14
その日オルガは魔物専門騎士団の詰め所を訪れていた。今でもたまに騎士団員の鍛練の様子を見学させてもらっているのだ。
入り口に迎えに来てくれたリベリオと廊下を歩いていると、女性の騎士団員が声をかけてきた。
「団長、少しよろしいでしょうか」
「ああ。どうした?」
騎士団の制服に身を包み、服の上からでもしっかりと鍛えられているとわかる体つきの長身の女性団員だ。
ここへは何度か訪れているが、女性の団員に会うのははじめてだった。
キリリとした顔つきの、生真面目そうな女性だ。
リベリオとの話を終えたその女性は、オルガへと視線を向ける。
「団長、こちらは……」
「ああ。俺の妻のオルガだ。オルガ、彼女はジャンナ。魔専騎士団の団員だ」
紹介され、オルガは丁寧に頭を下げる。
「はじめまして、ジャンナ様」
「はじめまして……」
ジャンナという女性も頭を下げながら、その視線はオルガをとらえていた。あからさまではないが、こちらを品定めするように上から下まで視線を滑らせる。
彼女から友好的な感情を感じない。寧ろこちらを見下すような、そんな気配を感じる。
オルガは他人から向けられる悪意に敏感だ。これもいつ命を狙われるかわからない生活を送っていた前世で培った感覚だ。
「ところでジャンナ」
「はい、なんでしょう、団長」
リベリオに声をかけられれば、彼女の雰囲気はパッと変わる。リベリオに向ける視線、表情は憧れと尊敬に満ちていた。上司に対するものだけではない。それ以上の思いが込められている。
時折オルガに向けられる、ジャンナの視線。
剣も握れないような、貧弱な女だと彼女はオルガをそんな風に見ているのだろう。
そして、そんな女よりも自分の方がリベリオに相応しいと。
オルガを蔑み、オルガに嫉妬している。
隠しながらも、隠しきれないほどのジャンナのそんな強い感情が伝わってくる。
「待たせたな、オルガ。行こう」
部下との会話を終わらせ、リベリオは声をかけてくる。そんな彼にオルガは言った。
「すみません、リベリオ様。私、ジャンナ様に色々とお話を聞いてみたいです」
「え……?」
オルガの言葉にリベリオもジャンナも虚を衝かれたような顔をする。
「女性の騎士団員の方々の鍛練も見てみたいです」
男性と女性の団員が合同で鍛練をする事もあるが、基本的にわかれて行う事が多いのだ。鍛練方法は男女共に殆ど違いはないだろう。だから別に、オルガは女性団員達の鍛練に興味があるわけではない。
「ダメでしょうか、ジャンナ様?」
オルガは小首を傾げ、媚びるような響きで尋ねた。
ジャンナの眉が、一瞬不愉快そうに歪んだ。人の迷惑を考えない我が儘な女だと思った事だろう。彼女のオルガへの印象は更に悪くなったはずだ。
リベリオは探るようにオルガを見ていた。どうしてそんな事を言い出したのかわからないのだろう。意味もなくそんな事を言うはずはないとわかってはいるが、理由まではわからない。
リベリオが何かを言う前にジャンナが口を開いた。
「私は構いませんよ」
「本当ですか。ありがとうございます」
オルガはジャンナに向かってニッコリ微笑んだ。
リベリオはますます不可解な表情を浮かべながらも、反対はしなかった。
「すまない、ジャンナ。よろしく頼む」
「お任せください、団長。では行きましょう、オルガ様」
「はい」
ジャンナの後に続き、オルガはいつもとは違う女性側の鍛練場へ向かった。
「ここが女性団員が使う鍛練場です」
思った通り、男性側とつくりは変わらない。こじんまりとしているのは、女性団員が男性団員に比べて圧倒的に人数が少ないからだろう。
女性団員が数人、木剣で打ち合いをしていた。
それを見て、さも今思い付いたかのようにオルガは言う。本当は最初からそれだけが目的だったのだが。
「ジャンナ様、折角ですから私と手合わせして頂けませんか?」
「え……?」
ジャンナは顔を顰めた。もう隠そうともせず、迷惑だと表情に出ていた。
「私、子供の頃に剣術を習っていたんです。なので是非、騎士の方と剣を交えてみたいと思っていまして」
「いえ、さすがにそれは……」
「あ、もちろん使うのは練習用の木剣ですよ」
「でも、だとしても、危険ですから……」
オルガに怪我をさせれば、迷惑を被るのは自分なのだ。ジャンナはそんな風に考えているのだろう。こちらの迷惑も考えず、我が儘を言うなと。
彼女のオルガへの不満や不快感は最早あからさまになってきていた。視線と声音にそれが滲んでいる。
リベリオがいないというのもあるが、オルガの我が儘な言動に取り繕えないほどにうんざりしているのだろう。
オルガは両手を合わせ、食い下がる。
「お願いします、ジャンナ様。私、旦那様の部下の方がどの程度の剣の腕前なのか知っておきたいのです。旦那様が部下の方に足を引っ張られて怪我をしたら悲しいですもの」
「っ……」
オルガの発言に、ジャンナの顔が強張る。オルガに対する憤りの感情がひしひしと伝わってくる。
オルガはそれに気づかない鈍感な女のフリをして、ニコニコと笑った。
「……でも、怪我をさせてしまうかもしれませんので」
「大丈夫ですよ、もし怪我をしてもリベリオ様に告げ口するような真似はいたしません。それに、私が怪我をする事にはなりませんから」
余裕の笑みを見せれば、ジャンナは苛立ちをこらえるように強く拳を握った。
「ですから、ね? 私と手合わせしてください、ジャンナ様」
「っ……わかりました。お受けします」
近くで聞いていた団員が彼女を止めるように声をかけるが、もうジャンナの耳には届かない。
オルガが木剣を手に取れば、ジャンナはギョッとする。
「お待ちください、その格好のまま手合わせするおつもりですか……?」
オルガはドレス姿だ。パーティー用のものよりもシンプルで装飾もない地味なタイプだが、ドレスはドレスだ。
「防具は……? せめて練習着に着替えて……」
「このままで大丈夫です。さあ、早くはじめましょう」
オルガの舐めた言動に、ジャンナの怒りが更に強くなるのを感じた。
彼女は絶対にオルガに負けたくないと思っているだろう。そして、負ける事などないとも思っているはずだ。
甘やかされて育った、能天気で世間知らずな女に負けるわけがないと。
「わかり、ました……っ」
ジャンナも木剣を手に握った。
オルガとジャンナは距離を開けて向かい合う。
ジャンナは他の団員に合図を出すように頼んだ。本当にいいのかと戸惑いつつも、近くにいた団員はオルガとジャンナの中間に立ち声を上げる。
「はじめ……!」
その瞬間、ジャンナはこちらに向かってきた。
「はぁっ……!!」
気合いの声を張り上げ、彼女は木剣を振るう。オルガがそれを受け止めれば僅かに動揺したが、すぐに気を取り直して二撃、三撃と木剣を振った。
ジャンナはオルガに木剣を手離させようとしている。怪我をさせるわけにはいかないから、木剣を狙っているのだ。
オルガはそれをしっかりと受け、弾き返す。
彼女の剣は、重くて速い。でも、リベリオに比べれば雲泥の差だ。
動きに感情が出てしまっている。焦り、驚き、苛立ち。どんどん踏み込みも甘くなり、焦れば焦るほど大振りになり、体は疲弊していく。
彼女の動きが、オルガには手に取るようにわかった。
この程度の実力で、彼女は自分こそがリベリオに相応しいと思っていたのか。彼の隣に並び立つには程遠い剣の腕で、自分の方が彼を支えられる存在だと。
笑わせる。
オルガはぐっと木剣を握り直した。そして反撃に出る。今まで防御に徹していたが、今度は攻撃へと切り替えた。
「っな……!?」
目にも止まらぬ速さで連撃を繰り出され、ジャンナはギリギリ剣で受け止めつつも驚愕したたらを踏む。
オルガはジャンナよりも重く速い攻撃を繰り返し、そして彼女の木剣を弾き飛ばした。
「あぁっ……!?」
声を上げ、ジャンナの視線が木剣を追う。その瞬間オルガは彼女の足を払った。ジャンナはその場に尻餅をつく。
ハッと顔を上げたジャンナの喉元に木剣の切っ先を突きつけた。
はあっはあっと荒い呼吸を吐き額に汗を滲ませるジャンナを、オルガは無表情に見下ろす。
ジャンナの髪は乱れ呼吸は荒い。対してオルガは息一つ乱さず、はじまる前と何ら変わらない様子でそこに立っている。
ジャンナはゾクリと寒気を感じたように蒼白になる。そして震える声で言った。
「……参りました…………」
オルガは木剣を引き、そしてジャンナに手を差し出した。
「ありがとうございました、ジャンナ様」
「え……あっ、は、はい……っ」
差し出された手を呆然と見ていた彼女は、我に返ったように慌ててオルガの手を取った。
オルガは手を引き、彼女を立たせる。そしてオルガはジャンナに向かって頭を下げた。
「私の我が儘に付き合ってくださり、ありがとうございます。不躾なお願いをしてしまい、申し訳ございませんでした」
「えっ……え……?」
「先ほどの失礼な発言も、誠に申し訳ございません。どうしてもジャンナ様と手合わせがしたくて、わざとあのような発言をしました。不快な思いをさせてしまい、本当に申し訳ありません」
ガラッと態度を変えて心からの謝罪の言葉を口にすれば、ジャンナは困惑していた。しかしゆっくりとオルガの言葉を理解し、戸惑いを滲ませながらも謝罪を受け入れてくれた。
「私の方こそ、すみません……。オルガ様の剣の腕前を知らず、手合わせする前から私は自分が負けるわけがないと高を括っていました。大変失礼な事をしてしまい、申し訳ありません」
そう言ってジャンナも頭を下げた。
「もしよければ、またこちらの鍛練も見に来てください。オルガ様のような強い方と鍛練したいです。私は騎士として、人を守るため、もっともっと強くなりたいです」
ジャンナは屈託のないまっすぐな瞳をオルガに向けていた。
それは彼女の本心なのだとわかったから、オルガはしっかりと頷いた。
その日の夜。オルガは今日の自分の行いを反省していた。
前世の分を含めれば、ジャンナは自分よりもずっと年下の女性だ。そんな相手に、大人げなく圧倒的な力量差を見せつけ捩じ伏せた。
自分の方がリベリオに相応しいというジャンナの感情を感じ取って、ついむきになってしまったのだ。リベリオに相応しいのは自分だと、彼女にわからせたくなってしまった。
あんな事をして、下手をすればジャンナの心に立ち直れないほどの傷を負わせてしまっていたかもしれない。彼女が強くまっすぐな心持ちの女性だったから丸くおさまってよかったけれど、今後は気を付けなければ。
反省を胸に、オルガはリベリオの部屋に向かった。
「オルガ? こんな時間にどうしたんだ?」
「リベリオ様をマッサージさせてください」
「え……?」
「リベリオ様をマッサージしたいのです」
「そ、そうか。わかった」
突然の来訪に驚きつつもリベリオは受け入れて部屋に入れてくれた。
前回と同じように、ベッドの上でうつ伏せになる彼の背中をマッサージする。固く、しっかりと鍛えられた彼の体に触れていると心が癒された。
リベリオの背中を揉みほぐしながら、オルガは気になっている事を口にする。
「リベリオ様は、ご自分は女性からの評判が悪いとおっしゃっていましたよね」
「? ああ……」
「でも、女性の騎士の方はそうではないはずです。団長であるリベリオ様を尊敬し、信頼していると思います」
「まあ……あからさまに怯えられはしないし、団長として頼ってくれる者もいるな……」
「それなら、リベリオ様の結婚相手として選ばれてもよかったのではないですか?」
「それはないな。彼女達は同僚であり部下だ。結婚相手としては見れない」
リベリオはきっぱりと言った。彼の中で同じ騎士は結婚相手として最初から除外されていたようだ。
「それに、俺が結婚を申し込めばそのつもりがなくても、相手にとっては命令になってしまう可能性がある。俺からの求婚は断りにくいだろうし、断った後で気まずくなるのも嫌だろう」
「そうですか」
もしジャンナなら、命令だとしてもリベリオから結婚を申し込まれたら喜んで受けたのではないか。
ジャンナだけではない。今日女性団員達から色々と話を聞かせてもらったが、純粋にリベリオを尊敬している者も少なからずいた。
しかしリベリオは愛想がいいわけではない。笑顔が少なく、口下手な方だ。穏和なイメージではなく、甘えを許さない厳しく怖い人物というイメージを持っている者も多かった。
でも、そんな者達も、怖いけれど尊敬する団長だと口を揃えて言っていた。誰よりも多く魔物を倒し、誰よりも多くの命を救っている素晴らしい人だと、そんな風にリベリオの事を言っていた。
オルガはそれが誇らしく、彼のしている事が正しく認められていると感じて嬉しかった。
「オルガはどうなんだ?」
リベリオからの問いかけに、オルガの手が一瞬止まる。意識を現実へと引き戻し、マッサージを再開した。
「私ですか?」
「俺以外の男からも、たくさん結婚を申し込まれていたんじゃないのか?」
「いえ、そんな事はありません。少なくとも私は、リベリオ様からしか求婚されていないです。両親が私に話さずにいたのではないとしたら、結婚を申し込んでくださったのはリベリオ様だけです」
「…………ウソだろう?」
リベリオは信じられないという声を出す。
「君のような……その……綺麗な女性……てっきり色んな男からアプローチを受けているものだと……」
「私はパーティーなどの催しでは気配を殺して目立たないようにしていたので、そもそも私を認識している人自体あまりいないのではないでしょうか」
「そうだったのか……?」
「はい。極力人と関わらないようにしていました」
気配を消し、人目につかないように行動するのは得意だ。前世で培った能力を存分に活かし、オルガはパーティー会場で空気と化していた。
「そうか……。なら俺は、そのお陰で君と結婚できたんだな」
リベリオは呟くように言った。
そうなのかもしれない。オルガが社交的で積極的に人と関わっていたら、彼よりも先に誰かがオルガに結婚を申し込んでいたのかもしれない。そしてオルガは両親に言われるまま、彼らが決めた相手と結婚していたのだろう。
「でも、それなら私も、リベリオ様が私と出会うまで他の女性と結婚せずにいてくれたので結婚できたんですね」
オルガがそう言うと、リベリオは一瞬黙り込み、それから小さく笑みを漏らした。
「ふ……。確かにそうだな。そう考えると、令嬢からの評判が悪くて良かったと思えるな。そうでなければ、俺は君ではない女性と結婚していたかもしれない」
「はい。私も良かったです。リベリオ様が今まで結婚せずにいてくれて」
「……そう思ってくれるのか?」
「はい。リベリオ様と結婚できて本当に良かったです。私と結婚してくださってありがとうございます」
心からの感謝を伝えれば、リベリオの耳が赤く染まる。
「っ……俺の方こそ、ありがとう……。オルガと出会えて……こうして一緒にいられて……とても、嬉しい……」
照れながらも、一言一言噛み締めるようにリベリオは自分の気持ちを口にしてくれた。
こうして彼と触れ合い、言葉を交わしていると、とても温かい気持ちになれる。前世では味わう事のできなかった感覚だ。今世でも、彼と出会わなければこんな気持ちになる事はなかったのだろう。
「私も嬉しいです、リベリオ様」
この先もずっと彼の傍にいたい。だから、その為に自分にできる事は何でもしよう。
オルガはそう心に決めた。




