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おかえり!妖精の家へようこそ ~スキル図鑑で家族が増えていく物語~  作者: 月瀬 リュカ


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第10話 信頼の器


 向こう岸へ渡るための古い木橋は、中央から大きく崩れ落ちていた。


 残っているのは、こちら側と向こう側から伸びた橋の一部だけだ。


 その間には、人が数人並んでも届かないほどの空間がある。


 谷底をのぞいてみたが、深すぎて底は見えなかった。


「これでは渡れませんね」


 ラベンダーが橋の端へ近づき、崩れた部分を見下ろす。


「ほかに道はないのか?」


 俺が尋ねると、月の妖精が谷の向こうを指した。


「月の谷へ入る道は、ここだけだよ」


「回り道もない?」


「ずっと遠くまで行けばあるかもしれないけど、妖精には分からないの」


 月の妖精は困ったように、淡い光を弱めた。


 ここまで来て引き返すわけにはいかない。


 月の欠片があれば、ラベンダーの病を治せる。


 俺は背負っていた荷物を地面へ下ろした。


 中から短い木材と、金槌、釘、のこぎりを取り出す。


「それを使うのですか?」


 ラベンダーが木材を見る。


「ああ。家の壁を直すために持ってきたけど、先にこっちで使おう」


「しかし、木材が足りません」


 持ってきた木は数本しかない。


 橋の崩れた部分をすべて埋めるには、明らかに足りなかった。


「森から使えそうな木を探そう」


「切り倒すのですか?」


「細い木なら、のこぎりでも切れるはずだ」


 俺は崩れた橋の残骸を調べた。


 橋板の何枚かは谷へ落ちず、太い縄に引っかかったままぶら下がっている。


 使える部分を回収すれば、新しく用意する木材を減らせそうだ。


「ラベンダー。縄を伝って、下の板を取れそうか?」


「できます」


「危ないから、無理はするなよ」


「ミントが縄を押さえていてください」


「ああ」


 ラベンダーは弓を地面へ置き、残った橋の端へ腰を下ろした。


 縄をつかみ、身体を谷側へ滑らせる。


 俺は縄を両手で握り、足を踏ん張った。


 ラベンダーは身軽だった。


 崩れた橋板まで降りると、足を縄へ引っかけ、片手で身体を支える。


 空いた手で、板に絡まった細い縄をナイフで切った。


「一枚、取れます」


「上げるぞ」


 俺はラベンダーと橋板を一緒に引き上げた。


 一枚目を地面へ置き、同じように残りの板も回収する。


 全部で四枚。


 傷んではいるが、体重をかけても折れない程度の強さは残っていた。


「これで少し足りるな」


「残りは森から集めましょう」


 俺とラベンダーは、橋の近くに生えている細い木を探した。


 真っすぐ伸びていて、橋板に使えそうなものを選ぶ。


 俺がのこぎりで幹を切り、ラベンダーが倒れる方向を縄で調整した。


 一本切るだけでも、かなり時間がかかった。


「木を切るのは大変なんだな」


「代わりますか?」


「いや。ラベンダーは周りを見ていてくれ。魔物が来たら、俺は気づけない」


「分かりました」


 ラベンダーは俺のそばに立ち、耳と鼻を使って森を警戒する。


 木を切る音は遠くまで響く。


 けれど、ラベンダーが見張ってくれていると思えば、作業に集中できた。


 切り倒した木から枝を落とし、橋に使える長さに切り分ける。


 表面の出っ張りを削り、できるだけ平らにする。


「ミント、右側をもう少し削った方がいいです」


「こっちか?」


「はい。そのままでは、隣の板と高さが合いません」


 俺よりも目のいいラベンダーが、板の形を確かめてくれる。


 俺が切り、ラベンダーが支える。


 重い木を運ぶときは、二人で持った。


 一本では運びづらい木材も、二人なら簡単に動かせる。


「一人だったら、ここで諦めていたかもしれないな」


「私も一人なら、橋を直そうとは思わなかったでしょう」


「また二人で助かったな」


「はい」


 ラベンダーが小さく笑った。


 集めた木材を橋の端へ並べる。


 まずは土台になる太い木を、残っている橋の骨組みに縄で固定する。


 その上へ板を渡し、釘を打ち込んでいく。


 金槌を振るたび、乾いた音が谷へ響いた。


 ピクと月の妖精も、俺たちの周りを飛んでいる。


「そこ、曲がってるよ!」


 ピクが板の端を指さす。


「本当か?」


「ちょっとだけ!」


「ピクに分かるのか?」


「お家を作る妖精だから分かるよ!」


「それなら最初から教えてくれ」


「今、教えたよ?」


「そうだけど」


 ピクに言われた部分を直し、板を打ち直す。


 月の妖精は橋の向こう側へ飛び、木材の位置を見てくれた。


「もう少し右だよ!」


「このくらいか?」


「もう少し!」


「これ以上は動かせないぞ」


「じゃあ、そこでいいよ!」


「適当だな」


 少し不安になったが、橋は少しずつ形を取り戻していった。


 最後の板を固定し終えるころには、日が高く昇っていた。


 俺は金槌を置き、汗を拭う。


「できた……と思う」


 完全に元通りではない。


 新しい板と古い板が入り混じり、見た目も不格好だ。


 それでも、崩れていた部分には向こう岸まで続く足場ができている。


「私が先に確かめます」


 ラベンダーが一歩踏み出そうとする。


「待て。俺が行く」


「なぜですか?」


「俺の方が重い。俺が渡れたら、ラベンダーも渡れるだろ」


「壊れたら、ミントが落ちます」


「そのときは縄で引っ張ってくれ」


「簡単に言わないでください」


 ラベンダーは少し困った顔をしたが、俺の腰へ縄を結んだ。


 俺は盾を置き、できるだけ身体を軽くする。


 新しく作った部分へ、ゆっくり足を乗せた。


 板が小さく軋む。


 けれど、折れない。


 一歩ずつ進む。


 橋の中央まで来たところで、下から強い風が吹き上がった。


 身体がわずかに揺れる。


「ミント!」


「大丈夫だ!」


 俺は足を止め、風が弱くなるのを待った。


 再び歩き出し、向こう岸へたどり着く。


「渡れたぞ!」


 振り返ると、ラベンダーの耳が立っていた。


「今度は私が行きます」


 ラベンダーは弓を背負い、橋を渡り始める。


 俺よりもずっと軽い足取りだった。


 途中で板が軋んでも慌てず、そのまま向こう岸まで渡り切った。


 ピクと月の妖精は、橋の上を飛んで渡る。


「橋、直った!」


 ピクが嬉しそうに声を上げた。


「ああ。これで月の谷へ行ける」


 俺が橋を振り返ったとき、《スキル図鑑》が現れた。


 表紙が淡く光り、ひとりでにページが開いていく。


【新しい技能が登録されました】


《木工》


【登録技能数 10/100】


「十個目……」


 図鑑の文字が強く輝いた。


 今までとは違う。


 開かれたページから光があふれ、俺の身体を包み込む。


【技能登録率が10%に到達しました】


【達成報酬を付与します】


【《信頼の器》を獲得しました】


「信頼の器?」


 ラベンダーが俺の隣から図鑑をのぞく。


 次のページに、新しい説明が浮かび上がった。


【《信頼の器》】


【他者との信頼を力として受け入れるための器】


【器の成長に応じて、同時に保持できるJOB枠が増加します】


【現在のJOB枠が一つ増加しました】


【保持可能JOB数 2】


「JOBを二つ持てる……?」


 俺は心の奥へ意識を向けた。


 自分の中にある職業を確認する。


 これまで使っていたのは《剣士》。


 けれど、その奥には、もう一つの職業が眠っていた。


《戦士》。


 剣だけではなく、盾を使い、身体そのものを鍛えながら戦ってきたことで、以前から習得していた職業だ。


 だが、俺にはJOBを一つしか持つことができなかった。


 そのため、《剣士》を選んでいる間は《戦士》の力を使えなかった。


 今は違う。


 空いていた場所に、《戦士》を入れることができる。


「《戦士》を二つ目のJOBにする」


 俺がそう意識した瞬間、身体の奥で何かがはまった。


【第二JOBに《戦士》を設定しました】


【第一JOB《剣士》】


【第二JOB《戦士》】


【WJOBが有効になりました】


 身体が強い光に包まれた。


「ミント!」


 ラベンダーが俺の名前を呼ぶ。


「大丈夫だ!」


 痛みはない。


 むしろ、身体の内側から力があふれてくる。


 腕が軽い。


 足が地面をしっかりとつかんでいる。


 今までよりも、自分の身体を自由に動かせる気がした。


 光が収まる。


 俺は両手を握り、ゆっくり開いた。


「力が……みなぎってくる」


「見た目は変わっていません」


「そうなのか?」


「はい。少しだけ、雰囲気が変わった気はします」


 俺は地面に置いていた盾を持ち上げた。


 いつも使っている盾なのに、驚くほど軽い。


 重さがなくなったわけではない。


 俺の腕力が上がったのだ。


 剣を抜き、軽く振ってみる。


 刃が空気を切る音が、以前よりも鋭かった。


「これがWJOB……」


 《剣士》の剣技。


 《戦士》の腕力と丈夫な身体。


 二つの職業の力が、同時に俺の中にある。


「どのくらい強くなったのですか?」


「まだ分からない」


 そう答えた直後だった。


 ラベンダーの耳が動く。


 すぐに弓を手に取り、森の方へ顔を向けた。


「魔物です」


「何頭いる?」


「灰爪狼が一頭。こちらへ近づいてきます」


 昨日、三頭で襲ってきた狼と同じ魔物だ。


 茂みが揺れ、灰色の狼が飛び出してきた。


 灰爪狼は俺たちを見つけると、迷わず地面を蹴った。


「ミント、私が――」


「試してみる」


 俺は盾を構え、狼の正面へ立つ。


 灰爪狼が飛びかかってくる。


 昨日なら、両足を踏ん張って受け止めていた。


 今は違う。


 狼が盾へぶつかった瞬間、俺は片足も下がらなかった。


「軽い……」


 灰爪狼が牙を立て、盾へ噛みつく。


 俺は盾を横へ振った。


 それだけで、灰爪狼の身体が地面から浮く。


 狼は数歩先まで吹き飛び、地面を転がった。


 立ち上がろうとした灰爪狼へ、一気に距離を詰める。


 以前よりも足が速い。


 剣を一度振り下ろした。


 灰爪狼は避けることもできず、そのまま動かなくなった。


「……終わった」


 自分でも信じられなかった。


 昨日はラベンダーと協力し、何度も攻撃して倒した相手だ。


 それが、今は一人で簡単に倒せた。


 ラベンダーも弓を構えたまま、動きを止めている。


「一撃でしたね」


「ああ」


「昨日とは、まるで違います」


 俺は手の中の剣を見る。


「これが、《剣士》と《戦士》の力なのか」


 強くなった。


 はっきりと分かる。


 けれど、それ以上に気になったことがあった。


 《信頼の器》。


 名前の通りなら、俺一人の力だけで成長するものではない。


 ラベンダーやピクとの信頼が、この器を広げてくれるのかもしれない。


「ミント」


 ラベンダーが俺の顔をのぞき込む。


「どうしました?」


「いや。少し考えていただけだ」


「急に強くなって、怖いですか?」


「少しだけな」


「ミントはミントです」


 ラベンダーはいつもと変わらない声で言った。


「職業が増えても、変わりません」


「……ありがとう」


「それに、強くなったのなら助かります」


「そっちが本音か?」


「どちらも本音です」


 ラベンダーは小さく笑った。


 倒した灰爪狼は、昨日と同じように妖精の庭へ運んだ。


 これで庭に置いた狼は四頭になる。


 帰ったら、まとめて解体して町で売ろう。


 俺たちは修理した橋を渡り、月の谷へ入った。


 谷の中には、淡い光を放つ花が咲いている。


 昼間なのに、空には薄い月が浮かんでいた。


「ここが月の谷だよ」


 月の妖精が俺たちの前を飛ぶ。


「月の欠片は、谷の奥にあるのか?」


「うん。もう少しだよ」


 ラベンダーは周囲を警戒しながら歩いている。


 月の谷は静かだった。


 鳥の声も聞こえない。


 風が吹くたび、白い花が揺れる音だけが響く。


「何かいます」


 ラベンダーが足を止めた。


「狼か?」


「違います」


 耳を立て、鼻を動かす。


 その顔が、次第に険しくなった。


「とても大きな獣です」


 谷の奥で、木が折れる音がした。


 一度ではない。


 何本もの木が、こちらへ向かって順番に倒れてくる。


 地面が小さく揺れた。


 ピクが俺の後ろへ隠れる。


「何か来るよ……」


 森の奥から、巨大な影が現れた。


 俺たちの背丈を遥かに超える熊だった。


 全身を覆う銀色の毛が、月の光を受けて淡く輝いている。


 太い前脚が地面へつくたび、谷全体が揺れた。


「あれだよ!」


 月の妖精が熊の背後を指さす。


「あれが、月の欠片!」


 熊の背後には、小さな光を放つ欠片が浮かんでいた。


 巨大な熊が俺たちを見下ろす。


 そして、谷全体を震わせるような咆哮を上げた。


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