33話 「蕺(どくだみ)」
悠真が目を覚ましたのは、あれから三日後の事だった。
「………………」
首にはしっかりと、包帯や湿布などが巻かれ、厳重に手当てしてくれたのが分かった。
「ぁ゙…………」
声を出そうとしてみても、鈍い痛みが走り、あまり上手く喋れない。
「あ、起きましたか。……喉が結構傷ついてるんで、まだあんまり喋らない方が良いですよ」
緑色の髪の毛の男性……確か「キュピー」と呼ばれていた人だ。
「これ゙……な゙おるんですか……?」
「……おそらく。万事は尽くすので」
「そうですか……あ゙りがとう……ございま゙す……」
「……………………」
「……………………」
(…………気まずい……!)
鋼はまだ寝ているし、桜は落ち着かないらしく、外で稽古をしているらしい。
あんまり知らない人と一対一は、何を話していいのか分からない。
しばらく黙っていると、彼の『波』が少しの後ろめたさをはらんだ。
視線を移すと、彼は俯きながら微笑んでいた。
「面白い話をしてあげましょうか」
「……?」
「私の名前の由来です」
「あ〜〜……」
確かに誰も聞いてないからスルーしてたけど、なんで「キュピー」なんだろう。
彼は、左上に視線を動かした。
「元々、この山には私しか居なかったんです。仙人が住み着く前ですね。その時の私は少し『荒れて』ましてね……」
彼は軽く目を逸らし、頬が少し紅くなった。
なんとなく察した。
「それで、仙人様に懲らしめられて、生かすか殺すかになった訳ですよ」
「……………………」
「その時の『腫れ物』扱いされてる私と、あろうことか友達になったのがあの物好き仙人です」
「物好き仙人……」
「琉琉助ですね」
懐かしむような、哀しむような、そんな『波』が響いてくる。
「ここで名前の由来に入るんですけど、『名は体を表す』って言うじゃないですか」
俺は軽く頷く。
「だから、『丸く可愛くなるように』とかいう理由で、『キュピー・キュピー』と名付けたそうです」
「えぇ……」
「最初は「何言ってんだコイツ」って思いましたけど、なんだかんだそう呼ばれ続けて今に至ります。……ま、そのおかげで今の私がいるんですけどね」
なんかオチが無い気がするけど、琉琉助らしいなと思った。
でも、何故今、この話を俺にするのだろうか。
その疑問は、彼の次の言葉で晴れる。
彼は、一呼吸置いてから、先程とは違う真剣な表情で続けた。
「琉琉助を……いや。私達を恨んでいますか?」
「っ…………」
正直に言うと、恨んではいない。
確かに、酷いと思った、残酷すぎると思った。
でも、それを選んだのは俺だから。
全員が傷を負って、全員が尊厳を捨てた。
これは最初からそういうモノだ。
だから、利用されていたとて、恨むような事なんてない。
『恨む対象が定まらない』と言ったほうが、正しいんだろうか。
だから、はっきりと言った。
「いいえ」
彼は少し驚いたような表情をした後、横で眠っている鋼に視線を移した。
「……傷を預けられる人は、近くに居ますからね」
彼は視線を俺に戻した後、ゆっくりと片膝立ちになる。
「では、何かあったら屋敷の床を四回叩いて下さい。直ぐに飛んでくるので」
「ありがとうございま゙す……」
彼は、立ち上がって、部屋から静かに出ていった。
「……悠真」
急に鋼の声がして、ちょっとびっくりする。
「!……起きてた……?」
先程のやり取りを見られていたと思うと、なんだか恥ずかしい。
友達にカッコつけてる所を見られたみたいな、そんな感じ。
鋼は布団から身体を起こし、伸びをする。
そして、一回大きく呼吸した。
「悠真、隠し事してるよね」
「えっ……」
「隠し事……っていうか、なんて言ったら良いんだろうな。正直、未だにあんまり状況が飲み込めてなくてさ。バケモンと戦っただけ。アレが何かもよく分からないし……そんで死にかけてるし」
(そうじゃん鋼急に呼んだから事情なんにも知らないんじゃん……)
「それ゙は……本当に……ごめん」
「いいよ」
「即答……!?」
あまりにも間髪入れずに答えられて、流石に驚いてしまう。
「うん。まぁ、恩返し返しって事で」
「おま……本当に゙……」
あっさりし過ぎているのが、余計に申し訳なさを増大させてくる。
それすらも察知されたのか、戯けた口調で鋼は続けた。
「あ、じゃあ、恩返し返し返しとして、ご飯奢ってよ」
「え、いや……そんなので……」
俺の身勝手な行動に付き合わせて、挙句怪我までさせて。
俺は子供の頃と全く変われてない。
何でもかんでも、人に助けられてばっかりだ。
鋼は、そんな俺の『毒』すら、吹き飛ばしていった。
「悠真にとっては、確かに重たい事なんだと思う。でも、悠真だって、僕にとってめちゃくちゃ大きい恩をくれただろ?」
「いや……だからそんな……」
俺はたまらず目を逸らしてしまう。
鋼は、綺麗な目で俺を見ていた。
「ほら、今、『そんな』って謙遜したろ? 悠真はあの説得を、『恩を着せた』なんて思ってない。それと同じだよ」
はっとした。
完全に鋼の誘導尋問に乗せられた。
「……確かに」
「そういう事。悠真には、悠真の向き合うモノがあるのは分かってるつもり。だから、僕といる時くらい、楽にしてよ。まだ僕達、大学生なんだから」
また涙が込み上げて来た。
なんだろう。
最近、本当に涙脆い。
「泣いてる?」
「泣いてる」
「泣いていいよ」
「……ありがとう」
─────
その後、しばらくまた眠った。
そして、夕飯時に目覚める。
喉がやられていて、まだちゃんとした夕飯は食べられない。
食卓には行かずに、ゼリーをいただく。
運動していた桜が最初に風呂に入って、その後に鋼と俺も続く。
俺はぶっちゃけ怪我が酷いので、ちゃんと浸かる事は出来なかった。
─────
鋼は布団に入って直ぐに寝てしまったが、俺は昼寝しすぎて全く眠れなかった。
鋼を起こさないように布団から出て、窓を開ける。
縁側には、桜が腰掛けていた。
普段は結んでいる長い髪が解かれ、さらさらと夜風に靡く。
俺も外に出て、静かに隣に座る。
「……怪我は?」
「多分、大丈夫。喉まだ痛いけど」
「耳は?」
「これは……治らな゙いと思う」
「……そっか」
夜風はやっぱり涼しく、澄んだ空気に月の光が溶けている。
「……三日月……見れなかった。ごめん」
「ほんとよ。約束破られた」
珍しく、不貞腐れたような口調で、桜は言った。
桜の『波』は、強かで、逞しかった。
その『波』に、つい、言葉を零してしまう。
「俺が……弱かったからだ」
桜は、ゆっくりと視線をこちらに移した。
桜は何を言うでもなく、俺の次の言葉を待ってくれていた。
震えて、痛む喉で、俺は吐露する。
「俺さ……漫画とか……アニ゙メとかばっかり゙見てたから゙さ……勝利は、清々しく前を向けるもんだと思ってたんだよ」
なんとなく、月を見上げてみた。
滲んで、いつもよりぼやけて見えた。
「そんな゙事無かったわ。……争いって、本当に何も生ま゙ない゙んだなっで……!」
ひとしきり言い切ったあと、「ぜぇぜぇ」と息を整える。
息みすぎたのか、喉の傷口から少しだけ血が出て、包帯に滲む。
桜は、右下をちらりと見たあと、視線を戻した。
「……争いに発展させない『強さ』って、二つ種類があるんだよ」
「二つ……」
「そう。一つ目は、『圧倒的な力の差で争う気を起こさせない』事。じゃあ、二つ目は何だと思う?」
その答えは、既に分かっていた。
「『争いの芽を最初から作らない』事……」
「そういう事。……悠真には、その強さはもうある」
「……でも」
「むしろ、弱かったのは私の方だ」
「えっ……」
俺の言葉を、桜は遮った。
意表を突くその言葉に、一瞬、呆気にとられた。
桜が弱いなんて、思ったこともない。
むしろ、ずっと、ずっと俺の先に居た。
なのに……
桜は、力強い口調で続けた。
「私、もっと強くなるから。悠真が摘みきれなかった芽を、争いになる前に枯らせるくらい」
「っ…………」
その言葉に、俺も釣られて声が出た。
「じゃあ…………俺も、桜が戦わなくて済むように……絶対……『強く』なるから゙っ……!!」
桜は、無邪気に、可憐に微笑んでみせた。
「ありがとう」




