50話 『事情聴取』
「『大量殺戮犯 嵐山 桜』だってさ〜」
傷一つない真っ白な車は、高速道路を凄まじいスピードで駆け抜けていく。
長い茶髪にスーツの女は、ケラケラと笑いながら、ダッシュボードに足を乗せた。
「『母体』としては中々、いいんじゃない? ちょうど人権もパーでしょ。あのいけ好かない『ガキ』も、たまにはやるじゃん?」
運転席に座るメガネの男は、ハンドルを握りながら怪しげに笑った。
「今日も面白いモノが見られそうですね……」
一人後部座席に座る肥った男は、大きく席を使い、堂々と鎮座していた。
─────
皆既は、俺たちに罪を問うつもりは無いと言っていた。
だからこそ、桜の弁解ができる場面はここしかないと分かった。
桜のようなケースは稀だ。
人々が『能力』を得たとて、暴力や略奪が横行したり、社会秩序が崩壊しきったわけじゃない。
だから、『能力犯罪』に対する法律は、未だに安定しきっていない。
桜にもやむにやまれぬ事情があった。
それを証言すれば、情状酌量の余地があるかもしれない。
……でも、それは本当に桜が望んでいる事か……?
罪から目を逸らして、生きていくことを望むのか?
─────
「もう、一人で立てるか?」
「はい。……ありがとうございます」
車から降りると、皆既と豪千に連れられ、建物の中へと案内されていく。
綺麗に整えられた廊下が、静かな威圧感を与えてくる。
「…………」
やはり、『波』が読み取れない。
ずっと当たり前のように感じられていた事が、突然分からなくなるのは、怖い。
人は皆、他人の感情が分からない世界で生きて来たんだなと、改めて実感させられる。
どれだけ、これまでの自分が『残響』をアテにして来たのか、身に染みて感じた。
─────
屋敷の広間に繋がる、大きな扉の目の前まで連れられた。
「……事情聴取とは言うが、別に俺らは君たちを犯罪者として扱うつもりは無い。リラックス……はできないだろうけど、そこまで固くならないでほしい」
皆既はさらに、静かだが強い口調で続けた。
「『質問』に答えてくれれば、分かる」
そう言うと、扉へと向き合い、ドアノブを捻った。
「お、来た。思ってたより遅かったね」
「あぁ。……ちょっとね」
ドアの先には、金髪にピンク色のメッシュを入れた美しい女性が、ソファの上で寝転がっていた。
女性は身体を起こすと、俺と鋼をその目でじっくりと見据える。
「……普通の男の子二人……って感じ……」
「っ……」
その異様に妖艶な雰囲気に、少しばかり恐怖心を覚えた。
皆既は、招くような仕草で、女性の隣に座った。
「二人は、そっちのソファに座って。豪千は悠真と鋼のとなりに」
皆既に指示された通りに、ソファへと座り、皆既と向かい合う。
「………………」
豪千は黙って、静かに俺たちを見ている。
俺たちが変な気を起こさないよう、圧をかけているようにも感じる。
「『甘夏』、能力は今は使わなくていいから」
「りょーかい」
甘夏と呼ばれた女性は、真っ赤にネイルされた爪先を弄る。
そして、ゆっくりと顔を上げて、微笑んでみせた。
「っ……!」
「ゾクッ……」とした感覚が背筋を突き抜け、心臓の鼓動が速まっていくのが分かる。
女性に耐性はあると自負していたが、これは……飲まれかねない。
「それじゃ、始めていこうか」
皆既のその声で、さらに場の空気が締まった。
鋼がつばを飲み込む音が、やけに大きく聞こえてきた。
「……あの、その前に一つ、いいですか……?」
「? どうしたんだい?」
「鋼を縛っている縄だけ、解いてほしいです」
「………………」
俺の要求に、鋼は呆然と俺を眺めている。
皆既は、静かなトーンで答える。
「その縄は能力を封じる効果があるんだ。鋼君の磁界を操る能力は、解き放ったらこちらにとって不都合なのは、分かるだろう?」
「……それでも、お願いします。鋼も、能力は使わないので」
そう言い切ると、皆既は少しだけため息をついた。
「……らしいけど、鋼君本人はどうしたいの?」
鋼は肩をビクッと震わせたあと、少し俯きながら答える。
「能力は、使いません……だから、お願いします」
「……わかった。信じるからな」
鋼の縄を解きながら、皆既は静かに思考していた。
(形式だけでも、『拘束されている』という事実は、メンタルに大きな負担を与える。それに、あくまで『事情聴取』という体での『対等』な場に持ち込んだか……やっぱり、『慣れてる』な)
解き終わると、皆既はもといたソファへと座り直し、二人を真っ直ぐ見つめる。
「さて、そろそろ本題に入らせてもらう。まずは、嵐山 桜について、詳しく聞きたい。大量殺戮に至った動機や、その顛末など諸々を、『君の口から』話してくれ」
その言葉に感じた違和感。
皆既も、妹の千夜と同じように、『心が読める』のではないか?
だからこそ、あえて俺たちの口から語らせる事で、『それ以外』の事も読み取ろうとしている。
浅かった息を整え、皆既の冷たい目と目を合わせる。
「桜は、幼い頃から失った両親の代わりに、三人の弟を身一つで育てていました。でも、村の人達に嵌められ、信仰されていた『神』への生贄として捧げられる事になり、殺されかけました」
「………………」
話しているうちにも、皆既の目の鋭さが増し、鋼の表情が青ざめていくのが横目に映る。
「桜は自分の身を守るために、その場にいた人間を、自らの能力を用いて殺害しました」
「……なんでその場に『居なかった』人間まで殺したのか、分かるか?」
「っ……」
桜を守るような言い方は、いくらでも出来る。
でも、違う。そうじゃない。
今の桜に、そんな生温い脚色は要らない。
「……おそらく、弟を殺された怒りと絶望で自暴自棄になり、長い間溜め込んでいたものが爆発したんだと思います」
「……なるほど」
そこまで聞いた甘夏は、静かに足を組み変えた。
(……多分、この子の話に出てきた『生贄信仰の神』っていうのが、あの未登録の『先駆者』でしょう……ここまでなら、私は同情の余地くらいはあるんじゃないかと思うけど……でもなぁ……)
甘夏は、静かに手を挙げた。
そして、悠真へと視線を預ける。
「その桜ちゃんは、それ以外で人を殺したりした?」
悠真は、甘夏を見据え、はっきりとした口調で答える。
「少なくとも、俺は見ていません。……それに、ご存じかは分かりませんが、『大蛇』についての一件で、人々を守るために身を挺し、大蛇を操る術者に唆され向かってくる人達にも、刃を向けることはありませんでした。そして……」
その時、皆既が手を挙げ、悠真へと訊く。
「切っちゃって悪いんだけど、『大蛇』関連の事について、もう少しだけ説明してもらっても良いかな?」
「『大蛇』は、一人の人間の嘘により生み出された存在で、独立して行動できる『使い魔』のようなものでした。『大蛇』は『信者』によって存在を保っており、俺の能力で信者に『嘘だと伝える』事で、撃退しました」
「……それが全貌かぁ……それでごめん、続き話してくれ」
悠真は、また軽く呼吸をすると、語り出す。
「『大蛇』は、おそらく術者を殺す事でも、消滅させる事が可能でした。それでも、桜は確実に殺せる場面で、刃を術者本人には向けなかった」
それを聞いて、豪千は顎に手を当てた。
(一度『殺す』という行為を行った人間は、今後、何をするにも『殺す』という選択肢が過るようになる……だが、自他共に窮地の状況で、安易に『命を奪う』という決断に走らなかったのは、一考の余地があるよな……)
皆既は、少しだけ俯いて、目元に手を添える。
そして、ゆっくりと顔を上げた。
「最後の質問だ。これは、悠真と鋼自身に問いたい」
あまりにも冷徹な語り口で、皆既は切り出した。
『何故、命の価値は平等なのに、虫を殺しても罪にならず、人を殺したら罪になると思う……?』
─────
桜は、隔離施設の牢に幽閉されている。
厳重に拘束された身体は動かせず、能力も封じられ、完全に囚人の様相を呈していた。
ただ、黙って、眠っているかのように目を瞑っている桜を、監視役として場に残されたファザーは、冷静に見定めていた。
(『死』が迫っている状況だと言うのに、あまりにも静か……覚悟が決まっているように感じる。この方の厳罰は免れないでしょうが、その時はせめて、なるべく人道的なやり方で……)
桜が囚われている部屋を、外から眺めるファザーは、ぎゅっと固く目を瞑った。
ファザーが目を閉じたその瞬間、やけに乱雑な音を立てて扉が開けられた。
ファザーは驚き、咄嗟に振り返ると、目を見開き、半歩後退りした。
「……『上層部』の方々……何用でここへ……?」
(全く気配を感じなかった……)
茶髪の女は、軽い足取りで堂々と室内へと入っていく。
「なんでって……そりゃ、桜ちゃんと『お話』しに来たんだよ。あれ、あの『ガキ』から伝わって無い?」
「存じておりません。……なぜわざわざ……?」
(嫌な予感がします……)
女は、部屋の奥の桜へと、指を指す。
「前々から言ってたじゃん。『産刑法案』。それに、ちょっと桜ちゃん借りたいな〜って。返さないけど」
それを訊いた瞬間、ファザーの目が一気に血走る。
「ならばお帰り下さい……!!」
ファザーは、手元にある縄の端を強く引いた。
すると、部屋中に張り巡らされた黒い縄が、一気に三人へと向けられる。
「……がはっ……」
しかし、次の瞬間に膝をついて倒れたのは、ファザーだった。
(何を……された……!? 攻撃の予備動作すら見えなかった……)
崩れ落ちたファザーの腹を、女はさらに蹴り上げた。
「がっ……!」
ファザーは凄まじい勢いで吹き飛び、壁へと叩きつけられる。
そして、ひび割れたコンクリートの塵と共に、脱力しだらんと倒れ伏せた。
「おじいちゃんはおねんねしててね」
その様子を、桜は檻の中から静かに見据えていた。
茶髪の女は檻へと近寄ると、桜に下卑た薄ら笑いを浮かべた。
「とりま、今絶賛人権パーの桜ちゃんに、大事なお話するから、よく聞いてね」
睨めつける桜を意にも介さず、茶髪の女は続ける。
「桜ちゃんには、『国のために』、た〜くさん、子供を産んでほしいんだ」
「産刑」という名称は、村田沙耶香氏の小説『殺人出産』より着想を得て、お借りしています。
設定や世界観は、本作独自のものです。




