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ロマンチスト・ソウル  作者: タイラ
三章 「千秋楽山・決戦編」
30/42

30話 「這騰」


 増加された重力が、場を押し潰していく。


 遠くの空に見えた影には、腕が六本あり、大きな角が妖しげな威圧感を放っている。


 そして、月の光すらない夜の闇に、赫く煮え滾るような姿が浮かんでいく。


「っ……」


 その異形の姿に、誰しもが戦慄した。

 まるで『阿修羅アシュラ』そのものだった。



「菊…………」


 変わり果てた菊の姿を、獬豸は呆然と見上げ、震えている。



 その獬豸から発せられる『波』は、自責の念と、怒りに覆われていた。


「まさか……」


 悠真は何かを察し、増幅された重力下で獬豸に歩み寄る。



 悠真の足掻きを、赫阿修羅は見逃さなかった。


(狙うならばまず『弱者』からだ。仲間が死ねば『強者』であろうと動きは鈍る)


 空を裂くような手刀が、悠真の喉元を狙う。



「っ!!」


 即座に石狩仙人が赫阿修羅の攻撃に対応し、攻撃をいなしてカウンターを仕掛ける。


 しかし、赫阿修羅は別の腕で石狩仙人の脇腹を突き刺さんとする。



(『層合気・風月・極』!)


 赫阿修羅の攻撃が石狩仙人に到達する前に、琉琉助が割り入り、赫阿修羅を蹴り飛ばす。


 しかし、攻撃が掠った石狩仙人は、『首から』少し血を流す。


「…………これは……」


 石狩仙人は傷口を押さえながら、琉琉助に目線を移す。

 赫阿修羅の状態を、琉琉助は既に予知していた。


(菊の能力はあくまで『刀』に作用するモノのはず……しかし、赫阿修羅はそれを『手刀』で再現している。おそらく奴の『手刀』の鋭さが『刀』に匹敵するレベルかつ、肉体硬度が金属と同等のため、能力の判定が狂って誤作動しているのだろう……)




 赫阿修羅もまた、相手の崩し方を模索していた。


(やはり『弱者』を率先して守っているな。特にあの片耳のガキ……なら、他はどうだ?)


 赫阿修羅は一気に高速移動し、地面に寝そべっている鋼に目をつける。


「クソッ……」


 それを警戒していたキュピーは、鋼に厚い木の防壁を張り、攻撃を防ぐ。


「!」


 しかし、赫阿修羅は急に方向転換し、桜の方へと向かう。



 桜は既に理解していた。

 自身のレベルでは、この戦いについていくことはできないと。



 桜は刀に手を置いたまま目を瞑った。


 そして、赫阿修羅の鋭い手刀を刀で弾く。

 さらに、別の手による追撃すら見切り、寸前でかわしていく。


「…………!」



 桜がこの戦いに見いだした「結論」

 それは、「足手まといにならない事」


 故の、『完全防御の陣』



 赫阿修羅はそれに気付き、わざと隙を作ってカウンターを撃たせようとするも、桜は動じない。


(この小娘……防御と回避に専念することで俺の攻撃を凌いでやがる……変なところで部を弁えやがって……)



 桜と赫阿修羅の一瞬の膠着こうちゃくの間を縫い、琉琉助が赫阿修羅を『風月』で吹き飛ばす。


 桜は冷静に刀を構え直し、赫阿修羅の動向を伺う。


「……ありがとう。過剰なカバーは要らない。自分で身は守るから」


「ああ、助かる」



 琉琉助は未来視を駆使し、結末までの〈分岐〉を辿る。


(貧弱な依代の影響もあって、『重力操作』の出力は著しく弱まっている。その為、偶然発芽した依代の『能力』である『椿落とし』に頼らざるを得ない。裏を返せば、『まだ菊の魂は肉体に残されている』)


 琉琉助は一瞬、悠真の方を振り返り、安堵したような、居た堪れないような、複雑な表情を見せた。


(もう、本人は分かってるみたいだ。自分の役割を……)


─────


 悠真は、呆然としながら震えている「獬豸かいち」へと、手を伸ばしていた。


 獬豸の「菊…………」という独り言が掻き消されるほどの凄まじい戦闘の轟音が響いてくる。



 彼の『波』には、自責と、怒り、そして、溢れんばかりの重たい責任感で満たされていた。


 おそらく、依代となった人間と、親しい間柄だったのだろう。

 変貌した赫阿修羅には、もはやその面影はほとんど残っていない。


 でも、ようやく理解できた。

 俺がこの戦いに呼ばれた理由を。


─────


「貴方の記憶を……俺に預けて下さい」


「………………」


 返事は無かった。

 でも、『波』が揺らいだ。


 激しい炸裂音が遠くから響く。


 しばらくの沈黙の後、彼は口を開いた。


「弔わせてくれ」


 ただ、それだけだった。


 俺は彼の頭に触れる。

 その瞬間、彼と依代となった少女との記憶が、流れ込んできた。


「えっ…………は……」


 その二人の過去に絶句した。

 彼はこちらに振り向くと、涙を溜めた光の無い眼で俺を見下ろした。


けなすなら貶せ」


 にわかには信じられない、『間違い』とも言うべき判断。

 それでも、俺は彼の判断を否定することも、蔑むこともできなかった。


 『歪んだ責任感』という一点において、俺は彼と同じだと思えてしまったから。


「……いや、貴方を咎める権利は、俺には無い」


「……そうか」


 彼は、静かに呼吸し、息を整えた。


「菊は俺の手で……終わらせる」


 その覚悟の裏にある、とてつもない絶望感を、直視できなかった。

 だから、こんな冷たい言葉を吐いてしまった。


「……責任を持って弔ってあげて下さい」


「……あぁ゙…………!!」


「っ……」


 その嗚咽交じりの返事に、涙と苦痛がこみ上げて来るのが分かった。


─────


 琉琉助は赫阿修羅を対処しながらも、悠真達の行動を伺っていた。


 そして、悠真達の話が終わったのが分かると、石狩仙人へと視線を移した。


「悠真のカバーに入ってくれ! 伝えた通りに!」


 石狩仙人は、少し辛そうな表情かおになり、やるせないような気持ちを吐き出すように答えた。


「っ……あぁ……」



 石狩仙人は大きく踏み込むと、悠真の元へと一瞬で移動し、悠真を抱え込んで駆け出す。


「えっ……ちょ……!」



 赫阿修羅はその行動に、不信感を抱いていた。


(あのガキの能力はおそらく『記憶を流し込む』事が出来る……依代の魂に訴えかけるつもりなのか……? セコセコとしやがって……)


 赫阿修羅は琉琉助を振り切ろうと、六本の腕で連続で攻撃を仕掛ける。


「っ……!!」

(『完全な未来(パーフェクトゲーム)』を持ってしても……!)


 遂には振り切られ、赫阿修羅は瞬時に石狩仙人と悠真の方へと移動する。



パ/ギ/ャ/ァ/ァ/ァ/ァ/ァ/ン/!!!


「!!」


 赫阿修羅は凄まじい炸裂音に、思わずそちらに目を向ける。



「これ……全然当たらないじゃないですか……!」


「練習が……必要なんですよ……!」


 その先には、キュピーがレールガンを構え、銃口を赫阿修羅に向けていた。



 赫阿修羅がキュピーに意識を向けたその一瞬。

 石狩仙人は悠真を抱えたまま、赫阿修羅の懐に潜り込んだ。


「っ!!」


「ぁぁぁぁぁぁッ……!!」


 赫阿修羅が対応するより早く、悠真は赫阿修羅の頭を鷲掴みにし、記憶を流し込む。


 菊と獬豸の、かつての記憶を。


「ぅ゙っ……!?」


 赫阿修羅はその瞬間、頭を抱え込んで呻く。

 記憶を流されたことにより、菊の魂が反応し、一瞬、赫阿修羅の魂を揺るがした。


 石狩仙人と悠真は直ぐに赫阿修羅から離れ、距離を取る。



 刹那、場を支配していた『重力』が、消滅した。


 琉琉助はこの異常を察知して直ぐに叫んだ。


「逃げろ!!!」



 赫阿修羅の指先が悠真へと向けられ、空をなぞっていく。

 石狩仙人は悠真の方へと必死に手を伸ばす。



「『深淵刹那裁断』」



 空間が裂けた。



 石狩仙人の腕が吹き飛び、宙に血を散らしていく。


「あ…………」



 そこに、赫阿修羅が突撃し、追撃を仕掛ける。


「させません……!」


 赫阿修羅と二人の間にキュピーは瞬時に「生え」、勢いよく木を生やして攻撃する。

 さらに、琉琉助も続いて赫阿修羅を蹴り飛ばす。


 獬豸は、それでもなお、拳を握りしめたまま、『菊』を直視することが出来なかった。

 

 悠真は、しばらくの間、呆然としていた。

 その後、自身が庇われた事を察し、青ざめる。


「お……お地蔵さ……」


 石狩仙人は胸元のサラシをちぎり、手際よく切断された腕を締めて止血していく。


しくも、あの時と同じ状況で、助ける側に回る日が来るとは……)


 巻き終わると、悠真に振り返って、少しだけ微笑んだ。


「まだやれるじゃろ? 悠真」


 その笑みには、様々な感情が渦を巻いていた。

 悠真は、もう立ち上がることしか出来なかった。


「はい……!」



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