ太い棒を取りつければ、土を押し固める道具になりそうだ。
俺が板へ穴を開け、棒を差し込む。
縄を巻き、外れないよう固定する。
「これだけだと、まだ弱いな」
棒の左右へ細い木を添え、もう一度縄で締める。
持ち上げてみる。
少し重いが、《鎚術》のおかげで扱いやすい。
地面へ落とす。
どん、と低い音が響き、土が沈んだ。
「使えそうだ」
「こっちも道具を作らない?」
ラベンダーが木材の切れ端を持ってきた。
「石を運ぶ時に使えるもの」
二本の木材を並べ、その上へ板を固定する。
前方へ縄をつければ、簡単なそりになる。
さらに、壁がまっすぐ立っているか確認するため、長さを揃えた棒も作った。
木材へ一定の間隔で印をつけ、長さを測る道具として使えるようにする。
いくつかの道具が完成したところで、再び図鑑が光る。
【《道具作り》を習得しました】
【《道具作り》を登録しました】
【《スキル図鑑》35/100】
「二つ目!」
ピクが頭上を飛び回る。
「どんどん増えるー!」
「まだ始めたばかりだけどな」
作った道具を使い、整地を再開する。
高い部分の土を削り、低い場所へ運ぶ。
石や根を取り除く。
雨が降った時に水が家へ流れ込まないよう、外側へわずかな傾斜をつける。
最後に地固め道具で何度も土を叩く。
俺だけではなく、ラベンダーやローズも交代で作業した。
「思ったより重いね、これ」
ラベンダーが道具を持ち上げる。
「腰を落とした方がいい」
「こう?」
「腕だけじゃなく、身体全体で持ち上げるんだ」
《鎚術》で得た感覚を伝えると、ラベンダーの動きも少し安定した。
ローズは長い棒を地面へ置き、傾きを確認している。
「こちら側が少し高いです」
「あとどれくらい削る?」
「指一本分ほどです」
指示に合わせ、土を削る。
何度も確認と修正を繰り返し、ようやく部屋全体の地面が整った。
【《整地》を習得しました】
【《整地》を登録しました】
【《スキル図鑑》36/100】
「三つ目だ」
技能を得た瞬間、地面のわずかな高低差が以前よりもはっきり分かるようになった。
どこへ土を足すべきか。
どこを固めれば崩れにくいか。
ただ平らにすればいいわけではない。
建物の外へ水を逃がすためには、わずかな傾斜も必要になる。
「次に作る時は、もっと早くできそうだ」
「家をまだ増やすつもりなの?」
ラベンダーが尋ねる。
「家族が増えれば必要になるだろ」
「ふふっ。そうだね」
整地した地面へ柱を置くため、穴を掘る。
すぐに道具の先が硬い物へぶつかった。
「石だな」
土を払うと、大きな石が埋まっていた。
一部しか見えていない。
かなり深くまで続いているらしい。
「砕くか」
俺が大槌を持つと、ローズが手を上げた。
「家のすぐ近くです。強く叩くと、今の家へ衝撃が伝わるかもしれません」
「それもそうだな」
「土の精霊へ頼んでみます」
ローズは石の前へ膝をつき、地面へ両手を当てた。
静かに目を閉じる。
水色の髪が、風もないのにわずかに揺れた。
「この石の周りだけ、土を緩めてもらえませんか」
命令する声ではなかった。
友人へ助けを求めるような、優しい声だった。
土の中に、淡い茶色の光が生まれる。
光は石の周囲をゆっくり回り、固い土を少しずつ崩していく。
「土の子だー!」
ピクが飛んできた。
「いるー!」
「遊ぶー!」
小妖精たちも次々と集まる。
「今はお仕事中です」
ローズが笑いながら言う。
「遊ぶのは、終わってからにしてください」
「はーい!」
妖精たちは少し離れた場所から、土の精霊を見守った。
石の周囲が柔らかくなり、掘り出しやすくなる。
俺とラベンダーで土を掻き出し、縄を石へ巻いた。
「引くぞ」
「うん」
俺たちが縄を引き、ローズが風魔法で石を下から支える。
大きな石がゆっくり地面から抜けた。
平たく、土台へ使えそうな形をしている。
「捨てるのはもったいないな」
「木材を地面へ直接置くと、湿気で傷みやすいそうです」
ローズが石の表面へ触れた。
「この石を土台へ使えば、長持ちするかもしれません」
「他の石も集めよう」
俺たちは周囲から使えそうな石を集めた。
そりへ乗せ、ラベンダーと一緒に引く。
ローズは《魔力感知》を使い、内部にひびがある石を除外した。
集めた石は大きさも高さもばらばらだ。
そのまま並べれば、床が傾く。
「削って揃えるしかないな」
俺は《鎚術》の感覚を頼りに、石の出っ張りへ大槌を振り下ろした。
一度で大きく割らないよう、角度と力を調整する。
少しずつ表面を砕き、平らにしていく。
ラベンダーが石を支え、ローズが高さを確認する。
「こちらをもう少し削ってください」
「これくらいか?」
「はい。隣の石と揃いました」
大きな石だけではなく、小さな石も組み合わせる。
隙間へ砂利を詰め、動かないよう固める。
一列。
二列。
部屋の外周へ、平らな石の土台が完成した。
【《石工》を習得しました】
【《石工》を登録しました】
【《スキル図鑑》37/100】
「四つ目!」
「まだ増えるよ!」
妖精たちがはしゃぐ。
「次は壁だ」
整地と土台作りをしている間も、妖精工房は動き続けていた。
加工した木材。
丈夫に編んだ縄。
木製の杭。
必要な材料を入れると、小妖精たちが工房の中で壁を組み上げてくれる。
「木、こっちー!」
「縄ちょうだい!」
「押さえてー!」
「とんとん!」
中から楽しそうな声が聞こえてくる。
壁が完成するまでには時間がかかる。
それでも、俺たちが土台を作っている間に壁を用意してくれるのだから、十分すぎるほど便利だった。
工房から運び出された壁を、三人で持ち上げる。
俺は長い棒を壁の下へ差し込んだ。
《槍術》を得たことで、長い物の重心がよく分かる。
どの位置を支えれば、少ない力で動かせるのか。
棒の先がどこを押しているのか。
武器として使う予定はなかったが、建築には驚くほど役立った。
「上げるぞ」
「引くね」
ラベンダーが壁の上へ結んだ縄を引く。
ローズが風魔法で倒れる速度を抑える。
俺は棒を押し上げた。
重い壁がゆっくり起き上がる。
「もう少し右です」
「この位置か?」
「はい。そのままです」
石の土台へ壁を乗せ、長い杭を打ち込む。
《鎚術》のおかげで大槌の扱いも安定している。
最初に作った壁は、上部が少し傾いていた。
板の隙間も目立つ。
俺たちは立てる前に一度壁を分解し、作り直すことにした。
板の長さを測り直す。
横木を一本増やす。
縄を巻く位置を揃える。
隙間ができないよう、板の端を削る。
作業を繰り返すうちに、木の癖や刃物を入れる方向が少しずつ分かるようになってきた。
【《木工》を習得しました】
【《木工》を登録しました】
【《スキル図鑑》38/100】
「五つ目だ」
「早いね」
「昨日よりも、やることが多いからな」
直した壁を立てる。
今度は傾きがない。
横から押しても大きく揺れなかった。
妖精工房が淡く光る。
【木造壁の改良を確認しました】
【登録製作方法を更新しますか?】
「更新する」
【《木造壁・改良型》を登録しました】
【《木造壁》の製作方法を更新しました】
「覚えたー!」
「まっすぐ壁ー!」
「つよい壁ー!」
妖精たちが喜びながら、改良した壁の周囲を飛び回る。
新しい壁を一枚ずつ作るたび、俺たちは土台へ取りつけていった。
一枚目。
二枚目。
三枚目。
窓を作る場所だけは、壁を低くして開口部を残す。
扉をつける場所にも、柱だけを立てた。
壁が囲まれていくにつれ、ローズの部屋の形が見えてくる。
「本当に部屋になってきたね」
ラベンダーが嬉しそうに言う。
「あとは床だ」
土台の石へ太い木材を渡し、その上へ板を並べる。
ただ置くだけでは、歩いた時に板が動いてしまう。
板の端を揃え、縄と木杭で固定する。
隙間が広い場所は、板を削って合わせる。
床板を一枚張るたび、木の音が部屋へ響く。
俺が最後の板を固定すると、図鑑が光った。
【《床張り》を習得しました】
【《床張り》を登録しました】
【《スキル図鑑》39/100】
「あと一つ!」
ピクが両手を上げる。
「四十になるー!」
「その前に、部屋を完成させないとな」
残っているのは、屋根、扉、窓、そして家具だ。
屋根に使う梁は長くて重い。
俺とラベンダーだけでは、壁の上まで持ち上げるのは難しい。
「ローズ、頼めるか?」
「はい」
ローズが風魔法を使う。
梁の下から柔らかな風が吹き上がり、重さが少し軽くなる。
俺は《槍術》の感覚で長い梁の重心を支え、ラベンダーが縄を引く。
三人で協力し、一本ずつ梁を壁の上へ乗せた。
雨が流れるよう、花畑側より反対側を少し低くする。
その上へ薄く加工した屋根板を並べていく。
小妖精たちも屋根の周囲を飛び回り、縄を運んでくれた。
「こっちー!」
「結ぶー!」
「落ちないでー!」
「お前たちも落ちるなよ」
「飛べるから平気ー!」
確かにそうだった。
屋根板を固定し終えると、部屋の中が薄暗くなる。
だが、花畑側に残した窓から明るい光が差し込んでいた。
「窓はどうする?」
透明なガラスは持っていない。
今回は木枠を作り、外側へ開く板戸をつけることにした。
雨の日や夜は閉じられる。
晴れている日は開ければ、花畑がよく見える。
扉も同じように木材を組み合わせて作る。
蝶番の代わりに丈夫な革と縄を使い、柱へ固定した。
少し音はするが、きちんと開閉できる。
「残るは家具だな」
時間は夕方へ近づいていた。
それでも、ここまで来て寝台も机もない部屋へローズを入れるわけにはいかない。
まずは寝台の枠を作る。
太い木材を四角く組み、脚を取りつける。
その上へ縄を何本も張り、身体を支えられるようにする。
今まで使っていた予備の毛布を敷けば、今夜から眠れる。
次に、窓際へ置く小さな机。
天板となる木材を平らに削り、四本の脚を固定する。
少し揺れたので、脚の間へ横木を追加した。
「ここなら、朝に本が読めるね」
ラベンダーが窓から外を見る。
「花畑もよく見えます」
ローズの声が少し弾んでいた。
本棚は二つ。
同じ形の物を一つ完成させれば、妖精工房がもう一つ作ってくれる。
俺たちは板を組み、三段の小さな本棚を作った。
最初は棚板が少し傾いた。
《採寸》を使って高さを測り直し、《木工》で板を削る。
直した本棚を妖精工房へ記録させ、材料を入れる。
「本棚作るー!」
「二つ目ー!」
「ローズの本ー!」
妖精たちが工房の中へ飛び込んでいく。
俺たちはその間に、衣服や荷物を入れる箱を作った。
蓋を開け閉めできる、簡単な木箱だ。
本棚、机、寝台、荷物箱。
それぞれ形も使い方も違う。
木材の厚さ。
脚の高さ。
重さを支える場所。
必要な工夫もすべて異なっていた。
最後に妖精工房から二つ目の本棚が運び出された瞬間、図鑑が黄金色に光った。
【《家具作り》を習得しました】
【《家具作り》を登録しました】
【《スキル図鑑》40/100】
「四十!」
ピクが大声を上げた。
「四十になったー!」
「お祝いー!」
小妖精たちが一斉に飛び回る。
だが俺は、光り始めた図鑑をすぐには開かなかった。
「報酬は後だ」
「見ないの?」
「ああ。先にローズの部屋を完成させる」
図鑑を埋めることは大事だ。
報酬も気になる。
けれど、今はそれよりもやるべきことがある。
俺たちは完成した家具を部屋へ運び込んだ。
寝台は奥の壁際。
荷物箱は扉の近く。
机は花畑が見える窓の下。
本棚は机の左右へ一つずつ置いた。
「本棚に挟まれてるみたいだね」
ラベンダーが笑う。
「落ち着きます」
ローズは真剣な顔で答えた。
妖精たちは、いつの間に集めたのか、色とりどりの花を持ってきた。
窓枠。
机の端。
寝台の枕元。
花を編んだ小さな飾りを結びつけていく。
「ローズのお部屋!」
「きれいにするー!」
「お花いっぱいー!」
「ありがとう」
ローズが一人ずつ妖精へ礼を言う。
ピクは最後に、淡く光る小さな石を持ってきた。
「これ、夜の明かり!」
石は強く光るわけではない。
けれど暗い部屋の中なら、手元や足元を照らすには十分だった。
ピクはその石を机の上へ置いた。
「ピクたちから!」
「ローズに!」
「おかえりの贈り物ー!」
ローズはしばらく何も言わなかった。
花飾り。
明かり。
窓の外に広がる花畑。
二つの本棚。
まだ本は並んでいない。
机の上にも何もない。
寝台も簡素なものだ。
それでも、ここは確かにローズのために作られた部屋だった。
「ローズ」
俺が声をかけると、ローズはゆっくり部屋の中央へ進んだ。
窓の外を見る。
夕暮れの光を受けた花畑の上を、妖精たちが楽しそうに飛び回っている。
ローズは机へ触れた。
本棚を見た。
最後に、俺たちの方を振り返った。
「私は……」
声が少し震えていた。
「ずっと、自分の居場所は自分で守らなければならないと思っていました」
俺もラベンダーも何も言わず、続きを待った。
「迷惑をかけないように」
「役に立てるように」
「必要とされなくなったら、すぐに出ていけるように」
ローズは机の端を、そっと握った。
「だから、自分の部屋が欲しいなどと言ったことはありませんでした」
「ここでは言っていいんだよ」
ラベンダーが優しく言った。
「欲しい物も、してほしいことも」
「本棚を十個欲しいって言われたら困るけどな」
「十個は必要ありません」
「九個なら?」
「二つで十分です」
ローズが小さく笑った。
その目には、うっすらと涙が浮かんでいる。
「ここに、私の本を置いてもよろしいのですね」
「ああ」
「服も、荷物も」
「全部置いていい」
「明日も、ここへ帰ってきてよろしいのですね」
「当たり前だろ」
俺が答えると、ラベンダーも頷いた。
「ここはローズの家なんだから」
ピクと妖精たちが、ローズの周囲へ集まる。
ローズはしばらく俺たちを見つめていた。
やがて、胸元へ手を当てる。
そして、少し照れたような、泣きそうな笑顔で言った。
「……ただいま」
「おかえり」
俺が答える。
「おかえり、ローズ」
ラベンダーが笑う。
「おかえりー!」
「ローズ、おかえりー!」
「おかえり、おかえりー!」
妖精たちの声が、小さな部屋いっぱいに響いた。
その瞬間。
居間の机へ置いていた《スキル図鑑》が、眩しい光を放ち始めた。
【《スキル図鑑》40/100】
新たな報酬が解放されたことを知らせる光が、完成したばかりのローズの部屋まで届いていた。




