49話 「静寂の連行」
「それじゃ、行くよ」
皆既は、俺に肩を貸しながら、ゆっくりと歩き始めた。
丁寧な足取りから、気を使ってくれているのがわかる。
「桜と鋼みたいに……拘束しないんですか……?」
皆既は、俺を支えながらふっと微笑んでみせた。
「俺はそんな事する必要無いと思うな。本当なら、病人を叩き起こして連行してる方が可笑しいよね」
静かな声色だが、どこか言葉遣いに、千夜の兄らしさを感じた。
『波』で読み取ることはできないが、過剰に警戒するのもかえって良くない気がする。
しばらく皆既の肩に寄りかかって、ゆっくり進んでいく。
「っ……はぁ……っ……」
やはり、目覚めてからずっと頭痛がひどい。
「お兄ちゃん……! 悠真……!!」
背後から、千夜の切羽詰まった声が響いた。
皆既は振り返ると、「ごめん」とだけ呟いた。
「っ……!!」
千夜の、声にならない抗議が聞こえた。
皆既は俯いたまま、足取りを止めることは無かった。
やがて、外に大きな黒い車が見えてきた。
前の座席には、ガタイのいい男と、老人が座っている。
窓の外からは見えないが、後ろには多分、桜と鋼がいるはずだ。
「……暴れたりとかは、しないでくれ。俺たちは、君と鋼君に罪を問うつもりは、あまりないんだ」
「っ…………」
「詳しいことは、内で話す」
その言葉には、『桜』は含まれていなかった。
……おそらく、桜が犯した罪も、調べられているはずだ。
ならば、俺たちが求められることは……
車のドアが、「ピーッ、ピーッ」と音を立てて開く。
中には鋼が、一人座っていた。
鋼はこちらを見上げると、淋しげで、どこか悔しそうな表情をした。
「悠真……」
鋼の表情を見て、ハっとした。
そうだ、鋼は桜の事情を聞いていないはずだ。
何も知らないまま、捕らえられる気持ちにもなってみろ。
……最低だ。俺は……!
「座って」
優しく、そして、どこか押し込まれるように皆既に促される。
俺はそっと、鋼の隣に座った。
皆既は、その俺の隣に、静かに腰を下ろした。
そして、ドアが閉まっていく。
鋼の方に、目を向けられなかった。
でも、その前に鋼が、口を開いた。
「少しだけど、桜さんから聞いたよ」
「……えっ……」
「人を、殺したんだろう……? それも、何人に数えられる程度じゃなく」
それを聞いて、戦慄するとともに、不快な安堵感を覚えてしまった。
桜が自分から鋼に告白していたなんて、思わなかった。
いつか自分から説明しなければならないという責任が、果たせないまま消えた。
でも、桜なら、鋼に隠し通そうとしないのは、分かる。
桜も、鋼が信用に足る人間であると、感じられたのだろう。
鋼は、震える声で続けた。
「……後で、ちゃんと話そう。悠真」
「…………あぁ……」
視線を落とした時、鋼の手が前で黒い縄に縛られているのを、はっきりと目に焼き付けてしまった。
あまりにも大きな罪悪感と、謝りたい気持ちでいっぱいになった。
「……桜は、どこに……」
姿を探して振り返ろうとする俺を、皆既が制止した。
「見ないほうがいい」
「……なんでですか」
「友人が縛られているところなんて、見たくないだろ」
「……でも」
「止めとけ」
皆既が、俺に気を使ってくれているのは分かる。
それでも、見ないといけない。
自分が犯した事の現状から、目を逸らしてはいけない。
悠真は、恐る恐る、後部座席へと振り返る。
そして、眉間にしわをよせ、固く歯を噛み締めた。
全身を拘束され、気を失っているであろう桜の表情は、あまりにも弱々しく見えたから。
だから、『嫌』だった。
─────
走行中の車内は、静かだった。
途中で、運転席の男の人が話しかけてきて、少しだけ応答した。
流れで、男の名前は『豪千』と言うらしく、隣の老人は『ファザー』と呼ばれている事が分かった。
車は、しばらく走行した後、フェンスで覆われた敷地内へと入っていく。
そして、小さな建物の前で停まった。
ドアが開くと、皆既は淡々と説明しだした。
「ここは『拘置所』だ。嵐山 桜は危険人物のため、ここで隔離させてもらう」
その言葉を聞いて、なんとなくゾッとした。
悪寒が、背中の深いところを走り抜けた。
「……『最後に』、話がしたいです」
悠真のその言葉に、皆既は静かに答えた。
「分かった」
皆既は、抱えている桜の額を指先で軽くつつく。
「……ぁ……」
桜は、静かに目を空けた。
そして、悠真の表情と、それを見つめる皆既と、自身の拘束へと、順に視線を移す。
そして、自分の状況を察した。
「桜……」
悠真は、目に涙をたくさん溜めていた。
なんとか堪えているのか、肩を震わせている。
桜は柔らかく、微笑んでみせた。
「……ありがとう、悠真。……じゃあね」
「っ……!!」
桜の言葉に、悠真はもう、応えられなかった。
耐えられなかった。
崩れかける身体を立たせ、最後まで桜に目を合わせる。
桜の目には、涙はあまり無かった。
「ごめん。そろそろかな」
「……はい……ありがとう……ございました……」
「……ファザーさん、来て下さい」
ファザーは呼ばれると車から出て、皆既の横に立った。
そして、ゆっくりと歩みを進める。
皆既は、桜を抱え、ファザーの後について建物へと向かっていく。
桜は、皆既へと冷淡な口調で訊いた。
「……殺すの?」
「……十中八九。……でも、まだそうとは限らない。悠真達の話次第では情状酌量の余地が……俺はあると考えている」
皆既の答えに、桜は震える声で続けた。
「無理に期待させないで……?」
「……すまなかった」
「………………ファザーさん、監視、お願いします。異常があったら直ぐに知らせて下さい」
「……承知しました」
二人の会話が聞こえる中、桜は、静かに目を閉じた。
─────
しばらくして、皆既が戻ってくる。
皆既は座席へと座ると、小さく「はぁ……」とため息をついた。
そしてまた、静かで長い時間が始まった。
車内の空気の重さは、息のリズムを忘れる程だった。
そうしてまた一時間ほど経つと、街のはずれに一つの大きな建物が見えた。
車は門を抜けると、その大きく、静かな屋敷の前で停車した。
「ここが俺たちの『支部』だ。……二人には、ここで事情聴取を行う」
三ヶ月弱も投稿できず、本当に申し訳ございませんでした。
これからの連載は週に一話を目標に投稿する予定ですので、ゆっくりとお付き合い下さると幸いです。




