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前世殺し屋令嬢が今世では魔物を殺しまくっていたら魔物専門騎士団長に見初められました  作者: よしゆき


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 それからオルガはスライムに代わり、クマのぬいぐるみを抱き締めるようになった。


「ああっ、可愛いっ、素敵です、オルガ様! オルガ様とぬいぐるみのツーショット、最高です!」


 自室でソファに座りぬいぐるみを抱き締めていると、その様子をベルティーナがパシャパシャと写真に撮る。

 写真の撮影をお願いして以降、彼女はカメラを持ち歩くようになり事あるごとにこうしてシャッターを切る。もちろん事前に許可は取っているが。

 はあっはあっと興奮に息を乱し、ベルティーナはあらゆる角度から写真を撮る。オルガは彼女の好きなようにさせた。

 満足するまで撮り、ホクホクした笑顔でカメラを下ろしながらベルティーナは言う。


「でも、意外でした」

「何がですか?」

「オルガ様ってぬいぐるみとか、そういう可愛いものに興味がないのかと思っていたので……」


 ベルティーナの言葉にオルガはこくりと頷いた。


「興味はないです」

「ええっ……!?」

「もちろん、リベリオ様に頂いたこのぬいぐるみは大切にしますけど。ぬいぐるみを欲しいと思った事はないです」

「えっ……でも、じゃあ何で毎日抱き締めてるんですか……?」

「実は最近、リベリオ様に甘えたいという気持ちが芽生えてしまって、その気持ちを抑えるためにこうして別のもので発散させてるんです」

「えっ? ええ……?」


 オルガの説明にベルティーナは困惑している。


「どうして別のもので発散させるんです? リベリオ様に甘えたらいいじゃないですか……っ」

「それはできません」

「どうしてですかっ? オルガ様に甘えられたらリベリオ様、すっごく喜びますよ!?」

「いえ、喜ばないです。迷惑になるだけです」


 オルガがきっぱり言えば、「そんなわけないじゃないですかぁ!!」とベルティーナは声を張り上げる。


「喜びますよ!! めちゃくちゃ喜びます!! 迷惑だなんて思うわけないです!!」

「確かにリベリオ様は優しいので迷惑とまでは思わないかもしれませんが、困らせる事になります」

「えええっ……!?」


 ベルティーナは納得できないようだ。オルガとリベリオの利害関係は二人しか知らない事なので仕方ない。


「どうしてそんな事言うんですか……? お二人は夫婦なのに……」

「夫婦ですけど、夫婦にも色んな形がありますから。私はリベリオ様に甘えてはいけないんです」

「えええ~……?」


 オルガとリベリオは支え合い、助け合う関係ではあるが恋愛関係ではない。恋人のように彼に甘えるという行為は二人の利害関係に必要ない。オルガの甘えたいという気持ちを彼に押し付けてはいけない。

 ベルティーナはまだ何か言いたそうだったが、諦めたように引き下がった。






 リベリオが書斎で持ち帰った書類仕事をしていた時だ。ノックの音に返事をすれば、ベルティーナがドアを開けて中に入ってきた。


「お茶をお持ちしました」

「ああ。ありがとう」


 ベルティーナが手慣れた所作で紅茶を注ぎ、それを机の上に置く。そのタイミングで、彼女はそっと声をかけてきた。


「リベリオ様、今少しお話いいでしょうか……?」「構わない。どうした?」


 リベリオが顔を向ければ、何やらベルティーナは思い詰めたような様子だった。


「こんな事、私が勝手にリベリオ様に伝えるなんてよくないとはわかっているんですけど……でも私、どうしても納得できなくて……」

「何かあったのか?」

「オルガ様、リベリオ様から贈られたぬいぐるみを毎日抱き締めているんです」

「そ、そうか……」


 顔には出さなかったが、リベリオは内心とても喜んでいた。

 正直、ぬいぐるみをプレゼントしてもオルガには迷惑なのではないかと不安だったのだ。彼女はぬいぐるみに興味などなさそうだ。

 淑女へのプレゼントとして一般的な花やアクセサリーなど、そういったものにもオルガは一切興味を示さない。

 スライムを手放した彼女の心を少しでも癒せればと思いぬいぐるみをプレゼントしたが、自分は全く見当違いな事をしているのではないかとずっと気がかりだったのだ。

 けれど、毎日抱き締めてくれているという事は、少なくとも不快に思ったりはしていないはずだ。その事にリベリオは深く安堵した。

 頬が緩みそうになり、リベリオは咳払いをして顔を引き締める。


「それで……それが何か問題でも?」


 リベリオに促され、ベルティーナは躊躇いがちに口を開く。


「オルガ様は、リベリオ様に甘えたいのだと言っていました……」

「…………は?」

「リベリオ様に甘えたいけれど甘えてはいけないから、だからぬいぐるみを抱き締めてリベリオ様に甘えたいという気持ちを抑えているのだと……」

「………………」


 リベリオははく……と口を開くが声が出なかった。あまりにも予想外の事を言われ、脳が理解できなかったのだ。

 心を落ち着ける為に紅茶に口をつける。

 動揺するリベリオを、ベルティーナは僅かに責めるような目でじとっと見据える。


「リベリオ様、オルガ様に『俺に気安く甘えてくるんじゃねぇ』とか突き放すような事を言ってませんよね……?」

「っ……」


 紅茶を吹き出しそうになるのを寸ででこらえる。ごくりと紅茶を喉へ流し込み、きっぱりと言った。


「言うわけがないだろう!」

「ですよねぇ……。でもじゃあどうしてオルガ様はあんなに頑なにリベリオ様に甘えちゃいけないって思ってるんでしょう……?」

「…………」


 リベリオにはオルガの気持ちがわかる。逆の立場であれば、リベリオだってオルガに甘える事など絶対にできない。自分の気持ちを相手に悟らせないように押し殺していただろう。

 オルガとリベリオの関係は決して浅いものではない。少なくともリベリオはそう思っている。けれど何もかもをさらけ出せるほど深いものでもない。

 それは、二人が利害の一致というきっかけで結婚したからだ。

 不必要に相手に踏み込めない。踏み込んではいけないと互いに線引きしているのだ。


「ありがとう、ベル。君に教えてもらわなければ、俺はオルガの気持ちを知らないままだった」

「いえ……」

「オルガと一度、きちんと話し合う」


 リベリオは覚悟を決めた顔でそう言った。






 リベリオが休日のその日、オルガは彼にお茶に誘われた。断る理由もないのでオルガはすんなり受け入れた。

 オルガの部屋に紅茶とお菓子が用意され、やって来たリベリオは対面のソファへと腰を下ろす。

 オルガはすぐに違和感に気づく。彼は何やら顔を強張らせ緊張している様子だ。とてものんびりお茶を楽しむ雰囲気ではない。

 何かあったのだろうか。

 オルガは黙って彼が話を切り出すのを待った。

 何度か紅茶を口に含み、視線を泳がせ、それから覚悟を決めたようにリベリオはオルガを見つめた。


「オルガ……」

「何でしょう」

「実は君に言っていなかった事がある……。言う必要はないと思っていたんだ。でも今は、伝えなければならないと思って……」

「はい」


 リベリオはとても真剣な顔をしている。彼が何を言うつもりなのか、オルガにはわからなかった。


「オルガ、君に結婚を申し込んだ時……俺はその時、君に好意を抱いていた」

「好意、ですか」

「オルガを一人の女性として、好ましいと思っていたんだ……」

「そうなのですか?」


 リベリオは冗談を言っているようには見えないし、こんな冗談を言うようなタイプではないだろう。

 ならば本心なのだろうが、オルガはいまいちピンとこなかった。

 結婚を申し込まれた時、二人はまだ数回しか出会っていない。

 オルガはほぼ無表情で感情がわかりにくい。社交性も愛嬌もない。お喋りが上手なわけでもなく、相手を楽しませるような術を持っていない。それどころか魔物を殺すのが趣味という、普通に考えたら頭のおかしい女だ。

 その自覚があるので、自分が女としてリベリオに好意を抱かれているなんて思わなかった。


「前にも言ったが、俺は女性からの評判がすこぶる悪い。だから、怯えもせずに目を合わせて話してくれるオルガにとても好感が持てた。俺が返り血を浴びながら魔物を殺す姿を見ても、態度を変える事もなかった。それどころか血塗れになって魔物を殺す俺に、立派な事だと言ってくれた。それが、すごく嬉しかったんだ」


 リベリオははにかみながらも、懸命に、丁寧に、真摯に、自分の気持ちを口にする。


「それに……君が魔物と戦う姿に俺は惹かれた。動きが洗練されていて、無駄がない。綺麗だと、思ったんだ……。はじめてそれを見た瞬間、目を奪われた。目が離せなくて、もっと見ていたいと思った」


 ゆっくり、まっすぐに、リベリオは自分の心をさらけ出す。


「だから……夜の見回りをしながらも、いつもオルガの姿を探していた。君は常に同じ場所で魔物を倒しているわけではないから、探しても見つけられない事の方が多くて……だからこそ、見つけられた時は嬉しくて……離れた場所から魔物を殺す君の姿に見入っていた……」

「そうだったのですか」


 はじめて彼の気持ちを聞き、表情には出なかったがオルガは純粋に驚いた。


「結婚を申し込んだ時、確かに俺はオルガに惹かれてはいたが、その気持ちを伝えるつもりはなかった。結婚を申し込んだのは、ただ結婚相手として互いに丁度いい存在だと思ったからで……結婚をきっかけに君と仲を深めようとか、そういう下心があったわけではなくて……。だから、言うつもりはなかったんだ……。俺の気持ちを知っていたら君は俺との結婚を受け入れなかったんじゃないかと思うし、この先も伝える必要はないと思っていた……」


 でも、彼は今、こうして自分の気持ちをオルガに伝えた。それはどうしてなのか。オルガは答えを求めるようにリベリオを見つめる。


「でも、君と夫婦になって、夫婦として生活を送ってきて……俺達の関係も、互いの気持ちも変わっていったと、思う……。いい方に……」


 リベリオはどう伝えるべきか考えるように、慎重に言葉を紡ぐ。


「だから、俺は……形だけでなく、君と本当の夫婦になりたいと、そう思っている……」


 きっととても緊張しながら、彼は自分の思いを口にしてくれたのだろう。だからそれが本心なのだとわかる。


「本当の夫婦って、どのような事をするんでしょう」

「えっ!? あっ……うん……そうだな……」


 リベリオは真剣に悩みながら言う。


「手を、繋いだり……だろうか……」


 立ち上がり、オルガは彼の隣に移動する。そしてリベリオの大きな手を握る。

 突然の接触にリベリオは顔を赤くして動揺する。


「オルガ……!?」

「後は? 夫婦はどんな事をしますか?」

「あ、後は……んん……そうだな……。腕を組んだり……?」

「こうですか?」


 オルガはリベリオの腕に抱きつくように腕を絡めた。

 ガチガチに体を固くし顔を真っ赤にしている彼の目をじっと見る。


「これからはこういう事をしてもいいのですか?」

「っ……あ、ああ……。だが、無理にする必要はないぞっ……。オルガがしたいと思う事があれば、その時に、するといいと……」

「リベリオ様は私にこうして触れられて、嫌ではないですか?」

「も、もちろんだ……。言っただろう……俺は君に好意を抱いている……。好きな女性にされて、嫌な事など、ない……」


 耳まで赤く染め、たどたどしくもリベリオはきっぱりとそう言った。

 心を落ち着けようとするかのように、彼は紅茶の入ったカップを手に取り口をつける。

 そのタイミングでオルガはふと思った疑問を口にした。


「本当の夫婦になるのなら、子作りはしますか?」

「っ……!?」


 リベリオは紅茶を吹き出した。

 カップを置き、彼は身を屈めて思い切り噎せた。


「大丈夫ですか、リベリオ様」


 オルガはリベリオの広い背中を摩る。

 ナプキンで口元を拭いながらリベリオは顔を上げた。


「あ、ああ……。すまない……」

「それで、しますか?」

「え……?」

「子作り」

「んぐっ……んんっ……」


 リベリオは火を噴きそうなほどに顔を赤くしながら何度も咳払いする。


「そういうのは、俺達にはまだ早いだろう……っ」

「そうですか」

「ああ……。俺達は今、本当の夫婦になろうと決めたんだ……。もっと時間をかけて、ゆっくり関係を深めて……先の事はそれから二人で考えよう……」

「わかりました」


 真っ赤に火照ったリベリオの頬をじぃ……と見つめる。

 オルガは何も考えず、その彼の頬に唇を寄せた。オルガの唇が触れた瞬間、リベリオは飛び上がりソファから落ちた。


「ぐぁっ……!?」


 呻き声を上げて悶えるリベリオをソファの上から見下ろし、オルガは声をかける。


「リベリオ様、大丈夫ですか?」

「あっ……あ、ああ……だ、大丈夫、だ……」

「嫌でしたか?」

「違っ……違……違うぞ! ただこういう事には慣れてなくて、驚いただけだ……!!」

「またしてもいいのですか?」

「っ、も、もも、もちろん、だ……っ」


 リベリオは明らかに挙動不審でとても大丈夫そうには見えなかった。それでもどうにか気持ちを落ち着けながら立ち上がり、ソファに戻ってくる。


「リベリオ様も、私にしたい事があればしてください」

「っ……!?」


 リベリオは再びソファから落ちそうになった。彼は視線をさ迷わせながらどうにか体勢を立て直す。


「い、いや……俺は……そんな……」

「リベリオ様は、私に何もしたいとは思わないですか?」


 僅かに落ち込んだ声音で尋ねれば、リベリオは慌てて首を横に振った。


「ち、違う! そういうわけではないっ……。その、つまり…………俺も、したいと思ったら、する事にしよう……」

「はい」


 頷いて、再び彼の手を握る。リベリオはピクリと反応し、それからそっと、本当にそっと、オルガの手を握り返した。

 彼の顔は赤い。耳も、首まで赤い。

 照れ臭そうにオルガの隣でじっとしている。

 そんなリベリオを可愛いと思った。

 別に彼をからかって楽しみたいと思っているわけではない。

 けれど照れて顔を赤く染めて慌てふためく彼をもっと見たい。

 スライムよりもぬいぐるみよりも、抱き締めたくなるくらい可愛いリベリオを。

 もっともっと、自分の前で見せてほしい。

 そんな事を思いながら、オルガは自分よりもずっと大きな彼の手をぎゅっと握った。









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