第15話 泉に生まれたもの
まばゆい光に視界を奪われ、俺は思わず目を閉じた。
「ピク!」
「だ、大丈夫なの!」
近くからピクの声が聞こえる。
光は開いた扉の向こう――妖精の家にある泉から、こちら側まであふれ出していた。
目を開けようとしても、白一色で何も見えない。
それでも、水色の髪の女性の身体を支えるために、足だけは動かさなかった。
「まだ魔力は流れているのか?」
「もう少しなの! そのまま、ゆっくり!」
ピクの声に応えるように、女性が焼け焦げた杖を強く握りしめる。
白い光の流れが、少しずつ細くなっていった。
やがて最後の一筋が扉の向こうへ吸い込まれる。
その瞬間、女性の手の中で杖が音を立てた。
ひび割れた杖が、黒い欠片となって崩れ落ちる。
「あ……」
女性の身体から力が抜けた。
「危ない!」
崩れ落ちる身体を、俺は両腕で抱き止めた。
水色の髪が揺れ、俺の腕へ流れ落ちる。
「おい、大丈夫か?」
声をかけても返事はなかった。
ぐったりとしているが、胸は小さく上下している。
暴れていた魔力も、もう感じなかった。
「気を失っているだけみたいなの」
女性の顔を覗き込んだピクが、ほっと息を吐く。
「助かったのか?」
「うん。魔力は全部、泉に流れたの」
「よかった……」
隣に立っていたラベンダーが、その場へ座り込みそうになる。
俺も安心したが、まだここで休んでいるわけにはいかない。
意識を失った女性を、このまま森の中へ寝かせておくことはできなかった。
「家へ運ぼう」
「私も手伝う」
ラベンダーに支えてもらいながら、女性を抱え直す。
開いたままの扉をくぐると、妖精の家の前へ戻った。
妖精たちはすでに泉の近くへ集まり、騒がしく飛び回っている。
「お水が光ってるの!」
「まだきらきらしてる!」
「魔力がいっぱいなの!」
泉は淡い白色に輝いていた。
先ほどまでの目を開けていられないほどの光ではない。
水の底から、小さな光の粒が次々と浮かび上がっている。
気にはなったが、今は女性を休ませる方が先だ。
俺たちは家へ入り、女性を寝台へ横たえた。
頭の下へ枕を置き、ラベンダーが毛布をかける。
「顔色はさっきよりよくなったね」
「ああ。しばらく眠れば、目を覚ますと思う」
もちろん、確かなことは分からない。
それでも、苦しそうに歪んでいた表情は穏やかになっていた。
俺たちは女性をピクたちに任せ、もう一度外へ出た。
泉の周囲には、さらに多くの妖精が集まっている。
みんな水面を覗き込み、驚いた声を上げていた。
「ミント、真ん中を見るの!」
ピクが泉の中央を指差す。
水面の下で、光の粒が渦を巻いていた。
大量の魔力が一か所へ集まり、少しずつ形を作っている。
「何かできてる……?」
ラベンダーが俺の腕へ身を寄せる。
光の渦が強くなった。
泉の水が中央から盛り上がり、その中から透明なものが姿を現す。
最初は小さな欠片だった。
けれど、周囲の光を吸い込むたびに大きくなり、やがて両手で抱えられるほどの結晶へ変わっていく。
透き通ったクリスタルが、泉の中央へゆっくりと浮かび上がった。
「きれい……」
ラベンダーが呟く。
クリスタルの内部では、白や水色の光がゆるやかに流れていた。
まるで、先ほど泉へ流れ込んだ魔力が、そのまま結晶になったように見える。
「ピク、これは何なんだ?」
「ピクも知らないの」
てっきり説明してくれると思ったが、ピクも目を丸くしていた。
他の妖精たちも、初めて見るものらしい。
「妖精の泉に、こんなのができたことはないの?」
「ないの。初めてなの」
ピクがおそるおそるクリスタルへ近づいていく。
小さな手が表面へ触れようとした、そのときだった。
クリスタルの奥で光が弾ける。
「わっ!」
ピクが慌てて離れた。
次の瞬間、足元が小さく揺れ始める。
「今度は何だ?」
「おうちが動いてるの!」
妖精の一人が叫んだ。
振り返ると、妖精の家が淡い光に包まれていた。
木の壁が軋み、屋根がゆっくりと持ち上がっていく。
「壊れるのか?」
「違うの!」
ピクは驚きながらも、どこか嬉しそうに叫んだ。
「おうちが大きくなってるの!」
左右の壁が少しずつ広がっていく。
一本だった煙突の隣に、小さな煙突がもう一本生えた。
屋根の形も変わり、二階部分らしき小さな窓が現れる。
家の横には新しい扉が作られ、その隣にも窓が増えていった。
やがて揺れが止まり、家を包んでいた光が消える。
そこには、さっきまでより一回りも大きくなった妖精の家が建っていた。
「すごいの!」
「おうちが広くなった!」
「新しいお部屋があるの!」
妖精たちが歓声を上げ、一斉に家へ飛んでいく。
俺とラベンダーは顔を見合わせた。
「見に行ってみようか」
「うん!」
俺たちも妖精たちの後を追い、家の中へ入る。
最初に気づいたのは、広くなった食事場所だった。
以前は俺たちが座ると少し窮屈だった机の周りに、余裕ができている。
壁際には新しい棚が並び、食器や食料を置けそうだった。
「ここなら、みんなで食べても狭くないね」
ラベンダーが嬉しそうに椅子へ座る。
妖精たちは新しい棚の中へ入り込み、自分たちの隠れ場所にしようとしていた。
奥へ進むと、新しい部屋が増えている。
一つは物置のようで、壁に道具を掛ける場所があった。
もう一つの部屋には、小さな寝台が置かれている。
「寝る場所まで増えたのか」
「さっきの人が使えるね」
ラベンダーの言葉に頷く。
今までの家では、誰かが増えるたびに寝る場所に困りそうだった。
妖精の家は、これから住む者が増えることを知っているかのように、新しい部屋を作ってくれたらしい。
二階へ続く小さな階段もできていた。
上には妖精たちが使う部屋が並び、窓から泉を見下ろせる。
「ここ、ピクのお部屋にしていいの?」
ピクが窓の前を飛び回る。
「今まで自分の部屋はなかったのか?」
「みんな一緒だったの。でも、自分のお部屋も楽しそうなの!」
他の妖精たちも、自分の場所を決めようと大騒ぎしている。
家の成長を喜ぶ声を聞いていると、俺まで嬉しくなってきた。
泉へ流れ込んだ魔力がクリスタルとなり、妖精の家を成長させた。
なぜそんなことが起きたのかは分からない。
それでも、悪い変化ではなさそうだ。
「ミント!」
一階からラベンダーの声が響いた。
「どうした?」
「さっきの人が!」
俺は急いで階段を下りる。
寝台のある部屋へ入ると、水色の髪の女性がゆっくりと上半身を起こしていた。
まだ意識がはっきりしていないのか、ぼんやりと部屋の中を見回している。
俺たちに気づくと、その瞳が大きく開かれた。
「ここは……どこですか?」




