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おかえり!妖精の家へようこそ ~スキル図鑑で家族が増えていく物語~  作者: 月瀬 リュカ


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第26話 決着


「離れてください」


 ローズの声と同時に、世界樹の杖から光が放たれた。


 ミノタウロスの斧が、俺へ振り下ろされる。


 その間へ、緑色の風が吹き込んだ。


 激しい風が斧を横から押す。


 刃は俺の体を外れ、すぐ隣の地面へ叩きつけられた。


 土と石が顔へ降りかかる。


 助かった。


 そう理解した直後、今度は地面が動いた。


 俺の背中を土が持ち上げる。


 柔らかな土の波に運ばれ、ミノタウロスから離れていく。


「ミント!」


 ラベンダーが駆け寄ってきた。


 倒れそうになった俺の体を支える。


「立てる?」


「なんとか……」


 右脚へ力を入れる。


 胸が痛む。


 左腕はまだ動かない。


 それでも、ラベンダーの肩を借りれば立つことはできた。


「ローズは?」


「あそこ」


 ラベンダーが前を見た。


 世界樹の杖を構えたローズの周囲を、無数の光が飛び交っている。


 風に乗って舞う緑色の光。


 地面の近くを走る茶色い光。


 折れた木々から集まる白い光。


 小さな光の一つ一つが、ローズの呼びかけを待っているようだった。


「これが……精霊術」


 ローズ自身も、目の前の光景に驚いていた。


 だが、ミノタウロスは待ってくれない。


 地面へ食い込んだ斧を引き抜き、ローズへ顔を向けた。


 脇腹から大量の血を流している。


 それでも、赤く染まった目から怒りは消えていなかった。


 ミノタウロスが地面を蹴る。


「ローズ!」


 俺が叫ぶ。


 巨体がローズへ迫った。


 ローズは逃げず、世界樹の杖を地面へ向けた。


「土の精霊さん、力を貸してください!」


 茶色い光が一斉に地面へ潜った。


 ミノタウロスの足元が盛り上がる。


 土が太い脚へまとわりつき、その動きを止めようとする。


 だが、ミノタウロスは力任せに脚を引き抜いた。


 固められた土が砕ける。


「止まらない!」


 ローズはすぐに杖を持ち上げた。


「風の精霊さん!」


 緑色の光が集まり、正面から強い風をぶつける。


 ミノタウロスの毛が逆立つ。


 巨体がわずかに傾いた。


 それでも止まらない。


 斧を引きずりながら、一歩ずつ前へ進んでいく。


「ローズ、逃げて!」


 ラベンダーが弓を構える。


 矢が飛び、ミノタウロスの頬へ刺さった。


 ミノタウロスは顔を振るだけで、再びローズへ向かう。


「大丈夫です」


 ローズは杖を握り直した。


「私一人の魔力では、止められませんでした」


 光が杖の先へ集まる。


「ですが、今は一人ではありません」


 ローズの周囲にいた精霊たちが、一斉に輝いた。


「もう一度、お願いします!」


 風が強くなる。


 同時に、土がミノタウロスの両脚へ絡みついた。


 一つの力では止められない。


 ならば、二つを重ねる。


 風が巨体を押し返す。


 土が脚を地面へ縫い止める。


 ミノタウロスの進む速度が落ちた。


「止まった……!」


 ラベンダーが目を見開く。


 ミノタウロスが咆哮した。


 太い脚へ力を込め、土の拘束を引きちぎろうとする。


 地面に亀裂が走った。


「長くはもちません!」


 ローズの額から汗が流れる。


 世界樹の杖を握る両手も震えていた。


 精霊の力を借りられるようになっても、ローズ自身に負担がないわけではない。


「今のうちに離れよう」


 ラベンダーが俺の体を支えたまま言う。


「一度、体勢を立て直さないと」


「いや」


 俺は首を振った。


「今しかない」


「でも、ミントはもう戦えないよ!」


「まだ右腕が動く」


「盾もないじゃん!」


「剣もある」


 地面へ落ちた剣を見る。


 少し離れた場所にある。


 ラベンダーの肩から腕を離し、一歩を踏み出す。


 胸が痛んだ。


 脚がよろめく。


 それでも止まらない。


「ミント!」


「ここで逃げたら、ローズの力が尽きたあと、また同じことになる」


 ミノタウロスは深い傷を負っている。


 脇腹から流れる血の量も増えていた。


 何度も矢を受け、魔法も受けている。


 倒せる。


 今なら。


 俺は剣のそばまで歩き、右手で拾い上げた。


「ラベンダー」


「何?」


「俺が近づくまで、あいつの注意を引けるか?」


 ラベンダーはミノタウロスを見た。


 土に両脚を縛られながら、風へ逆らっている。


 それでも斧を握った腕は動く。


 近づけば、攻撃される。


「できる」


 ラベンダーが即座に答えた。


「どこを狙えばいい?」


「目だ」


「さっきは角で弾かれたよ」


「今は動けない。左右から狙えば、両方は防げない」


 ラベンダーが頷いた。


「分かった」


 矢筒へ手を伸ばし、二本の矢を抜く。


 一本を手に持ち、もう一本を地面へ刺した。


 弓へ矢をつがえる。


「ローズ!」


 ラベンダーが叫ぶ。


「少しだけ、あいつの顔を右へ向けられる?」


「やってみます!」


 ローズが杖を動かした。


 ミノタウロスの左側から、風が吹きつける。


 巨体そのものは動かない。


 だが、風と土埃を避けるため、ミノタウロスが顔を右へ向けた。


 ラベンダーの矢が放たれる。


 狙いは左目。


 ミノタウロスは気づき、斧を持つ腕で顔を守った。


「今!」


 ラベンダーはすでに二本目の矢をつがえていた。


 右へ向いた顔。


 腕では隠れていない反対側。


 二本目の矢が飛ぶ。


 矢はミノタウロスの右目へ突き刺さった。


 巨体が大きく仰け反る。


「グオオオオオオッ!」


 森と村を揺らす咆哮が響いた。


 ミノタウロスが斧を振り回す。


 土の拘束が砕け、風の流れが乱れた。


「きゃっ!」


 ローズが押し返される。


 世界樹の杖を地面へ突き立て、倒れるのを防いだ。


「拘束が解ける!」


「十分だ!」


 俺は走り出した。


 胸が痛む。


 左腕は垂れたまま。


 それでも右手には剣がある。


 右目を失ったミノタウロスは、斧を振り回しながら暴れている。


 近づく俺には気づいていない。


 いや。


 鼻から荒い息を吐き、こちらへ顔を向けた。


 見えていなくても、匂いか足音で分かったらしい。


 ミノタウロスが斧を横へ振るう。


 速い。


 俺は地面へ身を投げた。


 斧が頭上を通過する。


 風圧だけで髪が激しく揺れた。


 地面へ手をつき、立ち上がる。


 ミノタウロスが斧を振り戻す。


「風の精霊さん!」


 横から風がぶつかった。


 斧の軌道がわずかに上へずれる。


 刃が俺の肩をかすめた。


 防具が裂ける。


 だが、腕はつながっている。


「ミント、行って!」


 ローズの声。


 俺はさらに踏み込んだ。


 ミノタウロスの脇腹には、俺がつけた深い傷がある。


 ラベンダーの矢も刺さっている。


 狙う場所は決まっていた。


 剣を突き出す。


 刃が傷口へ入った。


「ぐっ……!」


 硬い筋肉が刃を止める。


 浅い。


 もっと深く。


 右腕だけでは力が足りない。


 ミノタウロスの拳が持ち上がる。


 このままでは殴り飛ばされる。


「木の精霊さん!」


 白い光が飛んだ。


 地面に落ちていた木の根が動く。


 太い根がミノタウロスの腕へ巻きつき、拳を止めた。


「今です!」


「うおおおおおっ!」


 柄へ肩を押し当てる。


 脚で地面を蹴る。


 全身の力を、右腕と剣へ集めた。


 刃が少しずつ沈む。


 傷口を押し広げ、奥へ進んでいく。


 ミノタウロスが暴れる。


 根が一本ずつ引きちぎられる。


 土も砕ける。


 風も押し返される。


「まだ……です!」


 ローズが歯を食いしばる。


 精霊たちの光が強くなる。


 根が再び腕へ絡みつく。


 土が脚を押さえる。


 風が背中を押す。


「ミント!」


 ラベンダーが矢を放った。


 矢が、剣の刺さっている傷口のすぐ上へ突き刺さる。


 ミノタウロスの体が震えた。


 力がわずかに抜ける。


「これで――」


 俺は最後の力を込めた。


「終わりだ!」


 剣が根元まで突き刺さった。


 刃がミノタウロスの体の奥を貫く。


 巨大な体が大きく仰け反った。


 斧が手から落ちる。


 地面へ激突し、土が跳ね上がった。


 ミノタウロスは残った左目で、俺を見下ろしていた。


 太い腕が動く。


 まだ攻撃するつもりなのかと思い、剣を握る手へ力を込めた。


 だが、腕は俺へ届かなかった。


 ミノタウロスの膝が地面へ落ちる。


 続いて、巨体が前へ傾いた。


「ミント、離れて!」


 ラベンダーの声に反応し、剣を引き抜く。


 横へ転がる。


 直後、ミノタウロスの体が地面へ倒れた。


 大きな音が響く。


 土煙が舞い上がり、視界を覆った。


 俺は地面へ倒れたまま、動かなかった。


 いや。


 動けなかった。


 右手から剣が滑り落ちる。


 胸が上下するたびに痛い。


 それでも、ミノタウロスが立ち上がる音は聞こえない。


「倒した……?」


 ラベンダーの声が近づいてくる。


 土煙の中から現れ、倒れたミノタウロスへ矢を向ける。


 動きはない。


 ラベンダーはしばらく警戒していたが、やがて弓を下ろした。


「倒したよ!」


 俺のそばへ駆け寄ってくる。


「ミント、大丈夫?」


「大丈夫……とは言えないな」


「もう! だから下がってって言ったのに!」


 怒っている声なのに、ラベンダーの目には涙が浮かんでいた。


「ごめん」


「本当に、心配したんだから……」


 ラベンダーが俺の右腕を取り、ゆっくりと体を起こす。


 その向こうから、ローズも歩いてきた。


 世界樹の杖を支えにしている。


 周囲を飛んでいた精霊たちの光は、少しずつ森へ戻り始めていた。


「ローズ」


「ミントさん……」


 ローズは俺の前まで来ると、その場へ膝をついた。


「間に合って、よかったです」


「ああ。助かった」


 それだけを伝える。


 ローズは俯いた。


 目からこぼれた涙が、地面へ落ちる。


「私にも、守れました」


「ああ」


 俺はもう一度答えた。


「ローズが俺たちを守ってくれた」


 ローズは涙を拭い、小さく笑った。


 少し離れた場所では、エルフ兵たちが倒れたミノタウロスを見つめている。


 誰もローズを恐れていなかった。


 世界樹の枝を杖にした少女。


 大きすぎる魔力を持ち、村から離れることになった少女。


 そのローズが今、精霊たちとともに村を守った。


「ローズ!」


 村の方から声が聞こえた。


 ローズの父親が、兵士たちとともに走ってくる。


 ローズが立ち上がろうとする。


 だが、力が抜けたのか体が傾いた。


「危ない!」


 ラベンダーが反対側から支える。


 俺とラベンダーの間で、ローズが困ったように笑った。


「すみません。少し、力を使いすぎたみたいです」


「俺も人のことは言えない」


「ミントは使いすぎどころじゃないよ!」


 ラベンダーに怒られた。


 胸ポケットからピクが飛び出す。


 俺たち三人の周りを、嬉しそうに何度も回った。


「みんな、すごかったの!」


 ピクの声に、思わず笑いが漏れる。


 俺たちだけでは倒せなかった。


 ローズ一人でもない。


 ラベンダーの矢が目を奪った。


 ローズと精霊たちが動きを止めた。


 そして、俺の剣が傷を貫いた。


 三人の力を重ねたから、あの巨体を倒すことができた。


 森の奥を見る。


 もう地響きは聞こえない。


 新たな魔物が現れる気配もなかった。


 壊れた結界。


 傷ついた村。


 倒れた兵士たち。


 戦いが終わっても、やるべきことは多い。


 それでも今だけは、倒れたミノタウロスを見つめた。


 俺たちは誰一人欠けることなく、村を守りきったのだ。


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