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ロマンチスト・ソウル  作者: タイラ
三章 「千秋楽山・決戦編」
33/42

33話 「蕺(どくだみ)」


 悠真が目を覚ましたのは、あれから三日後の事だった。


「………………」


 首にはしっかりと、包帯や湿布などが巻かれ、厳重に手当てしてくれたのが分かった。


「ぁ゙…………」


 声を出そうとしてみても、鈍い痛みが走り、あまり上手く喋れない。


「あ、起きましたか。……喉が結構傷ついてるんで、まだあんまり喋らない方が良いですよ」


 緑色の髪の毛の男性……確か「キュピー」と呼ばれていた人だ。


「これ゙……な゙おるんですか……?」


「……おそらく。万事は尽くすので」


「そうですか……あ゙りがとう……ございま゙す……」


「……………………」


「……………………」

(…………気まずい……!)


 鋼はまだ寝ているし、桜は落ち着かないらしく、外で稽古をしているらしい。


 あんまり知らない人と一対一は、何を話していいのか分からない。


 しばらく黙っていると、彼の『波』が少しの後ろめたさをはらんだ。

 視線を移すと、彼は俯きながら微笑んでいた。


「面白い話をしてあげましょうか」


「……?」


「私の名前の由来です」


「あ〜〜……」


 確かに誰も聞いてないからスルーしてたけど、なんで「キュピー」なんだろう。


 彼は、左上に視線を動かした。


「元々、この山には私しか居なかったんです。仙人が住み着く前ですね。その時の私は少し『荒れて』ましてね……」


 彼は軽く目を逸らし、頬が少し紅くなった。


 なんとなく察した。


「それで、仙人様に懲らしめられて、生かすか殺すかになった訳ですよ」


「……………………」


「その時の『腫れ物』扱いされてる私と、あろうことか友達になったのがあの物好き仙人です」


「物好き仙人……」


「琉琉助ですね」


 懐かしむような、哀しむような、そんな『波』が響いてくる。


「ここで名前の由来に入るんですけど、『名は体を表す』って言うじゃないですか」


 俺は軽く頷く。


「だから、『丸く可愛くなるように』とかいう理由で、『キュピー・キュピー』と名付けたそうです」


「えぇ……」


「最初は「何言ってんだコイツ」って思いましたけど、なんだかんだそう呼ばれ続けて今に至ります。……ま、そのおかげで今の私がいるんですけどね」


 なんかオチが無い気がするけど、琉琉助らしいなと思った。

 でも、何故今、この話を俺にするのだろうか。


 その疑問は、彼の次の言葉で晴れる。


 彼は、一呼吸置いてから、先程とは違う真剣な表情で続けた。


「琉琉助を……いや。私達を恨んでいますか?」


「っ…………」



 正直に言うと、恨んではいない。

 確かに、酷いと思った、残酷すぎると思った。


 でも、それを選んだのは俺だから。


 全員が傷を負って、全員が尊厳を捨てた。

 これは最初からそういうモノだ。

 だから、利用されていたとて、恨むような事なんてない。


 『恨む対象が定まらない』と言ったほうが、正しいんだろうか。


 だから、はっきりと言った。


「いいえ」


 彼は少し驚いたような表情かおをした後、横で眠っている鋼に視線を移した。


「……どくを預けられる人は、近くに居ますからね」


 彼は視線を俺に戻した後、ゆっくりと片膝立ちになる。


「では、何かあったら屋敷の床を四回叩いて下さい。直ぐに飛んでくるので」


「ありがとうございま゙す……」



 彼は、立ち上がって、部屋から静かに出ていった。




「……悠真」


 急に鋼の声がして、ちょっとびっくりする。


「!……起きてた……?」


 先程のやり取りを見られていたと思うと、なんだか恥ずかしい。

 友達にカッコつけてる所を見られたみたいな、そんな感じ。


 鋼は布団から身体を起こし、伸びをする。

 そして、一回大きく呼吸した。


「悠真、隠し事してるよね」


「えっ……」


「隠し事……っていうか、なんて言ったら良いんだろうな。正直、未だにあんまり状況が飲み込めてなくてさ。バケモンと戦っただけ。アレが何かもよく分からないし……そんで死にかけてるし」


(そうじゃん鋼急に呼んだから事情なんにも知らないんじゃん……)

「それ゙は……本当に……ごめん」


「いいよ」


「即答……!?」


 あまりにも間髪入れずに答えられて、流石に驚いてしまう。


「うん。まぁ、恩返し返しって事で」


「おま……本当に゙……」


 あっさりし過ぎているのが、余計に申し訳なさを増大させてくる。


 それすらも察知されたのか、戯けた口調で鋼は続けた。


「あ、じゃあ、恩返し返し返しとして、ご飯奢ってよ」


「え、いや……そんなので……」


 俺の身勝手な行動に付き合わせて、挙句怪我までさせて。

 俺は子供ガキの頃と全く変われてない。

 何でもかんでも、人に助けられてばっかりだ。


 鋼は、そんな俺の『毒』すら、吹き飛ばしていった。


「悠真にとっては、確かに重たい事なんだと思う。でも、悠真だって、僕にとってめちゃくちゃ大きい恩をくれただろ?」


「いや……だからそんな……」


 俺はたまらず目を逸らしてしまう。

 鋼は、綺麗な目で俺を見ていた。


「ほら、今、『そんな』って謙遜したろ? 悠真はあの説得を、『恩を着せた』なんて思ってない。それと同じだよ」


 はっとした。

 完全に鋼の誘導尋問に乗せられた。


「……確かに」


「そういう事。悠真には、悠真の向き合うモノがあるのは分かってるつもり。だから、僕といる時くらい、楽にしてよ。まだ僕達、大学生なんだから」


 また涙が込み上げて来た。

 なんだろう。

 最近、本当に涙脆い。


「泣いてる?」


「泣いてる」


「泣いていいよ」


「……ありがとう」


─────


 その後、しばらくまた眠った。


 そして、夕飯時に目覚める。


 喉がやられていて、まだちゃんとした夕飯は食べられない。

 食卓には行かずに、ゼリーをいただく。



 運動していた桜が最初に風呂に入って、その後に鋼と俺も続く。

 俺はぶっちゃけ怪我が酷いので、ちゃんと浸かる事は出来なかった。


─────


 鋼は布団に入って直ぐに寝てしまったが、俺は昼寝しすぎて全く眠れなかった。


 鋼を起こさないように布団から出て、窓を開ける。


 縁側には、桜が腰掛けていた。

 普段は結んでいる長い髪が解かれ、さらさらと夜風に靡く。


 俺も外に出て、静かに隣に座る。


「……怪我は?」


「多分、大丈夫。喉まだ痛いけど」

 

「耳は?」


「これは……治らな゙いと思う」


「……そっか」


 夜風はやっぱり涼しく、澄んだ空気に月の光が溶けている。


「……三日月……見れなかった。ごめん」


「ほんとよ。約束破られた」


 珍しく、不貞腐れたような口調で、桜は言った。

 桜の『波』は、したたかで、逞しかった。

 その『波』に、つい、言葉を零してしまう。


「俺が……弱かったからだ」


 桜は、ゆっくりと視線をこちらに移した。

 桜は何を言うでもなく、俺の次の言葉を待ってくれていた。


 震えて、痛む喉で、俺は吐露する。


「俺さ……漫画とか……アニ゙メとかばっかり゙見てたから゙さ……勝利は、清々しく前を向けるもんだと思ってたんだよ」


 なんとなく、月を見上げてみた。

 滲んで、いつもよりぼやけて見えた。


「そんな゙事無かったわ。……争いって、本当に何も生ま゙ない゙んだなっで……!」


 ひとしきり言い切ったあと、「ぜぇぜぇ」と息を整える。

 息みすぎたのか、喉の傷口から少しだけ血が出て、包帯に滲む。


 桜は、右下をちらりと見たあと、視線を戻した。


「……争いに発展させない『強さ』って、二つ種類があるんだよ」


「二つ……」


「そう。一つ目は、『圧倒的な力の差で争う気を起こさせない』事。じゃあ、二つ目は何だと思う?」


 その答えは、既に分かっていた。


「『争いの芽を最初から作らない』事……」


「そういう事。……悠真には、その強さはもうある」


「……でも」


「むしろ、弱かったのは私の方だ」


「えっ……」


 俺の言葉を、桜は遮った。

 意表を突くその言葉に、一瞬、呆気にとられた。

 桜が弱いなんて、思ったこともない。

 むしろ、ずっと、ずっと俺の先に居た。


 なのに……


 桜は、力強い口調で続けた。


「私、もっと強くなるから。悠真が摘みきれなかった芽を、争いになる前に枯らせるくらい」


「っ…………」


 その言葉に、俺も釣られて声が出た。


「じゃあ…………俺も、桜が戦わなくて済むように……絶対……『強く』なるから゙っ……!!」


 桜は、無邪気に、可憐に微笑んでみせた。


「ありがとう」


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