第8話 レイナルド視点
偶然というものはあるらしい。
アイーダとは同じクラスだった。
翌日、教室へ入ると、彼女の席の周りにはすでに何人もの女子生徒が集まっていた。
「ねえ、ベクター嬢。昨日、レイナルド殿下とお話ししていたわよね?」
「以前からのお知り合いなの?」
「ずいぶん親しそうだったけれど……」
次々に浴びせられる質問に、アイーダは困ったように笑っている。
「ええっと……昔、少しだけ一緒に遊んだことがあって。そのときは王太子だなんて知らなかったの」
「知らなかった?」
「うん。私、もともとは平民だったから」
その一言で、今度は別の驚きの声が上がった。
「では、ベクター子爵家には養女として?」
「そうなの。私自身、まさか貴族になるなんて思ってなくて」
アイーダはどこか照れくさそうに笑った。質問を受けるたび、相手が伯爵令嬢であろうと男爵令嬢であろうと、ほとんど態度を変えることなく答えている。
そういうところも、昔と変わっていなかった。
「それにしても、レイナルド殿下と幼馴染だなんてすごいわ」
「殿下があんなふうにお話しなさるところ、初めて見たもの」
「そうなの?」
アイーダがきょとんとする。
「レイって、昔からあんな感じじゃない?」
一瞬、周囲が黙った。俺も足を止める。
アイーダ本人も、口にしてからようやく気づいたらしい。
「あっ」
慌てて口元を押さえ、こちらを見る。目が合った。
「ご、ごめんなさい。今のは……」
「構わない」
「でも、二人のときだけって」
「今さらだろう」
周囲からどよめきが起こり、アイーダはますます困った顔をした。
昨日の様子を見られている以上、今さら呼び方だけ取り繕ったところで意味はないと判断しただけだ。
ただ、昔と同じように話しているだけだ。
◇
入学して数日も経たないうちに、俺の周りにも自然と人が集まるようになっていた。
王太子と同じ学園に通える間に、少しでも顔を覚えてもらいたいのだろう。その程度の意図は分かっていた。
「殿下は昨日の歴史学の課題、もう終えられましたか?」
「ああ」
「さすがです。私は最後の設問で少し迷ってしまって」
「資料集の第三章を見れば分かる」
「ありがとうございます!」
「殿下は倶楽部活動について、どこかお決まりで?」
「まだ決めていない」
「でしたら、ぜひ一度、音楽部へ見学にいらしてください」
「時間があればな」
聞かれたことには答える。必要なら話もする。別に、彼らを嫌っているわけではない。
ただ、疲れる。
何を話しても、相手が俺の反応を窺っているのが分かる。少し笑えば喜ばれ、何気なく口にしたことまで大袈裟に受け取られる。
王宮でも同じようなものなのだから、慣れてはいた。それでも、学園でまでこれを続けるのかと思うと、少しばかりうんざりした。
ふと視線を向けると、離れたところでアイーダが友人たちと話していた。
「あ、レイ」
俺に気づいたアイーダが、笑って手を振る。
その瞬間、肩に入っていた力が抜けた。
「アイーダ。昼、空いてるか」
「うん。空いてるけど」
「一緒に食べよう」
周囲の空気が、一瞬変わった気がした。
だが、アイーダは気にした様子もない。
「いいの? じゃあ一緒に行こう」
そう言って、あっさり俺の隣へやって来た。
◇
「……ここ、個室?」
食堂の奥にある扉をくぐった途端、アイーダがきょろきょろと室内を見回した。
一般の食堂とは違い、室内には大きなテーブルが一つだけ置かれている。
「こんな場所あるなんて知らなかった。学園を見学したときも教えてもらわなかったよ?」
「王族専用だからな」
「ええっ!? 私、王族じゃないよ?」
「俺が誘ってるんだから構わない」
「そっか……でも緊張するなあ」
「俺しかいないんだぞ?」
「あ。そうだね。じゃあ、少しくらい作法を間違えても見逃してね」
「だからといって、あまり間違えすぎるなよ」
席へ着くと、ほどなく料理が運ばれてきた。アイーダは並べられた皿を見て、また目を丸くする。
「これが昼ごはん? 豪華すぎない?」
「普通だろう」
「王子様の普通を基準にしないでよ」
思わず笑った。
「何がおかしいの?」
「いや。令嬢になっても変わらないと思って」
「またそれ言う……。落ち着きがないからかなあ。あ、美味しい。これ何?」
「川魚の香草焼き」
「へえ。うちでは魚なんてほとんど出なかったなあ。パン屋だったから、お昼は余ったパンにスープとか」
「店のパンはまだ作っているのか?」
「もちろん。お父さんのパン、すごく美味しいんだから」
「食べてみたいな」
「本当? じゃあ、お父さんに送ってってお願いしようかな」
そんな他愛のない話を続ける。
政治の話をする必要もない。誰の家がどの派閥に属しているかを考える必要もない。俺の言葉の裏を読もうとすることもなければ、こちらもアイーダの言葉の意味を探る必要がなかった。
こんなに気楽に誰かと食事をしたのは、いつ以来だろう。
――学園では友人を作ればいい。
以前、ジュリアにそう言われたことをふと思い出す。
なるほど。
こういう時間のことを言っていたのかもしれない。




