番外編 「山本(さんもと)の休日」
『鎮静会』メンバーが一堂に集った緊急会議、それに、一人だけ呼ばれていない人間がいた。
「山本 五郎」である。
「あ、ばあちゃん。荷物持つ」
山本は、おばあちゃんを見つけると、一目散に駆け寄っていく。
「あら、ゴローちゃん! いつもありがとうね。でも、お仕事は?」
「今日は仕事ねぇからよ、暇なんだわ。あ、今日カレー? ちょっとだけ、お裾分けしてくれよ」
「しょ〜がないわね。ちょっとだけよ?」
「いや〜ありがてぇな。カレーは自分で作っても、どうしてもばあちゃんのには勝てねぇんだよなぁ……隠し味でも入れてんのか?」
「愛情よ」
「愛情か。そりゃ俺は持ってねぇわな!」
かなり自虐的なネタだが、お決まりの流れなのか、二人で爆笑する。
でも、おばあちゃんは心配そうに山本を見上げる。
「でも、ゴローちゃんももう30半ばでしょ? 結婚とか、視野に入れたほうがいいんじゃない?」
それに、山本は笑って答える。
「結婚なんざできねぇよ。あ、ばあちゃんが若かったら……なんてな」
「ちょっと……やめなさいよ。でも、ゴローちゃんはもっと身だしなみとか整えたら、絶対かっこよくなると思うんだけどねぇ……」
おばあちゃんがブツブツと呟いている時、遠くの横断歩道で、信号無視した自転車に、車が突っ込んでいっていた。
ぶつかる。
誰もがそう思った。
「オイ……危ねえだろ!」
しかし、次の瞬間には、山本が自転車に乗った少年を担ぎ、横断歩道を渡り切っていた。
「え……? え……?」
突然の出来事に、少年は呆然とする。
山本は、怒り口調で続けた。
「俺は別に信号無視する様なガキどうでもいいけどよ! お前の父ちゃんと母ちゃんが悲しんでるところを見たくないんだわ!」
山本は、少年を地面に下ろす。
「次から気をつけろよお前! 本当に次はねぇからな!!?」
「あ、は、はい! すみませんでした!」
自転車に乗り、逃げるように去っていく少年を見て、山本は軽くため息をついた。
そして、次の瞬間にはおばあちゃんのところに帰ってくる。
「で、なんの話だっけ?」
「ううん。何でもないわ」
二人は、再度夕日に向かって歩き出す。
ふと、おばあちゃんが口を開いた。
「あのさ……ゴローちゃんは『強い』でしょ?」
「ん? 急にどうしたんだ?」
おばあちゃんは、山本に視線をあずける。
とても真剣な目だった。
「……もし、『弱い』子がいたら、助けてあげられる?」
その質問に、山本はいつになく厳しい表情で応えた。
「『弱い』から助けられる。『強い』から助けはいらない。みたいなのは、俺の判断基準とは別なんだよな。それに、『強さ』の種類も、色々あるからよ。さっきのガキだって、俺に無い『強さ』を、持ってるのかもしれねぇし」
おばあちゃんは、少し俯いて、答えた。
「そう……よね」
「……何か悩んでることでもあるのか?」
「ううん。大丈夫」
「そうか。じゃあ、今日のカレーの味決めようぜ」
その後、山本は少し家事を手伝ったあと、カレーを貰って帰った。
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荒れに荒れたスラム街「金堕町」
そこはヤクザが仕切っているとされ、暴行、売◯、薬◯などが横行する、夜の街。
一人でそこを歩けば、成人した男性だろうと、命の保証はない。
その闇の中を、山本が歩いていく。
(最近は『歳神組』が仕切ってんのか……〈組織的S級〉……人も多いし、何しでかすか分かんねぇんだよな……まぁ、顔は覚えられてるだろ)
「おい。おっさん、格安でヤらせてやっからよ、オレと遊ばね?」
山本が振り返ると、そこには金髪にピアスを大量に空けた女が立っていた。
山本は、一瞬だけ目を細める。
その目には、影が映った。
「パスで。そういう気分じゃねんだわ」
「……あっそ」
女はバツが悪そうに吐き捨てると、指をクイクイと挙げる。
すると、大勢の取り巻きが、山本を囲んだ。
「最期くらい、いい夢見てから死ねたら良かったのにね」
女が、馬鹿にしたように笑うと、取り巻きたちも下卑た笑みを山本に向けた。
笑い声が響く中、山本は、女にゆっくりと指を指す。
「っ……!?」
その瞬間、彼女の張り付けた笑みが、一気に凍りつく。
「……43人」
「……は、……?」
「腹上殺人……ねぇ……」
山本は、周りの取り巻き達にも、冷めた目つきで睨みながら順番に指をさしていく。
「2人……8人……4人…………お前は0人か」
「っ……!」
指を指された人間から順に、沈黙が伝播していく。
その山本の不可解な行動に、女が口を開く。
「……お……まえ……何言って……」
裏声交じりの涙声に、山本は、ドスの効いた低い声で返す。
「自分の『背後』に聞いてみろや」
その瞬間、山本を囲んでいた全員が、直立不動で凍りつく。
山本はその円を、何事も無かったかのように通り抜けていく。
そして、ぽつりと呟いた。
「自首しとけ」
誰一人として、呼吸音すら漏らさなかった。
山本の影すら見えなくなってなお、全員の目に生気が宿ることは無かった。
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囲んでいた一団は、翌朝までその場に凍てついたままだった。




