第72話 男の甲斐性
いよいよ本章も佳境です。
「全く、あんたら好き勝手に動きまくってからに」
アンはそう言うと目の前ににいるチンピラ風の男達の脇に立っているアカネとフィアナを一睨みする。アカネは少しバツの悪い表情を浮かべるが、フィアナは悪びれもせずに、笑顔でアンに話かける。
「あら、アン様。このもの達は何か情報を隠し持ってますわ。でなければ、わざわざ連れて帰りません」
フィアナはそう言った後、アカネに顔を向けると軽くうなずいて、アカネがその捕縛されている男達に脅しをかける。
「あんたら、何か帝国とやり取りしているような事があるんじゃないの?洗いざらい話しな。話さないならどうなるか、わかっててんるんだろうね」
男達は全員青い顔をして、ペラペラと話始める。帝国側はこのチンピラを使って、何人かのニルスの人間を攫ってこいとの指示だったらしい。それで彼らはどうせなら若い女とアカネとフィアナに目星を付けて攫おうとしたとの事だった。
「おやおや、帝国側はいよいよ炙り出しに本腰を入れたようだね。民衆への扇動、一般人の誘拐や場合によっては殺害もあるか。恐らくその疑念や不安を増幅して、軽く洗脳といったところかね。その段階になったら人は波になる。中々押しとどめる事は難しくなるね」
「どうやらその殺害も始まっているみたいですよ」
するとシンがアンの話に乗る形で姿を現す。アンとアカネは驚いて入口を見ると、シンと一緒に初老に差し掛かる職人風の人物が立っていた。
「あんたリックじゃないかい。シン、あんたが連れてきたのかい?」
やはりアンとリックは旧知の間柄だったようで、アンは素直に驚き、リックはその場で片膝をついて礼をする。
「やはり、アン様でしたか。反帝国勢力がまとまりを見せる中心にそれらしい方の御噂は聞いていましたので、もしやと思っておりましたが、よくぞご無事で」
そう言って頭をさげるリックに対して少し困った顔を見せたが、シンがなぜリックを伴って戻ってきたかが気になり、リックを席に促した後、シンに尋ねる。
「シン、あんたなんでリックを連れてきたんだい。私の身の安全というよりはリックたち一般市民に危害が加わらないようにと、私は陰で動いていたんだ。あんたにはそれを説明したし、理解もしているんだろう?」
シンは平然とその問いに答える。
「ええ、勿論理解しております。今回リックさんを連れてきたのは、その危害が及んだので保護したんです」
シンはそう言うと事の次第を説明していく。するとアンの表情は更に厳しいものとなり、今度はリックに質問する。
「リックや、隠れていた事はすまんかった。おぬしら一般の市民には極力害を為さないようにと配慮した為だった。まあ結果は害が出たわけだが。ちなみにお主のように、帝国側から協力の要請がありそうな人物は他に心当たりはないかい?今度はその者たちが危ない」
「いえ、ご事情は理解しております。アン様だけでも生きていらっしゃれば、私達市民は希望が持てます。今、公都ではシン・アルナスのような英雄の噂もございます。いつの日か公国が再興する希望さえあれば、我々は耐え忍ぶ事が出来るのです。それにそう思うものは少なくありません。商業ギルドのケント、冒険者ギルドのアービン、神官長のリクハイド様など、帝国側への協力を拒否している人間達は少なくありません。恐らく彼らの元にも私のところに来たような輩が行っているかもしれません。
アンはそこで思案する。
「さすがにアービンは元冒険者。そうは遅れを取らんだろう。商業ギルドは周りに人も多い。危ないのは神官長のリクハイドあたりか」
「アン様、なら俺が神殿まで様子を見に行ってみましょうか?」
シンはすかさずそう提案するが、アンは首を横に振り、否定する。
「いや、恐らくもう事は起こっておるじゃろう。後から顔を出してヘンに巻き込まれるのも面倒じゃ。それよりこれからどう動くかじゃが」
するとアンの元へ慌てた表情をした侍女が足早にやってくる。
「アン様、お話のところ申し訳ありません、今、知らせのものから連絡が入り、町中で民衆による暴動が起きているとの事です」
「なんじゃとっ」
アンは思わず椅子を立ち上がり、声を上げる。
「使いのものの話では、選定公の血縁者を見つけろ、奴らは神官長を虐殺し、何人かの一般市民を誘拐や殺害に追いやっている。帝国は協力するものには恩賞を、しないものは反帝国組織と繋がっているとの事で、すべて虐殺すると言って民衆を追いたてております。ここにもいつ、彼らの魔の手が伸びるか分かりません。どうか、お逃げ下さいとの事です」
やはりきた。扇動のその次の段階が。著名な一般人を殺害し、その他不特定多数の一般人を誘拐や殺害をする事で、その不安を煽り、負の連鎖を引き起こす。起こされた不安は波となって動き出す。アンは忸怩たる思いに捕らわれながらも対策を考えようとするが、大きな波を堰き止める方法などそうは思い至らない。
そんな中、シンはフィアナを見ると、シンに対して期待するような表情を浮かべている事に気付く。シンは思わず苦笑して、フィアナの頭を優しく撫でた後、アンに向き直り、一つの提案をする。
「アン様、アン様はアルナスの家宝、宝刀「クサナギ」の事はご存知ですか?」
アンはシンの突然の提案に訝しげな表情を見せる。
「なんじゃい、藪から棒に。そりゃあ、私も元選定公の一人だ。「クサナギ」の事は知っておるが」
「なら、話は簡単です。俺は今、「クサナギ」を持っていて、その「クサナギ」を十全に使いこなす事が出来ます。なので、この大きなうねりを全て払う事が出来ます」
アンは思わず目をむいて、シンを眺める。
「はあ?あんたあの燃費の悪い剣を使いこなす事が出来るのかい?はっ、キリクかい、キリクの仕業かい」
さすがはキリクの叔母である。理解が早くて非常に助かる。シンはその発言に首を縦に振る。
「はい、おっしゃる通り、キリク叔父さんのお蔭でどうやら俺の魔力は規格外らしいのです。それに関しては、ダン師匠にも呆れられました。それで取りあえず、俺はこの状況を一気に浄化できます。問題はその後なんですが、流石に綺麗さっぱりなくなったら、帝国も黙ってはいないでしょう?それだけが問題なんです」
「ふむ、ならそっちは私が何とかしようじゃない。まあもうすぐ冬になる。私のような老いぼれ婆も最後に一花咲かせようじゃないか?ここで一気に蜂起を促し、ニルスから帝国軍を追い出そう。冬の間は帝国も手は出せん。それまでは一時的には安泰じゃ。その後の事はダンあたりが考えてくれるじゃろ。いい手札も持っておるようじゃしの」
アンはそう言うと、シンも見てニヤリとする。シンはそれに引き攣った笑みを返すのが精いっぱいだった。フィアナはそのやり取りを聞いて楽しそうに笑っている。
「シン、どうやらあてにされているのだから、それに答えてこそ私の優しい旦那様だわ。フフフッ、頑張ってね」
アカネもアカネ自身が褒められたように自慢げに言う。
「そうよ。私が唯一認めた男なんだから、それぐらい簡単にできるでしょ。その後私も幸せにして貰うんだから」
シンはますます表情を引き攣らせるのだが、アンはその三人の緊迫感のないやり取りに思わず大笑いをし、シンに言う。
「こらシンや、女に此処まで言わせたんだ。何とかしなきゃ罰が当たる、男の甲斐性じゃよ」
シンは三人を見て、諦めたように大きく溜息をつく。それを傍で見ていたリックは、細かい状況は分からなかったが、同じ男として、「諦めろ」という思いの籠った目線でポンポンと肩を叩くのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「フフフッ、いいですね、いいですね。至極順調ですね。これで反帝国勢力やあわよくば選定公の血縁者も動かざるを得ない」
エリクは計画が順調に行っている事に対して、満足していた。今薄く、細くではあるが洗脳の糸をニルス中に張り巡らせている。それ自体は決して拘束力の高いものではないが、人の気持ちにあるものを増幅させる。不安、不信。そう言ったものを大きくする事で今民衆は暴動を始めている。彼らが求めるのは救済。その役は扇動者である帝国側が担い、救済者の敵として反帝国勢力や選定公血縁者をあぶり出す。唯一の懸念は、疑心を煽る為に放った刺客が何もの手によって、その洗脳の解除をうけたこと。洗脳を解除する事自体は魔法師や魔力操作の上手いものがいれば、決して難しい事ではないので、身近にそういうものがいた不運だと思っているが、小さな綻びと言えば綻びだった。
「まあ態勢には影響ないでしょう。ここまでくれば、彼らは勝手に動き出します。私がどうこうする必要もないかもしれませんね。ここは北方諸国。あの規格外な人もいないですし」
エリクはそう言って、過去二度ほど辛酸を舐めた相手を想いだして、渋い表情をする。ヤンセンの冒険者シン。特に王都での王女誘拐の際には生徒のナタリアと共に最後のところで邪魔をされた。その強さは本物であり、身体強化をされてはいるのだろうが、50名近くいた襲撃者達が瞬く間に倒れて行った。まさに英雄の所業である。
「まああんな方はそうそういませんし、帝国で対抗しうるのは、私の推察では皇帝陛下くらいのものですか。おっとこれは、触れてはいけない事でした。とはいえ、そろそろ敵役にも動き出して欲しいところですね。あんまり長引くと冬が来てしまいますから」
エリクはそう言うと、領館内の窓から外を眺める。暴動を起こした民衆に紛れて、率先して行動を起こすエリクの洗脳者達。中には暴動を止めようと正義感を振りかざし行動を起こすものもいるが、多勢に無勢で瞬く間に飲まれていく。
「エリク様、報告をあげます。下町から前ニルスの選定公であるアン・ニルスが現れて暴動を止めるよう動き出したとの報告がありました。」
エリクの元に軍の兵士がやってくると、伝令から伝え聞いた内容をエリクに報告する。
「ほほう、漸く動き出しましたが。前ニルスの選定公とは、これまた大物。これで反帝国勢力も一気に蜂起すれば、我々の勝ちは目前です。一気に一網打尽と行きましょう」
エリクはそう言って楽しそうな笑みを浮かべて、その大物の顔を眺めようとその兵士を伴って、部屋を出て行った。




