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ロマンチスト・ソウル  作者: タイラ
五章 「散った桜の罪と罰」
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56話 「倫理観には味がしない」


 桜の放った一撃は、亜深を正面から捻り潰した。

 桜は乱れた髪を結わえ、束ね直す。


 桜の身体には、もはや痣《あざ》一つ残っていなかった。



「まさか……あの亜深サンをタイマンでやっちまうなんてなぁ……」


 豪千が、満身創痍のファザーを肩に背負いながら歩いて来る。

 その横には、甘夏と鋼も付いてきている。



「…………捕縛します」


 ファザーが縄を引っ張ると、蛇のようにうねりながら亜深へと巻き付き、拘束した。

 ファザーの持つ束の先には、番花と荘司も捕らえられている。


「この方たちは、本部へと送り返しましょう。……少しは懲りたはずでしょうし。……それより……」



 ファザーは、桜の変化に勘づいていた。

 亜深は能力の関係上多対一を得意としているとはいえ、桜が一対一で敵うような相手では無かったはずだ。


 時間停止と、空間接続を持つ能力者を、桜は真正面から叩き伏せた。


 言うまでもない、『超危険人物』


(確かに、嵐山 桜は上層部を退けた……しかし、待っているのは最低限の『尊厳死』でしょう……)



 桜は、ファザーへと目配せをする。

 その意味を、ファザーは直ぐに察した。


「……いいのですか」


「人を大勢殺した事実は、変わらないから」


 きっぱりと言い切る桜は、もはや抵抗の色すら示さず、捕縛されるのを静かに待っている。


 大人たちの顔は、とても暗かった。

 ファザーの縄束を握り締める手が、震える。


「死ぬのが、怖くないのですか……?」


「…………受け入れるよ」


 場を、重たい静寂が支配する。



「そこで受け入れられちゃ困るんだよね〜」


 突然、背後から若々しく高い声が響いた。

 振り返るとそこには、大きな丸眼鏡に白衣を羽織り、濃い茶髪に紅葉のようなメッシュを入れた少年が居た。


 豪千はその少年に、鋭い視線を向けた。


「……どういう意味だよ。『愉悦』くん……?」


 ヘラヘラとした態度の『愉悦』に、桜も怪訝な表情を示す。

 愉悦は、ニマっとした笑みを浮かばせ、告げた。



『嵐山 桜への処罰は、ボクが全て取り下げにする』



「……は?」


「ボクは『研究部門』の所長だからね、このくらいの権限はあ──」



「何のつもりだ愉悦……!!」


 血塗れの皆既が、悠真に肩を借りながら、愉悦へと怒号を浴びせた。

 愉悦は皆既をちらりと見ると、小さくため息をついた。


「話はまだ終わってないんだって。そりゃタダで『無罪放免』とはならないことくらい、ボクでも分かってるよ」


 半分呆れ口調で続ける愉悦を、皆既は鋭く睨めつける。


(『能力を無効化する奇物』を持ってやがるな……思考が読めない……)



 愉悦は、髪をくるくると弄りながら、はっきりと告げる。


「嵐山 桜には、『執行猶予付き特別顧問』として『鎮静会』に入ってもらう。これが条件ね」


 その言葉に、鎮静会の四人は絶句した。

 皆既は、血走った目で愉悦へと反論する。


「そんな事ができるわけ無いだろ……! いくらなんでも、嵐山 桜は大量殺人犯だ……その事実だけは変えられない……!」


「嵐山 桜は上層部最強格の亜深サンを倒した実力者だよ? 戦力としては、申し分ないでしょ」


 皆既は、奥歯をギッと噛み締め、叫んだ。


「お前、一体何を考えてやがっ……ぅ゙っ……ゲホッ……ガハッ……」


「あ〜……無理するから。傷薬くらいならあげられるけど?」



「ねぇ、あんた、何?」


 桜が、愉悦へと話しかける。

 その声色には、確かな怒りと圧力が込められていた。


「何? ……っていうのは、どういう事? 立場とか肩書を言えばいいの?」


 その言葉に、桜の額にも血管が浮き上がる。


「私の命を、何だと思ってるの……?」


 愉悦の表情から、笑顔がすっと消える。


「生きて償いたいとか言ってなかったっけ?

キミの罪を不問にできるのは、ボクしかいないけど?」


「………………」


「立場が不安定で、高い戦闘能力を有してて、直ぐにクビを切れる。……キミの戦力的価値はこんなところかな。意味分かった?」


 桜は黙ったまま、何も返すことはできなかった。


「拒否できる立場じゃないのも、理解できたみたいだね。安心して、こっちとしても変に使い潰したりするつもりは無いから。所属している間は、普通のメンバーと同じ扱いだし、諸々の異議はボクが揉み消せる」


 桜は苦い表情で、これだけぽつりと呟いた。


「……人を大勢殺した」


 愉悦は、「まだ言うのか」とでも言いたげな表情《かお》で、眼鏡の向きを直す。


「知らないよそんなの。ボクからすれば心底どーでもいいね。……で、条件を飲むの?」



「待ってくれ……!」


 愉悦の問いを、悠真が掠れる声で遮った。

 預かった桜の刀を握り締める手に、力が込められる。


「これだけは、約束してくれないか……」


「……何」


「桜を『終わらせる』のは、俺の手にさせてくれ……」


 その言葉に、愉悦は眉間にしわを寄せた。

 愉悦の口角がわずかに上がる。


「すっごい堂々と殺害予告してるけど、気でも狂ったの?」


「……約束……なんだ」


「そうなんだね。まぁいいんじゃない? その辺はボクの管轄じゃないし、そこの皆既くん達が良いって言うなら、良いんだと思うよ」


「悪い、あともう一つだけ良いか?」


 豪千が、手を挙げ、低い声で続ける。


「俺は悠真と鋼も、鎮静会に入るべきじゃないかと思ってる」


「っ……!」


 豪千の提案に、鋼はぎょっとして見上げる。

 豪千の表情は、真剣そのものだった。


「コイツらには覚悟と経験が伴ってる。それに、桜を入れるなら、それこそ欠けちゃいけないだろう」


「うん、その辺は別にボクが口出しするところじゃ無いし。ボクは嵐山 桜について話しに来ただけだからね」


 愉悦は『黒い石のついたキーホルダー』を取り出す。


「あ、それと上層部の三人はこっちで回収しておくから、気にしないで。じゃ、判断は早めにね」


 愉悦がキーホルダーをゆらゆらと揺らすと、空間に黒い穴が空き、その穴の中へと消えていく。


 黒い空間の影に隠れ、愉悦はにまりと笑った。


(もう少し利用させてもらうよ。嵐山 桜)


─────────────────────


 その後、俺、桜、鋼の三人は鎮静会へと仮加入することになった。

 桜の立場は非常に特殊なため、公には明かされず、あくまで『特別顧問』の肩書で通すことになったそうだ。


 ファザーさんは、「性に合っていないので」とだけ言って、車で帰ってしまった。



「それじゃ、まぁ仮にも新入りが入ったって事で、軽めの歓迎会しますか!」


 皆既さんが、缶ビールを掲げて宣言した。

 あの時の重々しい雰囲気とは打って変わった緩みに、少し困惑してしまう。


「良いんですか……?」


 豪千さんが、ビールを一気に流し込む。

 そして、「はぁ……」と小さくため息をついた。


「俺達だって人間だ。『殺す・殺さない』なんて重たい話、いつまでもしてたく無いんだよ」


「そうですか……そうですよね。あの、てか皆既さん、怪我は大丈夫なんですか……?」


 皆既さんは包帯でぐるぐる巻きの状態で、見ていても痛々しい。

 しかし、それとは裏腹に元気そうだった。


「愉悦から貰った鎮痛剤が効いてるからね」


「……あの子、信用して大丈夫なんですか……?」


「……まぁ、怪しいよ。信用は出来ないし、何を企んでるのかも分からない。……でも、何年も一緒にやってきて、あいつが他害意識で行動しているわけじゃないのも分かってきた。……きな臭いし、狂ってはいるけどな」


 皆既さんはビールをちびちびと飲みながら語った。

 『愉悦』といったあの子は、何者なんだろうか……


 ふと周りを見渡すと、鋼が甘夏さんに絡まれている。

 ……めっちゃ照れてるじゃんあいつ……顔紅すぎるだろ。酒飲んでないよな?


 桜は暗い顔をしながら、静かに座っている。

 豪千さんと何かを話しているのは分かるが、やはりどこか辛そうだ。



 2時間後に、歓迎会は終わった。

 やはり全員、疲労が溜まっていたようで、全員が眠りにつく流れで、歓迎会は幕を閉じた。


─────────────────────


 桜(あの女)の最後の目が、頭にこびりついて離れない。

 早く、早く逃げないと……!


「はぁ……っ!!」


 夢から逃げるように目を覚ますと、そこには無機質な壁に囲まれた空間があった。

 目の前には、白衣を着た小柄な少年の背が見える。


 身体は手錠か何かで拘束されているようで、能力が使えない。


「『ワープ』の奇物も便利ではあったけど、色々と改善の余地があったなぁ…………あ、起きた?」


「愉悦……お前……何のつもりだよ……」


「何のつもり? まぁ、亜深サンを『素材』にするとか?」


「……?」


 『素材』……? 素材って何だ。ワタシを?

 ワタシは鎮静会上層部の人間だぞ……?


「まぁ、疑問とかあったら答えてあげられる時間はありそうかもね? 分かんないけど」


「『分かんないけど』って……お前、何するつもりだよ……!」


 愉悦は、あからさまにげんなりとした顔をした。


「『何のつもり』とか『何する』とか、抽象的過ぎて答えようがないんだけど。まぁ、もう全部教えちゃっても良いんだけど」


 愉悦は椅子に座り、キーホルダーを細いピンセットで弄りながら、淡々と話し始めた。


「まず、『産刑法案』にGOサイン出したのはボクね」


「っ……?」


「そりゃ反対多数の法案が突然通るなんてのも違和感あったと思うけど、それはボクが勝手に改竄《かいざん》したデータを渡したから」


「いや、ちょっ──」


「ちょうど良く出てきてくれた『嵐山 桜』をダシに、キミ達上層部を消そうと思ってさ〜。あんな法案、反乱が起こるのは当然だしね。キミ達がここまで簡単に負けるのは予想外だったけど」


「お、おま──」


「まぁそれで『嵐山 桜』っていう良い副産物も見つかったのは良かったかな。『あの人』を誘《おび》き出すエサにもなるし…………あそうだ。番花サンと荘司サンがどこに行ったか、気になってたりする?」


「え……」


 確かに、あいつらの姿が見えない。

 いるのは、顔面蒼白でワタシたちを見ている『見知らぬ男』だけ。

 じゃあ、あの二人は……


「ここだよ」


 愉悦はポケットから、二つの赤黒い色をした、スーパーボール程度の大きさの玉を取り出した。

 それはまるで生きているかのように、ピクピクと蠢いている。


「『素材』として持ち帰るには、こうやってコンパクトにするのが一番だからね。あ、この状態でも意識はあるよ」


 え……は……あれが……?

 人間……だったって言うの……?


「ボクも前に試してみたときは結構きつかったよ〜。なんか骨? がギシギシするみたいでさ。ボクは痛覚飛ばしちゃってるから痛みは無かっ──」


「もうやめて……!!!」



 嫌だ。嘘でしょ?

 ワタシも『アレ』になるの?

 素材? 何よそれ……!!?

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……!!


「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……!! ごめんなさいお願いします……!! こんなの……!!」


 亜深の絞り出すような懇願が、部屋に反響する。


「な、なんでもします! 身体だって、好きにしていいから!」


 その言葉に、愉悦は一歩後退りし、口元に手を当てた。


「う〜わ……ボク一応子供だからさぁ……そういうアプローチはちょっとやめてほしいなぁ……」


「じゃあ他に何が良いの……!? なんでもするからそんな肉の塊になんてなりたくないの……!!」


「え〜……そんなに縋りつかれたら、なんか気の毒になりそうじゃん。あ、それにさ……」


 ──『もう、打ってあるから』



 愉悦は、空になった注射器を取り出した。


「……は……?」


「だから、もう『コレ』になる薬は打ってあるから。なんか亜深サンは耐性あるのか分かんないけど、薬の廻《まわ》りが遅いみたいだね」



 何……言ってんの………? もう、頭の中に入ってこない。


「ぅ゙ぐっ……」


 気持ち悪い。吐き気がする。怖い、怖い、怖い……


「や゙だ……たすげっ……ぁ゙ぁ゙ぁ゙……」


「お、薬効いてきた……他の人よりも大体5分くらい遅れてる……なんでだろうなぁ……」


 熱い熱い熱い熱い熱い熱い(死にたくない)熱い熱い熱い(嫌だ)熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い(どうしてこんな目に)熱い熱い熱い熱い熱い熱い(助けて)熱い熱い熱い熱い(助け)……!!



 湯気が立ち上り、先ほどまで『人間だった塊』がぽとりと床へ落ちる。

 「グチャッ」という不快な音を立て、その塊はピクピクと脈動していた。


「やっぱグロいな〜。ボクみたいな子供が見ていいもんじゃないね。ねぇ、『鳥槻サン』?」


「ひっ……!!」


 愉悦の視線の先には、ガタガタと震えている『鳥槻』の姿があった。

 鳥槻の荒い呼吸音だけが、狭い部屋に反響する。


「あぁ。鳥槻サンには別に素材になってもらう予定は無いから安心して」


「な……え……」


「ボクがキミを連れてきたのは、『神』に近しい存在を生み出した『先輩』として、話が聞きたかっただけなんだ。……ね。『大蛇』を造った鳥槻サン……?」


予告


【特別読切】

 最強の断罪人─化け物の罪を清算する『人間』


 独立したストーリーのロマンチスト・ソウル外伝短編です。

 読むだけで本編のこの先の展開が数段面白くなるので、ぜひご一読ください。


 Nコード N2625MS

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― 新着の感想 ―
おお……、三人は鎮静会に入ることになったのか……。とりあえずの命の危機は去ってホッとした(´・ω・`) と思って読んでいたら、全部愉悦くんの掌の上だったぁっ!?うひゃあ(´;ω;`)!! そして、…
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