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おかえり!妖精の家へようこそ ~スキル図鑑で家族が増えていく物語~  作者: 月瀬 リュカ


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第14話 小さな悲鳴


「私は、誰かを傷つけることしかできませんから」


 女性の声が震えた。


 その言葉に呼応するように、彼女の足元から炎が噴き上がる。


 俺は反射的に盾を構えた。


 熱風が押し寄せ、焼けた葉が空へ舞い上がる。


「ミント!」


 ラベンダーが俺の腕を引いた。


 次の瞬間、俺たちが立っていた場所へ雷が落ちる。


 青白い光が地面を貫き、土と石が激しく弾けた。


「今のも、あの人が?」


「違います」


 ラベンダーは女性から目を離さないまま答えた。


「あの方は、私たちを狙っていません」


「でも、魔法は飛んできたぞ」


「制御できていないのでしょう」


 女性は杖を握りしめたまま、荒い呼吸を繰り返している。


 炎を放とうとしたわけではない。


 雷を落とそうとしたわけでもない。


 それでも、彼女からあふれた魔力は、勝手に形を変えて周囲を破壊している。


「来ないでください!」


 女性がもう一度叫んだ。


「早く、この場所から離れてください!」


 杖の先端から、火の粉が散る。


 直後、突風が巻き起こった。


 盾を地面へ突き立てる。


 それでも身体が後ろへ押し流されそうになる。


 ラベンダーは近くの木へ手を伸ばし、どうにか踏みとどまっていた。


 ピクは俺の背中へ隠れるようにしがみついている。


「ピク、何が起きている?」


「魔力が暴走してるの!」


 ピクは風に飛ばされないよう、俺の服を両手でつかんだ。


「自分で止められなくなってる!」


「魔力が多すぎるのか?」


「多いだけじゃないの!」


 ピクが女性の周囲を指さす。


「あのひとの魔力が、森の魔力まで引っぱってる!」


「森の魔力を?」


「うん! 木も、地面も、空気も、魔力を持ってるの! それが全部、あのひとのところへ集まってる!」


 俺には魔力の流れは見えない。


 けれど、森の様子を見れば、ピクの言葉が正しいことは分かった。


 女性の周囲だけ、木々が不自然に揺れている。


 落ち葉や折れた枝が、風とは違う動きで彼女へ引き寄せられていた。


 地面からは、白い光が細い筋となって浮かび上がっている。


 森全体の力が、一人の身体へ集まっている。


 その魔力が入りきらず、炎や雷となって外へあふれているのだ。


「どうして、こんなことに……」


 ラベンダーが呟く。


 女性の耳にも届いたらしい。


 彼女は苦しそうに唇を噛んだ。


「私にも……分かりません」


 杖を握る指が震えている。


「いつもより少し大きな魔法を使っただけでした。ですが、途中から魔力が止まらなくなって……」


「それで森の魔力まで集まり始めたのか」


「私が、弱いからです」


「違う」


 思わず言葉が出た。


 女性が驚いたように俺を見る。


「弱い人間が、こんな魔力を持っているはずがない」


「ですが、扱えなければ同じです!」


 女性の声が強くなる。


 その感情に反応したのか、足元から岩が飛び出した。


 巨大な岩の塊が地面を突き破り、近くの木をへし折る。


 女性の顔が青ざめた。


「ほら……また」


 自分が壊した木を見つめ、肩を震わせる。


「私は、何をしても壊してしまう」


「落ち着け」


「近づかないでください!」


 炎が壁のように立ち上がる。


 女性と俺たちの間を完全に遮った。


「これ以上、傷つけたくありません」


 その声は小さかった。


 拒絶しているというより、怯えているように聞こえた。


 俺は盾を構えたまま、ピクへ尋ねる。


「暴走を止める方法はないのか?」


「分からないの」


 ピクは首を振った。


「こんなにいっぱいの魔力、ピクも見たことないの」


「本人が魔法を止めても駄目なのか?」


「もう魔法を使ってないよ」


「使っていない?」


「あふれてるだけなの」


 魔法を放っているのではない。


 流れ込んでくる魔力を、抑えきれずにいるだけ。


 それなら、本人の意思だけで止めるのは難しい。


「どこかに魔力を逃がせないのか」


「今は、杖に入れてる」


 ピクが女性の手元を指さした。


 焼け焦げた杖。


 よく見ると、細い亀裂がいくつも走っている。


 その亀裂の内側から、白い光が漏れていた。


「あの杖に?」


「うん。自分の中に入りきらない魔力を、杖へ流してるの」


「だから壊れかけているのか」


 ピクは小さく頷いた。


「あの杖、もう限界なの」


 女性の手の中で、杖が低く軋んだ。


 乾いた音が響き、先端の一部が崩れ落ちる。


「まずいぞ」


 俺が一歩踏み出すと、女性が激しく首を振った。


「来ないで!」


「その杖はもう持たない!」


「分かっています!」


 女性も杖の状態に気づいていた。


 それでも手を離そうとはしない。


「だったら杖を捨てろ!」


「捨てられません!」


「どうしてだ!」


「この杖がなければ、もっと多くの魔力があふれます!」


 女性の叫びに、ピクが慌てて俺の前へ飛び出した。


「壊しちゃだめ!」


「ピク?」


「あの杖の中、魔力でいっぱいなの! 今壊したら、たまってる魔力が全部出ちゃう!」


「全部?」


「一気に爆発するの!」


 ピクが森を見回す。


「この辺り、全部なくなっちゃうかもしれない」


 俺は杖を見る。


 今にも砕けそうな、ぼろぼろの杖。


 だが、危険だからと壊すこともできない。


 今はあの杖だけが、膨大な魔力を押さえる蓋になっている。


「あと、どれくらい持つ?」


「分からないの」


「分からないって……」


「もう限界を超えそうなの!」


 杖の亀裂が、また一つ広がった。


 光が強くなる。


 周囲の炎も、風も、雷も、さらに勢いを増していく。


 女性は目を閉じた。


 その顔から、少しずつ恐怖が消えていく。


 代わりに浮かんだのは、諦めだった。


「もう……これしかありません」


 静かな声だった。


 彼女は杖を自分の胸元へ引き寄せる。


 すると、杖からあふれていた白い光が、少しずつ女性の腕へ流れ込み始めた。


「何をしてる?」


 俺には意味が分からなかった。


 けれど、ピクはすぐに気づいた。


「だめー!」


 ピクの顔が青ざめる。


「あのひと、杖に入れた魔力を自分へ戻してる!」


「戻している?」


「全部、自分の中に入れるつもりなの!」


 女性の腕に、光の筋が浮かび上がる。


 それは血管のように肌の下を走り、肩から首へと広がっていった。


 同時に、周囲で荒れ狂っていた炎が弱まる。


 風も少しずつ収まっていく。


「止まり始めた?」


 ラベンダーが呟く。


「違う!」


 ピクが叫ぶ。


「森にあふれてる魔力を、全部自分だけで受け止めようとしてるの!」


 その意味を理解した瞬間、背筋が冷たくなった。


「そんなことをしたら……」


「身体が壊れちゃう!」


 女性は、自分一人を犠牲にして森を守ろうとしている。


「やめろ!」


 俺は盾を前へ出し、炎の中へ踏み込んだ。


 熱気が肌を焼く。


 呼吸をするだけで喉が痛んだ。


「来ないでください!」


「そのまま続けたら死ぬぞ!」


「私一人で済むのなら、それでいいんです!」


「よくない!」


 女性の顔にも光の筋が浮かび始める。


 頬から額へ、細い亀裂のように広がっていく。


 時間がない。


「ピク!」


「なに!」


「あの魔力を、別の場所へ逃がせないのか!」


「別の場所?」


「何でもいい! あれだけの魔力を受け止められる場所はないのか!」


 ピクは必死に周囲を見回した。


「たくさんの魔力を入れられる場所……」


 小さな両手を胸元へ寄せ、考え込む。


 やがて、はっと顔を上げた。


「妖精の泉!」


「泉なら受け止められるのか?」


「分からないの!」


「分からないのか」


「でも、妖精の泉は森の魔力が集まる場所なの! 普通の水じゃないから、たくさん入るかもしれない!」


 可能性はある。


 少なくとも、このまま何もしなければ女性は死ぬ。


「どうやって泉まで流す?」


「魔力の道を作るの」


「道?」


「このひとから、妖精の泉まで魔力をつなぐの!」


 ピクは女性と森の奥を交互に指さした。


「でも、あのひとが自分で魔力を外へ流してくれないと無理なの」


「だったら、そうしてもらえばいい」


「できません!」


 女性が叫んだ。


 俺たちの話を聞いていたらしい。


「そんなことをすれば、あなたたちまで巻き込んでしまいます!」


「泉へ流せば助かるかもしれない」


「失敗すれば、森だけでは済みません!」


 女性は激しく首を振る。


「あなたたちまで傷つけてしまいます。だから、これでいいんです」


「よくない」


「私のせいなんです!」


 風が再び強くなる。


「私の魔力が暴走した。私が森を壊した。なら、私が責任を取るべきです!」


「死ぬことが責任を取ることなのか?」


 女性が息をのむ。


「自分が死ねば、それで全部終わると思っているのか?」


「では、どうすればいいのですか!」


 涙を浮かべ、女性が声を上げた。


「私は何度も失敗しました! 小さな魔法すら満足に使えない! 誰かが近くにいれば、必ず傷つける!」


 彼女の魔力が感情に引きずられ、また炎となって噴き上がる。


「だから一人でいようとしたのに、それでも森まで傷つけました!」


 女性は杖を強く抱きしめた。


「もう、私にできることはこれしかありません!」


 違う。


 この女性は、死にたいわけではない。


 自分が生きていれば、また誰かを傷つけると思っている。


 だから、死ぬしかないと決めつけている。


 それは、少し前までのラベンダーと同じだった。


 誰にも頼れず。


 自分一人で抱え込み。


 自分さえ消えれば、周囲は幸せになると思っていた。


「失敗してもいい!」


 俺は暴風の中で叫んだ。


 女性の目が大きく開く。


「俺たちが止める!」


「無理です!」


「無理かどうかは、まだ分からない!」


「ですが――」


「今度は一人で抱えるな!」


 女性の言葉が止まった。


 炎が揺れる。


 彼女の身体を走る光は、さらに強くなっている。


「一人で無理なら、誰かに頼ればいい」


「そんなこと……」


「俺たちを巻き込みたくないなら、一緒に止める方法を探せばいい」


「私には、できません」


「できなくてもいい」


 俺は盾を構えたまま、一歩ずつ近づく。


「俺も一人じゃ何もできなかった」


 ラベンダーを見る。


 彼女は小さく頷いた。


「ラベンダーがいたから、銀熊と戦えた。ピクがいたから、妖精の家を見つけられた」


 俺一人でできることなど、ほんの少ししかない。


 だから、誰かと一緒にいる。


「お前も、一人で全部できなくていい」


 女性の唇が震える。


「失敗して、誰かを傷つけるかもしれません」


「そのときは、俺が盾になる」


「森を壊すかもしれません」


「ラベンダーが安全な道を探す」


 ラベンダーが弓を構えながら答えた。


「任せてください」


「魔力を止められないかもしれません」


「ピクが泉まで道を作る」


「ピク、がんばるの!」


 女性は俺たちを見回した。


 信じられないものを見るような目だった。


「どうして……」


 その声は、今にも消えそうだった。


「どうして、そこまでしてくれるのですか」


「目の前に助けを求めている人がいるからだ」


「私は、助けを求めてなど――」


「なら、今から求めればいい」


 女性の瞳から、涙がこぼれた。


 ずっと杖を握りしめていた手が、わずかに緩む。


 けれど、まだ恐怖に耐えるように指先を震わせている。


「怖いです」


「ああ」


「また、誰かを傷つけるのが怖い」


「それでも、一人で死ぬな」


 俺は女性から目を逸らさなかった。


「失敗してもいい。今度は一人で抱えるな」


 長い沈黙が流れた。


 炎の音。


 風の音。


 ひび割れた杖が軋む音。


 そのすべてに混じって、女性の小さな嗚咽が聞こえた。


 やがて彼女は顔を上げた。


 涙で濡れた瞳が、まっすぐ俺を見る。


「……助けてください」


 それは小さな悲鳴だった。


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