43話 「二夜目・断」
横山家夫妻の訃報は、瞬く間に町内に広まった。
翌朝に発見された二人の遺体は、外傷がほとんどなく、元々上半身が存在していなかったかのように腰の上が丸く膨らみ、骨が途中で途切れ、肉のかたちを形成していた。
それは明らかに、常人に成せる業ではなかった。
地元警察の調べにも、確実な証拠は上がらず、町内にこれを成せる能力者も居なかった。
他殺として処理はされたものの、あまりにも奇怪な犯行という事で、捜査は難航を極めた。
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悠真たちが事件を知ったのは、同日の午前8時頃だった。
それを知った時、認識が根底から瓦解した。
夫妻の『変死』、そして『大蛇』との関連。
悠真は、また新たな考えを巡らせた。
『大蛇』は、本当に実在するのではないか……?
そう考えた瞬間、すぐに否定が浮かぶ。
違う。
千夜は嘘をついていない。
現に、夫妻の変死を聞いた時、千夜は「ありえない」と言うような表情をしていた。
その所業は、嫌でも『大蛇』の存在を連想せざるを得なかったから。
じゃあ何だ……何が違う。
『大蛇』は、本当に存在するのか……『嘘』なのか……
いや、そもそもこの前提から間違ってるのか……!?
『残響』をもってしても……いや、だからこそ、繋がらない。
だが、一つだけ明確だった。
このまま『大蛇』を放置すれば、またこの街に犠牲者が出る。
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その夜、町内会長の自宅にて、町内会議が開かれた。
議題は、横山家夫妻の変死と『大蛇』の関係性について。
『余所者』による犯行の説が有力とされ、『大蛇信仰』の主張者である『鳥槻 兜』と、その同日に街を訪れた『蓮界 悠真』『錆林 鋼』『嵐山 桜』の四名も町内会議に参加する運びとなった。
大きな縦長の机の横に、街の年長者たちが並び、その中に悠真たちも混ざる。
長い机の前には、町内会長である千夜の父が、深く腰を据えている。
最初に口を開いたのは、千夜の父だった。
「横山家夫妻の変死の件について、鳥槻さんから話があるそうだ」
千夜のお父さんは、『鳥槻さん』に目を向ける。
視線の先にいた人物で、鳥槻さんが『あの男の人』だと分かった。
鳥槻さんは、震えた声で話し出す。
「不謹慎な話になってしまい申し訳ないのですが、おそらく、横山夫妻を殺害したのは、『大蛇』サマだと思います……」
場が静まり返る。
その後、ゆっくりと『メガネをかけた男性』が手を挙げた。
「その『大蛇サマ』ってのが、いまいちよく分からない。何なんだ? それは」
それに、鳥槻さんが答える。
「町内会長さんには既にお話したのですが、改めて……『大きな四つの目に、歪な角を生やしていて、下半身が蛇のような姿をして、決して死なず、完全無敵であり、人間の形を無惨に変えてしまう』……と、伝えられています」
それを聞いて、また一人の男性が発言する。
「つまり、横山夫妻の変死は、その『大蛇』の『人間を変形させる力』によるものってことですか?」
「はい……間違いありません……」
鋼も、桜も、黙って話を聞いている。
でも、千夜の『波』は、かつてないほどに荒ぶっていた。
また、別の少し若い男性が手を挙げる。
「その『大蛇』は、何が目的なのか……分かりますか?」
鳥槻さんが答える。
「分かりません……各地を転々としながら不幸を振り撒く災厄と言われています。その祟りは、延々と続く……と……」
その言葉に、場が騒然とした。
「『延々と続く』……!? まさか、これから毎日人が死ぬのか……!?」
「そもそもなんでこんなところに来たんだ……!」
「祟りを抑える方法は無いのか……!?」
「こんな時、『あの方』がまた来て下されば……」
「静かにしろ!」
騒ぐ人々を、千夜のお父さんが一喝した。
その一言だけで、場の空気が押し潰された。
再度、場には静寂が戻った。
そして、しばらくした後、鳥槻さんが口を開いた。
「祟りを抑える方法を……知っています」
また場がざわついた。
それを、千夜のお父さんが一睨みし、鎮める。
「……どうすりゃ収まるんだ?」
鳥槻さんは、顔を伏せながら、震える声で続けた。
「『大蛇』サマを、代々祀るんです。そして、年に一回、お金と、生贄を献上するんです……そうすれば、祟りは収ま……」
「ふざけんな!!」
千夜が急に怒声をあげ、立ち上がり、鳥槻さんを睨みつける。
そして、大きく指を差しながら叫んだ。
「コイツの言ってる事全部『嘘』だから!! 全部……全部……! 『嘘』……だからぁっ……!」
「っ……!」
千夜はそう言っているけど、俺はそうは思えなかった。
全て『本当』だと思った。
でも、やっぱり千夜は『嘘』なんかついてない。
千夜は本気で鳥槻さんの言葉が全て嘘だと断じている。
その千夜の絶叫にも似た訴えに、メガネの男性も立ち上がる。
「じゃあなんで横山さんは死んだんだよ!? あぁ!?」
「知らない!! 知らないけど!! でも! 違うから!!」
メガネの男性は千夜に掴みかからん勢いで、荒く呼吸をしている。
千夜は目に涙をためながら、必死に訴えている。
「座れ!!!」
場に流れた阿鼻叫喚を、千夜のお父さんが払った。
「落ち着けお前ら……『前にもあっただろ』。こういうのよ……」
二人は、ゆっくりと地面に座る。
メガネの男性は、不満そうな目つきで千夜のお父さんを見ていた。
『前にもあった』……『大蛇』と関係があるのだろうか。
今度は、若い男性が手を挙げた。
「さっきから鳥槻さんの話ばかりですけど、自分からすればそっちの三人組も怪しいんですよね」
疑いの目が、俺たちに向いた。
「貴方達は、『大蛇』とやらの事は、知ってたんですか?」
ここで嘘をついても仕方がない。
「……そうです。『大蛇』の正体を突き止めて、討伐するために来ました」
「はぁ……!?」
若い男性が、訝しむように睨む。
「貴方達もグルなんじゃないですか?」
「いや、違っ」
「なら、貴方達がその『生贄』になればいいんじゃないですか?」
「っ……!!」
「迷惑を押し付けられてる側なんですよ、こっちは」
コイツ……!! あくまで外部の人間に押し付ける気かよ……!
その言葉を聞いた鳥槻さんも、ゆっくりと頷く。
「そうですね……そうするべきだと思います」
その時、千夜が机を大きく叩いた。
「本当に……大概にしてよ……!! そんなの……!!」
千夜の反抗にも、若い男性は噛み付いた。
「なら、また明日、明後日と犠牲者が増えますよね? 酷いとは思いますけど、必要な犠牲でしょう?」
「……こんの……!!」
千夜の激しい怒号と、若い男性の提案で、場がどんどんと荒れてきた。
千夜のお父さんも、もはや何も言うことはできないのか、渋い顔で黙り込んでいる。
堂々巡りの生贄論争は、もはや収拾がつかなくなっていった。
その時、鳥槻さんの『波』に、微かに『喜色』が滲んだ。
「あの、ちょっと良いですかね」
突然、桜が手を挙げた。
そして、はっきりとした口調で言った。
「その生贄役、私がやります」
「えっ……!? な、何言って……」
千夜が、目を点にして桜を見る。
いや、場のほぼ全員が、桜を見て唖然とした。
桜は、挙げた手のひらを握り締める。
血管を浮き上がらせた手が僅かに震えている。
そして、冷め切った目で場を一瞥した。
「私がその『大蛇』を斬ればいい」
桜の言葉に乗せられた『圧』が、場の全員の心音を、 一瞬、断った。




