32話 「半端月」
(殺す……殺す……コイツのせいで……!!)
悠真ですら気付かぬ間に、赫阿修羅は悠真の魂へと触れる。
そして、魂の内部へと入り込んでいく。
(コイツを乗っ取ったら真っ先に琉琉助を殺す……そうしたら未来視を奪って俺のモノに……)
「は………?」
赫阿修羅が悠真の魂の中で見たのは、幾千、幾万もの『魂』だった。
凄まじく広い空間が、白く輝く『魂』で満たされ、妙な静けさを保っている。
(なんだこれは……!? このガキの魂が複数……!? いや、違う、これは……)
『全て他人の魂』
あまりにも異様な光景に、赫阿修羅は固まる。
(いや……違う、いくら『魂』があろうと、俺に敵うはずが無い……俺は……!)
赫阿修羅が周りを漂う『魂』に手を伸ばし、かき分けようと触れた瞬間。
「なっ……!!?」
(まさか……コイツ……いや、あり得ない、コイツは『人間』のはずだろ!?)
赫阿修羅がその手に触れたのは、紛れもない『天使』だった。
「っ…………!!」
赫阿修羅はその『魂』を握り潰す。
すると、簡単に潰れ、やがて塵となって消えた。
(なんだ……力は無いのか。『魂』……というよりも、『意思の残滓』の方が近い状態……)
「……気色悪い」
赫阿修羅は大量の『魂』を掻き分けていき、やがて悠真の魂へと手を伸ばす。
そして、赫阿修羅が悠真の魂に触れようとした瞬間、周囲に漂っていた『魂』が、一気に赫阿修羅に向かい、押し流していく。
「ぐっ……!!」
赫阿修羅は『魂』の波を振り払おうと藻掻くも、どんどんと押し出されていく。
─────
(がっ……!!)
赫阿修羅の魂は、外へと流された。
琉琉助はそれを見逃さず、小さな割れ目の入った石を見せつける。
(なっ、やめっ……)
赫阿修羅はそれに吸い込まれ、石が赤く光った。
(これで、魂ごと自然消滅させられる……)
「っ…………!」
気を抜いた瞬間に、崩れ落ちそうになった身体を必死で立ち上がらせる。
そして、獬豸へと向き直った。
「獬豸。今なら多分、俺を殺れる」
獬豸はしゃがみ込み、損傷した菊の遺体を眺めながら言った。
「もう、そんな気起きるかよ……」
「……また今度聞き直す」
琉琉助は獬豸に、謝罪の言葉をかけようとした。
それを獬豸は察し、割り込む。
「うるせぇ……!」
琉琉助は一瞬目を開き、そして、静かに告げた。
「……お前はまだ終わってない」
「は……?」
「今『視た』」
「……くたばれ」
「……………………」
獬豸はそう言い残し、菊を両手で抱えて、何処かへと歩いていってしまった。
琉琉助はキュピーと石狩仙人へと振り返る。
キュピーはすでに、悠真、桜、鋼の三人を手当てし、木を使って屋敷へと運ぼうととしていた。
「悠真君の容体が良くないですね。……死なないですよね?」
「あぁ……死なない」
「そうですか」
木に包まれながら、三人は運ばれていく。
悠真の目には、涙の跡が色濃く残っていた。
─────
屋敷に運ばれて直ぐに、悠真と鋼は眠りについた。
しかし、桜は眠ることは無かった。
屋敷の床を静かに鳴らしながら、まだ薄く、血の香りが残る外へと足を踏み出す。
─────
琉琉助にはこの戦いを乗り越えてなお、不安が残されていた。
赫阿修羅戦が始まる前、菊を捕らえた時から感じていた『未来のズレ』
しかし、そのズレが何処から生じているのか、未だに分からなった。
(『赫阿修羅』という莫大な力を求める者は、少なくない……もうズレの影響が無い所まで、進んでいると良いんだが……)
─────
風の音すらしない静寂の中に、静かな足音が混ざる。
「琉琉助」
「……来たかい、桜ちゃん」
喉を傷つけられ、少し嗄れた声。
桜は半ば睨むように琉琉助を見つめる。
琉琉助は、自嘲気味に笑った。
「利用された側として、文句くらい言わせてほしくて。……悠真は言えないだろうから」
琉琉助は桜に向き直り、話し出すまで待つ。
桜には、言いたいことが山ほどあった。
利用されたことに対する怒り。
あまりの残虐性と勝手すぎる策略。
そして、『綺麗』に深い傷を与え、汚した事。
それでも、桜が口にしたのは、そのどれでもなかった。
「……月を見ようって、言ってたんだよ。一緒にさ」
「……………………」
「悠真は、どんな気持ちで月を見たらいいわけ?」
琉琉助はその問いに、答えられなかった。
どの未来にも、自分が伝えるべき言葉は無かった。
その様子を見て、桜は軽くため息をついた。
「悠真が弱くなくてよかったね」
歩き去る桜の背中を見た後、琉琉助も月を見上げる。
中途半端な形をした月だった。
「本当に……そうだよ」
─────
獬豸は、目覚めたての童子の顔面を思い切り殴った。
鈍い音が響き、童子はよろける。
童子は自嘲気味に笑いながら、獬豸に目を合わせた。
「殺すなら殺」
「もういいわそれ」
童子の言葉を、冷たく遮る。
「二回目だから」
「……っ……!」
その言葉に、何故か目が覚めたような気がした。
その目で、童子は改めて、獬豸を見た。
怨嗟と後悔がぐちゃぐちゃになった濁った目で、睨みつけているのが分かった。
もう、何を言っても今更だ。
獬豸は、肯定も、否定も、意見も、謝罪も、求めちゃいない。
ならば、今俺が提示するべきなのは、『その先』
童子は、獬豸を見つめ返す。
「菊を……『仲間』を、生き返らせよう」
「は……?」
獬豸はその言葉に、もう一度殴りかからん勢いで憎悪をぶつけた。
「何言って……」
「聞いた事があるんだ。『神』の所有物……全ての願いを叶える石。『天願石』」
唖然としながら震える獬豸が、童子の濁った目に映る。
「償いになるかなんて、分からない。でも、これで終わりにしたくない」
再度、二人の目が合った。
獬豸の目に映る童子には、かつてのような覚悟と気迫の影が映った。
童子の目に映る獬豸は、まるで、幼子のようだった。
獬豸には、その誘いを蹴る程の余裕は、残っていなかった。




