第30話 妖精工房
翌朝。
妖精の家の庭には、昨日運んできた木材が整然と並べられていた。
柱に使えそうな丸太。
壁材になりそうな木。
家具向きの細い木材。
昨日は疲れて気づかなかったが、こうして並べてみると、家一軒を建てるには全然足りない。
「でも、最初の一歩だな」
俺が丸太を撫でると、ピクが肩へ降りてきた。
「今日はお家を作る?」
「その前に木材を加工する」
「加工ー!」
妖精たちが一斉に飛び回る。
昨日、《早熟の器》で表示された《建築》は、まだ習得候補のままだ。
まずは材料を建築に使える状態へしなければならない。
「ローズ、この木を見てもらえるか?」
「はい」
ローズは一本ずつ木材へ手を当てていく。
薄く魔力を流し込み、内部を確認する。
「この一本は柱向きです。」
「こちらは中央に腐食があります。短く切れば家具には使えます。」
「これは乾燥させれば壁材になります。」
《魔力感知》があるだけで、木材選びの精度がまるで違った。
「よし、まずは樹皮を剥ごう。」
三人で作業を始める。
木工用の刃物で樹皮を剥ぎ、節を落とし、長さを揃えていく。
思った以上に時間がかかる。
「木を切るより大変だね。」
ラベンダーが額の汗を拭った。
「これだけで家が建つわけじゃないんだからな。」
俺も苦笑する。
樹皮を剥ぎ終えた木材は表面が美しくなり、建材らしい姿へ変わっていく。
その瞬間、図鑑が淡く光った。
【《木材加工》を習得しました】
【《木材加工》を登録しました】
【《スキル図鑑》29/100】
「一つ増えた!」
ピクが飛び跳ねる。
「あと一つ!」
「三十になるー!」
妖精たちも大喜びだ。
「次は運ぶための縄をもっと作ろう。」
昨日使った蔓では少し不安だった。
俺たちは丈夫そうな蔓を集め、ねじり、編み込みながら一本の太い縄へ仕上げていく。
「こうかな?」
「もう少し均等に編んだ方が丈夫になります。」
ローズが助言し、
「ここを押さえてるね。」
ラベンダーが端を固定する。
三人で一本の縄を完成させた。
引っ張ってみる。
昨日のものよりずっと丈夫だった。
図鑑が再び光る。
【《縄作り》を習得しました】
【《縄作り》を登録しました】
【《スキル図鑑》30/100】
その瞬間だった。
図鑑全体が黄金色に輝き始める。
「来た!」
俺たちは思わず顔を見合わせた。
【30%コンプリート】
【報酬を受け取ります】
黒く塗り潰されていたページがゆっくり開いていく。
【《妖精工房》を獲得しました】
【好きな技能を二つ選択してください】
新しいページには、数多くの技能が並んでいた。
俺はしばらく考え込む。
「剣術を上げるより……」
「今持っていない技能の方が良さそう。」
ラベンダーが言う。
「図鑑を埋めるなら、普段使わない技能も必要になるもんね。」
「そうですね。」
ローズも頷く。
「家づくりにも役立つものがよろしいかと。」
俺は一覧を見渡した。
その中で目に止まったのは二つ。
《槍術》
《鎚術》
長い木材を扱う感覚。
杭を打ち込み、石を砕く力。
これから建築を続けるなら役立つはずだ。
「この二つにする。」
指で触れる。
【《槍術》を獲得しました】
【《鎚術》を獲得しました】
【登録しました】
【《スキル図鑑》32/100】
頭の中へ、新しい感覚が流れ込む。
長い棒を扱う身体の使い方。
大槌を振るう重心。
武器としてだけではなく、建築道具として扱う感覚も自然に理解できた。
「不思議だ……。」
近くに落ちていた長い木を持ち上げる。
昨日なら持ちにくかったはずなのに、重心がよく分かる。
「柱を立てるのも楽になりそう。」
「大槌も使いやすそうだね。」
ラベンダーが笑った。
そのとき。
庭の奥が突然光り始めた。
「わぁ!」
ピクが目を丸くする。
花畑の隣に、小さな木造の建物がゆっくり姿を現した。
煙突はない。
大きさは小屋ほど。
中には作業台と棚が並んでいる。
「これが……妖精工房。」
俺はゆっくり扉を開けた。
中は木の香りが漂っている。
作業台は二人並べる程度。
壁には見たことのない光る板が取り付けられていた。
図鑑が説明を表示する。
【《妖精工房》】
【一度完成させた建築物を記録します】
【必要素材を投入すると、妖精たちが同じ建築物を製作します】
【未登録の建築物は製作できません】
【武器・防具・魔道具は対象外】
「なるほど……。」
俺は思わず笑った。
「最初は自分たちで作る必要があるんだ。」
ピクが頷く。
「うん!」
「お家は見て覚えるの!」
「一回作れたら?」
「次からピクたちが頑張る!」
妖精たちが胸を張る。
「でも最初はミントたち!」
「覚えないと作れない!」
「つまり……。」
ラベンダーが木材を見る。
「今日は壁を一枚作ればいいんだね。」
「ああ。」
俺たちは工房の前へ木材を運んだ。
柱になる木を並べる。
長さを測る。
縄で仮止めする。
《鎚術》のおかげか、大槌の重さが不思議と扱いやすい。
杭を打つ音が庭へ響く。
ラベンダーが柱を支える。
ローズが風魔法で微調整する。
三人で何度も位置を直しながら、少しずつ壁の形が出来上がっていく。
「ここ、少し曲がっています。」
「右へ少し。」
「これでどう?」
「はい。」
三人の息が合い始める。
最後の一本を固定した瞬間。
図鑑が光った。
【《建築》を習得しました】
【《建築》を登録しました】
【《スキル図鑑》33/100】
さらに続けて文字が浮かぶ。
【木造壁を登録しました】
【《妖精工房》が製作方法を記録しました】
「記録された!」
俺たちは完成した壁を見る。
少し歪んでいる。
職人が見れば褒められた出来ではない。
それでも、自分たち三人で初めて作った壁だった。
「試してみよう。」
俺は余った木材を妖精工房へ運び込む。
すると、小妖精たちが一斉に中へ飛び込んだ。
「お仕事だー!」
「木運ぶー!」
「押さえてー!」
「とんとん!」
工房の中から、楽しそうな声が響く。
三人で扉の前に立ち、完成を待つ。
やがて木の扉がゆっくり開いた。
そこには──
俺たちが苦労して作ったものと、まったく同じ木造壁が静かに置かれていた。
「本当に……できた。」
ラベンダーが目を丸くする。
ローズも驚きを隠せない。
「これなら……家づくりが一気に進みます。」
俺は完成した壁へ手を当てる。
「でも、最初の一枚は俺たちが作った。」
それが、この工房の一番気に入ったところだった。
努力は必要だ。
だからこそ、一度覚えた努力は無駄にならない。
妖精の家は、俺たちの頑張りを少しずつ覚えていく。
そして家族みんなの未来を、一緒に作ってくれるのだった。




