第70話 エリクの思惑
今回のタイトルは、ちょっといまいちな印象です。
今ガリア領主の館の応接間には、シンとダン、アカネにフィアナ、ハルにシグルドの6人がいた。話の提案者はアカネ、それにダンやシグルドが意見を言う形になっている。
「成る程、それは少し奇妙じゃの。しかしそれだけでは正直なんとも言えんの」
アカネの持ってきた話は実際にアカネが見た奇妙な集団の話だ。それを父であるガースに話をしたところ、ダンの意見も聞いた上で、シンが付いて行くなら、調査に行ってもいいという回答だった。それを聞いたアカネは一目散にガリアへ出発。現在に至るといった流れだった。シンとフィアナはそのダンの言葉を聞いて、一つ思い当たった事を話し出す。
「師匠、実は今の話を聞いて、一つ思い当たった事があるんですが」
シンはそう言って、ダンに話しかける。ダンが目で発言を促すと、シンは思い当たった事を話し出す。
「その集団にいた魔法師に心当たりがあります。アカネ、その魔法師は優男風で、いかにも魔法師然とした男だったか?」
「えっ、うん、そう。良くわかったね」
「ならおそらくその男はエリクという、カストレイア王国の国王暗殺に関わった人物です。実は先日マイセンでも見かけたのです」
シンの隣にいたフィアナも神妙な顔をして首肯する。
「お祖父様、そのものは洗脳の魔法に秀でています。その一般人の方たちは恐らくエリクに洗脳されているのだと思います」
ダンは二人の話しを聞いて、難しい顔をして、首を捻る。
「仮にそれがエリクだとして、一般人を連れてる目的がわからんの。目的地がニルスだというのもな」
するとそれまで意見を聞いていたシグルドが、話をし出す。
「直接関係があるかは分かりませんが、最近、皇帝は選定公の血筋を探して抹殺しろとかなり躍起になっております。ニルスには確かアン・ニルス様がいらっしゃいますね」
「ああ、あの頑固ばあさんか」
ダンはそう言って、渋い顔をする。
「師匠はその方をご存知なんですか?」
シンのその問いには、ダンではなくてシグルドが笑みを浮かべて答える。
「ダン様と同年代で領主をされていらした方ですよ。すごく現実的な方と言いますか、ダン様とはよく意見の対立がありまして、とはいえ、喧嘩するほど何とやらと言った感じの間柄でございます」
「おいこら、シグルド、余計なことまで言わんでいい。まあとは言え話の次第はわかった。取りあえずシン、ニルスまで行って来い。シグルド、シンにアンの居場所を教えてやれ。忠告くらいは必要じゃろう」
ダンはそれ以上ヘンな事を言われては堪らんとばかりに、話を遮ると、シンにそう指示を出す。
「わかりました。冬までもうそんなに時間もないので、急ぎ行ってみます。シグルドさん、細かい事は後で」
「承知しました」
シンもシグルドもそう言って、了承する。するとフィアナが楽しげに話かけてくる。
「シン、今回は私もついて行きます。相手がエリクならなおさらです」
「えー、駄目よ。今度は私の番なんだから」
するとアカネが真っ先に反対してくる。シンはちょっとだけ考えた後、フィアナの提案を採用する。
「アカネ、悪いけど今回はフィーも連れて行くよ。そのエリクは洗脳魔法の使い手で、フィーはその洗脳魔法を認識する事が出来るからね。その方が何を目的としているのかも探りやすい」
シンはあくまで実務的な理由でフィアナの同行を説明してくる。アカネもそう言われると了承せざるを得ない。でも納得はできないのか、少しむくれて文句を言う。
「むー、フィアナばっかりずるい。でも今回はしょうがないから、連れて行ってもいいよ。でもずるい」
「ならアカネさん、今度行くのがニルスだからシンに何かプレゼントでも貰ったらいかがですか?技のニルスなら色々な装飾品も売っていると聞きますし、シンなら魔力を込める事も出来ますから」
するとアカネの顔がパッと明るくなり、シンに向けてキラキラした目を向ける。シンは思わず苦笑して、条件付きで了承する。
「わかった。ニルスで何かプレゼントするよ。ただし、今回の件が片付いて時間があればだぞ」
「うん、ありがとうシン。じゃあ、ちゃっちゃとニルスに行って問題を片付けちゃいましょう」
アカネはそう言うと、満足げな笑顔を向けて、シン達を急がせるのだった。
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ニルスの町の商家の奥では一人の老婆が真剣な面持ちで、報告を聞いていた。
「アン様、今動かれるのは、非常に不味いです。これは明らかに見え透いた罠です。いま動いたら確実に捕まって虐殺されます」
男からの報告はこうだった。帝国軍が選定公の血筋のものを探しているという事。それを公都に滞在していたニルス出身のもの達を使って、触れ回っている事。それらのものは帝国の統治の素晴らしさを説いて、帝国への叛意を促すと共に、協力をしないものは厳しい処罰が与えられるといっているらしい事。それらのものは熱にうかされたように、方々で触れ回っている為、今やニルス内では様々な憶測が飛び交っているとの事等、明らかに情勢は悪い方向へ傾いていた。
アンと呼ばれた年配の女性は、ガリアにいるダンと同様、前領主である。当代領主は彼女の息子で、帝国侵攻の際に他界している。ニルスは他の領都とはいささか事情が異なり、元々商業都市の為、帝国もその利用価値を認めており、他の領都のような殲滅作戦はとられなかった。代わりに公都同様に帝国軍が駐留し、常時ニルスの民の動向に睨みを効かせている。アンは帝国侵攻の際に、息子一族を失った後、一人地下に落ち延び、九死に一生を得ている。その後は商人に紛れながら反帝国の勢力を秘密裡にまとめ、現在に至っている。
「ふむ、こんな婆さん一人あぶり出すのに随分と手の込んだ事を。まあそれと合わせて反帝国勢力も一網打尽にするつもりといったところかの。問題は次の段階の先方の動きだが……」
アンは報告にきた男を下がらせた後、そう言って、思案をする。この陽動作戦で成果が出ない場合の敵の行動を考えた時に、領都民に危害が及ぶ可能性を危惧していた。アン自体の所在は一部の人間にしか教えていない。なので、見つかる可能性は低い。とは言え、アン自体は自身の年齢の事もあり、余り自分の生には興味がなく、むしろアンがいなくなる事で、ここまで維持していた反帝国勢力の集結を阻害される事を恐れていた。
「はてさて、如何したもんかいの」
ついつい言葉をこぼしてしまう。そんなアンの元にお付きの侍女から報告が上がる。
「アン様、今下にお客様がいらしたのですが、いかがいたしましょう?」
「お客様?別に人と会う約束は特段しておらんが、どんな人物だい?」
アンは突然の来訪者に驚いた顔を見せると、応対した侍女に人物像を確認する。
「ガリアからのお使いという事で、ダン様の紹介状をお持ちです。人数は3名で皆さんお若い方がたですよ。男性1人、女性2人、女性の1人は綺麗な銀色の髪で銀色の瞳をしていて、高貴な身分の方だと思います。残りのお二方はアルナスの姓を名乗られておりました。いかにも武のアルナスらしく、武勇に優れた印象を与える方々です」
「ダンからの使いで、アルナスの姓だって?それに銀色ってヘスティかい?こぞって選定公の血筋って、こんな時になんでまた」
アンは思わず声を上げて呆れてしまう。帝国軍が躍起になって探している最中で、血筋が婆さん一人ではなく、これからの公国を担うであろう若者まで含まれるとは。
「今すぐ会うから、すぐに呼んできな。さっさと追い返さなきゃならん」
すると程なくして侍女に連れられた若い男女3人が部屋へ現れる。
「初めまして、ユーリ・アルナスの息子でシン・アルナスです。よろしくお願いします。こちらは俺の従姉でアカネ、彼女は訳あって細かい素性は割愛させていただきますが、フィアナと申します」
シンが率先して自己紹介を済ませると、アンはそこで仰天した顔を見せる。
「シン・アスナスって今公都で大暴れをしている、あのシン・アルナスかい?ユーリに似た大男って聞いてたが」
シンはまたこの件で驚かれるのかと、苦笑いをする。
「いえ、あれはキリク・レーニアが作った傀儡人形なんですよ。そうすれば、俺がシン・アルナスだとばれにくくなると思ったのと、やたらその名前を英雄に仕立て上げたいらしくて」
するとアンは、今度はキリクの名前に反応する。
「キリク・レーニアだって?あのバカ、生きてたんかい?ここに顔も出さんでふらふらと」
「あれ?キリク叔父さんはご存知なんですか?」
シンはキリクにここまで親身になって、呆れる人を珍しく思い、思わず聞いてしまう。
「あれの母親は私の妹だよ。妹はレーニアに嫁いでね。だからあれは甥っ子さね。全く、生きていたら顔くらい出せばいいものを」
「まあキリク叔父さんですからね。自由な人ですから」
シンは憤慨するアンを慰めるように、申し訳なさそうにそう言う。
「はあ、どうやら色々と聞かなければいけないようだ。ホントはこんなご時世だからさっさと追い払いたいんだが」
「選定公の血筋探しの件ですか?実は俺たちもその件でここに来たんです。なので追い返すのは話を聞いてからにしてください」
シンはアンのこぼした言葉にあたりを付けて、ニヤリとすると、そう言って事の次第を説明するのだった。
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ニルス領館内にある応接室の一つ。その中でエリクは洗脳している人々の上げてくる報告を聞いている。
「さてさて、そろそろ種は撒ききりましたかね。では次の段階に進むべきですか」
エリクはそう言って、目の前の人間達に目を向ける。彼らは公都から連れてきた、ここニルス出身の一般人たちである。今回の作戦にあたり、洗脳したのだが、ある程度自我を残してある。完全に自我を消し切る事も出来るのだが、そうなると指示がないと動けない木偶人形に成り下がる。なので自我を残し、且つこちらに従順になるように仕込んでいるのだが、この仕込みには時間を要する。なので公都でわざわざ仕込んで、ここニルスへ連れてきていた。
現状は種まき。扇動により、反帝国組織をあぶり出す事。そうすれば、自ずとその中に当たりがいる可能性が高い。この扇動によってその当たりの動きだしがあるのが狙いだ。どんなアクションであれ、対象者が絞れればエリクの術中に嵌める事が出来る。なので次の段階なのである。
「皆さんには引き続き盛大に帝国を賞賛いただき、血筋の情報提供を促してください。ただし、成功しなくても構いません。むしろ盛大に失敗していただいて結構です。さあお行きなさい」
エリクはそう言うとその場にいた一般人たちは一人また一人とその場を去っていく。後は網に引っ掛かってくれるのを待つだけ。エリクはそうつぶやきながら、目を細めるのだった。




