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それからリベリオは予定を調節し、翌月にオルガは彼と彼の両親に会いに行く事になった。
彼の両親は彼の屋敷からずっと離れた場所で暮らしている。その距離の遠さも、今まで挨拶に行かなかった理由の一つだったようだ。
屋敷に入ると、リベリオの両親は笑顔で迎え入れてくれた。
「やあ、君がオルガさんだね。いらっしゃい」
「まあぁ、生で見てもなんて可愛らしいお嬢さんなの!」
リベリオの父親と母親はキラキラと輝く瞳でオルガを見る。オルガは二人に向かって頭を下げた。
「はじめまして。挨拶が遅くなり申し訳ありません。オルガと申します」
「可愛い! 可愛いわぁ!」
「本当に可愛いね。こんなに可愛い子が娘になってくれるなんて嬉しいなぁ」
「二人とも、距離が近い! ちゃんと適切な距離を保ってくれっ」
両親がオルガに身を寄せれば、リベリオは二人を咎める。
ファビオといい、フレンドリーな家族なのだろう。リベリオ以外は。
そして両親はリベリオの話をあまり聞いていない。
「さあさあ、疲れただろう。こっちで一緒にお茶を飲もう」
「お菓子も用意してあるのよ。甘過ぎない、バターたっぷりのクッキーよ。一緒に食べましょうね」
「はい、いただきます」
「おいっ、待てっ、だから二人とも距離が近い……話を聞け……!」
両親はリベリオを無視してオルガを客間へ連れていった。
両親はオルガを挟む形でソファの両隣に座り、リベリオが対面のソファに座る。
「はい、オルガさん。あーん」
オルガは父親に差し出されたクッキーを口を開けて食べる。
「オルガちゃん、私のも食べて。はい、あーん」
母親に差し出されたクッキーも食べる。
リベリオの両親は交互にオルガにクッキーを食べさせる。オルガは素直に口を開き、与えられるままにクッキーを食べた。
それを見ていたリベリオが堪らず声を荒げる。
「いい加減にしろ、二人とも! 彼女が困っているだろう!」
「ええー、だって可愛いんだもの」
「すまないね、オルガさん。可愛い娘に会えて、舞い上がってしまって」
拗ねる母と謝る父に、オルガは「いいえ」と首を振る。それからリベリオへと視線を向けた。
「リベリオ様、私は困っていません。なので止める必要はありません。お義父様とお義母様のしたいようにしていただいて構いません」
「いや……だが、さすがにこれは……」
「無理をしているわけではなく、本当に平気ですので。ありがとうございます。心配なさらなくても大丈夫です」
オルガはリベリオの目をまっすぐに見つめて言った。それは本心だ。
母は不安そうにオルガの顔を覗き込んでくる。
「ホント? 嫌じゃない、オルガちゃん?」
「はい」
「私ね、ずっと娘がほしくて……。だから娘ができたら、こういう事をしてみたいって思ってたの」
「私でよければ是非、してみたかった事をしてください」
「ホント? ホントにいいの?」
「はい」
「ありがとう、オルガちゃん!」
母は笑顔でオルガに抱きつく。父も嬉しそうに表情を和らげる。
「いやぁ、本当に嬉しいなぁ。オルガさんのようないい子がリベリオのお嫁さんになってくれて。これからよろしく頼むね」
「はい、お義父様。こちらこそよろしくお願いいたします」
そんな風に、気を揉んでいるリベリオを除き、和やかに時間は流れていった。
その後部屋に二人きりになった途端、リベリオはオルガに頭を下げる。
「本当に申し訳ない! 俺の家族が、君にとても失礼な真似をして……っ」
「頭を上げてください、リベリオ様。謝る必要はありません」
「だが、君に不快な思いをさせてしまった……」
「不快だなんて思っていません。嫌われるよりずっといいです。リベリオ様のご両親に好ましく思われなかったらどうしようかと不安だったので、安心しました」
オルガの言葉に、リベリオは僅かに目を見開く。
「不安? そんな風に思っていたのか?」
「はい。私は一般的な淑女とは感覚がずれているところがあるので、快く思われないかもしれないと。リベリオ様は真面目で誠実なので、ご両親も厳格な方なのかと想像していました」
「ああ……。確かに、イメージと違うと驚かれる事は多いな」
リベリオは苦笑する。
「俺の家族は何かとスキンシップが激しくてな……。家でも外でも人目も気にせず抱きついてきたりするんだが、俺は子供の頃からそれがどうにも恥ずかしくて苦手なんだ」
子供の頃、両親に抱き締められて恥ずかしそうにするリベリオを想像してみる。彼の子供の頃の姿はどんな感じだったのだろうか。
思わずまじまじとリベリオを見つめた。彼は微かに頬を紅潮させ、戸惑ったような顔をする。
「ど、どうした……?」
「いえ、リベリオ様の子供の時の姿を見てみたいと思いまして」
「俺の子供の頃? そんな面白いものじゃないぞ」
「きっと可愛らしかったのでしょうね」
「はあ!? いや、そんな事は……オルガの方がよっぽど……っ」
「私ですか?」
顔を真っ赤にして言葉を詰まらせるリベリオに、首を傾げる。
「い、いや……何でもない……」
リベリオは恥じらうようにふいっと顔を逸らす。
彼のこんな表情を、一体どれだけの人が知っているのだろう。きっと本人も知らないのだろう。こうして照れたように頬を染める顔がとても可愛いのだという事を。
翌日。オルガはリベリオと彼の母親と服屋へ行く事になった。
「オルガちゃん、次はコレ着てみて!」
「はい」
オルガは渡されたドレスを手に試着室のカーテンを閉めた。既に五着目である。
「母さん、いい加減にするんだ! オルガは着せ替え人形じゃないんだぞ!」
カーテンの向こうからリベリオの怒鳴り声が聞こえてくる。
「だって、オルガちゃん可愛いから何でも似合うでしょ? 可愛いオルガちゃんが可愛い服を着ている姿、いっぱい見たいんだもの。リベリオだって可愛いって思うでしょ? 奥さんの可愛い姿、見たくないの?」
「そっ……れは……お、俺の事は関係ない! 彼女の負担になるからやめろと言ってるんだ……っ」
声音から、リベリオが母親の言葉に動揺しているのが伝わってくる。
素早く着替えを終わらせたオルガはカーテンを開けた。
リベリオと母は同時にこちらに顔を向ける。
「まああぁ! それもとっても似合うわ、オルガちゃん! なんて可愛いの!」
母は興奮に頬を紅潮させ言った。
「ありがとうございます」
「次はコレ! コレも着てみてちょうだい!」
「母さん!!」
嬉々としてオルガにドレスを差し出す母親を、リベリオが一喝する。
「もう、大声出さないでよ。お店に迷惑でしょ」
「迷惑なのは母さんだろ! 次から次へと……っ」
オルガはわなわなと肩を震わせるリベリオに声をかける。
「リベリオ様、私は負担になどなっていませんから」
「だ、だが……っ」
「ただリベリオ様は退屈でしょうし、無理に付き合って頂かなくても大丈夫ですよ」
リベリオは女性ものの衣服しか置いていないこの店にいるのは、とても落ち着かない様子だ。恐らくオルガと母親を二人きりにするのは申し訳ないと思い付き添ってくれているのだろう。
ならば自分は大丈夫なのでリベリオには帰ってもらっても問題はないという意味を込めてそう伝えた。
母がそれに賛同する。
「そうよー、リベリオ。文句を言うのなら、先に帰ったら? 後はオルガちゃんと私、二人で楽しむから」
「だ、ダメだ! 目を離すと母さんがオルガに無茶をしかねないからな!」
「ええー、それだけ? 本当はあなただって可愛いオルガちゃんを見逃したくないと思ってるんじゃないのぉ?」
「母さん……!」
リベリオは顔を赤くして狼狽している。こうして彼が声を荒げる姿は新鮮だ。家族の前でしか見せないものだろう。
ともあれ、結局リベリオは帰らなかった。
十数着のドレスの試着を終え、漸く母は満足したようだ。
「はあ~、可愛いわぁ、オルガちゃん。……ねえ、リベリオ。あなたはどのドレスがオルガちゃんに似合うと思った?」
「はあ!? 俺……!?」
「こういう、肩や背中が露出してるセクシーなのがいい? それとも、レースやリボンで飾られた可愛らしい方がいい?」
「い、いや……俺は……」
「色は? 形は? あなたはどんなドレスをオルガちゃんに着てほしいの?」
ぐいぐいと詰め寄られ、リベリオは顔を真っ赤にして口ごもる。
「自分の妻に似合うドレスも決められないの? それとも、どれも似合っていない?」
「違っ……全部似合っているから、どれがいいかなんて決められないだけだ……!」
リベリオの思わず口から飛び出してしまったような発言に、母はキラキラと瞳を輝かせた。
「まああぁっ、そうよ、そうよね、あなたもそう思うわよね!」
母は少女のようにはしゃいでいる。
「じゃあ、試着したもの全部買っちゃいましょうね! プレゼントさせてね、オルガちゃん」
「お義母様、さすがにそんなに沢山頂けません」
オルガは十着以上試着したのだ。全部は多すぎる。
「遠慮しないで。お願いよ、私がプレゼントしたいの。だから、私の為だと思って受け取ってちょうだい。私、娘ができたらドレスをプレゼントするのが夢だったのよ」
懇願するように言われてはオルガも断れない。
購入した衣服はリベリオの屋敷へと送られる事になった。
そんな風に、オルガはリベリオと両親と食事をしたり買い物をしたり、二日間親交を深めた。
義父母と過ごす時間は賑やかで、リベリオの反応が新鮮で、オルガにとっても思い出深い時間を過ごす事ができたのだった。




