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おかえり!妖精の家へようこそ ~スキル図鑑で家族が増えていく物語~  作者: 月瀬 リュカ


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第29話 森の建材探し


 目を覚ますと、すぐ近くから小さな寝息が聞こえた。


 顔を横へ向ける。


 ラベンダーが毛布を抱きしめながら眠っていた。


 その向こうには、壁際へ敷いた寝具で横になっているローズの姿もある。


 昨日から、妖精の家で暮らす家族が三人になった。


 寝る前には少し狭いかもしれないと思っていたが、実際に朝を迎えると予想以上だった。


 寝台の間へ臨時の寝具を敷いたため、歩ける場所がほとんど残っていない。


 下手に足を伸ばせば、誰かを踏んでしまいそうだ。


「やっぱり、増築しないとな」


 小声で呟き、身体を起こす。


 すると、ラベンダーの耳がぴくりと動いた。


「……おはよう、ミント」


「起こしたか?」


「ううん。ちょうど起きるところだった」


 そう言いながら、ラベンダーは大きく伸びをする。


 毛布から出た尻尾も、ゆっくりと左右へ揺れていた。


「ローズは?」


「まだ寝てる」


 二人で声を落として話していると、壁際から布の擦れる音がした。


「起きています」


 ローズが静かに上半身を起こした。


 水色の髪が少し乱れている。


「おはようございます」


「おはよう、ローズ」


「眠れたか?」


「はい。泉の近くは、とても落ち着きます。それに……」


 ローズは部屋の中を見回した。


 狭い室内。


 すぐ近くにいる俺とラベンダー。


 窓の外では、すでに何人かの小妖精たちが飛び回っている。


「誰かと一緒に朝を迎えるのは、久しぶりでした」


 ローズの声は穏やかだった。


 昨日までいたエルフの村にも、大勢の仲間はいた。


 だが、家族として同じ家で朝を迎えるのは、また違うのだろう。


「これからは毎日一緒だよ」


 ラベンダーが笑う。


「ただし、今のままだと毎朝誰かの足を踏みそうだけどね」


「私は端で構いません」


「そういう問題じゃないって」


 ラベンダーが立ち上がろうとして、寝具の端に足を引っかけた。


「わっ」


 俺が慌てて腕を掴む。


 ラベンダーは倒れずに済んだが、今度は俺が壁へ肩をぶつけた。


「痛っ」


「ご、ごめん」


「だから、増築が必要なんだよ」


 俺たちのやり取りを見て、ローズが口元を押さえながら笑った。


 家の外へ出ると、ピクが勢いよく飛んできた。


「おはよー!」


「おはよう、ピク」


「今日はお家を大きくする日?」


「今日は材料を集める日だ」


「材料ー!」


 ピクが叫ぶと、花の周りを飛び回っていた小妖精たちも集まってきた。


「木ー!」


「大きい木ー!」


「お部屋つくるー!」


「ぴぴっ!」


 朝から元気だ。


 妖精たちは作業を見るのが好きなので、家づくりが始まると聞いただけでも嬉しいらしい。


「でも、みんなは森の外まで遠くへ行けないからな」


「分かってるよ!」


 ピクは胸を張った。


「近くまでなら行けるもん!」


「魔物が来たら、すぐに戻るんだぞ」


「はーい!」


 朝食を終えたあと、俺たちは必要な道具を庭へ並べた。


 斧。


 小さな鋸。


 縄。


 木を削るための刃物。


 傷薬と包帯。


 昼に食べる保存食と水筒。


 昨日、《早熟の器》に表示された俺の習得候補には、《伐採》と《運搬》があった。


 今日の作業を続ければ、どちらも技能として身につくかもしれない。


「斧は一本だけなんだね」


 ラベンダーが持ち上げて確認する。


「薪を割るために買ったものだからな。本格的に木を切るつもりはなかった」


「倒木を切り分けるだけなら、どうにかなると思うよ」


 今日は生きた木を大量に伐るわけではない。


 ラベンダーが知っている場所には、風や魔物によって倒された木が何本も残っているらしい。


 使えるものを選んで持ち帰れば、最初の増築に必要な木材をある程度集められる。


「私が風魔法で切断した方が早いのではありませんか?」


 ローズが尋ねる。


「早いとは思う。でも、できる部分は自分たちでやりたい」


「技能のためですね」


「ああ。それに、全部魔法に頼っていたら、俺たちはいつまでも木の扱い方を覚えられない」


 ローズは少し考えたあと、頷いた。


「では、危険なときや、重すぎるものだけお手伝いします」


「頼む」


 ラベンダーを先頭に、俺たちは光の扉から外へ出た。


 扉が開いた先は、村から少し離れた森の入口だった。


 魔物の気配はない。


 それを確認してから、ピクたちも何人か扉を抜けてくる。


「森ー!」


「木いっぱいー!」


 小妖精たちは嬉しそうに飛び回るが、俺たちから遠くへは離れない。


 しばらく歩くと、ラベンダーが一本の細い木を指さした。


「これは切らない方がいいよ」


「まだ細いからか?」


「それもあるけど、上を見て」


 枝の間に、小さな鳥の巣があった。


 ピクも巣の周りを見上げる。


「鳥さんのお家!」


「そういうこと。生きた木を使うなら、他の生き物が暮らしていないかも確認しないとね」


 さらに進むと、根元に大きな穴の開いた倒木があった。


 一見すれば使えそうだが、穴の奥では小さな虫が何匹も動いている。


「これも虫たちの家になってる」


「使えそうな木でも、何でも持って帰ればいいわけじゃないんだな」


「森にあるものは、誰かが使ってることも多いからね」


 ラベンダーは狩人らしい目で周囲を見ていた。


 木材だけを探している俺とは、見えているものが違う。


 それからしばらく探し、ようやく太い倒木を見つけた。


 根元から倒れているが、枝葉はほとんど落ちている。


 虫の巣や鳥の巣もない。


 表面には苔が生えていたが、木そのものは硬そうだった。


「これなら使えるかな」


 俺が幹を叩く。


 乾いた硬い音が返ってきた。


「待ってください」


 ローズが倒木へ手を触れた。


 瞼を閉じ、静かに魔力を流し込む。


「何をしてるんだ?」


「《魔力感知》です。木の中へ薄く魔力を通すと、傷んでいる部分は流れ方が変わります」


 しばらくして、ローズが幹の中央付近を指した。


「この辺りは中が少し空洞になっています。柱には使えません」


「外から見ただけじゃ分からないな」


「ですが、こちら側は問題ありません。切り分ければ、壁材や家具には使えると思います」


「ローズがいると、使えない木を持ち帰らずに済むね」


 ラベンダーが感心したように言う。


 ローズは少し照れたように微笑んだ。


「魔物を探すために使うことが多かった技能ですが、こういう使い方もできるようです」


 俺は斧を構えた。


 最初に、邪魔になっている細い枝を落とす。


 斧を振り下ろすと、刃が枝へ浅く食い込んだ。


「思ったより硬いな」


「力だけで振らない方がいいよ」


 ラベンダーが俺の立ち方を見る。


「刃が斜めに入ってる。もっと切る場所を狙って、同じところへ当てた方がいい」


「やってみる」


 一度斧を抜き、同じ場所へ振り下ろす。


 今度は少し深く入った。


 何度も繰り返し、ようやく一本の枝が落ちる。


「木工とは全然違うな」


 《木工》では、小さく加工された木材を削ったり組み合わせたりすることが多い。


 森の木を建材へ変える作業は、使う力も考え方も違った。


 一本ずつ枝を落とし、幹の使える部分を切り分ける。


 斧を振るたびに腕が重くなる。


 額から汗が落ちた。


「少し代わろうか?」


 ラベンダーが尋ねる。


「頼む」


 斧を渡す。


 ラベンダーも最初は狙いがずれたが、俺より身体の使い方がうまい。


 何度か振るううちに、同じ場所へ刃を当てられるようになった。


「剣とは似てるけど、やっぱり違うね」


「相手が動かない分、簡単そうに見えるんだけどな」


「動かなくても、硬いよ」


 交代しながら作業を続ける。


 ピクたちは少し離れた枝へ座り、俺たちが斧を振るたびに声を上げた。


「がんばれー!」


「もうちょっとー!」


「そこー!」


「お前たちは見てるだけで楽しそうだな」


「楽しいよ!」


 迷いのない返事だった。


 しばらくして、切り込みが幹の半分ほどまで入った。


 俺が斧を振り下ろす。


 乾いた音とともに、幹が大きく軋んだ。


「倒れるぞ」


 元から倒木なので立っているわけではないが、切り離された部分が斜面を転がる可能性がある。


 ローズが手を向けた。


「風で支えます」


 柔らかな風が木材を包む。


 俺が最後の一撃を加えると、太い幹が切り離された。


 丸太は少し動いたが、ローズの風に押さえられ、その場で止まった。


 その瞬間、《スキル図鑑》が光った。


 俺は腰から図鑑を取り出す。


【《伐採》を習得しました】


【《伐採》を登録しました】


【《スキル図鑑》27/100】


「覚えた!」


 ピクが真っ先に叫ぶ。


「増えたー!」


「二十七ー!」


 小妖精たちが一斉に飛び上がる。


 俺は斧を握ったまま、自分の腕を見た。


 疲れてはいる。


 だが、斧の重さや、どの角度で刃を当てればよいのかが、作業を始めたときよりも分かる。


「技能になると、やっぱり感覚が変わるな」


「次は私も覚えたいな」


 ラベンダーが斧を見つめる。


「もう少し続ければ、ラベンダーも覚えるかもしれない」


「うん。次の木では多めにやらせて」


 切り分けた木材から、傷んだ部分を取り除く。


 柱として使えそうな太い丸太が二本。


 壁や家具へ加工できそうな短い木材が数本。


 最初の成果としては悪くない。


 問題は、これをどう運ぶかだった。


「持ち上がると思う?」


 ラベンダーが丸太の端を掴む。


 俺も反対側を持つ。


「せーの」


 二人で力を入れる。


 丸太はわずかに浮いたが、すぐに地面へ落ちた。


「重いな……」


「これを抱えて妖精の家まで歩くのは無理だね」


「私が浮かせましょうか?」


 ローズが言う。


「全部を浮かせると、魔力をかなり使うか?」


「この大きさなら可能ですが、長い距離を運ぶと疲れると思います」


 ローズにすべて任せるのは避けたい。


 俺は周囲に落ちていた細い枝を集めた。


「丸太の下にこれを並べて、転がせないか?」


「やってみよう」


 太い丸太の下へ、何本かの枝を差し込む。


 完全に持ち上げるのは無理なので、ローズの風で片側だけ軽く浮かせてもらった。


 枝を敷き終え、後ろから押す。


 丸太はゆっくりと前へ転がった。


「動いた!」


「これなら運べそうだね」


 しかし、森の道は平らではない。


 根や石があり、枝の上から丸太が何度も外れる。


 そのたびに止め、枝を置き直さなければならない。


「蔓でまとめた方がいいかも」


 ラベンダーが近くの木へ絡みついていた太い蔓を見つける。


 使える長さだけを切り、丸太へ巻きつけた。


 先端へ丈夫な棒を通し、俺とラベンダーで引く。


 ローズが後ろから風を送る。


「動くけど、結び目が緩いな」


 丸太が進むたびに、蔓が少しずつずれていく。


 一度止まり、締め直す。


 今度はほどけないよう、何重にも巻いた。


「これなら大丈夫そうだ」


 再び引き始める。


 少しずつだが、確実に森の入口へ近づいていく。


 ところが、緩い下り坂へ差しかかったときだった。


 丸太の重さで動きが急に速くなる。


「待って、速い!」


 ラベンダーが叫ぶ。


 俺たちは引いていた棒から手を放した。


 丸太が斜面を転がり始める。


 その先には、大きな岩がある。


「ローズ!」


「止めます!」


 ローズが両手を向ける。


 強い風が正面から丸太へぶつかった。


 速度は落ちたが、完全には止まらない。


 俺とラベンダーは左右から回り込み、蔓を掴んだ。


「引け!」


「分かってる!」


 二人で踏ん張る。


 足元の土が削れ、身体が少しずつ前へ引かれる。


 ローズの風がさらに強くなる。


 ようやく丸太は岩の手前で止まった。


「危なかった……」


 俺はその場へ座り込む。


 ラベンダーも肩で息をしていた。


「下り坂は、押すんじゃなくて後ろから支えないとだめだね」


「道を確認せずに進んだのも失敗だった」


「私が先に坂の傾きを見ます」


 ローズも反省したように丸太を見る。


「風で押すより、前から速度を抑える方が安全そうです」


 ピクたちは少し離れた木の陰へ隠れていた。


「もう大丈夫?」


「ああ。怪我はない」


「よかったー」


 先ほどまで楽しそうに応援していた小妖精たちも、さすがに心配したらしい。


 俺たちは運び方を変えた。


 平らな場所では、下へ枝を敷いて転がす。


 登り坂では、俺とラベンダーが前から引き、ローズが後ろから風で支える。


 下り坂では、ラベンダーが先に道を確認する。


 俺たちは丸太の後ろから蔓を引き、ローズが正面から風を当てて速度を抑える。


 一度失敗したことで、さっきよりも動きが揃うようになった。


「せーの」


 掛け声とともに引く。


 ローズの風が丸太を少しだけ軽くする。


 ラベンダーが足元の障害を見つけ、進む方向を伝える。


 俺は蔓の張り方を確かめながら、丸太を動かす。


 誰か一人だけでは運べない。


 三人が自分の役割を果たすことで、ようやく前へ進めた。


 森の入口へ到着した頃には、昼を大きく過ぎていた。


 光の扉を開き、妖精の家へ運び込む。


 庭へ丸太が入った瞬間、小妖精たちが次々と戻ってきた。


「木が来たー!」


「お家の木ー!」


「大きいー!」


 まだ家の形にはなっていない。


 ただの丸太だ。


 それでも妖精たちは、完成した部屋を見たように喜んでいた。


 もう一本の丸太と、短く切った木材も同じ方法で運ぶ。


 二度目は最初ほど時間がかからなかった。


 斜面では先に蔓を二重に巻き、細い枝を丸太の横へ差し込んで、勝手に転がらないよう工夫した。


 最後の木材を庭へ運び終えたとき、再び図鑑が光った。


【《運搬》を習得しました】


【《運搬》を登録しました】


【《スキル図鑑》28/100】


「二つ目!」


 ラベンダーが嬉しそうに叫ぶ。


「一日で二個も増えたね」


「ああ。けど、簡単ではなかったな」


 ただ重い物を持っただけではない。


 運ぶための方法を考え、失敗し、三人で役割を分けた。


 それを繰り返したことで、《運搬》として身についたのだろう。


 庭の一角へ、持ち帰った木材を並べる。


 地面へ直接置くと湿気で傷みそうなので、細い木を下へ敷いた。


 柱に使う丸太。


 壁材へ加工する木。


 家具に使えそうな部分。


 ローズの《魔力感知》で確認しながら、それぞれ分けていく。


「ここが建材置き場になるのかな?」


 ラベンダーが尋ねる。


「今のところはな。雨が降るなら、屋根も必要になりそうだ」


「材料を守るための建物を作るのに、また材料がいるんだね」


「家づくりって大変だな」


 俺たちが話していると、妖精たちが木材の周りへ集まり始めた。


 小さな手で表面を撫でたり、木の上を走ったりしている。


 重い物を運んだり、木を削ったりすることはできない。


 だが、俺たちが集めてきた材料が嬉しくて仕方がないらしい。


「この木が、ローズのお部屋になるの?」


 ピクが尋ねる。


「全部じゃないけど、その一部にはなる」


「じゃあ、大事な木!」


 ピクが丸太へ抱きつく。


 身体が小さすぎて、抱きしめているというより、木へ張りついているように見えた。


 ローズはその姿を見つめていた。


「私の部屋のために、こんなに……」


「だから、ローズだけの部屋じゃないって」


 ラベンダーが隣へ並ぶ。


「食卓も大きくする。倉庫も作る。作業する場所も必要。みんなの家を広くするんだよ」


「そうだったな」


 俺は木材を見渡した。


「今日集めた量だけじゃ、まだ全然足りない。石も粘土も必要だ」


「森の奥には、もっと太い倒木もあります」


 ラベンダーが言う。


「ただ、今日はこれ以上運ぶのは無理そうだね」


 腕も脚も限界に近い。


 ローズも魔法を何度も使い、少し疲れているようだった。


「明日は石を探しますか?」


「いや、まずはこの木材を使える形に加工した方がいいかもしれない」


 俺は持ち帰った丸太へ触れる。


 枝を落としただけで、表面には樹皮も残っている。


 このままでは柱にも壁にも使えない。


「樹皮を剥いで、長さを揃えて、乾かす必要もありそうだ」


「それなら《木工》が役に立つね」


「ああ。でも、建材として加工するのは初めてだ」


 早熟の器に表示されていた《建築》や《修繕》にもつながるかもしれない。


 図鑑は二十八個。


 三十個まで、あと二個。


 だが、数字だけを急ぐつもりはなかった。


 今日のように、自分たちで作業し、失敗し、覚えていく。


 その積み重ねが、家の形になっていくのだ。


「今日はお疲れさまでした」


 ローズが俺とラベンダーへ頭を下げた。


「私のために……ではなく、私たちの家のために」


 言い直したローズへ、ラベンダーが笑いかける。


「うん。私たちの家のためにね」


「明日も手伝ってくれるか?」


「もちろんです」


 ローズは迷わず答えた。


 夕方の柔らかな光が、庭へ並べた木材を照らしている。


 まだ壁も柱もない。


 新しい部屋の形すら決まっていない。


 それでも、何もなかった場所へ最初の建材が積み上がった。


 妖精たちは丸太の上へ並び、どんな部屋が欲しいのかを楽しそうに話している。


 俺たちもその隣へ座り、明日の作業について話し始めた。


 家族が増えた分だけ、必要なものも増えていく。


 けれど、それを大変だとは思わなかった。


 誰かと一緒に暮らすために汗を流せることが、今はただ嬉しかった。


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