44話 「白昼・贄」
桜は、自ら生贄を志願した。
ただ、それは『犠牲』になるためではない。
むしろ、彼女なりの『審判』であった。
桜が『大蛇を斬る』と宣言した時、千夜と鳥槻さんの『波』が、大きく揺らいだ。
千夜は、冷や汗をかきながら声を張った。
「待って……! なら、私が……! 無関係な人を巻き込むなんて、ありえない……!」
桜は、瞼を閉じた。
「『大蛇』がいるなら、私が消す。いないならそれでいい。誰が嘘をついてたかなんて、それだけで分かるから」
「っ……」
桜は、『命を奪う者』の顔をしていた。
千夜の顔が、さっと青ざめた。
その言葉に、鳥槻さんが返す。
「わ、分かりました……確かに、もし、『大蛇』サマを倒せるのなら……あるいは……」
それに、若い男性も反応する。
「なら、それでいいじゃないですか。少なくとも、現状の問題は解決する。私は賛成です」
若い男性が賛成したのを皮切りに、その場にいた大勢の人たちが賛同した。
でも、唯一、千夜だけは、青ざめたまま固まっていた。
会議の最後に、鳥槻さんが話す。
「この事は、くれぐれも口外しないで下さい。……生贄を出そうとしたなんて世間にバレたら、この街がどうなるか分かりませんから」
─────
会議が終わり、千夜の家に戻る。
生贄は、鳥槻さんの提案で、明日の夜すぐに執り行われる事となった。
桜の目は、据わっていた。
……会議中、細心の注意を払って、全員の『波」を読んでいた。
やはり、千夜は嘘をついていなかった。
ずっと、『大蛇』は嘘だ。
の一点張りで、会議が進むにつれて、伏せたまま黙り込むようになってしまっていた。
でも、鳥槻さんの言葉は『本当』だと思った。
『波』に所々気になる点はあったが、それでも『本当』だった。
あ〜もう……何だこれ。
─────
「なぁ、鋼、結局、大蛇は存在すると思うか?」
一人で考えていても行き詰まったので、再度鋼にも問う。
「う〜ん……千夜さんと、鳥槻さん、どちらも正しいとするなら……『大蛇は存在してる』けど、『嘘も混じってる』事になる。でも、千夜さんは『全部嘘』だと言ってた」
「てことは、『存在しない』ってことか……? でも、鳥槻さんが嘘をついてるとは、やっぱり思えないんだよな……」
その時、下の階から、大きな声が聞こえてきた。
一人は、千夜。もう一人は……
「なぁ! 姉ちゃん、本当だよ! 俺、その『大蛇』を見たんだよ!」
「『太陽』……アンタまで何言ってんの……!?」
『太陽』……千夜の弟だろう。
いや、それより、『大蛇を見た』って言ったか……!?
「鋼……」
「分かってる……」
すぐに下の階に降り、言い争う声のする方に向かう。
そこには、千夜と、中学生ほどの男の子、『太陽』がいた。
「俺、聞いてたんだよ、親父とあの人が喋ってるのをさ……! その夜、見たんだよ、居たんだよ! 山の奥の方から、ゆっくりと地面を這う『四つ目で手がたくさん生えた気持ち悪いバケモノ』をさ……!」
太陽は、震える声で続けた。
「多分、横山さん家に向かってた……」
「その話、詳しく聞かせてくれ」
二人の話に割って入ると、太陽くんはきょとんとした顔をした。
「えっと……いいけど、そんな食いつく……?」
「いいから……!」
─────
太陽くんの話によると、『大蛇』らしきものを見たのは、夜に窓から外を見ていた時のようだ。
あまりにも不自然に、かつ、当然のように道を通り過ぎていったため、幻覚かと思ったらしい。
でも、太陽くんの言っていたことは、確かに鳥槻さんが挙げた特徴と似ていたし、『波』からも本当の事だと分かった。
千夜は、その話をしていたときも、「なんで嘘って言ってくれないの……!?」や「本当にいるわけない……!」などと、ぶつぶつ呟いていた。
正直、千夜の精神状態が心配だ。
千夜の言うことも本当だとするなら、千夜には嘘だと感じている事を、みんなが本当だと言っていて……
……ん……?
なんだ、何か、核心を突いた気がする。
この、決定的なズレの真実を……
……でも、届かなかった。
─────
翌日、街は大騒ぎだった。
『生贄のつくりかた』を、街の人たちに鳥槻さんが丁寧に教えている。
……慣れてるのかな、こういうの。
『生贄』となる桜は、いつもとまるで変わらず、落ち着いている。
さらには、自身の刀の手入れまでしている様子だ。
桜は、『大蛇』を信じているのだろうか……?
「……なぁ、桜は『大蛇』って、いると思うか……?」
桜は刀を綺麗に磨きながら、落ち着いて答える。
「う〜ん……正直、分からない。『大蛇』がそもそも『先駆者』の一人なのか、はたまた本当に妖怪や神仏の類なのか……あるいは、それ以外の『何か』なのか」
……確かに、『大蛇』とは言うが、その正体について考えてなかった。
『先駆者』なのか……?
桜は刀を手入れしながらさらに続けた。
「でも、『人間の形を変える』なんて能力、何らかのデメリットや制限が無いと、それこそ『神のルール』……神の力を超える」
「確かに……」
桜は『大蛇』が存在するか否かより、その先のものを見ていた。
『大蛇』の正体……それは、鳥槻さんも語らなかった。
知らないのか……いや、話せない理由があるのだろうか。
「……それより、私は千夜さんに話が聞きたいかな……」
桜は刀の手入れが終わると、千夜がいるであろう部屋へと向かっていった。
─────
私が部屋に入った時、千夜さんはベッドに座りながら、俯いていた。
少し顔を上げ私が来たのを見ると、一瞬、ビクッと震えた。
「な……どうしたの……?」
千夜さんの問いは、明らかにうわずっていた。
さっきまで泣いていたのか、それとも、私に対する恐怖が漏れ出たか。
「どうしてそんなに怖がるの……?」
千夜さんは、また一瞬目を泳がせた後、黙ってしまった。
「教えてほしい」
それでも、千夜さんは黙ったままだった。
千夜さんは、心が読めると言っていた。
「……読んだの? 私の心」
この問いに、千夜さんがまたビクッと身体を跳ねさせた。
そして、堪忍したのか、震える声で続ける。
「……うん。だって……『償う』とか、『殺す』とか、『許さない』とか……桜ちゃん、あんた、何したの……?」
そっ……か。
あの時真っ青だったのは、やっぱり私の心の中を読んだからだったんだ。
だって、許せなかったから。
簡単に『生贄』だとか、何が『大蛇』だよ。
何だか知らないけど、何の関係もない平和に生きてきた人たちに、そんなクソみたいな風習押し付けんなよ。
千夜さんは、はっとしたように私を見た。
「心配……してくれてたの……?」
「……心配というか、怒ってた」
千夜さんは、多分また私の心を読んだ。
そして、口を手で覆った。
「桜ちゃ……まさか、『生贄』になるの……」
「うん。二回目だよ」
「そ、そんな……」
断片的な文章のように心が読めると、千夜さんは言っていた。
だから、具体的には分かっていないはずだ。
それでも、千夜さんは私に泣きついてきた。
服の裾を引っ張る手が、やけに重たく感じる。
「ごめんなさい……! そんな、そんな辛いこと、何回も……!」
「あ、いや、ごめん、前のやつは千夜さん関係な……」
「だって、怖いもん、やだもん……そんな事、みんなにして欲しくないもん……!! 『大蛇』なんて、いないはずなのに……!!」
「……やっぱり、『大蛇』はいないの……?」
千夜さんは、涙でしゃがれた声で続ける。
「うん……だって、『嘘』だって分かって、なのに、みんな『本当』だって……太陽だって、見たって、いないはずなのに、嘘じゃなかった……!」
太陽……は、千夜さんの弟だろう。
『見た』……か……ますます意味がわからなくなってきた……
いや、でも、私がやるべきことは変わってない。
私は、縋り付く千夜さんの手を、しっかりと握った。
「とにかく、『生贄』なんて風習、この街には、私達が残させない。その『大蛇』の負の連鎖ごと、纏めて断ち切る」
「っ……!」
千夜さんの目と、目が合った。
綺麗な琥珀色の目が、涙に濡れて煌めいていた。
「任せて」
一滴、綺麗な雫が垂れ落ちた。
「うん…………!」
─────
日が暮れるころ、『台風が上陸した』
闇を覆い隠すほどの大雨の中、『生贄の儀式』は開かれる。




