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ロマンチスト・ソウル  作者: タイラ
三章 「千秋楽山・決戦編」
27/42

27話 「罰当地蔵」


 童子が倒れた後も、しばらく場は静寂に支配されていた。

 倒れてなお、童子は薄気味悪い笑みを貼り付けている。


「はぁ……はぁ……」


 悠真は膝に手を当て何とか立ち上がり、琉琉助に向き直る。


「全て……話して下さい」


「…………まずは、手当てしよう」


 琉琉助は包帯や傷薬を取り出し、悠真の掌や耳を止血した。


 そして千秋楽山や、琉琉助の所業の全てを、悠真と鋼の二人に話し出す。


─────────────────────


「はぁ……はぁ……ぁ゙…っ……!」


 菊は痛めつけられた身体を何とか動かし、赫阿修羅が封じられているとされる『祭壇』へと向かう。


(私が……頑張れば……みんな……勝てる……終わったら皆に……褒めてもらわなきゃ……!)


「ぁ゙はは……」


 血と涙の跡が、地面に色濃く残る。


「……獬豸かいち君……」


─────────────────────


百八十八ひゃくはちじゅうはち……!!」


「がっ……!」


 地蔵が砕け散り、塵となって吹かれていく。

 獬豸は既に数多の地蔵を破壊していた。



 獬豸は、気が気でなかった。

 『未来視』が使える相手への奇襲命令の真意。

 それを、全てが手遅れになってから悟った。


百八十九ひゃくはちじゅうきゅう……!!」



 琉琉助への憎悪、童子への失望、馬鹿な自身への怒り。

 その全てを、地蔵へとぶつけていた。


「うぉぉっ!!」


百九十ひゃくきゅうじゅう!!」


 地蔵の雄叫びすらも虚しくチリと化する。

 無我夢中で壊し続けた地蔵の塵は、辺りを砂粒で白く染めていた。


 地蔵は、拳を力いっぱい握り締め、獬豸に向き合う。


「これで終わりじゃ……! 『層合気・練武』……!!」


 気を纏い、高速で突撃し拳を振るう。

 しかし、その拳は霧に阻まれ、獬豸に届くことは無かった。


「がっ……」



 獬豸は散った塵を見ることすら無く、次の襲撃に備える。


「はぁ……はぁ……」


 しかし、その「次」が来ることは無かった。


「……クソッ……!」


 血管を浮き上がらせ、震える拳を硬く握り締め、山の頂への歩みを踏み出す。



ポクッ……


「!?」


 刹那、木魚の軽い音が響いたかと思えば、獬豸の身体に重たい何かがのしかかる。


 獬豸はそれを払おうと振り向くも、何もいない。



ポクッ……


「ぐっ!?」


 再度、木魚の音が響く。

 獬豸の身体はさらに重みを増す。


「なんだ……これ……っ……!」


 膝に手をつき、獬豸は凄まじい重圧を耐える。



ポクッ……


「がっ!」


 三度目にはついに膝を付き、四つん這いのような姿勢になってしまう。


「クソが……!!」


 何とか立ち上がろうとする獬豸に、再度無情な音色が響く。



ポクッ……


「ぉ゙ごっ……!」


 ついに獬豸は潰れ、地面に寝そべり、這いつくばる。


(なんだこれは……! 能力……!?)


 遠くから、ゆっくりと静かな足音が聞こえてくる。

 そして、その足音は獬豸の目の前で止まった。

 静かに地面を踏む白い素足が、這いつくばる獬豸の目に映る。


(誰だ……コイツ……!)


 獬豸は無理矢理首を持ち上げ、目の前の人間を見上げていく。

 視線の先には、薄手の着物を着ていて、長く白い髪をした、容姿端麗な女性が立っていた。


 その女は地面にゆっくりと正座し、獬豸を覗き込むも、目が合う前に少し逸らした。


「……少し落ち着いとくれ、獬豸」


 獬豸は震える手を何とか伸ばし、抵抗しようとするも、加重で全く動けない。


「だ……れ……だ……お……ま……え……!」


 獬豸は女に、これを問うので精一杯だった。

 その女は、低くも綺麗な声で告げる。


「……『地蔵』の……主、『石狩いしかり』仙人じゃ」


 獬豸はその名を聞いてなお、誰か分からなかった。


(まさか……この女が、『地蔵』の本体……!? この山にいた時ですら一度も見たことが無い……!)


「今まで……何処に……居た……!」


 石狩仙人は一瞬、表情を曇らせた。

 どこか泣きそうな目をしていた。


「『赫阿修羅』を……倒すため……ずっと、鍛錬しておった」


「鍛……錬?」


「……今、お前に預けている『重さ』は、わしが作り、お前が壊した地蔵の重さの一部じゃ」


─────────────────────


 覚醒能力には、二つの発動パターンがある。


 一つ目は、桜や迦楼羅のように、特定の行動をすると一定時間発動が可能になる『行動型』


 二つ目は、本来自身が持っていた『能力』が一定の条件を満たすと発動可能になる『解禁型』


 地蔵、もとい、石狩仙人の覚醒能力は後者にあたる。



 石狩仙人の『能力』は、『分魂ぶんこん

 自身の魂を切り分け、モノに与えることで、分身として操作できる能力。

 この能力は分身とした物体の重さを、本体に付与する事を必要とする。


 そして、『覚醒能力』、『独泣こなき地蔵』

 発動条件は『分身とした物体が一つ残らず全て破壊される事』

 効果は『分身を破壊した対象に、破壊した分だけの「重さ」を与える事ができる』


 つまり、『擬似的な質量を授受じゅじゅする』能力


─────────────────────


「……わしは、この山に置いてある百九十一ひゃくきゅうじゅういっ個分の地蔵の『重み』を背負って、身を鍛えて続けておった」


 常軌を逸した苛烈な鍛錬。

 それを人目につかないところで何十年と続けていたという事実。

 つい、獬豸は聞いてしまった。


「なんの……ために……」


 石狩仙人の目が、一気に光を無くし、鋭くなる。


「『赫阿修羅』を殺すためじゃ」


「っ!!」


 石狩仙人は獬豸にかけた加重を解除し、静かに問う。


「……お前も、『赫阿修羅』をたおすつもりじゃったんじゃろ……?」


「なっ……!?」


 獬豸は一瞬、呆気に取られるも、直ぐに眉間にしわを寄せ、石狩仙人を睨む。


「琉琉助から……聞いたのか」


「……そうじゃ。……じゃが、何故じゃ?」


 童子と共に動いていたはずの獬豸が、何故赫阿修羅を斃そうとしているのか。

 石狩仙人には、見当もつかなかった。


「ハハ……琉琉助から……聞いてないのか……?」


 乾いた笑みを向ける獬豸に、石狩仙人は困ったような顔で答える。


「……教えてくれんかった。あやつは童子……『金華』の事は、頑なに喋らん」


 獬豸は、しばらく黙り込んでいた。

 石狩仙人も、獬豸が話し出すまで、じっと静かに待つ。



 獬豸の脳内に、かつての記憶が蘇っていく。


─────────────────────


「獬豸、俺、山を降りることにしたよ」


「えっ」


 この時、俺はまだ子供だった。

 金華さんとは仲が良くて、まるで本当の兄のようだった。


 俺の両親は、『赫阿修羅』という怪物に殺されたらしい。

 そう言われても、顔も知らないので実感は無い。


「琉琉助は、あくまで『仙人』であろうとしてる。俺はそれを否定しない。でも、『強者』が『強者』だけの集まりで生きていけるほど、世の中甘くなかったんだ」


「人間に……関わるんですか」


「あぁ。人間を導く者になる」


 この時俺は、金華さんが正しいと思った。

 子供ゆえの考えの至らなさかもしれないが、琉琉助は、力があるのにその責任を果たそうとしていないように見えたからだ。


「獬豸も、一緒に来ないか?」


「えっ……!?」


「一人じゃ、さすがに寂しい」


 金華さんは、優しく、笑ってみせた。

 金色の綺麗な瞳が、少し潤んでいるように思えた。

 その笑顔を見てしまったら、俺は断る事なんてできなかった。


「……分かりました」



 山を降りてから、金華さんは『童子』と名乗って、『能力者』達を時に話術で、時に力で従わせていった。


 周りが『童子様』と呼ぶのにつられて、俺も金華さんの事を『童子様』と呼ぶようになった。


 童子様の考えはこうだった。


 「圧倒的な力を示さないと、人は従ってくれない」



 人々の中にはやがて、童子様をまるで神のように扱う者も出てきた。

 まだ集団としての影響力は小さかったが、それでも確かに、力と信頼は集まってきていた。


 あの事件が起こるまでは。



 突然、全ての人間が『能力』を得る、『奇跡の日事件』



 昨日までの『能力者』は、翌日には『普通』の人間に成り下がった。

 今まで圧倒的な力を誇示する事で人々を纏めてきた童子様にとって、これは大きな痛手だった。

 変わらずに童子様を信仰する者は居たが、それでも多くの人が離れていった。


 今までの感謝だけ述べて離れていく人々。

 童子様にはその様子が、どう映っていたんだろうか。



「力が足りない……もっと力がなければ、人は付いてこない……!」


 ここから、童子様はおかしくなっていった。

 目の光が無くなった。



 童子様は部屋に籠る事が多くなった。

 静かに何か考え事をしているかと思えば、突然発狂し崩れ落ちる。

 それがもはや日常になっていた。


 でも、またいつか、かつての童子様に戻ることを信じて、俺たちは付き添い続けた。



 今日も、発狂した童子様を慰めに、部屋に向かう。

 宥めている時、机の上の、グシャグシャにされた紙に書かれた文字が見えた。


『赫阿修羅復活までの道筋』


「……は?」


 意味が分からなかった。

 その事を、目の前でうずくまる童子様に聞くべきか、迷った。


 俺はここで、童子様に手を差し伸べられなかった。

 今その事を聞けば、より壊れてしまうと思った。

 何より、そんな事を実行するだなんて、少しも思えなかった。



 ある日を境に、童子様は発狂しなくなり、部屋から出てくるようになった。

 でも、嬉しくはなかった。

 童子様の表情かおは、もう、明らかに手遅れの様相ようそうていしていたからだ。


 心の籠っていない笑みを貼り付けるだけ。


 なんとなく悟った。

 童子様は本気で赫阿修羅を復活させるつもりだと。


 『赫阿修羅』という『圧倒的存在』のせいで、童子様は狂った。



 ここで、俺は一つの結論に至った。


(俺が『赫阿修羅』をたおせば、童子様は正気に戻るんじゃないか……?)


 俺の『能力』なら、勝機はある。

 復活させた上で殺せば、問題はない。


 『圧倒的強者』を羨望する童子様に、現実を見せる。

 もはやそれしか、方法が無いように思えた。


 今思えば、どこまでも甘く、傲慢で、浅はかな判断だったと思う。



 童子様も、琉琉助も、賭ける犠牲と覚悟が段違いだった。



 半端な覚悟で踏み込んだ俺は、結局、大切な人を、目の前で手放した。


 だからもう……


─────────────────────


 長い静寂の後、獬豸は口を開いた。

 震えながら息を吐き、涙声で呟いた。


「どうしていいか分かんねぇよ……」


 それを聞いた石狩仙人は、綺麗な正座を崩さないまま、真っ直ぐ獬豸を見据える。


「ならば、赫阿修羅をたおすのに、協力しろ」


「っ……」


 「赫阿修羅をたおす」

 つまりそれは、依代となる菊を殺すことになる。


「っぅ゙…………!!」


 獬豸は、言い返す言葉を飲み込んだ。


 踏み入れて火傷したのは自分の責任だ。

 他人に当たり散らす権利なんてない。

 むしろ、けじめの機会をくれていることを感謝するべきですらある。


 理屈では分かっていた。


「…………ふっざけんじゃねぇ!!」


 獬豸は立ち上がり、正座する石狩仙人に拳を振り上げる。


 石狩仙人は正座のまま、少しも動かなかった。

 ただ、獬豸を真っ直ぐと見つめていた。


「っ…………!」


 獬豸は拳を寸前で留め、何もない宙に向け拳を思い切り振るう。


「菊は……それで……少しは救えるんですか……」


 獬豸はその言葉に、最後の望みをかけていた。

 石狩仙人は、少し目を伏せて言った。


「この戦いに、救いなんて最初から無い……!!」


「…………」


 獬豸は溢れる後悔と羞恥を抑え込む。


「じゃあ……勝機は……? せめて菊を……弔うことは出来るのか……?」


 石狩仙人は面を上げて、獬豸を見上げる。


「出来る」


 きっぱりと言い切る石狩仙人に、獬豸は一瞬、驚きの色を見せる。

 石狩仙人は、姿勢は変えないまま、額に青筋を浮かべ、続けた。


「わしが居る」


─────────────────────


 暗い山道を必死に歩んできた菊は、ついに『それ』を見つける。


「あった……あれが……『祭壇』……?」


 大きな岩の中心に、紅い珠がねじ込まれており、まるで生きているかのように脈動しビクビクと震えている。


(踏み越えたら……もう……戻れない)


 菊は赤黒い大きな鳥居を見て、直感的に悟った。


「…………やるしかない……ですよね」


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