58話 『最強の断罪人』
──二十二年前・九州・某所
建物は破壊され尽くし、一帯に散らばった巨大な瓦礫の跡が、戦闘の大きさを物語っている。
「はぁ……はぁ……ぁ゙がっ……」
地を這いずっている白髪の男は、白い着物が血で赤く染まり、斬られた脚から溢れた血が、まるで線のように続いている。
それでもなお、『何か』から逃げるように、必死の形相で這いずっていた。
「ひぃ゙っ……」
その男を、少年は静かに追っていた。
ボロボロの服に、体型に不釣り合いな、真っ黒な長刀を携え、歩み寄っていく。
「……来るな……『化け物』が……!!」
ガタガタと震えながら見上げるその男に、少年は呟くように言い放った。
「最期に、言い遺す事は……ありますか……?」
少年の目は、死んだ魚のように真っ黒で、泣き腫らした後のようにも見えた。
その言葉に、男は縋るようにして返す。
「つ、償う! 人を大勢殺した! 国を奪おうとした!! もうそんなことはしない。悔い改める……!! だから……許し──」
少年は、男の白い髪を掴み、引き上げる。
「ぁ……ぁ……っ!」
そして、首筋へと刃を振るった。
切り離された首から下が、生々しい音を立てて崩れ落ちる。
断面は、異様なほどに綺麗だった。
少年は男の生首を持ったまま、刀を鞘へと納めていく。
「ふーっ……ふーっ……」
少年の目は、見開かれ、血走っている。
ぶるぶると痙攣するように震える手、擦り切れた胼胝から血が滲む。
少年はポケットに手を入れると、煤まみれのガラケーを取り出す。
そして、手の震えを堪えながら、「1・1・0」を入力した。
「すみません……おまわりさん。俺、人を殺しました」
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「『嵐山 桜』。首を差し出せ」
「っ……!!」
桜は、『逃げない』と決めた。
それは、『山本 五郎』という男を、知らなかった故の判断だった。
その殺意は、まるで『赫阿修羅』と対峙したあの感覚を想起させる程だった。
大地すべてが、自身を殺そうと怨嗟をぶつけてくるような感覚。
山本は、凍りついてなお目を逸らさない桜を見て、少しだけ呼吸をした。
甘夏は唾を飲み込むと、桜と山本の間に割って入った。
「あなた……この子の事情も知らないで……!」
山本は甘夏をちらりと見ると、淡々と続けた。
「……いや、全てとは言わないが、知ってる。恒河から聞いた」
山本の漆黒の目に、桜の姿が鏡のように映る。
「人を殺した理由は、自らが殺されそうになった自衛と、復讐。そこまではまだ……分かる。……だが、その後に村の人まで殺し合わせ、虐殺した。中には子供もいただろう。自暴自棄の範疇で収めていい話じゃない」
「っ……」
硬直する桜を見て、山本は眉間にしわを寄せた。
「いや……お前、共犯いるだろ」
「えっ……」
「189人殺したと聞いたが、お前からはその『半分』……『96人』の影しか視えねぇ」
桜には、『共犯』の心当たりなど無かった。
189人全員を、自らの手で葬った。
「……共犯なんて居ない。私が全員殺した」
「……そうか。分かった」
「………………」
互いに微塵も動くことなく、長い一瞬が流れていく。
桜は、自身への違和感に気付いていた。
(刀が……『握れない』……)
震える桜を、山本はただ静かに見据えている。
その静寂を、甘夏が破った。
「……山本……桜ちゃんは、上の判断で今、『特別顧問』の立場なの……『罪人』として斬ることは出来ない……」
「あぁ……それも知ってる」
「えっ……」
山本は、桜を捉えながら、話し出す。
「それは『嵐山 桜』が『強い』から、特例として認められてるんだろ。なら、俺がそれを試す。『嵐山 桜』が本当に『強い』ことを証明できたなら、俺は手を引く」
「っ……」
「それに、上層部が倒れたことで、鎮静会の均衡が崩れた。こうなれば、あの愉悦の巣に成り果てるだけだ」
最後の言葉だけ、山本は甘夏を見た。
『俺は、鎮静会を潰す』
「は…………」
「俺はもう間違えない。……『二度は無い』」
そう言い放つ山本の目に、深い後悔が見られたような気がした。
二人が話している間、桜は刀を握ることすらできなかった。
身体の震えを抑えるので精一杯で、もはや相手を直視することすら、心臓が跳ね上がる。
(強さを……示す……)
「ふーっ…………!!」
桜の腕に、血管が浮き出ていく。
脈動する血が、脳を回す。
やがて、亜深戦の『ひんやり』とした感覚を思い出していく。
「っ……!!!」
桜は刃を握り締め、山本へと斬りかかる。
(『命日桜』……!)
(『恐々漠々』を上回るか……)
桜の超速の居合を、山本はバックステップで回避し、土を踏み締め向き直る。
そして、山本はまた、桜に目を合わせた。
「腹は括ったか……行くぞ」
山本が一歩目を踏み出したのが、桜の目に写った。
(来る……!)
桜は山本の攻撃の軌道を即座に読み、回避した。
──はずだった。
「っぁ゙かっ……?」
桜の口から血が溢れてくる。
呼吸が出来ない、しようとする度に、鮮血が散る。
桜は、喉が抉られていた。
山本の手には、抉られた肉片がこびりついている。
(今の一瞬で……刀すら、抜かずに……!?)
「ぁ゙ひゅっ……ぁ゙ひゅ……」
崩れ落ち、悶える桜に、山本は刀を握りしめる。
強く握り締めた刀が、僅かに震えている。
「…………首を落とす」
しかし、次の瞬間には、桜は山本へと斬りかかっていた。
「っ!!」
山本は桜の斬撃を躱すと、また距離を取り、構え直した。
(『再生能力』……あれだけの傷を、一瞬で……)
「はぁ……はぁ……」
(動きが遅く認識できてなお、速すぎて捉えられない……!)
「ふーっ……」
桜は、山本の能力に、気づき始めていた。
──少しでも『恐怖心』を抱いたら、持っていかれる……!!
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山本 五郎の能力 『恐々漠々』
自身に恐怖心を抱いた相手の戦意を著しく喪失させる。
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しかし、桜は感じ取っていた。
山本は、『罪悪感』を背負って戦っている人間だということに。
生々しい血の香りが、場に充満していく。
(『鮮血の誓い』……!!)
「っ……!?」
『鮮血の誓い』は、対象の罪悪感を増幅させ、正気を奪う能力。
ゆえに、山本にとって、これ以上無いほどに特化した精神干渉。
山本の指先が、僅かに痙攣する。
桜は一気に地面を蹴って距離を詰め、山本の喉元に刃を突き立てる。
しかし、山本に刃が届くことはなかった。
山本は向けられた刃の刀身を『掴んだ』。
そして───
パチ/ィン──!!
(折れっ──)
山本は大きく踏み込み、拳を桜の腹部へと叩き込む。
桜は身を捻り、山本の拳を避けようとする。
しかし、山本の拳は桜よりも遥かに速かった。
「っ……かはぁ゙っ……!」
山本の拳は、桜の肉へとねじ込まれ、身体を大きく抉り落とした。




