29話 「雑草共」
(『記憶の逆流』……!)
悠真は赫阿修羅目掛けて手を伸ばす。
赫阿修羅は避ける素振りすら見せず、ただ掴みかかる悠真を冷めた目で眺めていた。
しかし、悠真の手が触れた瞬間、赫阿修羅の脳内に流れ込む『死への恐怖』。
「……だから何なんだよ」
「ぐぉ゙っ……!」
(全く効いてない……!)
赫阿修羅は琉琉助と石狩仙人の二人を振り払おうと、腕を振るう。
しかし、石狩仙人はさらに追撃の右ストレートを撃ち込む。
「ぐっ……」
凄まじい轟音と共に、赫阿修羅は仰け反り、その後瞬時に距離を取る。
そして全員を見回しながら、拭った鼻血を舌で舐めた。
「……随分と懐かしい面子が揃ってんじゃねぇか」
赫阿修羅、もとい、菊の身体は、先ほどよりさらに赤く変色し、禍々しい光沢すら帯びている。
「…………」
圧倒的な威圧感を放つその姿に、空気が痛いほど張り詰め、それに全員が萎縮していた。
ただ一人を除いて。
石狩仙人が、一歩を踏み出す。
「っ…………!」
その背に、背負われた『波』は、凄まじい程の怒りと怨嗟をはらんでいた。
「……タイマン張る気かよババア」
石狩仙人はそれに答えること無く、キュピーに振り返る。
キュピーも、何かを察し、ため息をついて前に出た。
「損な役回りは嫌いなんですけどね」
臆することなく前に出た二人を、悠真は案じる。
「二人だけでアイツを抑えるなんて……」
「いや……違う」
琉琉助は、前に立つ二人を見据えながら、悠真に話しかけた。
「石狩仙人は、本気で赫阿修羅を殺るつもりだよ」
「えっ……!? でも、一対一で何とかなる相手じゃ……!」
ド/ギ/ャ/ァ/ァ/ァ/ァ/ァ/ァ/ン!!!
その直後、場の全員の耳に届いた、二つの「空を割るような轟音」
それと共に、赫阿修羅が吹き飛び、それを追って石狩仙人とキュピーの二人も駆け出す。
先程の轟音が、石狩仙人の攻撃によるものであると、ようやく気付いた。
「…………」
呆然とする全員に、琉琉助は語り出す。
「逆だよ悠真。石狩仙人の『手加減なしの最大火力』は、味方すら巻き込みかねない。赫阿修羅の依代が馴染みきっていない今こそ、力で押し切れる可能性があるんだ」
悠真はたまらず疑問を投げかける。
「石狩仙人って……何者……?」
「……復────」
それに続けた琉琉助の言葉は、遠くから響く轟音に遮られた。
それに気づいた琉琉助は、言葉を選び直し、悠真に伝える。
「……お地蔵さんの『本体』」
「……お地蔵さんの本体……お地蔵さんの本体……!?」
─────
「チッ……!!」
殴り飛ばされた赫阿修羅は、空中で身を翻し、体勢を立て直す。
(どこ行きやがった……!)
赫阿修羅は辺りを見回し、石狩仙人の姿を追う。
しかし、既に石狩仙人は赫阿修羅の背後に回り込んでいた。
「!」
(『最大加重・弐拾噸』)
石狩仙人は赫阿修羅の首筋を掴み、地面に叩きつける。
「ごはっ……!」
土砂崩れと共に山が割れ、赫阿修羅は地面にめり込む。
さらに、キュピーが地面を操作し、赫阿修羅を蟻地獄の様に生き埋めにする。
埋められた赫阿修羅を、石狩仙人が全力で叩き潰すと、再度地面が吹き飛び、クレーターが形成される。
それを、キュピーが赫阿修羅を逃がさないように地面を閉じる。
叩き潰す。埋める。叩き潰す。埋める。
その繰り返し。
キュピーはその様相を、苦虫を噛み潰すような表情で見ていた。
(本来、石狩仙人は暴力を好まない……だが、赫阿修羅は彼女の愛する者を目の前で奪った。今の彼女を突き動かすのは『復讐心』………………だけではないですよね)
幾度となく赫阿修羅に拳を向ける。
その度に轟音が天を裂く。
石狩仙人の手は真っ赤に染まっていた。
延々と続く殴打の中で、石狩仙人は独白する。
─────
ごめんな、悠真、桜。
わしは正直、この瞬間のためだけにお前たちを利用するつもりじゃった。
和解を求めて対話を試みた「あの人」を貶して、嗤った赫阿修羅が赦せなかった。
でも、お前達と関わるうちに、お前達の事も『仲間』だと思えてしまった。
敵すらも救おうと手を伸ばす悠真の無謀さと、『強さ』に、心が痛んだ。
琉琉助が視た『結末』
わしがここで赫阿修羅を倒し切れなければ、悠真にとって最悪の結末になる。
相手の心を抉り取る辛さを、悠真に教えるのは酷だ。
いや、違う。
『嫌だ』
だから……ここで……!
殺し切る……!!!
─────
「はぁぁぁぁぁっ!!!」
渾身の一撃が赫阿修羅に向けて叩き込まれる。
「っ……!!」
しかし、その拳は、赫阿修羅の腕に受け止められた。
六本の『腕』に。
(まずい……『顕現』し切ったら、『あの能力』が)
ズ/ン/ッ……
「っ……がっ……!!」
「ぐっ…………」
キュピーは、地面に崩れ落ち、片膝をつく。
石狩仙人は何とか耐えるも、身体が震えている。
赫阿修羅は、ゆっくりと空に浮かび上がり、二人を見下ろす。
「跪けよ雑草共」
その姿は、白金色の大きな角を生やし、六本の腕に、光沢を帯びる赫い身体が妖しく光っていた。
─────────────────────
赫阿修羅の変貌による影響は、悠真達のところまで侵食していた。
「ぐっ………………!」
鋼はもはや完全に地面に伏せ、悠真、桜、獬豸、琉琉助は、何とかそれを耐える。
「……これ……は……?」
「これは赫阿修羅のもう一つの能力……依代の身体に馴染み切ったみたいだ……」
「っ………………」
その言葉を聞いた途端、青い髪の男の『波』が大きく揺らいだ。
琉琉助が先ほど「獬豸」と呼んでいた人だ。
悠真は、琉琉助に問う。
「もう一つの能力って……」
その瞬間、地面からキュピーと石狩仙人が生えてくる。
「がっ……はぁ……はぁ……」
二人は既に満身創痍で、かなりボロボロの状態で、何とか逃げ戻ってきたのが分かる。
それでも、二人の目はまだ死んでいなかった。
赫阿修羅の『波』が近付くほど、場を支配する『重さ』がどんどん重くなっていく。
赫阿修羅のもう一つの能力。
それは……
「『重力操作』……!」




