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亡国の公子と金と銀の姫君  作者: あぐにゅん
第5章 北の地での決断
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閑話 セシルの日常

本編も今日アップしますが、まずは閑話。ほのぼのな雰囲気を味わって下さい。

シンとフィアナが北方諸国へ発って半年が過ぎようとしていた。


セシルは王の執務室で今日も日々の業務に追われている。王の業務の最大の仕事は決断すること。当然、決断するにはその決断を下す為の情報や知識が必要となり、それを得る為、高々と積み上げられた資料を読まなければならない。そして決断を下すとまた次の山へと挑み、その繰り返しでもある。その他にも対内外の折衝や社交界への参加、民衆に対する謁見など、数えきれない程の仕事が舞い込んでくる。


「アイシャ、もうやってられないわ、私も北方諸国に行くっ」


アイシャはその癇癪にはもう慣れたもので、冷たく言い放つ。


「行くのは構いませんが、そんな事をしたらシン先生はさぞガッカリされるでしょうね。セシルなら女王になっても大丈夫とおっしゃってましたから」


すると護衛の任で部屋にいたナタリアも追い打ちをかける。


「シン先生は優しい方なので、本当に困るでしょうね。自分のせいで、セシルが女王の座を放ったらかしにしたと聞いたら」


そんな二人の言葉にセシルは抵抗を試みる。


「そんな事ないもん、きっと喜んでくれるもん」


するとアイシャとナタリアは顔お見合わせて、わざとらしく大きな溜息を吐く。


「何も知らなければ、喜ぶでしょうけど」


「知ったら最後、本当に困るでしょうね」


「うっ、それはそうかもしれないけど…」


さらの二人は、言葉を続ける。


「それにどっかの誰かさんは、キスしてもらった後、頑張るって誓ったんじゃないかしら」


「ああ、その話、私も聞きました。フィアナ殿下を送りだす時も頑張って褒めてもらうとか息巻いてましたし」


「うーっ、もう二人とも判りました。やります。頑張ります。頑張らせて頂きます」


セシルは半分涙目になりながら、みずからのデスクへ向かおうとする。


「まあ少しいじめすぎましたわね。女王陛下に申し上げます。あまり根を詰め過ぎては身体にさわります。そろそろ休憩にしてはいかがでしょう?」


「それはいい考えですね。丁度、北方諸国産の珍しいお菓子を手に入れました。よろしければ、お出ししますが、いかがでしょう?」


アイシャが絶妙のタイミングでフォローを入れると、ナタリアがセシルの興味を引くような提案を持ちかける。


「もう、最初からそう言ってくれれば良かったのに、アイシャったら…ナタリアも…」


それでもいじけたセシルはまだグチグチ言っていたが、アイシャとナタリアは最後通告とばかりにトドメをさす。


「どうやら女王陛下はお休みなさらなくても大丈夫みたいです。ねえナタリア」


「ええ、シン先生が食べているかもしれない北方諸国のお菓子も興味がないようです。仕方ないので、二人だけで休憩して頂きますか」


「もーう、休憩したくないなんて言ってないし、私も食べたいっ」


セシルに完全勝利した、アイシャとナタリアは顔を見合わせて、大笑いをした。


そんなセシルはというと、休憩してからはすっかり機嫌を直して、今ではホクホク顔である。


「ねえ、ナタリア。その北方諸国のお菓子って、なんて言うの?」


「なんでもオマンジュウと言うらしいです」


「へえ、なんか不思議な響きのお名前ね」


そのオマンジュウなる食べ物は、茶色い丸い形状をしている。ちょっと突っついてみると柔らかい。


「なんでも中にアンコなるものが詰められていて、それが甘いらしいのです」


「ふーん、興味深いですわね」


アイシャもオマンジュウなるものに興味を示す。


「じゃあ私が切ってみるわね」


セシルがそう言って、皿に乗せられた丸いものの中央にナイフを入れると黒いアンコというものがあらわれる。


「あら柔らかいって言うか、黒い、黒いわっ」


オマンジュウはナイフを入れるとスッと半分に切れて柔らかかったが、それ以上に衝撃的だったのが、黒いアンコと呼ばれる物体である。セシルの様子を見てアイシャとナタリアもそれに続く。


「あら本当に黒いわね」


「匂いはあまりしないかしら。」


そして三人が目を合わせ、この得体の知れない黒い物体を誰が最初に口にするか、牽制し合う。


「アイシャ、ナタリア、女王的には、毒見役が必要だと思うの」


ここぞとばかりに、女王の強権を振りかざすセシル。これに対して、アイシャは悠然と構えて、ナタリアを見て言う。


「ナタリア、女王陛下が毒見役をご所望です。ここは、近衛としてその責を果たすべきかと」


土壇場でアイシャはナタリアに押し付ける。このままではまずい。セシルとアイシャはニヤつきながら、ナタリアを追い詰める。ここでナタリアが起死回生の手に出る。


「恐れながら申し上げますが、当お菓子はかの北方の地のもの。私めが食べても差し支えないのですが、シン先生がお食べになっているかも知れないこのお菓子を、ほかの誰かが先に食べたとシン先生が聞いたら、さぞ残念に思われるだろうと愚考します」


「残穢?なんで残念に思うの?」


セシルは思わずそうこぼすと、ナタリアは心の中で『かかった!』と叫ぶと


「やはり自分の好きなものは、率先して食べてくれる方が嬉しいに決まってますから。それをあえて人に譲るなど」


そこで二人の動向を静観していたアイシャが、ここぞとばかりにナタリアに乗っかる。


「愛が試されてらっしゃいますわね」


「愛が試されているって、どう言うこと?」


「その言葉の通りですわ。今、シン先生への想いとその黒いものを食することが天秤にかけられています。きっと先んじて食べたら、シン先生との話題は独り占め。でも後手を踏めば、その話題はほかの方のもの。女王陛下がいただかないのであれば、私が先んじて食べさせていただきますわ」


「むぐっ」


セシルは女王にあるまじき苦悶の表情を見せる。アイシャはもう一押しとばかりに、平然と黒い物体をフォークの上に乗せると、悠然とそれを口元に持ってくる。


「待ちなさい。シン様への想いは誰に負けないわ」


セシルはそう言うと、マンジュウをフォークで串刺し、一気に口に放り込む。


「あまーい。おいしい!」


「あら、それでは私も」


「ええ、私もいただきましょう」


アイシャとナタリアは追随するようにそれを口に放り込む。


「「おいしい」」


こうしてマンジュウを巡る三人の駆け引きは、平穏ののちに幕を閉じるのであった。



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