45話 「三夜目・法螺葺き」
鳥槻さんの指示で、生贄の儀式に参加する二十数名の街人たちが、一列に並び、『大蛇』が待つという山の広場へと向かう。
生贄の儀式は、鳥槻さんによると、『大蛇』に一人食わせ(殺させ?)それに加え、さらに金銭を差し出すものらしい。
桜は一団の真ん中に置かれ、堂々と山道を歩く。
俺と、鋼と、千夜も、一団の後ろの方で付いていく。
吹き荒れる台風が視界を狭め、入り組んだ山道が牙を剥く。
それでも、足を止めることはなかった。
─────
しばらく歩いて行くと、突然先頭の歩みが止まった。
そして、大きな悲鳴が響いた。
俺は、その列の先を注視した。
「っ……!!」
……いた。
『大蛇』が。
鳥槻さんや太陽くんの証言通り、四つの目に、歪な角、大量の腕を生やし、下半身が『蛇』のようだった。
─────
桜は『大蛇』を見た瞬間、淡い金属音を響かせながら、ゆっくりと刃を引き抜いた。
(アレが『大蛇』か……)
桜の脳内に過る、『生贄』の記憶。
そして、『飢餓天狗』への憎悪。
「……斬る」
桜が大きく踏み込むと、濡れた泥が遅れて舞った。
鈍い光を放つ刃が、『大蛇』へと向けられる。
『大蛇』は、大量の腕を桜に向けて伸ばす。
桜は全ての腕を高速で切り捨て、『大蛇』の大きな首を狙う。
体内で血液を炸裂させ放つ、究極の抜刀術。
(『命日桜』)
雨の中でも、その刀の軌跡は、色濃く空に焼き付けられる。
振り抜かれた刃は、『大蛇』の首を大きく刎ね飛ばした。
ざわめく観衆たちの中から、張り詰めた声が響いた。
「無駄です……! 『大蛇』サマは、『無敵』なんです、だから……!」
「!」
桜は刀を構え直し、斬ったはずの『大蛇』へと振り返る。
そこには、元のとおりに戻った『大蛇』がいた。
しかし、桜は驚かなかった。
(『再生』……いや、迦楼羅と同じ書き換えの類……? 何にせよ……『弱点が無い能力を、神は与えない』。なら……)
再度、桜は『大蛇』へと斬りかかった。
─────
ざわめく人たちと、凄まじい動きで駆け回る桜を見て、千夜は呆然とした。
(『何もいない』のに……なんで……!?)
千夜の目に映っていたのは、ただ宙に向けて刀を振り回す桜の姿だけ。
「…………」
千夜は、悠真と鋼の心を読む。
二人には、『大蛇』が見えている。
そして、大勢の観衆たちの心を、順番に読んだ。
全員、『大蛇』の事が見えていた。
(なんで……『私だけ』見えないの……?)
最後に、鳥槻の心を読む。
(無駄だ……もう……だって、『大蛇』は……!)
「っ……!?」
鳥槻の思考は、千夜には『悲観』しているようには読めなかった。
─────
「クソっ……!!」
桜は、幾度となく『大蛇』を斬った。
何度も、何度も。
(……底が見えない……!)
手応えはある。
なのに、全く効いていない。
桜の脳内に最悪のケースが浮かんだ。
(まさか、本当に『無敵』……?)
桜は、再度『大蛇』を斬り飛ばした。
『大蛇』は、もはや反応すら示さなかった。
『大蛇』から伸びた手が、観衆の一人へと向けられる。
「しまっ……!」
「っ……!!」
伸ばされた腕は、人に触れることはなかった。
悠真がその人を庇って押し倒し、寸前で躱した。
しかし、大量の手は観衆たちにのみ向けられた。
桜は伸ばされた腕を、観衆に届く前に片っ端から迎撃していく。
それを見た鳥槻は、大きな声で叫んだ。
「『大蛇』サマは生贄が手に入らずお怒りだ……! このままでは、この街が……いや、国が危ない……! ここは、早くあの女を捧げるべきです……!!」
「はぁ……!?」
その焦りと恐怖が、人づてに伝わる。
「そ、そうだ……元々あいつを捧げるはずだったんだ……!」
ある人は、顔を伏せて、震えながら口走った。
「……無駄に抵抗したからって……俺たちまで犠牲になるのは、ごめんなんだよ……!」
「ちょっと待っ……!」
「止めるなよ……!!」
「っ……!」
観衆の一人は、悠真を一瞬だけ見たが、すぐに目を逸らした。
悠真の呼びかけに、応える者はいなかった。
鳥槻への賛同の意見はだんだんと大きくなり、やがて、一つに束ねられた。
『生贄の儀式を正しく遂行させる』と。
観衆は、桜を追って駆け出す。
「嘘っ……!」
その間にも、『大蛇』の腕は観衆へと伸ばされる。
桜は、観衆と自身に向けられる手を斬りながら、観衆からも逃げざるを得なくなった。
(鬱陶しい……!!)
桜は追われながらも、命を救うために刃を止めない。
「まずい……!」
悠真と鋼も、観衆を止めようと足を踏み出す。
その瞬間、千夜が叫んだ。
「もうやめてよ!!! 『大蛇』なんて、どこにもいないじゃん!!」
空気が、裂けた。
しかし、次に返ってきたのは、千夜への罵声だった。
「そんなふざけたことばっか言ってると、お前も一緒に生贄に……」
そう叫んだ人の直ぐ側には、『大蛇』の腕が迫っていた。
桜は、大きく刀を振り切り、その人に伸びた腕を粉々に消し飛ばす。
その人の目に映った、零度まで冷え切った、紅い目。
「あんまり口を滑らすな」
「っ……!!」
桜はそれだけ言うと、すぐに、また人々に伸ばされる腕を堕としにかかった。
─────
悠真と鋼は、千夜の叫びに認識を崩されていた。
『嘘』だと言う定義で、『いない』と言うのは分かる。
だが、明らかに目の前にいるはずの『大蛇』を、千夜は『いない』と言い切った。
「…………」
悠真の『波』からも、それは『本当』だった。
千夜は、今までずっと嘘をついていなかった。
踏み出そうとした一歩を、千夜に引き止められ、二人は固まる。
それを見て、千夜は呟いた。
「ねぇ……あんたらには、何が見えてんの……?」
悠真は、その言葉を聞いて、鋼に目を向けた。
「鋼、『大蛇』の正体、解明してくれるか? 俺は一回、みんなを止めに行く」
鋼は、一瞬だけ目を見開くも、すぐに頷いた。
「分かった、任せて。絶対に当ててみせるから」
それを聞いて、悠真は少し笑った。
「さすが高学歴」
それに、鋼も笑った。
「誇れるもんじゃないけどね」
悠真は、もう一度大きく頷くと、観衆へと駆け出していった。
「…………はぁ〜……」
鋼は、一度、大きく深呼吸した。
極限状態で鋼は思考する。
─────
整理しよう。
まず、『大蛇』はいた。
でも、千夜さんだけが見えていない。
そして、鳥槻さんのあの明らかな扇動。
それでも、鳥槻さんが『嘘』をついているとは思えない。
現に、『大蛇』は『いる』。
いや、待て。
僕も、悠真も、一度も鳥槻さんを『疑ってない』
悠真は『波』が読める。
なら、怪しい点はいくらでも見つけられたはずだ。
千夜さんと噛み合っていない時点で、違和感はあった。
それなのに、『疑う』事をしなかった。
そもそも、鳥槻さんの主張が正しいと思った、『根拠』はあったか?
……いや、ない。
なのに、僕も悠真も、鳥槻さんの言葉はなぜか『正しい』と思った。
……『思わされていた』……?
千夜さんと鳥槻さん、二つの相反する主張。
仮に、どちらかが『嘘』だったとしたなら……
千夜さんが嘘をつくメリットは無いはずだ。
なら、鳥槻さんならどうだ?
『大蛇』という存在を最初に提示したのは鳥槻さんだ。
『大蛇』を信じさせることが、鳥槻さんにとって何かメリットがある……?
なら、その『打算的な感情』を、なぜ悠真は読めなかった?
もし、悠真の『残響』すら上回る『精神干渉』の能力を、鳥槻さんが持っていたとしたら?
鳥槻さんの能力は、集団幻覚を起こす能力……?
なら横山夫妻はなぜ死んだ?
なぜ、目の前で桜さんは戦っている?
『大蛇』は存在するのか? 他の人には見え、千夜さんには見えていない……?
…………違う。
逆か。
『信じているのかどうか』が、認識できる『条件』なんじゃないか……?
鳥槻さんの言葉を信じた人間だけが、『大蛇』を認識できる。
最初から『嘘』だと読めていた千夜さんには、『大蛇』は認識できない。
最初に『大蛇』を見た太陽くんも、父親と鳥槻さんの話を聞いて、『大蛇』を信じていたからこそ見えた。
……もし、これが正しいとするなら。
元凶は───
─────
「悠真、分かったよ、『大蛇』の正体」
「『鳥槻さんの嘘だ』……!」




