第44話 アイーダ視点
お父様とお母様は、学園への手続きについて話があると言って部屋を出ていった。
一人になると、急に部屋が広く感じた。
実家のお父さんとお母さんは、何て思うだろう。
王立学園へ通えることになったと伝えたとき、二人とも本当に喜んでくれた。友達ができたことも、部活に入ったことも手紙に書いた。毎日が楽しいと書いた。
それなのに、辞めることになるなんて。
膝の上で手を握り、俯く。
どうして、好きになったらいけなかったんだろう。
私はレイが好きだった。
みんなだって、私たちはお似合いだと言ってくれていた。その話をしたとき、レイだって照れたような顔をしていたではないか。
考えれば考えるほど、分からなくなる。
そのとき、扉が叩かれた。
「はい」
返事をすると、扉が開く。
側近らしい男性を伴って入ってきた人を見て、思わず立ち上がった。
「レイ……!」
胸の内が一気に明るくなる。
来てくれた。
やっぱり、私に会いに来てくれたんだ。
もしかしたら、学園を辞めなくてもいいようにしてくれたのかもしれない。
けれど、レイは笑わなかった。
私を見たまま、淡々と言う。
「アイーダ嬢。その呼び方はやめてくれ」
「……え?」
――アイーダ嬢?
今までだって、レイが王太子らしい話し方をすることはあった。でも、私に向けるときは、もっと柔らかかった。
今のレイは、ひどく他人行儀に見えた。
「人前だけの話ではない。これからは、レイナルド殿下と呼んでほしい」
さっきまで浮かんでいた期待が、一瞬で消えた。
「……どうして?」
「前にも言っただろう。その呼び方は控えてほしいと」
「でも、今は人前じゃないでしょう?」
思わずそう返した。
ここには側近の人がいるだけだ。今までなら、それくらいでレイが気にすることはなかった。
「そういう意味ではない。二人でいるときもだ」
「……え?」
「私が曖昧な態度を取り続けたせいで、君にも周囲にも誤解をさせた。だから、もう同じことは続けない」
「……誤解って何?」
レイは答える前に、一度息を吐いた。
「私と君が、この先結ばれると思わせたことだ」
胸が締め付けられる。
「……私が、みんなに話したことを怒っているの?」
「何?」
「ごめんなさい。レイが私を好きだって言ってくれたこと、嬉しくて……みんなに話しちゃったから。それで困らせたんでしょう?」
レイは首を横に振った。
「そのことについて、君だけを責めるつもりはない。そもそも私が、何の責任も考えずに君へ好意を伝えた。それも原因の一つだ」
「じゃあ、やっぱり……身分が……」
「違う」
レイは、まっすぐ私を見る。
「あのときも言っただろう。私は、ジュリア以上に王太子妃にふさわしい人間を知らない。だが、それだけではない」
一度、言葉を切った。
「私が愛しているのは、ジュリアだからだ」
息が止まった。
「ジュリア様を……?」
「ああ。私が人生を共にしたいのは、彼女だけだ」
「でも……私のことを好きだって……」
「好きだった。それは嘘ではない」
胸の内に、ほんの少しだけ何かが戻る。
けれど、次の言葉で、それも消えた。
「だが、今の気持ちは違う」
「……嘘」
思わず首を振った。
「だって、そんなのおかしいよ。私のこと好きだって言ったじゃない」
「言った。だから――」
「じゃあ、どうして!」
声が大きくなった。
「私、ずっと好きだったのに。レイに会えて嬉しくて、レイも好きだって言ってくれて……なのに、急にジュリア様が好きだなんて、そんなのひどいよ!」
「アイーダ嬢」
「嫌だ……」
それ以上、聞きたくなかった。
「そんな他人行儀で呼ばないで!」
涙が溢れ、慌てて目元を拭う。
「私、まだ好きなのに……」
レイは、しばらく何も言わなかった。
それから、ゆっくりと頭を下げる。
「……すまない。君がそう思ったことまで間違いだったとは言わない。私が期待させた」
「……」
「だが、それでも今の気持ちを偽ることはできない」
頭を上げたレイは、私から目を逸らさなかった。
「本当に、すまなかった」
どうして、そんなふうにはっきり言うの。
嫌だ。
そんなふうに謝られたら、本当に終わってしまうみたいだ。
レイが、後ろに控えていた側近へ目を向ける。側近は小さく頷くと、扉を開け、外にいた人へ何かを告げた。
レイは、もう一度私を見る。
「アイーダ嬢。これから先、君が別の場所で幸せに暮らせることを願っている」
胸がぐしゃりと潰れたようだった。
「嫌だ……」
レイが扉へ向かう。
「待って」
足が勝手に前へ出た。
「行かないで!」
けれど、レイは立ち止まっただけで、振り返らなかった。
「……すまない」
それだけ言って、部屋を出ていった。
「レイ……」
呼んでも、もう返事はなかった。
あれは、私の知っているレイじゃなかった。
いつも私の話を聞いてくれて、笑ってくれて、好きだと言ってくれたレイは、もういない。
そこにいたのは、私とは何の特別な関係もない、王太子レイナルド殿下だった。
「アイーダ」
お母様の声がして振り返る。
いつの間に戻ってきたのか、お母様が扉のそばに立っていた。
「……大丈夫?」
私は唇を噛んで、それから頷いた。
大丈夫なわけがなかった。
涙を拭いながら、閉じた扉を睨む。
……何よ。
自分から好きだって言ったくせに。
その気にさせておいて、自分だけ気持ちを変えて。
「……嫌い」
声に出した途端、また涙が出た。
「レイなんか、大嫌い」
お母様は何も言わず、私のそばへ来た。




