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おかえり!妖精の家へようこそ ~スキル図鑑で家族が増えていく物語~  作者: 月瀬 リュカ


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第25話 信頼の器


 ミノタウロスが、両手で斧を振り下ろした。


 俺は盾を構えず、横へ飛ぶ。


 巨大な斧が地面へ突き刺さり、土と石が一斉に跳ね上がった。


 着地すると同時に踏み込む。


 狙うのは、さっき傷をつけた脇腹だ。


「はあっ!」


 剣を振り抜く。


 刃が硬い皮膚を切り裂き、新しい傷が走った。


 だが、浅い。


 ミノタウロスは痛みに怯むことなく、地面へ食い込んだ斧を力任せに振り上げた。


「っ!」


 土ごと持ち上げられた斧が、そのまま横薙ぎに迫る。


 盾を構える。


 直後、凄まじい衝撃が左腕を襲った。


「ぐっ……!」


 体が浮いた。


 地面を転がり、背中から木へ叩きつけられる。


 息が詰まった。


 それでも、止まっている暇はない。


 ミノタウロスはもうこちらへ向かっていた。


 速い。


 オークより何倍も大きな体をしているのに、踏み込む速さは狼よりも鋭かった。


 斧が振り上げられる。


 立ち上がりながら横へ飛ぶ。


 斧が木の幹をへし折った。


 倒れた木を飛び越え、俺はミノタウロスの脚へ剣を振るう。


 傷は入る。


 血も流れる。


 それでも、動きは鈍らない。


「ミント、離れて!」


 ラベンダーの声が飛ぶ。


 続いて、弦の鳴る音。


 矢がミノタウロスの顔へ向かう。


 ミノタウロスは顔を動かし、太い角で矢を弾いた。


「なら、ここ!」


 ラベンダーが次の矢を放つ。


 矢は膝の裏へ刺さった。


 さらに足首。


 斧を握る手。


 ラベンダーは一か所に狙いを絞らず、動きを止められそうな場所へ次々と矢を射ち込んでいく。


 何本かは刺さった。


 だが、ミノタウロスは止まらない。


 苛立ったように唸り、ラベンダーへ顔を向けた。


「俺から目を離すな!」


 盾を剣で叩く。


 金属音が響いた。


 ミノタウロスの視線が、再び俺へ戻る。


 俺が前に立っている限り、後ろの二人には行かせない。


 ミノタウロスが突っ込んでくる。


 斧を避ける。


 腕を盾で受ける。


 蹴りを後ろへ跳んでかわす。


 反撃しようと剣を振る。


 だが、その前に次の一撃が迫ってくる。


 避ける。


 防ぐ。


 また避ける。


 攻撃する隙がない。


「風よ!」


 ローズの魔法が、ミノタウロスの顔へ直撃した。


 強い風に押され、巨体がわずかに傾く。


「今です!」


 俺は踏み込んだ。


 胸を狙って剣を振るう。


 しかしミノタウロスは体勢を崩したまま、斧を横へ振った。


「くっ!」


 剣を引き、盾を差し込む。


 斧が盾へぶつかった。


 甲高い音が響く。


 盾の表面に、細い亀裂が入った。


「ミント!」


「大丈夫だ!」


 そう答えたが、左腕はもう痺れていた。


 指先の感覚が薄い。


 盾を握っているだけで、腕の奥に鈍い痛みが走る。


 それでも、離すわけにはいかなかった。


 俺が盾を捨てれば、次の攻撃はそのまま後ろへ抜ける。


 ラベンダーとローズ。


 その先には村がある。


「もう一度、援護します!」


 ローズが世界樹の杖を掲げた。


 淡い緑色の光が杖へ集まる。


 風がミノタウロスの足元で渦を巻き、砂と落ち葉を巻き上げた。


 視界を奪うつもりだ。


 ミノタウロスは片腕で顔を覆った。


「ラベンダー!」


「分かってる!」


 矢が飛ぶ。


 目ではなく、斧を握る手へ向かう。


 一本。


 二本。


 三本。


 三本目の矢が、指の間へ深く刺さった。


 ミノタウロスが咆哮する。


 斧を握る手が、わずかに緩んだ。


 俺は懐へ飛び込む。


 腹へ剣を突き立てる。


 刃は半ばまで入った。


「入った!」


 だが、ミノタウロスは剣が刺さったまま、太い腕を振り下ろしてきた。


 剣を引き抜き、後ろへ下がる。


 拳が地面を砕く。


 あと少し遅ければ、頭ごと潰されていた。


 ローズの魔法が再び飛ぶ。


 風の刃が肩へ当たる。


 皮膚が裂け、細く血が流れた。


 それだけだ。


「もっと強い魔法なら……」


 ローズが唇を噛む。


「でも、この距離ではミントさんまで巻き込んでしまいます」


「今ので十分だ!」


 俺は叫びながら、ミノタウロスの斧を避ける。


 ローズが隙を作り、ラベンダーが動きを邪魔する。


 その間に、俺が剣を入れる。


 少しずつだが、傷は増えている。


 勝てない相手ではない。


 問題は、こちらが先に持たなくなることだ。


 ミノタウロスの斧が、また盾へ叩きつけられた。


「ぐあっ!」


 亀裂が大きくなる。


 盾の端が欠け、地面へ落ちた。


 左腕に力が入らない。


 それでも、俺は盾を構え直した。


「ミント、下がって!」


 ラベンダーが叫ぶ。


「その盾、もう壊れるよ!」


「俺が下がったら、誰がこいつを止めるんだ!」


「でも!」


「大丈夫だ!」


 大丈夫ではない。


 それでも、そう言うしかなかった。


 ミノタウロスが斧を振り回す。


 俺は後ろへ下がりながら避ける。


 一撃。


 二撃。


 三撃。


 速い。


 だが、何度も攻撃を受けるうちに、少しずつ見えてきた。


 斧を振ったあとは、すぐに次の攻撃へ移る。


 拳も蹴りも止まらない。


 けれど、一つだけ違う。


 距離が離れたとき。


 ミノタウロスは頭を下げ、角をこちらへ向ける。


 そのまま突進する。


 突進の直後だけは、巨体を止めるために右脚を強く踏み込んでいた。


 ほんの一瞬。


 上半身の動きが止まる。


 あそこなら、深く斬れる。


 だが、突進をぎりぎりまで引きつけなければならない。


 早く避ければ、ミノタウロスは進路を変える。


 遅ければ角に貫かれる。


「ミント?」


 ラベンダーが俺の変化に気づいた。


 俺は少しずつ後ろへ下がる。


 盾を下ろした。


 ミノタウロスとの間に、まっすぐな道を作る。


「何をするつもりですか?」


 ローズの声が聞こえる。


 俺は答えなかった。


 ミノタウロスが口から白い息を吐く。


 前脚が地面を掻いた。


 来る。


「ミント、避けて!」


 ミノタウロスが地面を蹴った。


 巨体が一直線に迫る。


 角の先が、俺の胸へ向けられている。


 まだだ。


 逃げれば追いつかれる。


 ぎりぎりまで待つ。


 地面が揺れる。


 ミノタウロスの顔が目の前まで迫る。


「ミント!」


 今だ。


 俺は右へ踏み込んだ。


 巨大な角が防具の表面をかすめる。


 布が裂け、胸に熱い痛みが走った。


 それでも、避けた。


 ミノタウロスは止まるため、右脚を強く踏み込んだ。


 巨体が沈む。


 上半身が止まった。


「ここだ!」


 盾を手放す。


 剣を両手で握り、体ごと振り抜いた。


 刃が脇腹へ食い込む。


 硬い皮膚を裂き、分厚い筋肉を切り裂く。


 これまでとは違う。


 深い。


 ミノタウロスが初めて、苦痛に満ちた咆哮を上げた。


 大量の血が噴き出す。


「やった!」


 ラベンダーの声が聞こえた。


 だが、倒れない。


 ミノタウロスの目が赤く染まった。


 怒りに任せて腕を振るう。


 剣を引き抜くよりも速かった。


「っ!」


 巨大な拳が胸へ直撃する。


 体が宙を舞った。


 地面へ叩きつけられ、そのまま何度も転がる。


 剣が手から離れた。


 盾も手放した。


「ミント!」


 息ができない。


 胸が焼けるように痛む。


 起き上がろうと手をつく。


 左腕に力が入らず、体が再び地面へ落ちた。


 ミノタウロスは脇腹から血を流しながら、ゆっくりとこちらを向いた。


 傷は深い。


 それでも、まだ立っている。


 斧を引きずりながら、こちらへ歩いてくる。


「こっちを見ろ!」


 ラベンダーが矢を放つ。


 肩へ刺さる。


 首へ当たる。


 脚にも刺さる。


 ミノタウロスは止まらない。


「止まって!」


 ローズが風の塊を放つ。


 背中へ直撃し、巨体がわずかに揺れる。


 それでも、歩みは止まらなかった。


 俺は剣へ手を伸ばす。


 遠い。


 あと数歩。


 だが、腕に力が入らない。


 ミノタウロスが俺の前へ立った。


 巨大な影が体を覆う。


 斧が持ち上げられる。


「ミント!」


 ラベンダーの声。


「ミントさん!」


 ローズの声。


 ローズは世界樹の杖を握りしめていた。


 強い魔法を使えば、倒れている俺まで巻き込む。


 弱い魔法では止められない。


 ローズの手が震える。


 また自分の魔力を制御できなかったら。


 また誰かを傷つけたら。


 また村の者たちに恐れられたら。


 そんな考えが、ローズの表情に浮かんでいた。


 ミノタウロスが斧をさらに高く持ち上げる。


 ローズは俺を見た。


 俺は何度も、彼女の魔力を見てきた。


 初めて会ったときから、ローズの力を怖いとは思わなかった。


 大きすぎる力を、どう使えばいいのか分からなかっただけだ。


 だから一緒に世界樹の枝を取りに来た。


 ローズなら使えると信じた。


 世界樹の杖を手にした彼女は、実際に魔力を制御した。


 村を守った。


 何匹もの魔物を倒した。


 ローズはもう、力に振り回されるだけの魔法使いではない。


 ミノタウロスの斧が、俺へ向けられる。


 ローズが目を閉じた。


「怖いです」


 小さな声だった。


「また失敗するかもしれません」


 世界樹の杖を握る手から、震えが消えていく。


「それでも……」


 ローズが目を開いた。


「何もしなければ、ミントさんが死んでしまう」


 杖の先に、淡い光が灯った。


「ミントさんは、私を信じてくれました」


 光が一つ、また一つと増えていく。


 風に乗る、小さな緑色の光。


 地面から生まれる、茶色い光。


 折れた枝や葉から浮かび上がる、白い光。


 空気の中に漂っていた光が、ローズの周囲へ集まり始めた。


 ピクが胸ポケットから顔を出す。


「精霊さんたちが……」


 ローズは世界樹の杖を胸の前で握った。


「今度は、私が守ります」


 その瞬間、胸の奥が熱くなった。


 俺の中にある《信頼の器》が、大きく震える。


 ローズの決意に応えるように、見えない何かがつながった。


 光がローズの全身を包み込む。


 目の前に文字が浮かび上がった。


《信頼の器》が共鳴しました。


 ローズのJOB枠が拡張されます。


 二つ目のJOB――《精霊術師》を獲得しました。


 世界樹の杖を中心に、森中の光が集まっていく。


 ローズの髪が風に舞う。


 無数の精霊が彼女の周囲を飛び、杖へ力を注ぎ始めた。


 ミノタウロスが斧を振り下ろす。


 ローズが杖を向けた。


「ミントさんから――」


 これまでとは比べものにならない光が、世界樹の杖から溢れ出した。


「離れてください」


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