34話 『理想主義者と狂宴家』
その後も、怪我が治るまでしばらく滞在させてもらった。
骨折は動いても痛まない程度まで回復し、喉の傷も、『仙薬』と呼ばれる、いわゆるすごい傷薬を毎日塗り続けたら、痛みはなくなって、はっきりと話せるようになった。
削げた左耳はそのままだ。
滞在している間も、ほとんど琉琉助に会うことはなかった。
一緒に鍋を囲んだ時のあの笑顔は、やっぱり無理していたんだなと、改めて確信させられた。
怪我が治ってからは、キュピーさんやお地蔵さんに、稽古をつけてもらった。
桜がキュピーさんと互角にやり合っていたのを、俺と鋼は呆然と眺めるしかなかった。
それと、お地蔵さんの本体……石狩仙人のいるお堂に、腕の謝罪と、助けてくれたお礼、それと、稽古をつけてくれた感謝をしに行った。
「ごめんくださ〜い」と呼んだら、めちゃくちゃ小さい声で、「ど、どうぞ〜……」と返ってきた。
「本当に……ありがとうございました……!!」
「あ、いや、い、良いんじゃよ。腕も、全然……」
「……………………」
「……………………」
石狩仙人は、ずっと地蔵を介して会話していたから、面と向かって会話するのは苦手だと、後でキュピーさんに聞いた。
赫阿修羅戦の時にはっきり喋ってたのは、めちゃくちゃハイになってたからだそうで、本質は、「コミュ症おばあちゃん」らしい。
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怪我がしっかりと治ってきたころ、琉琉助に呼ばれた。
広場の切り株の上に、琉琉助は座っていた。
こちらに気づくと、「や。」と手を挙げ、微笑んでみせた。
やっぱり、取り繕っているのが『波』で分かった。
俺は、琉琉助の座る切り株の前に歩み寄る。
琉琉助は、一瞬だけ地面を見たあと、俺を見上げる。
真剣な表情だった。
「悠真……ありがとう。こんな事に……巻き込まれてくれて」
「……………………」
何も、言うことは出来なかった。
どう返せばいいのか、俺には分からなかった。
だから、少しだけ、恨みを投げた。
「……結局、俺たちが死ぬ確率は、どのくらいだったんですか」
琉琉助は、俺に目を合わせて、はっきりと言った。
「23%」
「……………………じゃあ、琉琉助の死ぬ確率は……?」
何故これを聞いたのか、自分でもよく分からない。
痛み分けの確認でも、したかったのだろうか。
琉琉助は、逃げることなく、答えた。
「62%」
「えっ」
そんなに高いとは、思ってなかった。
琉琉助は、こうも続けた。
「開戦前の〈分岐〉だと、鋼を庇って死ぬのが、一番可能性が高かった。でも、彼も俺の予想より、断然強かった」
琉琉助は、また笑った。
「皆、強かったよ」
やっぱり、返す言葉に困った。
肯定も、否定も、合っていないと思った。
琉琉助は、一呼吸置いてから、また、話し始めた。
「頼みがあるんだ。君たちにしかできない」
「何ですか……?」
「遠くの街や村で、『大蛇信仰』なるものが流行って、生贄を捧げる村まで出来ている。それの正体を突き止めて、打ち破ってほしい」
それを聞いて、表情を曇らせてしまう。
「……争い事…………ですか」
「そうなるかもしれない。まだ分からない」
『まだ分からない』と、琉琉助は言った。
「……つまり、争いごとになる前に、収められる可能性があるんですよね……?」
琉琉助は、顎に手を当てる。
「……本当に、分からないんだよ。『未来視』でも、効果範囲と〈分岐〉の関係で、全く視えない。それに……明らかに今回のケースは、『普通じゃない』。おかしいんだよ、何もかも」
「普通じゃない……」
「うん。ここから、めちゃくちゃ遠い村が、問題の起こる場所になるのだけ分かってる」
琉琉助は、再度俺を見上げる。
綺麗だけど、薄い膜がかかったような、歪な目をしていた。
「受けてくれるかい……?」
俺は、その決断をすることが出来なかった。
確かに、困っている人がいるなら、助けたい。
でも、俺には共に歩む人がいるし、何より、争いに首を突っ込んで、仲間が怪我を負うのは嫌だ。
「……もう少し、考えさせて下さい」
琉琉助は、落ち着いた声で言った。
「ゆっくり、考えてくれ」
多分、琉琉助は分かっているんだと思う。
俺がこの頼みを断らないことを。
それでも、一度、持ち帰らざるにはいられなかった。
─────
そして、遂に千秋楽山を旅立つ日が来た。
荷物を纏め、正午を回る前に三人で外に出る。
鋼も、「ご飯を一緒に食べたいから」という理由で、一緒に来てくれることになった。
凄く軽い理由だけど、鋼は
「そんなもんだよ、ぶっちゃけ僕は最初から、友達と小旅行しに来てるから」
と言ってくれたので、気が楽になった。
確かに、利用された。
人の覚悟と、怨嗟と、暴力の影を直視させられた。
この『傷』は、一生癒える事はないと思う。
それでも、自分で選んだ道だから。
ここに来た意味は、ある。
俺は、傍らの琉琉助の、正面に立つ。
「琉琉助。頼み、受けるよ」
「……ありがとう」
琉琉助のその感謝からは、少し、哀しさが感じられた。
山風が、低く吹き抜ける。
俺は、この『傷』を、他の人に付けてほしく無かった。
息を吸って、言葉と心を整える。
宣言するなら、琉琉助しかいないと思った。
「俺、敵も、味方も、関係なく救えるくらい、『強く』なりますから」
口にした時、琉琉助の後ろに立つ石狩仙人の『波』が、一瞬だけ、強く揺らいだ。
琉琉助は、肯定も、否定もせずに、淡々と答えた。
「分かった」
─────
「そう言えば……俺のロードバイクどうしたんだっけ」
「あ、完全に忘れてたけど、私の家と一緒に吹き飛んでた」
「……嘘だよね……?」
「ほんと」
「ま、まぁ……僕のバイクあるから……」
「三ケツしろと……?」
歩いて山を降りていく三人の背中を眺めながら、石狩仙人は呟く。
「『敵も味方も関係なく救う』……そんなの、自らの身を滅ぼすに決まっとるじゃろう……」
その目は、酷く、虚しかった。
握り締めた拳が震え、薄い涙が浮かぶ。
「そんな非現実的な理想……何故、止めなかった……?」
琉琉助は、石狩仙人を見ることなく、少し俯いたまま答えた。
「だって……『理想主義者』だから」
3章 「千秋楽山・決戦編」 完
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赫阿修羅は、『要石』の中に封じられ、自然消滅の時を待っていた。
(ふざけやがって……俺は……まだ……!)
藻掻こうと、逃げる力も、永らえるだけの体力も残っていない。
消滅までの時間は、ほとんど無かった。
「あ〜〜!! ギリギリ消滅してなかった〜!」
夜の静寂を、子供の無邪気な声が掻き消す。
そこには、丸い眼鏡に、大きさの合っていない白衣、そして、茶髪に紅葉のような赤いメッシュの入った少年が、ニヤけた笑顔で立っていた。
少年は結界内に安々と侵入していく。
そして、躊躇いなく、赫阿修羅の封じられている『要石』に手を伸ばし、持ち上げる。
「伝説級の妖鬼……最高の『素材』だぁ……!」
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「なっ……!?」
琉琉助がそれに気づいたのは、『要石』が動かされてからだった。
そこに、ボロボロに傷付けられたキュピーが、地面から生える。
「赫阿修羅がまずいです……!」
一同は、一気に屋敷から飛び出す。
(『未来視』に映らなかった……!? まさか、これが『ズレ』の正体……!?)
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琉琉助が辿り着いた時には、既に『要石』は結界外に少年に持ち出されていた。
眩く赫い光を放つ石を少年は眺めながら、うっとりと呟く。
「これは『被験体No.108』のコアに……」
「おい!!」
その少年の背中に、琉琉助は、怒鳴りつける。
少年は、余裕のある表情で、ゆっくりと振り返った。
「バレちゃったかぁ。『未来視』対策はしてきたのに……勘のいいジジィは嫌われるよ?」
石狩仙人は、この少年に『未来視』を越えられた事実に、驚きを隠せなかった。
「『未来視』を……どうやって……」
少年は、ポケットの中から一つ、キーホルダーのようなものを取り出した。
「これはね、『能力を相殺する奇物』。こっちは、『透明化の能力者の魂を加工したもの』。くだらない覗き魔も、こんなふうに有効活用できるって事だよね」
少年は、三人を嘲りながら、キーホルダーをぶらぶらと揺らしてみせる。
(……操作……できない……)
キュピーは、木々を生やして攻撃しようとするも、森が動くことは無かった。
琉琉助は、自身の『未来視』が看破された事が、信じられなかった。
「どういう……意味だ……」
少年は、ポツポツと語りだした。
「老いぼれ共には分からないんだろうけどさ、技術の進歩は、既に『能力』のメカニズムを解明、抽出してるわけ。つまり……」
『ボクたちの手は、もう〈神〉に届き得るって事』
「……!!」
その狂気的な言葉に、仙人達の背が凍りつく。
「そうだ。時代遅れの仙人達に、面白いモノを見せてあげるよ」
少年は、鞄の中から、一つの大きなカプセルを取り出す。
その中には禍々しい『何か』が、渦を巻いていた。
少年は、カプセルを宙に投げ捨てる。
「おいで、『被験体No.86・〈異界幻獣〉反骨麒麟』……!!」
「っ……!!」
その瞬間、空気が捻じ曲がった。
カプセルの中から、大量の黒い手足が無作為に生えた、おおよそ生物とは思えないモノが、這い出して来る。
「ぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙…………」という低い呻き声が、夜の森の中に木霊する。
『それ』は、数ある腕の中から、一つの腕を掲げ、指を一本立ててみせた。
すると、黒い塊が、大量に宙に浮かぶ。
「やれ。」
少年の掛け声に合わせ、黒い塊が琉琉助達を狙って撃ち出される。
琉琉助は脳天狙いの一発を避けるも、他は避けきることは出来なかった。
「ぐっ……!!!」
(弾幕の密度が多過ぎる……!)
黒い塊は、仙人達の身体を大きく穿ち、周辺の木々をへし折っていく。
それを見て、少年は顎に手を当てた。
「う〜ん……威力が思ってたより全然低いなぁ……これは改良の余地アリって事で」
少年は背を向け、片手をポケットに手を突っ込みながら、もう片方の手を挙げた。
すると、上空から小型のヘリコプターが降りてくる。
「というわけで、赫阿修羅君は貰っていくから〜」
少年はそれに乗り込み、飛び立っていった。
琉琉助は、それを見上げることしか出来なかった。
そこに、凄まじい量の弾幕が襲い来る。
「クソッ……!!!」
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少年は、ヘリコプターの中で、スマートフォンを弄る。
「あ、そうだ。明日、この辺の奴らで緊急会議するから、招集かけとく」
その言葉に、付き人が反応する。
「それは何故ですかな?」
少年はまた、ニヤリと笑った。
「単独で村を滅ぼした大量虐殺犯、『嵐山 桜』について、ね。」




