第43話 レイナルド視点
学園祭から数日が経った。
劇に関する調査はまだ完全には終わっておらず、学園側では生徒たちの証言を照らし合わせながら、脚本がどのような経緯で変更されていったのか確認が続いていた。
俺も何度か話を聞かれた。尋ねられたことには、すべて答えた。
婚約者がいながらアイーダを特別扱いし、好意まで伝えておきながら、その先を何も考えていなかったことも話した。
話しているうちに、向かいに座っていた教師たちの表情が変わっていった。最初は事務的に記録を取っていた教師が、途中から何度かペンを止める。
俺がアイーダの誕生日に二人で出かけ、髪飾りまで贈ったと話したところで、別の教師が露骨に眉間を押さえた。
「……殿下。それでも、アルバイン侯爵令嬢との婚約を継続するおつもりだったのですか?」
「はい……」
「……そうですか」
それ以上は何も言われなかった。
言われなかったことが、余計につらかった。
よくジュリアは、あれだけで済ませてくれたものだ。
そこまで考えたところで、ふと先日のことを思い出し、口元が緩みかける。
「……殿下?」
教師の声に、はっとして表情を戻した。
今は反省している最中だった。
アイーダは調査が終わるまで登校を控えるよう言い渡されていたため、顔を合わせることはなかった。それについては、正直助かった。今会ったところで、何を話せばいいのか分からない。
会わずにいるうちに、自分の気持ちについて考える時間が増えた。
俺は確かに、アイーダが好きだった。
再会できたときは嬉しかったし、一緒にいる時間も楽しかった。それまで自分が知らなかった感情を、何度も彼女から教えられた。
アイーダは飾らなかった。俺の身分を知ったあとも「レイ」と呼び、思ったことをそのまま口にし、楽しければ素直に笑った。
王太子として何をすべきかを先に考える俺とは、まるで違った。
だから、眩しく見えたのだろう。
だからといって、あのときの気持ちが偽物だったとは思わない。ただ、その気持ちだけで一生を共にしたいと思っていたわけではなかった。
そこを自分自身が分けて考えていたくせに、アイーダにも同じように分かるはずだと思っていた。
それが間違いだった。
だからこそ、今回のことをアイーダたちだけの責任にして終わらせるわけにはいかなかった。
ベクター子爵夫妻が王都へ到着したと聞き、俺は二人が滞在している宿を訪ねた。宿には来客用の応接室があり、そこへ通される。
俺が入った途端、ベクター子爵夫妻は揃って深く頭を下げた。
「このたびは、娘が大変なご迷惑を――」
「頭を上げてください」
二人が顔を上げる。
「今日は、そのことで私からお話があります」
向かいへ腰を下ろしたものの、二人とも身体を強張らせたままだった。
俺は、これまで自分がアイーダへどのように接してきたのか、その結果として彼女に期待を持たせてしまったことを説明した。
途中、ベクター子爵が一度だけ眉をひそめた。それでも何も言わず、最後まで聞いていた。
「私自身が、彼女にその先を期待させるような距離を作りました。申し訳ありませんでした」
頭を下げる。
しばらく、誰も何も言わなかった。
やがてベクター子爵が口を開いた。
「……殿下。どうか、お顔を上げてください」
言われるまま顔を上げる。
子爵は随分と疲れた顔をしていた。
「殿下のおっしゃることも分かります。ですが、あの子が自分に都合のよいように物事を受け取ったことまで、殿下の責任にしていただくつもりはございません」
「子爵……」
「私どもにも、至らないところがあったのでしょう」
隣に座っていた子爵夫人が、困ったように笑った。
「それに、まあ……年頃の娘ですから。まさか王太子殿下から好意を寄せていただけるなどとは思ってもいなかったでしょうし、一度そう思ってしまえば、なかなか諦めきれなかったのかもしれませんね」
その言葉が、ずしりと胸に沈んだ。
俺が軽い気持ちで伝えたつもりはない。
だが、あの言葉がアイーダにどれほど期待を抱かせたのか、今まで考えたことがなかった。
「アイーダは、学園を辞めさせようと思っています」
「今回のことは私にも責任があります。アイーダが私と顔を合わせづらいのであれば、こちらが学園での行動を控えることもできます」
けれど、子爵は首を横に振った。
「そう言っていただけるのはありがたいのですが、一度、家へ連れ帰ります。まずは貴族としてどう生きるのか、もう一度最初から教えようと思っています」
「ですが、彼女には魔法の才能も……」
「ええ。魔法の勉強を諦めさせるつもりはありません。ただ、その才能を活かすためにも、その前に学ばなければならないことがあるのでしょう」
それ以上、俺から口を挟むことではなかった。
話が終わり、子爵が立ち上がる。俺も席を立つと、彼は自ら応接室の扉の前まで見送りに来た。
「殿下」
扉へ手をかける前に呼び止められる。
「アイーダを好きになってくださったこと自体は、父親として光栄に思います」
意外なことを言われ、思わず子爵を見る。
「ただ……殿下のお言葉は、殿下ご自身がお考えになるより、ずっと重いものなのだと思います」
「……はい」
今なら、その意味が分かる。
私的なつもりで口にした言葉でも、俺が言えば王太子の言葉になる。
「肝に銘じます」
そう答え、もう一度深く頭を下げた。




