48話 「濁水に岩落つる」
そこは、どこまでも続く広大な、薄暗い一本道で、壁の棚には所狭しと、レコードディスクが並べられている。
夢と言うのは不思議なもので、ここにあるレコードは、全て破損していて再生できないものだと、直感で分かった。
足が勝手に、先へ先へと踏み込んでいく。
異質な空間なのに、恐怖心は湧かなかった。
やがて、一本道のその先に、黒い机が見えた。
机の上には、古びたレコーダーと、一枚のディスクが置かれていた。
ディスクへと手を伸ばし、レコーダーの中へと挿入する。
何も流れなかった。
いや、実際には流れているのだろうが、耳が聞こえないかのように、何も読み取ることは出来ない。
何が流れているのか、どうしようもなく知りたくなった。
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「…………」
その時、誰かに身体を揺らされた。
それと共に、夢から覚めた。
目の前には、見知らぬ男が居た。
いや、違う……雰囲気が、どことなく……
「急に起こして悪いね。『蓮界 悠真』君」
その男は、落ち着いた声色を変えずに、続ける。
「俺は『星月 皆既』。『鎮静会』の人間だよ」
「……っ……!」
『鎮静会』という言葉を聞いたとき、背筋にゾッと悪寒が走った。
その予感は、当たることになる。
「君に聞きたい事は、大量殺人犯『嵐山 桜』の件についてだ」
「……やっぱり……」
「うん。既に、『嵐山 桜』と『錆林 鋼』は、こちらで拘束させてもらった。……意味は、分かるよな」
『皆既』は、急に声のトーンを下げた。
琉琉助や童子とはまた違う、凄まじい圧力が、彼の声には込められていた。
皆既の『波』を読もうとした。
読めなかった。
それを見て、皆既はまた続けた。
「あれだけの範囲の精神干渉、能力がひび割れてる。しばらく、君の『残響』は使えないだろう」
『残響』の事について、知っている……
つまり、俺たちのことを調べてから来てるのか……
なら、やはり桜の事も……
皆既は、優しい手つきで俺に手を差し伸べた。
「立てないなら、肩を貸すよ」
それは、気遣いであると同時に、彼から絶対に逃げる事が出来ない事を意味していた。
俺は、皆既の手を使わず、なんとか立ち上がろうとした。
「がっ……」
出来なかった。
目が覚めてから、ずっと頭を割るような痛みが続いている。
よろけた身体は、皆既にしっかりと受け止められた。
「…………」
寄りかかったその瞬間、彼の身体は、多くのものを背負っていると、悟った。
皆既は、俺の肩に、優しく手をかける。
皆既は、悠真へと視線を下ろす。
「……でも、これだけは言わせてくれ」
悠真の肩に置いた手に、少し力が入る。
皆既は、耳元でぼそりと呟いた。
「……ありがとう。『妹』を……家族を助けてくれて」
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時は、悠真によって、『大蛇』が消滅したところまで戻る。
悠真は、『風波拡散』の反動で脳がショートし、吐血しながら地面に伏せる。
「悠真……なぁ……大丈夫か……!?」
鋼は、倒れた悠真へと駆け寄り、身体を仰向けに起こす。
悠真の目は焦点が合っておらず、たださらさらと血涙を流し続けていた。
桜は刀を鞘に収め、片手で鳥槻を抱え上げる。
そして、泥を跳ねさせない静かな足運びで、悠真と鋼へ歩み寄る。
「……戻ろう」
桜がそう言うと、鋼は悠真を担ぎ上げ、立ち上がる。
鋼は、今、どうしても桜に問わなければならないと思った。
打ちつける雨音を、鋼の言葉が退ける。
「桜さんって……何者なんですか……?」
桜はその言葉に、一瞬眉を上げた。
桜は、今までの一週間程の付き合いで、鋼がどういう人間か察していた。
聡明で、現実的で、内向的。
ごまかしや嘘を嫌うタイプで、悠真が好くのもよく分かる。
そして、悠真が意図的に彼に本当のことを伝えていないのも、分かっていた。
打ち明けるならば、今しか無いと思った。
「私……人を殺した事がある」
「……えっ……」
眼鏡の内側で、確かに、私に対する恐怖が芽生えたのが分かった。
人を殺した事のある人間と行動を共にしてきたなんて、普通に考えたらあり得ないことだ。
言い訳じゃない。彼には、ただ事実を伝えたかった。
「私は人を何百人も殺して、自分も死ぬつもりだった。……でも、悠真に、『その力を善い事に使え』って言われて、生かされた」
「…………ごめん……整理が……」
「……今まで、黙ってて、本当にごめんなさい」
「っ……」
鋼が桜に抱いたのは、恐怖と、今までの疑問が繋がった、妙な安堵感だった。
桜さんの言動、行動を見ても、おそらくその『殺人』にも、事情があったに違いない。
それを加味すれば、悠真なら、やりかねないと思った。
アイツは自分の命を勘定に入れてるのかすら、正直曖昧な所がある。
あの時の僕の『死にたいのか』に、『そんなわけねぇだろ』と答えたことにすら、疑問を覚える。
死にたくないのは、当然だろう。
でも、『死にたくない』と目の前で思っている他人がいたら、悠真は自分の命すら投げ出す。
「……正直……まだ、理解できないよ。……桜さんの事も……悠真も。」
桜は、黙ったまま静かに鋼を見る。
レンズは泥に塗れていて、目を合わせることはできない。
絞り出すような声だった。
「でも……………………ごめん、まだやっぱ、分からないや……」
「…………そっか」
「……行こう」
「うん」
吹き荒れる強風と、豪雨の中、二人はゆっくりと歩き出した。
「あっ……!」
ぬかるんだ地面が、鋼の足を奪った。
滑らせて後ろに倒れそうになる背中を、桜が後ろから支える。
「気をつけて」
「……ありがとうございます」
その後に続く会話は、二人にはなかった。
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「みんな……無事で良かったぁ……!」
千夜は玄関の前でずっと待っていたようで、金色の髪からぽたぽたと水滴が滴っている。
それを見て、桜が呟いた。
「家の中で待ってれば良かったでしょ……」
千夜は大きな身振りを添えて、声を張り上げた。
「だって……! 自分だけぬくぬくと待ってるのは嫌じゃん……!」
涙で腫らした目を見て、桜は微笑みかける。
「ありがとう。一緒に戦ってくれて」
その言葉に、千夜はさらに目を潤わせた。
「なにそれ……イケメン過ぎでしょ……!」
「……それより、一回家あがりたい、てかお風呂入りたい」
「あ、うん! もうお風呂沸いてるから……!」
家の中に入る前に、鋼は靴下を絞る。
水がたっぷりと出てきた。
千夜の前に立った時、鋼は、桜の事をなるべく考えないようにしていた。
桜さんの事を、千夜さんに『読まれたくない』と思った。
……悠真が、自身に抱いていた突っ掛かりの正体が、分かった。
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悠真は、ぐちゃぐちゃの服を脱がせて、身体を拭いている間も、ずっと気絶したままだった。
流血は止まったが、瞼を開くと真っ赤に充血している目が、やはり相当無理をしたのだと分かる。
心拍は安定しているから、命に別条は無さそうだけど……何らかの脳障害を患っていそうで、心配だ。
台風のせいで、警察はしばらく到着しないらしく、鳥槻さんは千夜家の柱に縛り付けられている。
絵面は正直結構やばい。
あれだけ生贄がどうこう言っていた人たちは、後から謝りに来たのは半分くらいで、後の半分は特に何も無かった。
僕は、根に持つ人なんだと思う。
謝罪に来た人数を、僕は無意識に数えてしまっていたから。
因みに、千夜さんは……
「私までなんかグル扱いみたいにされて、辛かったんだけど〜!?」
「いや……済まなかった……」
「許す!! 今回だけは許してやらぁ!!」
謝りに来た人たちを全員秒で許していた。
さすがにさっぱりし過ぎじゃないか……?
あれだけのこと言われたら、少しは態度変わったりしない……?
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お風呂から上がってからすぐ、ご飯をかきこむ。
桜さんは相変わらずめちゃくちゃ食べる。
見てて気持ち良いくらいよく食べるので、少し微笑ましいくらいだ。
……もし、目の前に素性を知らない大量殺人犯がいるなら、僕は躊躇いなくレールガンを撃ち込めるだろう。
でも、桜さんにそんな事をしようだなんて、一ミリも思わない。
それは、正しいことなのだろうか?
本来なら、関わってはいけない人間のはずだ。
どれだけ助けられた今があったとしても、『人殺し』で、その事実は変えられない。
それに、悠真は手を伸ばした。
……もう一度、悠真と、桜さんと、三人で話そう。
僕は、どうあろうと『人殺し』を、芯から受け入れる事は出来ないみたいだから。
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明日には、台風も止んで、天気も温かく晴れやかになった。
悠真はまだ目覚めてないけど、寝息が安定しているので、多分容体は悪くないはず。
台風が止んだから、じきに警察の人が来て、鳥槻さんを逮捕して……
……待てよ。
桜さんの事って、警察や世間に知れ渡ってるのか……?
もしそうなら、桜さん、指名手配とかされてるんじゃ……
「なんか難しいことでも考えてるのかな? おはよう」
千夜さんに急に話しかけられ、はっとした。
まさか、読まれた……?
僕の表情を見て、千夜さんはふっと笑った。
「いつでも心読んでるわけじゃないからね? 普段はめっちゃ疲れるから、オフにしてる。基本的には初対面の人に会う時と、恋バナしてる時だ〜け」
オンオフ可能なんだ心読むのって……
でも、助かった。読まれていたら、最悪だった。
……桜さんの事は、今は考えないようにしよう。
「おはよう……」
そんな時、桜さんも欠伸をしながら部屋に入ってきた。
いつも綺麗に整えられてる黒髪だけど、寝起きは少し印象変わってくる。
「…………ねぇ、あのさ……」
千夜さんが、突然神妙な面持ちで話し出す。
「三人って、これからどうするの……?」
桜さんが、髪を整えながら答える。
「う〜ん……どうなるんだろうね。私にも分かんないや」
「そっか……。……ねぇ、鋼くんはどうするの?」
「えっ……と……僕は、家に……」
「どこの……?」
「東京……」
『東京』という言葉を聞いた時、千夜は胸が躍るのを感じた。
今まで、ほとんどこの街から出たことのない千夜にとって、都会は一つの大きな憧れだった。
だから、つい口走ってしまった。
「もし……この後、悠真と桜ちゃんと、鋼くんがこれからも一緒にいるならさ……私も、一緒に、東京……行ってみたいよ……!」
その言葉に、鋼はぐるぐると思考が巡った。
千夜さんは思考を文章のように読み取る。
……桜さんのアレの事や、僕の家の事、そんなくすんだものに、千夜さんを触れさせるのは……
何より、おそらく。いや、絶対に、悠真なら止めるだろう。
悠真なら、千夜さんの事を考えて……
先に口を開いたのは、千夜さんだった。
一言だけ。
「分かった」
千夜さんは、少し涙を滲ませながら、それでもなお、笑ってみせた。
「……ありがとう……!!」
どこまでも純粋で、澄み切った笑顔だった。
四章 『空虚な大蛇信仰』 完
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千夜の家の前に、一台の車が停まったのが、窓の外から見えた。
真っ黒な車で、警察のようには見えないが、おそらく、タイミング的には警察で間違いなさそうだ。
それを見て、千夜さんは呟いた。
「あれ。お兄ちゃんの……?」
「千夜さんって、お兄さんいるの?」
「うん。あんまりよくは知らないけどなんか凄い仕事してるらしいよ。え〜と……確か…………」
その続く言葉に、僕は唖然とした。
「『ちんせーかい』……だっけ?」
「えっ…………」
間違いでないならば、千夜さんのお兄さんが勤めているのは『鎮静会』。
法律が未だ安定しない能力関連の秩序を取り締まる、専門組織。
……そんな人たちに、もし、桜さんの事が伝わっているとしたら……?
その時、外から凄まじく大きな声が響いた。
「『嵐山 桜』〜!! 居るんだろ〜!? 出てこ〜い!!」
野太く、勇ましい怒声が、桜さんの事を呼んでいる。
窓から覗くと、筋骨隆々の大男が、腕組みしながら仁王立ちしている。
彼を見て、千夜さんは呟いた。
「あれ? 『豪千』さんじゃん。じゃあやっぱりお兄ちゃんも来てるかも?」
窓から見えるのは、『豪千』と呼ばれた大男と、髭の長い老人の二人。
「桜さん……狙われてるのは僕らだ」
「……その『鎮静会』ってのは何なの」
「能力犯罪専門の『処理班』……みたいな」
「なるほど」
『鎮静会』連中の、桜さん狙いは明確、さらに、もしかすると狙われてるのは悠真も同じ。
「千夜さん、この家の裏口どこにあっ……!」
言い終わる前に、「ガシャァァン」という粉砕音が響き、強く腕を引き込まれた。
目を向けると、窓が割れていて、青黒い縄のようなものが、腕に絡みついている。
「鋼!」
桜が手を伸ばすも、既に鋼は窓の外へと投げ出されていた。
「っ……あぁ……!?」
宙を舞う鋼の全身に、縄が纏わりついて行く。
手繰り寄せられた縄の先には、冷たい目をした老人が立っている。
「捕縛完了……」
そう老人が呟いた時には、鋼は完全に動けなくなっていた。
「っ……」
拘束され地面に転がる鋼を、豪千は覗き込む。
「『錆林 鋼』で合ってるよな? 悪ぃけどあんちゃん、一瞬だけ人質になってもらうぜ」
「人質……!?」
「あぁ。こっちとしても『嵐山 桜』と戦うのは避けてぇんだ。でも、安心してくれ。あんちゃんに変に危害を加える気はないからよ」
「っ……」
『危害を加える気はない』と言うことは、『全く警戒されていない』ということだ。
結ばれた左手が、三本の指を立てる。
(『磁界操作』……!!)
鋼は豪千が付けている金属の腕輪へと、磁力を送り込もうとする。
しかし……
(……能力が……『発動しない』……!?)
混乱する鋼を尻目に、豪千は堂々と構える。
「さて……『嵐山 桜』はいつ来るか……」
その瞬間、豪千の死角を狙い、刃が振り抜かれる。
「うおっ…!!」
(裏から回ってきたのか……!)
豪千は刃を躱し、距離を取って構え直す。
「お前が『嵐山 桜』か……」
桜の目に宿る、冷たい闘志。
それを見て、豪千は拳を強く握り締めた。
桜は、鋭い刃先を豪千へと向ける。
「……返せ」
その言葉に、豪千は桜を睨み返した。
「なら、大人しくしてくれると助かるぜ」
「…………」
無言で抜刀の構えを取る桜を、豪千は指さした。
「悪いが、今からお前を脅す」
「っ……?」
豪千は、片腕をゆっくりと振り上げ、空を掴む。
すると、何もない空間から、蒸気のような湯気が立った。
「……『戒』」
空を引きちぎるかのような動作で、腕を振り抜く。
すると、空間が歪み、巻き込まれた木々が跡形もなく消し飛んだ。
「……これが俺の能力『破戒の天使』だ。……投降しろ、『嵐山 桜』」
豪千の圧倒的な『能力』。それを見てなお、桜は怯まなかった。
「っ……!?」
すると、豪千の腕が唐突に痙攣を始める。
次の瞬間、膝をついたのは豪千だった。
「豪千殿……!」
「…………がはぁっ……!!」
側にいた老人が案ずるように声をかける。
桜は、一歩足を踏み出した。
「こっちも取ったから。人質」
「グッ……!!」
豪千の手は、自らの心臓へと向けられていく。
(これが『嵐山 桜』の精神干渉か……! おそらく、対象の罪悪感に働きかけ、自他への害意を増幅させる能力……)
「こりゃ……キツイなぁ……!!」
(アイツ……『鮮血の誓い』に抵抗してる……)
桜は、二人への警戒を解かず、刀を強く握り締めている。
場の緊迫感は、最高潮に達していた。
その中でも桜は冷静に状況を分析する。
(相手はデカいやつとじぃさん……デカいやつはほぼ無力化した……じぃさんの能力は『縄』か……?)
その時、桜の脳内を過る、違和感。
(今……千夜の兄さん、いる……?)
「カチャッ……」と、桜の頭の真後ろで響き、何かが後頭部に当てられる。
その意味に気づいた時、「ひゅっ……」と呼吸が浅くなった。
(『拳銃』……近寄られてる気配はしなかった……)
『皆既』は、桜へと拳銃を突きつける。
(豪千は『嵐山 桜』の精神干渉条件を見るためのデコイ……上手く嵌ってくれて助かったな……)
「……もう、諦めてくれないか?」
皆既のその言葉に、桜はゆっくりと両手を挙げていく。
「!」
その直後、皆既を襲う鋭い後ろ回し蹴り。
間一髪でそれを避けた皆既は、「チッ……」と小さく舌打ちをした。
(あくまで徹底的に抵抗する感じかよ……!)
桜は鋭い斬撃を連続で繰り出し、皆既を追い詰めていく。
皆既はそれを全て読み、躱していく。
(いや、違う……あえて急所は避けてるのか……?)
皆既は桜の攻撃を読み取り、間合いへと入り込む。
(『層合気・風月』)
「ぐっ……!」
それを受けた桜は大きく吹き飛び、宙を転がる。
そして、無防備になった桜へと向けられる、『拳銃』。
「みんなもうやめてよ!!」
千夜がそう叫ぶのは、皆既を動揺させるに事足りた。
「っ……」
桜はその一瞬の隙を逃さず、受け身を取り、そして、千夜の方へと向き直った。
「……出ないでって言ったじゃん……!!」
「…………」
皆既は、照準を桜から逸らさなかった。
そして、引き金に指をかける。
(しまっ……)
桜は直ぐに皆既へと向き直るも、時は既に遅かった。
「パァン!!」という軽い音が、響く。
弾は、出なかった。
(……モデルガンかよ……!!)
しかし、それは桜の意識を一点に集中させる。
ギリギリで保たれていた均衡が、崩れた。
「オラァっ……!!」
豪千が地面に拳を叩きつけると、桜の足元の地面が一気に抉れた。
一瞬、不意に宙に浮き、呆気に取られたその隙を縫って、青黒い縄が桜を襲う。
「がっ……!!」
桜は直ぐに拘束され、身動きを封じられる。
(『能力』が、使えな……)
刹那、桜の首筋に向けられる、老人の鋭い手刀。
「ぅ〜っ!!」
喉から漏れる薄い金切り声も虚しく、「ドゴッ」という鈍い打撃音が響く。
「……っ……かはっ……」
ついに桜は白目を剥き、脱力した。
その光景を、千夜は唖然としながら眺めることしかできなかった。
そして、なんとか絞り出した言葉。
「……なんで……?」
『兄』は、『妹』へと振り返った。
「……ごめんな」
皆既は、『嵐山 桜』や、『錆林 鋼』、そして、『蓮界 悠真』がこの街の危機を救ってくれていたことを、妹から読み取っていた。
千夜もまた、兄から桜の所業や、罪などを僅かながらに察していた。
それでも、疑問を投げかけずにはいられなかった。
「どうして……?」
皆既はその問いに、『兄』として答えることはできなかった。
皆既は千夜の問いを無視し、自らの家へと歩みを進めていく。
「……っ〜〜〜………!!」
泣き崩れる千夜へと、振り返ることはできなかった。
五章 『散った桜の罪と罰』 開幕




