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ロマンチスト・ソウル  作者: タイラ
四章 「  な大蛇信仰」
41/42

40話 「外縁」


 あ〜〜……終わった。



 泥甘は昼過ぎの路地を一人歩く。

 グチャグチャの髪に、乾いた笑い声、それでも清々しいような笑みを浮かべている様は、完全に異常者といったところだ。


 それでもよかった。


 心を大きく抉られた今の自分には、お誂向あつらえむきだと思っていた。


 今になって、悔しいとすら思えてきた。

 雑魚でも、雑魚なりに、もっと……何かは出来たんじゃないかと。



 しばらくふらふらと歩いていると、ふと、遠くに妙な格好をした人物が映った。


 真っ白な巫女服に、顔をベールのようなもので隠している。

 そして、その体躯は190はある程に大きく、歩いているだけで威圧感を放っている。


(宗教……? エグいスリットだな。寒そ。……目にはいいけどな)


 近づくにつれて分かった事だが、ベールには真っ赤な家紋? のようなものが刻まれており、ますます妖しさを際立たせている。


 そんな女を横目に、通り過ぎていく。



 咄嗟に女の方を振り返ったのは、生存本能だと思う。



 女は、泥甘に向けて出刃包丁を振りかぶっていた。


「っ!?」


 間一髪でそれを避けるも、矢継ぎ早に次の一撃が泥甘の顔面に放たれる。


 火事場の馬鹿力とでも言うべきか、向けられた包丁の先端を、握り締めたサイダーの缶を緩衝材にして防ぐ。

 缶は勢いよく液体を噴射させ、貫通した包丁が掌に突き刺さる。


「いっ……!」


 泥甘はすぐさまコーラ缶を取り出し、爆発を女に直撃させた。

 女は宙に吹き飛ぶも、バク宙し体勢を整え泥甘を襲う。


(なんつー運動能力してんだ……!)


 それを見た泥甘は、二つ缶を放る。

 一つは女に向けてサイダーを。

 もう一つは地面にコーラを。


 泥甘は地面に放ったコーラを踏みつけ、爆発で跳躍ちょうやくし、家屋の上へと飛び乗る。

 そして、ジュースを踏み台にしながら屋根から屋根へと飛び移っていく。


(やばいやばいやばいやばい……本気で殺しに来てやがる……! それに……)


 泥甘は先ほどあの包丁に刺された掌を見る。

 傷口の周辺が、ミイラのように干上がっていた。


(あいつ絶対ろくなもんじゃねぇ……!)



 女はベール越しにのんびりと泥甘を見上げていた。

 そして、軽く家屋の上へと飛び乗る。


 既に泥甘は何件か先の家屋へと移っていた。

 時折こちらを振り返りながら、血走った目を向けてくる。


 女はそれを見て一度「はぁ……」とため息をついた。

 そして、一気に家屋を踏み締める。



 次の瞬間には、泥甘の背後まで迫っていた。

 そして、泥甘を軽く蹴飛ばす。


「がっ……!?」


 蹴飛ばされた泥甘は宙に投げ出され、路地裏へと落とされる。


「っ……!」


 泥甘は地面にサイダー缶を落とし、爆発で衝撃を緩和し受け身を取る。


(は……? 瞬間移動……!? 距離はあったよな……?)


 しかし、家屋の上を見上げても、女の姿は見当たらない。


 その瞬間、背中に感じた鈍い衝撃。


「ごっ……!」


 女は、押し倒した泥甘の腕を極め、ギリギリと捻り上げる。


「ぃ゙っ……!!」


 関節が軋む音が、泥甘の体内に響く。

 全身を締め上げられた泥甘に、既に動く術は残されていなかった。



 しかし、泥甘は読んでいた。

 完全に密着したタイミング、互いに避けることの出来ない狭い路地。


 上空に打ち上げていた、『最後のエナジードリンク』


 爆発寸前のエナドリが、女の頭上に落ちる。


「っ……!!」


「爆ぜろ……!!」



 バヂ/ャ/ァッ……

 


(…………は?)


 エナドリは、爆発しなかった。


 爆発寸前のエナドリを、女は『握り潰した』

 


 握り潰した缶を、女はベール越しに眺める。

 歪んだ缶のくぼみを指先でなぞる姿を、泥甘は抑えつけられながら見ていた。


 ほんの数秒眺めた後、女は胸元に丁寧に缶をしまい込んだ。



「お前……何なんだよ……何のつもん゙っ……!?」


 女は柔らかな手つきで、泥甘の口を塞いだ。

 そして……



 べぎ/ゃっ……



「ッ゙!? 〜〜ッぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙ッ!」


 捻り上げていた泥甘の骨を、逆に曲げた。


(なんでなんでなんでなんで!? 俺コイツに何かしたか!? そもそも誰だよ!?)


 悲鳴を上げた瞬間、女の力はさらに強まった。

 握り締めた手の握力だけで、骨が伸ばされているような感覚すらある。



 痛ぇ、ありえねぇ。

 こんなバケモノに襲われるいわれなんかねぇよ。


 ……簡単に……捻り潰してくれてよぉ……!



「っ……」


 泥甘は、女の手に思い切り噛みつき、睨み上げる。


「な゙ぇ゙や゙あ゙っえ゙ぇ゙……!!」(舐めやがって……!!)



 その時、風が吹いた。

 女のベールがめくれ、素顔が一瞬見えた。


 『優しい──憐れむような表情かおをしていた』


「ひっ……」



 泥甘は知っていた。

 自分が取り繕って来た側の人間だからよくわかる。

 表情の裏の顔を。



(『コイツ……本当に同情して、憐れんでやがる……』)



 女が泥甘に向けていたのは、屠殺場の鶏を見るような目だった。

 ずっと。


 女の指が、ゆっくりと肉を締め上げる。


 べぎ/っ……



「ッ゙ぎぃ゙っ……!!?」


 女の握る力が、さらに強まった。

 衝撃に耐えられず、骨が潰れた。


 女の腕の小刻みな震えが、直に伝わってくる。

 やがて、女は、だらりと垂れ下がる泥甘の腕の、指先へと手を這わせる。


 ボ/ギッ……


「〜〜〜〜ッ!!!!」


 ボ/ギッ……


「がぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙っ……!」


 骨が折られる無情な音が、呼吸を浅く沈めていく。

 まな板の上で、無様にジタバタと跳ねる『おれ』に、女は呟いた。


「ごめんなさい……怖いですよね…………ごめんなさい……私なんかが……ごめんなさい……」



 静まり返った路地に、泥甘の小さな呻き声だけが響く。

 それに呼応するかのように、女の力は強まっていく。


「っ……あ゙……ぅ゙ぅ゙ぅ゙ッ…………」



 雑魚は雑魚のまま死ねってか……?

 そりゃねぇよ……



「なぁなぁお二人さん、さすがにやり過ぎとちゃう? お子様の教育に悪いで」


「……………………」


 路地の奥から、なまった声が響いた。


 声の主は、しっかりとしたスーツに、紺色のネクタイを締めていて、年は20代後半ほどに見える。

 彼はあくびをしながら、ゆっくりとこちらに歩いて来た。


「除け」


 ドスの効いたその言葉が聞こえると、女は糸が切れたようにふっと力を抜く。

 そして、一瞬、会釈えしゃくするように頭を下げると、音もなくどこかに去っていった。



「はぁ……はぁ……ぅ゙ぐっ……」


「あ〜あ〜大丈夫かぁ? 君、『泥甘』君やろ? いや……本名は……『菅原 凜』君やっけ?」


「えっ…………」



 俺の本名なんて、知ってる奴はほとんどいない。

 ここに来てから数週間程度で『神の奇跡』が起こって、それからずっと『泥甘』だ。

 それに、知ってたあいつらは多分、もう……


 コイツ……何者だよ……


「不安そうやな、自分は『歳神 連律』。『歳神組』の組長やらせてもろてるわ」


「なっ……!?」


 『歳神組』って……マジかよ。

 名前はよく聞くけど……初めて会った。


「泥甘君の事は耳に入っとるで。君が売る『お薬』、えらい評判ええみたいやね?」


「あ、いや、それは……」


「謙遜せんでええよ。自分達も、実は泥甘君みたいな人材が欲しいと思っててな」


「そう……ですか……」



 掴みどころが無い……

 何が目的なのか、分からない……そもそも、なんでこの場所が分かった……?



 連律は、思い出したように続けた。


「でもなぁ……泥甘君喧嘩負けよったからなぁ……ここはそういうのす〜ぐ広まるし、負けた奴からもう買ってくれへんかもしれんよなぁ」


「っ………………」


 連律は、俺の腕をちらりと見て、ほんの一瞬、目を細めた。


「それに、そのケガ。災難やったなぁ。あいにく、ここじゃマトモな医療機関も受けられへん。このままやったら、長ないで……そこで提案や」


 連律は、ぱっと明るい表情かおになった。

 嫌でも、言いたいことが分かってきた。

 

「自分なら、そのケガ治せる。それどころか、『最初からやり直せる』。思うところや後悔も多いみたいやし、『一遍、赤子からやり直して見ぃひん?』」



 最初から、コイツの手のひらの上だった。


「……………………はい」


 それが分かっても、今の俺に、断れるわけがなかった。


「ええ子やな」


 連律の手が泥甘の頭に触れる。



 …………それでも、もし本当に最初からやり直せるとしたら……?


 いや、そんな都合のいい話、あるかよ。

 あるならこんな事になってねぇわ。


 泥甘は振り払えないその手を見て、ほんの一瞬、笑った。



 その瞬間、連律を襲った、『黒い砂嵐』。

 視界が赤黒く歪む。


(この『黒い熱砂』は……)

「……『淑図しとと』」


「はっ」


 それを、どこからか現れた青い髪の女が、和傘を開いて防ぐ。


 「ザザザザザ……!!」という激しい音を、強靭な和傘が弾いていく。



 砂が、肌を焼いた。



 砂嵐が止むと、傘の中から両手を挙げている連律が映る。


「いきなり攻撃なんて容赦ないなぁ。なぁ? 『小鳥喰おおたか 恒河』君?」



 連律が『恒河』と呼んだ人物の居る方を振り返ると、黒い熱砂を纏った目つきのキツい青年と、青い髪に和風の服を着た女、それに、水色の髪に紫色のメッシュを入れた女子高生《JK》が立っていた。

 女子高生《JK》だけ、明らかに怯えていた。



 熱砂の温度が上がっているのか、少し離れた俺でもヒリヒリと痛む。



「もう……あっついなぁ……」


「今度こそ全面戦争してやろうか? 本気で潰すぞ」


 青年は目つきをギラギラさせながら、連律たちを睨みつける。

 えも言われぬ緊張感が、場を支配する。


「別に、なんも変なことできへんわ。そっちにも『山本さんもと』さんがおるんやろ? でも、自分たちの事くらい、自分たちにさせてくれてもええやんか?」


「そうか、答えはノーだ。ぶち殺すぞ」


「そんなピリピリせんで欲しいわ。それに、こっちにも一応、剣豪『朱雨』がおるんやで? 確たる証拠もないんやろし、ここは穏便に済ませて欲しいなぁ」


「チッ……あまりいきがるなよ犯罪者共が」


 連律は、にこやかな笑みを恒河たちに向けた。


「肝に銘じとくわ」



 背を向けて帰っていく連律たちを見て、張り詰めていたモノが、少し緩んだ。

 


「ねぇ、君」


 不意に三人の中で、一番落ち着いた雰囲気の女に声をかけられる。


「……はい?」


「『能力暴行』と、その他諸々の容疑で、署まで来て貰うから」


「えっ……あ、はい。」


 そっ……か……こいつら政府の……『鎮静会』の連中か……

 助かったと思ったけど……普通に俺を逮捕しに来ただけだったか……


 あ〜〜〜……ろくなことねぇな……

 逃げるのも見た感じ無理そうだし……青年ガキの方は殺気立ってるから、下手すると殺されそう……

 いや、もう死にかけなんだけどさぁ……



 落ち着いた雰囲気の女は、優しい口調で続けた。


「それでも、先ずはとにかく病院だな。立てそう?」


「…………立てそうに見えます?」


「だよね……恒河、肩持ってあげて」


 さっきの黒い砂嵐のやつ……恒河が、舌打ちしながら俺に肩を寄越してくれる。


「チッ……しゃあねぇな。恩に着ろよ犯罪者」


「うっす……ぃ゙っ……」


 ゆっくりと立ち上がった瞬間、さっきまで誤魔化していた凄まじい激痛が、全身に噛み付いた。


「我慢しろよ」


「分かってるって……」


 そう言えば、悠真達あいつらはどうなるんだ……?

 普通に逮捕されるんだよな……?


 ただ歩いていても、痛みに集中するだけだ。

 だから、口を開いた。


「なぁ……俺と喧嘩してた奴はどうなるんだよ?」


 その質問に、恒河は少し頭を掻きながら目を細めた。


「お前が知る必要もねぇ事だけどな……まぁ、今のところ俺たちじゃ手出しできねぇんだわ。それはいいから、大人しくしてろ」


「……はいよ…………」


 肩を持ったまま、ゆっくりと歩き出す。

 まさか『鎮静会』の世話になる日が来るとはな……

 まぁ……ちゃんと裁かれるだけ、まだマシか。

 それに……どこだろうと、死ぬよりは絶対にマシだわ。



 その時、さっきまで露骨にビビっていたJKがおそるおそる話しかけてきた。


「あの……さっきのヤクザさん、仲間とかじゃないですよね……?」


「あ? あぁ……仲間じゃないけど……何が言いたいんだよ?」


 そいつは、さらに続けた。


「あの人たちと……もう会いたくないな……って、思ってたりします?」


 何が言いたいのかはあまり理解出来ないが、まぁ……確かに、出来ることならばもう会いたくはない。

 今度会ったならば、おそらくツケを払わされる。

 そういうことは、いつまで経っても忘れない連中だ。


「まぁ…………そう……だな」


 そう答えると、彼女は小さく頷いて、どこか安心したように笑った。

 そして、禍々しい鳥居のような模様が刻まれた、小さな紙ばさみを取り出す。


「じゃあ、『縁』、切っちゃいましょうか? これでもう会わなくて済みますよっ。たぶん」


「は……? いや、そんな都合いいこと……あっちゃいけねぇよ」


 彼女は俺の言葉を聞いてか聞かずか、何もない空中に向けて── 一度、はさみを閉じた。


 紙の擦れる小さな音が、やけに長く耳に残った。



 恒河は、泥甘の肩を組みながら、今回の件について考えていた。


(コイツを襲撃した女……あの逃げ足の速さ……体躯……それにあの『家紋』……暗殺一族の大物『甚鬼』で間違いない……それが『歳神組』と関係を……?)


 恒河は、ボロボロの泥甘をちらりと見た。

 そして、ふと、誰もいなくなった路地裏に視線を移す。


「……厄介だな」


─────────────────────



 泥甘が去った後の廃倉庫は、とても静かだった。

 何だか、居た堪れない。


 ……何も変えられなかったな。

 泥甘のことを、どうすれば救ってあげられただろうか。

 いや、こんな事を考えるのも、泥甘にとっては失礼なんだろうな。


「ふぅ…………はぁ……」



「なぁ……悠真……大丈夫……なのか……?」


 清水が、心配そうな表情で覗き込んでくる。

 清水は炭酸水でびしょびしょで、なんか色々ぐしょぐしょだ。


「はは……お前こそ、風邪ひきそうじゃん」





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