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ロマンチスト・ソウル  作者: タイラ
三章 「千秋楽山・決戦編」
31/42

31話 『赤菊』


 裂けた空間の名残が、まだ夜気を震わせていた。

 地面には石狩仙人の血が点々と落ちている。

 それでももう、全員、立ち上がるしか無かった。


 琉琉助は、今の赫阿修羅の状態を、過去の赫阿修羅と照らし合わせる。


(物事は順調に進んでる……先程の『深淵刹那裁断』も、広範囲に広げていた重力を圧縮してやっと放てるレベル。当然、それ以上の重力を要する『覇劫流星隕はごうりゅうせいいん』も『極点螺旋黒球』も使うことは出来ない……)

「!」


 赫阿修羅は再度重力を広範囲に展開し、琉琉助に近距離戦闘を仕掛ける。


「っ……!」


 琉琉助はキュピーと二人がかりで赫阿修羅の攻撃を捌く。

 キュピーの生やした木々が赫阿修羅により薙ぎ倒されていく。


(菊の能力に頼るのも、それは菊の魂を残すことになり、返って自身の首を絞めるだけ……加えて肉体も脆弱な状態……の、はずなのに……!)


 しかし、赫阿修羅の猛攻は、留まることを知らなかった。

 遂には、赫阿修羅の手刀が琉琉助の脇腹を抉り、それと連動して琉琉助の喉元から血が飛び散る。


「ぐぅ゙っ……!」

(ここまで詰ませて何でまだ勝てる未来が確定しないんだよ……!!!)



 直後、石狩仙人におぶさった悠真が、背後から赫阿修羅に手を伸ばす。


「二度目はねぇよ!!」


 赫阿修羅はすぐさま振り向き、悠真に手刀を繰り出す。


「っ!!」


 石狩仙人は悠真を背負ったまま空中で身を捩り蹴りを繰り出して攻撃を相殺する。

 さらに、キュピーが鋭く尖った木を生やし、赫阿修羅へと叩き込む。


 常に全員の足掻きでギリギリの均衡を保つ極限の状態。



 悠真は、自身の握り締める「記憶」を、赫阿修羅に、そして、『菊』に与えようとしていた。


 しかし、何度手を伸ばしても、赫阿修羅には届かない。


(明らかに警戒されてる……! 近寄れない……!)


 記憶を流し込むには、頭に触れなければならない。

 しかし、それを赫阿修羅が許すことは無かった。

 赫阿修羅は全員の必死の抵抗を踏み荒らし、圧倒的な力を見せつける。


 全員の疲労と殺気。

 飛び散る汗と血。

 それが肌で感じられるほどの緊張感の中で、悠真は思考し続ける。


─────


 この戦いの勝敗を握るのは、俺の『記憶』だ。

 それでも、流し込む隙が無い……!


 『記憶の逆流』は触れなければ発動出来ない……


 「触れずに発動する方法」は無いのか……?


 空間を流れる『波』のように、自分から『波』を発生させ、記憶として送り込む。


 それと噛み合うのは…………『層合気』……!


 掌から流れる『層合気』を介して『記憶』を奴に流し込む…!!


─────


 悠真は目を瞑り、集中する。


 『記憶』を流す『波』と、『気』を流す『層合気』

 両方の波長を合わせ、同時に流し込む。

 それが、明確な『勝機』


 そして、極々一瞬。

 二つの波長が合った。


 『記憶』が空間を伝い、赫阿修羅へと届く。


「っ……!!」


 赫阿修羅もそれを察知し、瞬時に重力を圧縮する。


「『深淵刹那裁断』……!!」


「っ……!」


 六本の腕の、指先全てに、重力が圧縮される。

 場の全員を狙い撃つ、全方位、不可避の攻撃だった。



 一人を除いて。


 

 長い黒髪が風に揺れ、濃い桃色の目が光る。


 赫阿修羅の懐に潜り込んだのは、桜だった。


「今さらお前に何が」


(私を狙っても「旨味」が少ないと気づいた時点で、コイツの頭からわたしという選択肢は消える。だからずっと、この一撃の為に血液蓄積してたんだよ……!)


 桜の腕の血管が大きく浮き上がり、破裂する程の力の蓄積。


 『完全防御』と見せかけた、一発逆転のカウンター。


 『窮鼠きゅうその陣』



「はぁぁぁぁぁ゙っ!!」


「っ……!」


 桜の渾身の一撃が、赫阿修羅の腹へと突き刺さる。

 意識外からの奇襲に、赫阿修羅の判断が鈍る。

 さらに、先程発動しようとした『刹那裁断』の影響で、場の重力増加は解除されている。


 琉琉助は分かっていた。

 ここが、最高のタイミングであると。


 悠真も琉琉助の『波』を読んで、理解した。

 畳み掛けられるのは今しか無いと。


「お地蔵さん!!」


「分かっとる……!」


 石狩仙人は悠真を赫阿修羅へと投げつける。


(今度こそ確実に、『記憶』を捩じ込む……!)


 悠真は赫阿修羅の顔面に飛びつき、離さないように全身で抱きつく。

 そして、獬豸と菊のかつての記憶を流し続ける。


「ぁ゙ぐっ……!!」


「出てけよお前……!!」


 赫阿修羅の『波』が荒ぶり、こちらの記憶すらも跳ね除けそうな程に膨れ上がる。


「俺に『自由』を寄越せぇ゙ぇ゙っ!!」


「ぐっ……!」


 赫阿修羅の腕はめちゃくちゃに暴れ、悠真や近寄った者を切り裂いていく。

 それによって、悠真の首からも血が溢れる。


「ぉ゙ぇ゙っ……」

(俺の『記憶』だけじゃ、足りてない……!)


 悠真は振り返り、これを直視している獬豸へと目を移す。

 獬豸と目が合った時に、その絶望をまた、思い知らされた。


(それでももう止まれない……!!)


 悠真はありったけの力で獬豸を呼ぶ。


「どぶら゙ぅ゙ん゙じゃ゙ね゙ぇ゙の゙がよ゙(弔うんじゃねぇのかよ)……!!」



「っ……!」


 獬豸は理解してなお、現実を受け入れられなかった。

 最愛の人間を手に掛ける苦痛と恐怖。

 最初から間違っていたとしても、これだけは本当だ。


 あの血塗れの手を取った時の温かさが、脳裏にこびりついている。


 できない……!!



 それでも、悠真の叫びに引きずられ、『菊』へと駆け出す。



「!」


 悠真は、赫阿修羅の爆発する『波』の中に、小さく弱い『波』を感じた。


(これが……『菊』の……!)


 悠真は背後を振り返る。

 既に獬豸はこちらへと駆け出していた。


 悠真は目を瞑り、『赫阿修羅』の顔面から身体を離す。

 悠真は力が抜け、地面に転げ落ちた。


 悠真が離れた事により、『菊』と『獬豸』の目が合う。



 菊は獬豸に、一本の手を伸ばし、薄く頬をあからめて笑った。


「■■■■。」


 その言葉は、獬豸にしか聞き取れない程に小さく、か細かった。


 それを聞いた獬豸は、一瞬だけ手を止めてしまった。


「っ……!!」


 それでも気を持ち直し、菊の身体へと手を置く。


(『壊雲かいうん』……)



 場を埋め尽くしたのは、静寂だった。



 手を震わせ、涙を流しながら菊の介錯をする獬豸を観て、悠真は言いかけた。


(なんだよ、こんな……)


 そして、寸前のところでその言葉を飲み込む。

 なぜか、この静寂を最初に破るべきなのは、獬豸かれだと思った。



 獬豸の手から放たれた『霧』は、菊の身体を分解し、やがて赤い華のように散らせた。



 獬豸は、身体が抉り取られ、無残な姿になってなお笑みを浮かべる菊を見て、呟いた。


「なんだよ……こんな……」


「っ……!!! ぐっ……!」


 その言葉を聞いて、悠真は唐突に、声を上げられない程の涙が込み上げて来た。



 『勝利』にはあまりにも似つかわしくない、陰惨な光景だった。



─────


 肉体を失った赫阿修羅の魂は、新たな依代へと手を伸ばす。


(もう誰でもいい……が、雑魚のくせに一番邪魔しやがったお前はだけはぶち殺したい……!!)



 悪意と殺意に塗れた手が、悠真の心臓に触れた。

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