表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロマンチスト・ソウル  作者: タイラ
四章 「  な大蛇信仰」
49/49

48話 「濁水に岩落つる」


 そこは、どこまでも続く広大な、薄暗い一本道で、壁の棚には所狭しと、レコードディスクが並べられている。


 夢と言うのは不思議なもので、ここにあるレコードは、全て破損していて再生できないものだと、直感で分かった。


 足が勝手に、先へ先へと踏み込んでいく。

 異質な空間なのに、恐怖心は湧かなかった。



 やがて、一本道のその先に、黒い机が見えた。

 机の上には、古びたレコーダーと、一枚のディスクが置かれていた。


 ディスクへと手を伸ばし、レコーダーの中へと挿入する。



 何も流れなかった。



 いや、実際には流れているのだろうが、耳が聞こえないかのように、何も読み取ることは出来ない。


 何が流れているのか、どうしようもなく知りたくなった。


─────────────────────


「…………」


 その時、誰かに身体を揺らされた。

 それと共に、夢から覚めた。


 目の前には、見知らぬ男が居た。

 いや、違う……雰囲気が、どことなく……



「急に起こして悪いね。『蓮界 悠真』君」


 その男は、落ち着いた声色を変えずに、続ける。


「俺は『星月 皆既かいき』。『鎮静会』の人間だよ」


「……っ……!」


 『鎮静会』という言葉を聞いたとき、背筋にゾッと悪寒が走った。


 その予感は、当たることになる。


「君に聞きたい事は、大量殺人犯『嵐山 桜』の件についてだ」


「……やっぱり……」


「うん。既に、『嵐山 桜』と『錆林 鋼』は、こちらで拘束させてもらった。……意味は、分かるよな」


 『皆既かいき』は、急に声のトーンを下げた。

 琉琉助や童子とはまた違う、凄まじい圧力が、彼の声には込められていた。



 皆既の『波』を読もうとした。


 読めなかった。



 それを見て、皆既はまた続けた。


「あれだけの範囲の精神干渉、能力がひび割れてる。しばらく、君の『残響』は使えないだろう」



 『残響』の事について、知っている……

 つまり、俺たちのことを調べてから来てるのか……

 なら、やはり桜の事も……



 皆既は、優しい手つきで俺に手を差し伸べた。


「立てないなら、肩を貸すよ」


 それは、気遣いであると同時に、彼から絶対に逃げる事が出来ない事を意味していた。

 俺は、皆既の手を使わず、なんとか立ち上がろうとした。


「がっ……」


 出来なかった。


 目が覚めてから、ずっと頭を割るような痛みが続いている。

 よろけた身体は、皆既にしっかりと受け止められた。


「…………」


 寄りかかったその瞬間、彼の身体は、多くのものを背負っていると、悟った。

 皆既は、俺の肩に、優しく手をかける。



 皆既は、悠真へと視線を下ろす。


「……でも、これだけは言わせてくれ」


 悠真の肩に置いた手に、少し力が入る。

 皆既は、耳元でぼそりと呟いた。


「……ありがとう。『妹』を……家族を助けてくれて」


─────────────────────


 時は、悠真によって、『大蛇』が消滅したところまで戻る。


 悠真は、『風波拡散ウィンド・ディスクリート』の反動で脳がショートし、吐血しながら地面に伏せる。



「悠真……なぁ……大丈夫か……!?」


 鋼は、倒れた悠真へと駆け寄り、身体を仰向けに起こす。

 悠真の目は焦点が合っておらず、たださらさらと血涙を流し続けていた。



 桜は刀を鞘に収め、片手で鳥槻を抱え上げる。

 そして、泥を跳ねさせない静かな足運びで、悠真と鋼へ歩み寄る。


「……戻ろう」


 桜がそう言うと、鋼は悠真を担ぎ上げ、立ち上がる。



 鋼は、今、どうしても桜に問わなければならないと思った。

 打ちつける雨音を、鋼の言葉が退ける。


「桜さんって……何者なんですか……?」



 桜はその言葉に、一瞬眉を上げた。


 桜は、今までの一週間程の付き合いで、鋼がどういう人間か察していた。


 聡明で、現実的で、内向的。

 ごまかしや嘘を嫌うタイプで、悠真が好くのもよく分かる。

 そして、悠真が意図的に彼に本当のことを伝えていないのも、分かっていた。



 打ち明けるならば、今しか無いと思った。


「私……人を殺した事がある」


「……えっ……」


 眼鏡の内側で、確かに、私に対する恐怖が芽生えたのが分かった。

 人を殺した事のある人間と行動を共にしてきたなんて、普通に考えたらあり得ないことだ。


 言い訳じゃない。彼には、ただ事実を伝えたかった。


「私は人を何百人も殺して、自分も死ぬつもりだった。……でも、悠真に、『その力をい事に使え』って言われて、生かされた」


「…………ごめん……整理が……」


「……今まで、黙ってて、本当にごめんなさい」


「っ……」



 鋼が桜に抱いたのは、恐怖と、今までの疑問が繋がった、妙な安堵感だった。


 桜さんの言動、行動を見ても、おそらくその『殺人』にも、事情があったに違いない。

 それを加味すれば、悠真なら、やりかねないと思った。


 アイツは自分の命を勘定に入れてるのかすら、正直曖昧な所がある。

 あの時の僕の『死にたいのか』に、『そんなわけねぇだろ』と答えたことにすら、疑問を覚える。


 死にたくないのは、当然だろう。

 でも、『死にたくない』と目の前で思っている他人がいたら、悠真は自分の命すら投げ出す。



「……正直……まだ、理解できないよ。……桜さんの事も……悠真も。」



 桜は、黙ったまま静かに鋼を見る。

 レンズは泥に塗れていて、目を合わせることはできない。


 絞り出すような声だった。


「でも……………………ごめん、まだやっぱ、分からないや……」


「…………そっか」


「……行こう」


「うん」



 吹き荒れる強風と、豪雨の中、二人はゆっくりと歩き出した。



「あっ……!」


 ぬかるんだ地面が、鋼の足を奪った。

 滑らせて後ろに倒れそうになる背中を、桜が後ろから支える。


「気をつけて」


「……ありがとうございます」



 その後に続く会話は、二人にはなかった。


─────────────────────


「みんな……無事で良かったぁ……!」


 千夜は玄関の前でずっと待っていたようで、金色の髪からぽたぽたと水滴が滴っている。


 それを見て、桜が呟いた。


「家の中で待ってれば良かったでしょ……」


 千夜は大きな身振りを添えて、声を張り上げた。


「だって……! 自分だけぬくぬくと待ってるのは嫌じゃん……!」


 涙で腫らした目を見て、桜は微笑みかける。


「ありがとう。一緒に戦ってくれて」


 その言葉に、千夜はさらに目を潤わせた。


「なにそれ……イケメン過ぎでしょ……!」


「……それより、一回家あがりたい、てかお風呂入りたい」


「あ、うん! もうお風呂沸いてるから……!」



 家の中に入る前に、鋼は靴下を絞る。

 水がたっぷりと出てきた。


 千夜の前に立った時、鋼は、桜の事をなるべく考えないようにしていた。



 桜さんの事を、千夜さんに『読まれたくない』と思った。


 ……悠真が、自身に抱いていた突っ掛かりの正体が、分かった。


─────


 悠真は、ぐちゃぐちゃの服を脱がせて、身体を拭いている間も、ずっと気絶したままだった。

 流血は止まったが、瞼を開くと真っ赤に充血している目が、やはり相当無理をしたのだと分かる。


 心拍は安定しているから、命に別条は無さそうだけど……何らかの脳障害を患っていそうで、心配だ。



 台風のせいで、警察はしばらく到着しないらしく、鳥槻さんは千夜家の柱に縛り付けられている。

 絵面は正直結構やばい。


 あれだけ生贄がどうこう言っていた人たちは、後から謝りに来たのは半分くらいで、後の半分は特に何も無かった。


 僕は、根に持つ人なんだと思う。

 謝罪に来た人数を、僕は無意識に数えてしまっていたから。


 因みに、千夜さんは……



「私までなんかグル扱いみたいにされて、辛かったんだけど〜!?」


「いや……済まなかった……」


「許す!! 今回だけは許してやらぁ!!」



 謝りに来た人たちを全員秒で許していた。

 さすがにさっぱりし過ぎじゃないか……?

 あれだけのこと言われたら、少しは態度変わったりしない……?


─────


 お風呂から上がってからすぐ、ご飯をかきこむ。

 桜さんは相変わらずめちゃくちゃ食べる。

 見てて気持ち良いくらいよく食べるので、少し微笑ましいくらいだ。


 ……もし、目の前に素性を知らない大量殺人犯がいるなら、僕は躊躇いなくレールガンを撃ち込めるだろう。

 でも、桜さんにそんな事をしようだなんて、一ミリも思わない。


 それは、正しいことなのだろうか?


 本来なら、関わってはいけない人間のはずだ。

 どれだけ助けられた今があったとしても、『人殺し』で、その事実は変えられない。


 それに、悠真は手を伸ばした。


 ……もう一度、悠真と、桜さんと、三人で話そう。


 僕は、どうあろうと『人殺し』を、芯から受け入れる事は出来ないみたいだから。


─────


 明日には、台風も止んで、天気も温かく晴れやかになった。

 悠真はまだ目覚めてないけど、寝息が安定しているので、多分容体は悪くないはず。


 台風が止んだから、じきに警察の人が来て、鳥槻さんを逮捕して……


 ……待てよ。


 桜さんの事って、警察や世間に知れ渡ってるのか……?

 もしそうなら、桜さん、指名手配とかされてるんじゃ……



「なんか難しいことでも考えてるのかな? おはよう」


 千夜さんに急に話しかけられ、はっとした。

 まさか、読まれた……?


 僕の表情を見て、千夜さんはふっと笑った。


「いつでも心読んでるわけじゃないからね? 普段はめっちゃ疲れるから、オフにしてる。基本的には初対面の人に会う時と、恋バナしてる時だ〜け」


 オンオフ可能なんだ心読むのって……

 でも、助かった。読まれていたら、最悪だった。

 ……桜さんの事は、今は考えないようにしよう。



「おはよう……」


 そんな時、桜さんも欠伸をしながら部屋に入ってきた。

 いつも綺麗に整えられてる黒髪だけど、寝起きは少し印象変わってくる。



「…………ねぇ、あのさ……」


 千夜さんが、突然神妙な面持ちで話し出す。


「三人って、これからどうするの……?」


 桜さんが、髪を整えながら答える。


「う〜ん……どうなるんだろうね。私にも分かんないや」


「そっか……。……ねぇ、鋼くんはどうするの?」


「えっ……と……僕は、家に……」


「どこの……?」


「東京……」



 『東京』という言葉を聞いた時、千夜は胸が躍るのを感じた。

 今まで、ほとんどこの街から出たことのない千夜にとって、都会は一つの大きな憧れだった。


 だから、つい口走ってしまった。



「もし……この後、悠真と桜ちゃんと、鋼くんがこれからも一緒にいるならさ……私も、一緒に、東京……行ってみたいよ……!」



 その言葉に、鋼はぐるぐると思考が巡った。


 千夜さんは思考を文章のように読み取る。

 ……桜さんのアレの事や、僕の家の事、そんなくすんだものに、千夜さんを触れさせるのは……


 何より、おそらく。いや、絶対に、悠真なら止めるだろう。

 悠真なら、千夜さんの事を考えて……



 先に口を開いたのは、千夜さんだった。

 一言だけ。


「分かった」


 千夜さんは、少し涙を滲ませながら、それでもなお、笑ってみせた。


「……ありがとう……!!」


 どこまでも純粋で、澄み切った笑顔だった。



 四章 『空虚な大蛇信仰』 完


─────────────────────


 千夜の家の前に、一台の車が停まったのが、窓の外から見えた。

 真っ黒な車で、警察のようには見えないが、おそらく、タイミング的には警察で間違いなさそうだ。


 それを見て、千夜さんは呟いた。


「あれ。お兄ちゃんの……?」


「千夜さんって、お兄さんいるの?」


「うん。あんまりよくは知らないけどなんか凄い仕事してるらしいよ。え〜と……確か…………」


 その続く言葉に、僕は唖然とした。


「『ちんせーかい』……だっけ?」


「えっ…………」


 間違いでないならば、千夜さんのお兄さんが勤めているのは『鎮静会』。

 法律が未だ安定しない能力関連の秩序を取り締まる、専門組織。


 ……そんな人たちに、もし、桜さんの事が伝わっているとしたら……?



 その時、外から凄まじく大きな声が響いた。


「『嵐山 桜』〜!! 居るんだろ〜!? 出てこ〜い!!」


 野太く、勇ましい怒声が、桜さんの事を呼んでいる。

 窓から覗くと、筋骨隆々の大男が、腕組みしながら仁王立ちしている。

 彼を見て、千夜さんは呟いた。


「あれ? 『豪千』さんじゃん。じゃあやっぱりお兄ちゃんも来てるかも?」



 窓から見えるのは、『豪千』と呼ばれた大男と、髭の長い老人の二人。


「桜さん……狙われてるのは僕らだ」


「……その『鎮静会』ってのは何なの」


「能力犯罪専門の『処理班』……みたいな」


「なるほど」



 『鎮静会』連中の、桜さん狙いは明確、さらに、もしかすると狙われてるのは悠真も同じ。


「千夜さん、この家の裏口どこにあっ……!」


 言い終わる前に、「ガシャァァン」という粉砕音が響き、強く腕を引き込まれた。

 目を向けると、窓が割れていて、青黒い縄のようなものが、腕に絡みついている。



「鋼!」


 桜が手を伸ばすも、既に鋼は窓の外へと投げ出されていた。


「っ……あぁ……!?」


 宙を舞う鋼の全身に、縄が纏わりついて行く。

 手繰り寄せられた縄の先には、冷たい目をした老人が立っている。


「捕縛完了……」


 そう老人が呟いた時には、鋼は完全に動けなくなっていた。


「っ……」


 拘束され地面に転がる鋼を、豪千は覗き込む。


「『錆林 鋼』で合ってるよな? 悪ぃけどあんちゃん、一瞬だけ人質になってもらうぜ」


「人質……!?」


「あぁ。こっちとしても『嵐山 桜』と戦うのは避けてぇんだ。でも、安心してくれ。あんちゃんに変に危害を加える気はないからよ」


「っ……」


 『危害を加える気はない』と言うことは、『全く警戒されていない』ということだ。

 結ばれた左手が、三本の指を立てる。


(『磁界操作』……!!)


 鋼は豪千が付けている金属の腕輪へと、磁力を送り込もうとする。


 しかし……


(……能力が……『発動しない』……!?)



 混乱する鋼を尻目に、豪千は堂々と構える。


「さて……『嵐山 桜』はいつ来るか……」



 その瞬間、豪千の死角を狙い、刃が振り抜かれる。


「うおっ…!!」

(裏から回ってきたのか……!)


 豪千は刃を躱し、距離を取って構え直す。


「お前が『嵐山 桜』か……」


 桜の目に宿る、冷たい闘志。

 それを見て、豪千は拳を強く握り締めた。


 桜は、鋭い刃先を豪千へと向ける。


「……返せ」


 その言葉に、豪千は桜を睨み返した。


「なら、大人しくしてくれると助かるぜ」


「…………」


 無言で抜刀の構えを取る桜を、豪千は指さした。


「悪いが、今からお前を脅す」


「っ……?」


 豪千は、片腕をゆっくりと振り上げ、空を掴む。

 すると、何もない空間から、蒸気のような湯気が立った。


「……『戒』」


 空を引きちぎるかのような動作で、腕を振り抜く。

 すると、空間がひずみ、巻き込まれた木々が跡形もなく消し飛んだ。


「……これが俺の能力『破戒の天使(イブリース)』だ。……投降しろ、『嵐山 桜』」



 豪千の圧倒的な『能力ちから』。それを見てなお、桜は怯まなかった。



「っ……!?」


 すると、豪千の腕が唐突に痙攣を始める。

 次の瞬間、膝をついたのは豪千だった。


「豪千殿……!」


「…………がはぁっ……!!」


 側にいた老人が案ずるように声をかける。

 桜は、一歩足を踏み出した。


「こっちも取ったから。人質」



「グッ……!!」


 豪千の手は、自らの心臓へと向けられていく。


(これが『嵐山 桜』の精神干渉か……! おそらく、対象の罪悪感に働きかけ、自他への害意を増幅させる能力……)

「こりゃ……キツイなぁ……!!」



(アイツ……『鮮血の誓い』に抵抗してる……)


 桜は、二人への警戒を解かず、刀を強く握り締めている。

 場の緊迫感は、最高潮に達していた。



 その中でも桜は冷静に状況を分析する。


(相手はデカいやつとじぃさん……デカいやつはほぼ無力化した……じぃさんの能力は『縄』か……?)


 その時、桜の脳内を過る、違和感。


(今……千夜の兄さん、いる……?)



 「カチャッ……」と、桜の頭の真後ろで響き、何かが後頭部に当てられる。

 その意味に気づいた時、「ひゅっ……」と呼吸が浅くなった。


(『拳銃』……近寄られてる気配はしなかった……)



 『皆既』は、桜へと拳銃を突きつける。


(豪千は『嵐山 桜』の精神干渉条件を見るためのデコイ……上手く嵌ってくれて助かったな……)

「……もう、諦めてくれないか?」


 皆既のその言葉に、桜はゆっくりと両手を挙げていく。


「!」


 その直後、皆既を襲う鋭い後ろ回し蹴り。

 間一髪でそれを避けた皆既は、「チッ……」と小さく舌打ちをした。


(あくまで徹底的に抵抗する感じかよ……!)


 桜は鋭い斬撃を連続で繰り出し、皆既を追い詰めていく。

 皆既はそれを全て読み、躱していく。


(いや、違う……あえて急所は避けてるのか……?)


 皆既は桜の攻撃を読み取り、間合いへと入り込む。


(『層合気・風月』)


「ぐっ……!」


 それを受けた桜は大きく吹き飛び、宙を転がる。

 そして、無防備になった桜へと向けられる、『拳銃』。



「みんなもうやめてよ!!」


 千夜がそう叫ぶのは、皆既を動揺させるに事足りた。


「っ……」


 桜はその一瞬の隙を逃さず、受け身を取り、そして、千夜の方へと向き直った。


「……出ないでって言ったじゃん……!!」



「…………」


 皆既は、照準を桜から逸らさなかった。

 そして、引き金に指をかける。


(しまっ……)


 桜は直ぐに皆既へと向き直るも、時は既に遅かった。


 「パァン!!」という軽い音が、響く。

 弾は、出なかった。



(……モデルガンかよ……!!)


 しかし、それは桜の意識を一点に集中させる。

 ギリギリで保たれていた均衡が、崩れた。



「オラァっ……!!」


 豪千が地面に拳を叩きつけると、桜の足元の地面が一気に抉れた。

 一瞬、不意に宙に浮き、呆気に取られたその隙を縫って、青黒い縄が桜を襲う。


「がっ……!!」


 桜は直ぐに拘束され、身動きを封じられる。


(『能力』が、使えな……)


 刹那、桜の首筋に向けられる、老人の鋭い手刀。


「ぅ〜っ!!」


 喉から漏れる薄い金切り声も虚しく、「ドゴッ」という鈍い打撃音が響く。


「……っ……かはっ……」


 ついに桜は白目を剥き、脱力した。



 その光景を、千夜は唖然としながら眺めることしかできなかった。

 そして、なんとか絞り出した言葉。


「……なんで……?」


 『兄』は、『妹』へと振り返った。


「……ごめんな」



 皆既は、『嵐山 桜』や、『錆林 鋼』、そして、『蓮界 悠真』がこの街の危機を救ってくれていたことを、妹から読み取っていた。


 千夜もまた、兄から桜の所業や、罪などを僅かながらに察していた。

 それでも、疑問を投げかけずにはいられなかった。


「どうして……?」


 皆既はその問いに、『兄』として答えることはできなかった。

 皆既は千夜の問いを無視し、自らの家へと歩みを進めていく。


「……っ〜〜〜………!!」


 泣き崩れる千夜へと、振り返ることはできなかった。



 五章 『散った桜の罪と罰』 開幕

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ