最終話 ジュリア視点
完結後、今回の結末や三人について活動報告で少し振り返っています。
よろしければ、そちらも読んでいただけると嬉しいです。
学園祭での一件は、調査の結果、何人もの生徒に処分が下された。
問題とされたのは、学園へ提出していた脚本を大幅に変更し、実在する王太子とその婚約者を容易に連想させる内容を、十分な確認もないまま上演したことだ。
しばらく課外活動への参加を禁じられた者、反省文と奉仕活動を命じられた者、一定期間の登校を認められなくなった者。そして、ごく少数ではあるけれど、学園を去ることになった者もいた。
もっとも、全体として見れば、かなり温情のある処分だったと思う。そもそもの原因の一端が殿下自身にあったことも考慮されたらしく、殿下がそれを認めたため、学園側も単に噂を信じたり、劇に参加したりしただけの生徒を重く罰することはしなかった。
退学となったのは、事情を説明されたあとも自分たちは何も悪くないと言い張ったり、教師への反発を繰り返したりした一部の生徒だけだった。中には、「殿下が勝手に劇と現実を重ねただけだ」と、最後まで食ってかかった者もいたという。
アイーダ嬢も、学園を去ることになった。
そのことを聞いたとき、少しだけ残念に思って、私は一度ベクター子爵へ話をしてみた。
「……娘のせいで、あれほど嫌な思いをされたというのに」
子爵は恐縮したように言った。
「殿下が、あなたを王太子妃にと望まれる理由が分かる気がいたします」
思いがけない言葉に、私は目を瞬いた。
「……あなたのような方が王太子妃になってくださるのなら、私どものような者にとっても心強いのでしょうね」
返事に困っていると、子爵はすぐに頭を下げた。
「失礼いたしました。今のは忘れてください」
そして、アイーダ嬢については、まず貴族令嬢としての教育からやり直させるつもりだと話してくれた。
まだ成人までは時間がある。今回のことをきっかけに、自分の言葉や立場について考えることを学べるのなら、それも決して無駄ではないのだろう。
いつかもう一度、彼女が自分の才能を活かせる道を選べればいい。
そう思うことにした。
そして、学園祭から一か月ほどが経った。
あれから殿下は、時折研究会へ顔を出すようになった。もっとも、以前のように長く滞在することはほとんどない。
王宮と学園を行き来しながら、今回の件で迷惑をかけた相手へ自ら話をしに行っているらしく、会うたびにどこか疲れていた。
「昨日、殿下がうちにもいらしたわよ」
向かいに座っていたリズベットが、思い出したように言った。
「……リズベットのところにも?」
「ええ。父と母にも頭を下げていたわ。私にも随分と丁寧に謝ってくださったわよ」
「そう……」
「『私の軽率な振る舞いによって、ヴァルナー公爵家との縁談にまで影響を与えてしまった』って」
そこでリズベットが口元を押さえ、肩を震わせた。
「殿下……ものすごく真剣な顔で謝っていらっしゃったの。こっちはセドリック様を使って殿下を焦らせようとしていたのに……」
とうとう堪えきれなくなったらしく、リズベットが笑い出す。
「もちろん、お父様たちの前では我慢したわよ。殿下がお帰りになってから、もう駄目だったけれど」
「もう……」
呆れながらも、私まで笑ってしまった。
「それでね。最後に何て言ったと思う? 『今後はジュリアを大切にする』って、うちの父にまで宣言して帰ったのよ」
「……殿下が?」
「お父様、『なぜ私に言うんだ』って顔してたわよ……くくっ」
「…………」
今度は私が顔を覆いたくなった。
アイーダと話をしたことは、殿下からすでに聞いていた。彼女への気持ちも、自分が期待させたことへの責任も、すべて本人に伝えたという。
『私が人生を共にしたいのは君だ』
そう言われたとき、今度は迷わず、その言葉を受け取ることができたのだが……まさか、謝罪先でまでそんな宣言をしていたとは。
気を取り直し、目の前の机に並べた集計表へ視線を戻す。
「……それより、手伝ってくれるんでしょう?」
「はいはい」
学園祭で集めた美容液のアンケートは、思った以上の数になっていた。
「香り、肌につけたときの感触、伸びのよさ、刺激の有無……ずいぶん細かく取ったわね」
リズベットが集計表をめくりながら言う。
「皆さんきちんと答えてくださったのよ。とてもありがたいわ」
それぞれをまとめていくと、かなりはっきりした傾向が見えてくる。
「まさか、これが一番人気になるとは思わなかったわ」
リズベットが、机の端に置かれた小瓶を持ち上げた。中に入っているのは、試作品の中でも特に見た目の悪い美容液だ。黒に近い、何とも言えない色をしている。
「初めて見たとき、失敗した魔法薬だと思ったもの」
「私もよ」
けれど、効果は一番よかった。肌の乾燥が気にならなくなったという回答も多く、翌日の肌触りについても、他の試作品より評価が高い。
面白いことに、見た目についても思っていたほど不評ではなかった。
『効果があるなら気にしない』
『顔につければ色は残らないのだから問題ない』
『むしろ効きそうに見える』
部員たちが心配していたほど、美容液そのものの色を気にする人は多くなかったらしい。
「だから、容器の方を工夫しようと思っているの。中身が美しくないのなら、せめて手に取ったときに嬉しくなるものにしたいわ」
リズベットが小瓶を目の高さまで持ち上げる。
「透明なガラスは駄目ね」
「……ええ。これは見えない方がいいと思う」
二人で中身を眺め、しばらく黙った。
「色付きのガラスにする? ……ああ、でも加工費が上がるか」
「そうなのよ。だから陶器を候補にはしているけれど、装飾まで入れると高くなるのよね」
容器だけ豪華にして、肝心の商品が高くなってしまっては意味がない。できるだけ多くの人が手に取れる価格にしたい。
「普通の白い陶器なら、そこまで高くないのでは?」
リズベットが言う。
「形を簡単にして、色付けもしない。代わりに紋様か文字だけ入れるとか」
「それなら量産もしやすそうね」
ちょうどそのときだった。
「ジュリア」
顔を上げると、研究会の入口に殿下が立っていた。
「殿下。どうされたのですか?」
「これを」
差し出されたのは、手のひらに収まるほどの小さな陶器の容器だった。
「美容液の容器を探しているんだろう。参考になるかと思って」
「ありがとうございます……まあ」
受け取って眺める。白い陶器にごく控えめな模様が入っていて、ころんとした形も可愛らしい。
「素敵ですね。これなら中身の色も見えませんし――」
横から覗き込んでいたリズベットが、容器から私へ、そして殿下へと視線を移した。
「……私、少し席を外すわね」
「どうしたの? 急に……」
「ごゆっくり」
なぜか楽しそうに笑い、そのまま研究室を出ていってしまう。
首を傾げながら、もう一度手元の容器を見る。
「容量はどのくらいかしら……」
蓋を開けてみる。
「……え?」
中は空ではなかった。
深い緑色の石を一粒だけ留めた指輪が、白い陶器の中に収められている。
殿下を見ると、珍しく緊張した顔をしていた。
「ジュリア」
殿下が私の手を取る。
「卒業したら、俺と結婚してほしい」
殿下は、私の手を握ったまま続けた。
「今度は、俺にも君を支えさせてくれ」
ずっと待っていた言葉だった。
なのに、不思議と以前とは違って聞こえる。
王太子が、王太子妃を求めているのではない。
この人が、私を妻にしたいと言っている。
胸のあたりが、じんわりと温かくなった。
「……はい」
それだけ答えると、殿下の表情がふっと緩んだ。
殿下は容器から指輪を取り出し、私の左手をそっと持ち上げる。
王族が婚約の際に贈る指輪としては、ずいぶん控えめなものだった。けれど、光を受けるたびに澄んだ緑が揺れ、細い金の台座には小さな葉の模様が刻まれている。
「これ……殿下がお選びになったのですか?」
「ああ。君にはこれが似合うと思った」
指先を滑った指輪が、ぴたりと収まった。深い緑の石が、私の手元で光っている。
私はしばらくそれを眺め、それから殿下を見る。
「殿下……二人きりのときは、お名前でお呼びしても?」
「……もちろん」
「では……レイナルド」
殿下が目を見開いた。
「……もう一度」
そう言われ、思わず笑ってしまう。
「レイナルド」
今度は、殿下も笑った。
「……そうしてくれ」
私は左手の指輪に、そっと触れた。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!
ネタバレ防止のため「元サヤ」タグを付けておりませんでしたが、作者が「小説家になろう」で使われる「元サヤ」の意味を正しく理解できておりませんでした。
今回の展開が元サヤに当たると理解し、このカテゴリーが苦手な方への配慮が足りなかったことも認識しました。
事前にタグを確認して作品を選ばれている方には、申し訳ありませんでした。
今後、同様の展開を書く場合には「元サヤ」タグを付けるようにします。
ちなみに、本作の「ゆるざまぁ」の内訳ですが、
レイナルド
→自分に怒り、失望している年上の貴族たちへの謝罪巡りを約一か月。もちろん、それだけで失った信頼がすべて戻るわけではありません。今回の一件は、生涯ついて回る黒歴史です。王太子とはいえ、まだ十代の若者なので、作者としてはかなりきついものだったかなと思っています。
アイーダ
→好きだったレイナルドに振られ、学園を離れて子爵家へ戻ることに。
作者としては、このあたりをそれぞれへの「ゆるざまぁ」として書いていました。
派手な破滅や廃嫡ではありませんが、本人たちにはそれなりに重い結果だったかなと思っています。




