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おかえり!妖精の家へようこそ ~スキル図鑑で家族が増えていく物語~  作者: 月瀬 リュカ


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第19話 囚われたエルフ


「たぶん、山賊だよ」


 ラベンダーの言葉に、焚き火を囲んでいた護衛たちの表情が変わった。


「数は分かるか?」


 俺が尋ねる。


 ラベンダーは森へ鼻先を向けたまま、何度か匂いを確かめた。


「まだ遠い。けど、一人や二人じゃないよ」


「こちらを見張っているのか?」


「たぶんね。森の中で何度も場所を変えてる」


 野営地には三台の馬車が円形に止められている。


 商人や御者を含めれば、かなりの人数がいた。


 普通の盗賊なら、簡単に襲おうとは思わないはずだ。


 それでも近づいてきている。


「荷物が目当てでしょうか」


 ローズが杖を握りしめる。


 妖精の木から作った仮の杖だ。


 まだ大きな魔法は使えない。


 それでも、昨日よりは魔力を抑えられるようになっていた。


「分からない。でも、用心したほうがいい」


 俺は立ち上がり、盾を手に取った。


 他の護衛たちも武器を構える。


 商人たちは馬車の内側へ集まり、火を小さくした。


 俺の外套の中では、ピクが息を潜めている。


「ピク、出るなよ」


 小声で伝える。


「分かったの」


 いつもの元気な声ではなく、本当に小さな囁きが返ってきた。


 森の中から、枝を踏む音が聞こえた。


 一つ。


 続いて、別の方向からも音がする。


 囲まれようとしている。


「右に三人」


 ラベンダーが囁く。


「左にもいる。後ろにも」


「正面は?」


「一番多いよ」


 闇の中から、男たちが姿を現した。


 手入れのされていない剣や斧を持ち、革鎧の上から汚れた外套を羽織っている。


 正面だけで六人。


 森に潜んでいる者を合わせれば、十人以上はいるだろう。


 ひげ面の大男が一歩前へ出る。


「荷物と金を置いていけ」


 護衛の一人が鼻で笑った。


「人数を数えられないのか? こっちには護衛がいるぞ」


「知ってるさ」


 大男の視線が、俺たちを順番に見ていく。


 やがて、その目がローズで止まった。


 最初は何気なく見ただけだった。


 だが、長い耳に気づいた瞬間、大男の表情が変わる。


「おい」


 後ろにいた山賊へ声をかけた。


「あれ、エルフじゃねえか?」


 山賊たちの視線が、一斉にローズへ集まった。


「本当だ」


「女のエルフだぞ」


「こいつは高く売れる」


 笑い声が広がった。


 ローズの顔が強張る。


 杖を持つ手に力が入り、枝の先から淡い光が漏れた。


「生け捕りにしろ!」


 大男が叫ぶ。


「傷はつけるな! 他は殺しても構わねえ!」


 山賊たちが一斉に走り出した。


「来るぞ!」


 俺はローズの前へ出て、盾を構えた。


 正面から二人が迫る。


 一人目の剣を盾で受け止める。


 重い音が響いた。


 そのまま盾を押し出し、男の身体を突き飛ばす。


 もう一人が横から斧を振り下ろした。


 身体をひねり、盾の縁で軌道をそらす。


 空いた脇腹へ剣を突き込んだ。


「ぐっ……!」


 男が崩れ落ちる。


 倒した相手を見る余裕はない。


 最初に押し返した男が、再び剣を振り上げていた。


「武器を捨てろ!」


 俺が叫ぶ。


「うるせえ!」


 返事の代わりに剣が振り下ろされる。


 盾で受け、下から剣を振り上げた。


 刃が男の胸へ入る。


 男は目を見開き、そのまま地面へ倒れた。


 命を奪った感触が、剣を握る手に残った。


 けれど、立ち止まれない。


 俺の後ろには、ローズと商人たちがいる。


「ミント、左!」


 ラベンダーの声が飛ぶ。


 森から回り込んできた山賊が、馬車の隙間へ入り込もうとしていた。


 ラベンダーがその背後へ走る。


 男が振り返ったときには遅かった。


 短剣が腕へ突き刺さり、握っていた剣が落ちる。


「降参する?」


 ラベンダーが低い声で尋ねる。


 男は答えず、腰の短剣へ手を伸ばした。


 ラベンダーの刃が、男の喉を切り裂いた。


 血が地面へ落ちる。


 ラベンダーの耳が伏せられた。


 楽しんでいる様子はない。


 ただ、次の敵を探すためにすぐ顔を上げる。


「後ろから二人!」


「分かった!」


 俺は馬車の横を走った。


 御者へ斧を振り下ろそうとしていた男へ、盾ごと身体をぶつける。


 男が地面へ転がった。


 もう一人が俺の背中を狙う。


 振り返るのが間に合わない。


「下がってください!」


 ローズの声が響いた。


 枝の先に小さな光が集まる。


「風よ!」


 鋭い風が放たれた。


 山賊の胸を打ち、身体を後ろへ吹き飛ばす。


 大きな魔法ではない。


 それでも、男の体勢を崩すには十分だった。


 俺は振り返り、剣の柄で男の顎を打つ。


 男は白目をむいて倒れた。


「ローズ!」


「だ、大丈夫です」


 杖の枝には新しい亀裂が入っていた。


 だが、折れてはいない。


 ローズは呼吸を整えながら、再び小さな光を灯した。


「今度は、もっと弱くします」


 森から矢が飛んできた。


 俺は盾を上げる。


 矢が表面へ突き刺さった。


「弓がいる!」


 叫ぶより早く、ラベンダーが森へ駆け込んでいた。


 暗闇の中で、短い悲鳴が上がる。


 続いて、枝が大きく揺れた。


 ラベンダーが木の陰から現れる。


「一人倒した! もう一人逃げたよ!」


「追うな!」


「分かってる!」


 野営地の中央では、他の護衛たちも山賊と戦っていた。


 剣がぶつかる音。


 男たちの怒声。


 馬が怯えていななく。


 山賊の大男が、護衛を押しのけてローズへ向かってきた。


「邪魔だ!」


 大剣が横薙ぎに振られる。


 俺はローズの前へ割り込み、盾で受け止めた。


 腕に強い衝撃が走る。


 昨日戦った猪型の魔物ほどではない。


 だが、何度も受ければ耐えられない。


「そこをどけ!」


「断る!」


 盾を押し返す。


 大男は一歩下がっただけで、すぐに大剣を振り上げた。


「エルフ一匹で、金貨が何十枚になると思ってやがる!」


「人を物みたいに言うな!」


 振り下ろされた大剣を盾の斜面で受け流す。


 刃が地面へ食い込んだ。


 俺は踏み込み、剣を振る。


 大男は腕で受けようとした。


 刃が革鎧ごと腕を切り裂く。


「ぐあっ!」


 大剣が落ちる。


 それでも大男は腰から短剣を抜いた。


「殺してやる!」


 最後まで降伏するつもりはないらしい。


 俺は短剣を盾で弾き、剣を胸へ突き出した。


 大男の身体が止まる。


 口から血を流し、ゆっくりと膝をついた。


「エルフ……だったのに……」


 それだけ言い残し、地面へ倒れた。


 頭目が倒れたことで、山賊たちの動きが止まった。


「頭がやられた!」


「逃げろ!」


 森へ逃げようとした者を、護衛たちが追い払う。


 武器を落として膝をつく者もいた。


「降参だ!」


「もう戦わねえ!」


「殺さないでくれ!」


 護衛の一人が縄を持って駆け寄り、降伏した山賊たちを縛り始めた。


 戦いが終わる。


 森に静けさが戻っていった。


 俺は剣についた血を拭い、周囲を確認する。


 商人たちに怪我人はいるが、命に関わる者はいない。


 護衛の一人が腕を切られていたが、薬で処置できる程度だった。


「ローズ、大丈夫か?」


 俺が振り返る。


 ローズは青ざめた顔で、倒れた山賊たちを見ていた。


「はい……」


 声が震えている。


「怖かったか?」


「少しだけ」


 ローズは自分の長い耳に触れた。


「故郷にいた頃も、エルフを珍しがる人間がいるとは聞いていました。ですが、高く売れると言われたのは初めてです」


「もう大丈夫だよ」


 ラベンダーがローズの隣へ立つ。


「ミントが絶対に渡さないから」


「ラベンダーもだろ」


「もちろん。私も渡さないよ」


 ローズは俺たちを見つめ、ゆっくりと頷いた。


「ありがとうございます」


 そのとき、縛られていた山賊の一人が身をよじった。


「なあ! 話すから助けてくれ!」


「何を話す?」


 護衛の男が尋ねる。


「俺は言われてついてきただけなんだ! 人を殺したこともねえ!」


「それをどうやって信じろっていうんだ」


「本当だ!」


 山賊は必死に首を振る。


 その顔にはまだ若さが残っていた。


 俺は男の前へ立つ。


「どうしてローズを見て、すぐに高く売れると分かった?」


「それは……」


 男の目が泳ぐ。


「答えろ」


「前にも見たことがあるからだ」


 ローズの表情が変わった。


「エルフを?」


「ああ……」


 男は俯いた。


「この前、森でガキのエルフを捕まえた。仲間が連れてきたんだ」


「その子はどこにいる?」


 ローズが男へ詰め寄る。


 普段の穏やかな声ではなかった。


「い、いる! まだ生きてる!」


「どこですか!」


「ここから少し離れた小屋だ! 山の方へ入ったところにある!」


「なぜ売っていない?」


「買い手が来るのを待ってたんだ。エルフは珍しいから、普通の奴隷商じゃ扱えねえって……」


 ローズの手が震える。


 杖の先から、光が漏れ始めた。


「ローズ」


 俺が名前を呼ぶ。


 ローズははっとして、魔力を止めた。


「すみません」


「謝らなくていい」


 俺は山賊へ視線を戻す。


「小屋までどれくらいだ?」


「歩いて一時間もかからねえ」


「見張りは?」


「二人いる。たぶん今もいるはずだ」


「子どもは一人か?」


「ああ。女のガキだ」


 護衛たちが顔を見合わせる。


 商隊の責任者らしい年配の男が、こちらへ歩いてきた。


「助けに行くつもりか?」


「はい」


「だが、我々は護衛を依頼している。全員で野営地を離れるわけにはいかない」


「俺たち三人で行きます」


「ピクもいるの!」


 外套の中から、小さな声が聞こえた。


 俺は慌てて外套を押さえる。


 幸い、周囲の騒ぎで誰にも聞こえていないようだった。


 商人は少し考えたあと、頷いた。


「分かった。ここは他の護衛たちで守る。だが、夜の森だ。無理はするな」


「ありがとうございます」


 縛られた山賊を立たせる。


「お前が案内しろ」


「わ、分かった。だから殺さないでくれよ」


「余計なことをしなければ、今ここでは殺さない」


 その言葉を聞き、山賊は何度も頷いた。


 俺たちは野営地を離れた。


 先頭をラベンダーが歩く。


 その後ろに縄で繋いだ山賊。


 ローズと俺が続く。


 夜の森は暗い。


 月明かりも木々に遮られ、足元さえ見えにくかった。


 ラベンダーの耳が絶えず動いている。


「この匂いで合ってる」


「小屋の匂いが分かるのか?」


「人が長く住んでる場所の匂いがする。煙と汗と、腐った食べ物」


 少し進むと、山賊が右手を示した。


「あっちだ」


 細い獣道へ入る。


 やがて、木々の隙間から小さな明かりが見えた。


 古びた小屋が一軒建っている。


 窓から灯りが漏れ、扉の前には男が一人座っていた。


 もう一人は見えない。


「中にいる」


 ラベンダーが囁く。


「子どもの匂いもするよ」


 ローズが息を呑んだ。


「生きているのですね」


「うん。でも、かなり弱ってる」


 俺は縄を木へ括りつけ、案内役の山賊を座らせた。


「声を出すな」


 男が何度も頷く。


「俺が正面へ行く。ラベンダーは裏へ」


「分かった」


「ローズはここで待っていてくれ」


「ですが――」


「子どもを守る人が必要だ。俺たちが見張りを倒したら、すぐに来てくれ」


 ローズは迷ったあと、杖を握りしめた。


「分かりました」


 俺は盾を構え、小屋へ近づく。


 扉の前にいた男がこちらへ気づいた。


「誰だ?」


「旅人だ。道を間違えた」


「こんな夜中に?」


 男が立ち上がり、剣へ手をかける。


 俺はさらに近づいた。


「エルフの子どもを返してもらいに来た」


 男の目が見開かれる。


「てめえ!」


 剣が抜かれる。


 俺は走り出した。


 男が斬りかかる。


 盾で受け止め、そのまま身体を押し込む。


 男の背中が小屋の壁へぶつかった。


 剣の柄で腹を打つ。


「ぐっ!」


 男が身体を折る。


 膝で顎を蹴り上げると、そのまま地面へ倒れた。


 小屋の扉が勢いよく開く。


 もう一人の男が斧を持って飛び出してきた。


「何の騒ぎだ!」


 男が俺へ斧を振り上げる。


 その背後から、ラベンダーが飛びかかった。


 短剣の柄が後頭部へ叩き込まれる。


 男の身体が前へ傾く。


 俺は盾で斧を弾き飛ばし、剣を首元へ突きつけた。


「動くな」


「くそっ……」


「子どもはどこだ?」


 男は答えない。


 ラベンダーが小屋の中へ鼻先を向ける。


「奥だよ」


 俺たちは男たちを縛り、小屋へ入った。


 中はひどい臭いだった。


 酒の瓶。


 食べ残し。


 汚れた布。


 壁には武器や縄が無造作に掛けられている。


 奥に、地下へ続く扉があった。


 扉には太い木の棒が嵌められている。


 ローズが駆け寄り、棒を外した。


「誰かいますか!」


 返事はない。


 扉を開ける。


 冷たい空気が地下から上がってきた。


 俺が先に階段を下りる。


 地下は狭く、土の壁に囲まれていた。


 奥に鉄格子がある。


 その向こうで、小さな影が身を縮めていた。


 長い耳。


 汚れた金色の髪。


 身体には薄い布しか身につけておらず、手足には擦り傷があった。


「エルフ……」


 ローズの声が震えた。


 子どもが顔を上げる。


 怯えた目が、俺たちを見る。


 そして、ローズの耳に気づいた。


「お姉……ちゃん……?」


「はい」


 ローズが鉄格子の前へ膝をつく。


「もう大丈夫です。助けに来ました」


 鍵は壁に掛かっていた。


 俺が開ける。


 ローズはすぐに中へ入り、子どもの身体を抱きしめた。


 子どもはしばらく動かなかった。


 信じられないように、ローズの顔を見上げている。


「本当に……エルフ?」


「はい。あなたと同じエルフです」


「売られない?」


「売らせません」


 ローズの声が強くなる。


「もう誰にも、あなたを連れていかせません」


 その言葉を聞いた瞬間、子どもの顔が歪んだ。


「怖かった……」


「はい」


「ずっと、怖かった……」


「もう大丈夫です」


 小さな手が、ローズの服を強く掴む。


 子どもは声を上げて泣き始めた。


 ローズは何度も背中を撫でる。


「大丈夫です」


 同じ言葉を繰り返す。


「もう、大丈夫ですから」


 ローズの声も、わずかに震えていた。


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