閑話 女王の結婚
この章のセシルはこれだけの予定。
「ねえアイシャ。そもそも女王ってどうやったら結婚できるの?」
セシルがそう質問をしてくる。アイシャは意味が分からず、適当に返事を返す。
「あら、セシル。シン先生を諦めて結婚するの?おめでとう、お幸せに」
「いつ、誰がシン様を諦めて結婚すると言ったのかしら?そうではなくて、女王って前例ないでしょ?私、婚約者も当然いないし。なら誰に認められたら結婚できるのか、ふと疑問に思ったの。私、お父様もお母様ももういないし」
アイシャは質問の意味を理解して、少し残念がる。
「ちっ」
「アイシャ、今舌打ちした?舌打ちしたよね」
アイシャは特段気にせずすました顔で言う。
「はて、何の事でしょう?それよりセシルの結婚でしたわね。確かに前例はありませんわね。いっその結婚などしなくてもいいんじゃないですか?めんどくさいですし、私が」
「アイシャ、流石にそれは雑が過ぎるかと。セシルが涙目ですよ」
ナタリアが流石にセシルが可哀そうに思ったのか、アイシャに対して注意を入れる。アイシャはめんどくさそうに眉間をほぐしながら、少しだけ考えてあげる。
「セシル、まず前提として誰と結婚する事を想定していますか?」
セシルは顔を赤らめ、モジモジしながら勿論、意中の人の名前を言う。
「もう、アイシャったら、そんなの言わなくても分かっているくせに。シン様に決まっているじゃない」
アイシャは一瞬イラッとするが、話が進まないのでスルーする。
「仮にシン先生と結婚するとして、あなたは女王の座はどうするつもりかしら」
「うーん、正直他にあてがあるわけではないので、続けるしかないんじゃないかしら」
女王としての軽過ぎる発言にまたまたイラッとするも、我慢、我慢。ちなみにナタリアも眉間に指を当てている。
「ちなみにそのシン様は、異国の要人です。その理解は良いですか?」
「まあ選定公の子息で王位継承権を持っているから、そうなりますね」
セシルは考えながら答えるが、質問の意図が読めない。アイシャはそこで微笑みながら、答える。
「セシル、考えても見なさい。シン先生は王位継承権を持つ方です。仮にメルストレイル公国が再興した場合、あの方はどうなると思います?」
「アイシャ、それってどう言う事?」
「シン先生はこのカストレイアでは並ぶ者のない英雄です。そんな逸材、再興の暁に、何もしてないと思いますか?」
セシルは少しずつ嫌な予感を覚え始める。
「まあシン先生なら間違いなく渦中のど真ん中にいますね、確実に」
ナタリアが平然とそうなるだろう事を答える。アイシャはその答えに満足して、きっぱりと断言する。
「そう、そうなると王となるのは間違いなくシン先生です。そして女王であるあなたはおいそれとは、シン先生とは結婚できないのです!」
「アイシャ、待って。なんで出来ないのよ。いいじゃない、メルストレイル、カストレイア連合王国にしっちゃえば」
セシルはあまりの動揺に、とんでもない事を口走る。それに対してアイシャは平然と答える。
「セシル、流石に彼の国と此処では離れ過ぎています。隣国ならまだしも彼の国との間には帝国がありますから、連合国など無理です」
「なら今すぐ帝国を滅ぼしましょう。ライアスとバスク公を今すぐ呼びなさい!」
焦るセシルは更に輪をかけてとんでもない事を言い出す。それにはナタリアが冷静な口調で反論する。
「それはいくらなんでも無茶過ぎます。戦えば五分かもしれませんが、確実に泥沼化します。まあ少なくてもセシルが生きているうちに、帝国を滅ぼすことなぞ出来ませんね」
アイシャがそれに輪をかけて、セシルを追い詰める。
「それにシン先生の元には、フィアナがいますからね。彼女がシン先生と結婚すれば、我が国との姻戚関係もできますし、無理に女王がシン先生と結婚する必要が無くなります。場合によっては、この国の大貴族である私が、シン先生の妻となってもいいわけですから」
アイシャはそういうとニヤリとセシルを見る。隣のナタリアも成る程と納得したのか、ここぞとばかりにアピールする。
「なら、私は先生の側近として側へ参りましょう。フィアナにしろ、アイシャにしろ、国の要人。この国から近衛の一人でも出さないと面目が立ちませんからね、うん、いい考えだ」
「もう二人とも、私を置いてシン様の元に行っちゃう気?ならもう、女王辞めるっ」
完全に癇癪を起こしたセシルは、遂に女王辞める宣言まで飛び出す。それを見て、アイシャとナタリアは目を合わせると思わず、笑ってしまう。セシルはそんな二人を見て、理解する。またからかわれたのだ。
「まあ、今日はこの辺で勘弁してあげましょう。そもそもセシル、あなた結婚する気なら、相手の同意があればいつでもできますわよ。そもそも女王に逆らえる人間なんて、この国にはいないのですから」
ひとしきり笑ったアイシャがそう言って、セシルの結婚を肯定する。でもまだ不安なセシルは、思わずこぼしてしまう。
「でも、シン様が公国の王となったら、結婚できないんじゃ」
すると今度はナタリアが平然と反論する。
「セシル、確かにシン先生は王となる可能性がありますが、それ以前にこの国では英雄と言われる方です。公王となられた後でもただの英雄として、結婚していただければ良いのですよ。まあ後はシン先生がよしとするかですが、フィアナあたりが頼めば断れないでしょう」
「なら、シン様と結婚しても良いの?」
セシルは恐る恐る二人を覗き見る。
「まあセシルが女王を頑張るなら、応援してあげても良くてよ」
「女王陛下としての実績を積まれた後であれば、反対する理由はありません」
するとセシルは満面の笑みを浮かべて、二人に宣言する。
「私やるわ、女王を頑張る!さあ仕事よ、仕事、アイシャ、どんどん書類を持って来なさい。ナタリア、スケジュールの調整をお願いね。徹底して、仕事を片付けるわ」
セシルはそのまま執務室の自分のデスクへと向かって歩き出す。アイシャとナタリアはそんなセシルの様子を見て、ほくそ笑む。
実はここ最近、セシルは弛みきっていた。お陰で仕事が溜まる一方で、そろそろお仕置きが必要な頃だった。ただセシルを動かすには、最も効果的な方法が一つあり、今回はそちらを採用したのだ。
「アイシャ、ナタリア、ボーッとしていないで、キビキビ動きなさい!」
「「はい、はい」」
二人は口を揃えて返事をすると、この愛らしい女王陛下の為にも、結婚話は頑張らないとと思うのであった。




