第42話 アイーダ視点
「当面の間、あなたの登校を認めることはできません」
そう言われたとき、最初は何のことか分からなかった。
先生に提出した脚本からずいぶん内容が変わっていたし、そのことを注意されるのも分かる。でも、登校まで認められなくなるとは思っていなかった。
「……私だけですか?」
尋ねると、先生は困ったような顔をした。
「処分については、それぞれの関わり方を確認した上で判断します。あなた一人だけについて話しているわけではありません」
「劇はみんなで作ったんです。私が脚本を書いたわけでもないし、変更するときだって、みんなで話して……」
「それは分かっています。だからこそ、今は誰が何を言い、どのように内容が変わっていったのかを確認しています」
それから私は、何度も同じようなことを聞かれた。
レイとどんな話をしたのか。それを誰に話したのか。どうしてレイが私に好意を持っていることを周囲へ話したのか。いつ頃から、私とレイのことを『身分の違いで結ばれない二人』のように話す人が増えたのか。
聞かれるたびに、私は知っていることを答えた。もちろん、嘘はつかなかった。
レイが私に好意があると言ったのは本当だ。王太子だから好きな人と自由に結婚できるわけではないと思ったことも、身分だけで人の価値が決まるのはおかしいと思ったことも、隠さず話した。
なのに先生たちは、私が答えるたびに難しい顔をした。
「アイーダさん……殿下との私的な会話を、周囲へ話すべきではありませんでした」
「あ……」
そこで、ようやく少し分かった。
たしかに私は、嬉しくて話していた。王太子であるレイから好意を持たれていることを、どこか自慢するような気持ちもあったと思う。
「殿下があなたに好意があるとおっしゃった、その一部分だけを聞いた人は、どう受け取るでしょう。考えてみてください」
先生はそれ以上説明せず、長く息を吐いた。
寮へ戻ると、リシェルが荷物をまとめていた。机の上に置かれていた本も、棚に並んでいた小物も、ほとんど箱の中へ収められている。
「……どこか行くの?」
声をかけると、彼女の手が止まった。
「部屋を替えてもらうことにしたの」
「どうして?」
返事はすぐにはなかった。
彼女は迷ってから、私を見ないまま言った。
「ごめんなさい……」
それだけだった。
次の日には、部屋の半分がきれいに空いていた。
寮の廊下でシルビアやコレットを見かけても、以前のように向こうから寄ってくることはなくなった。私から声をかければ返事はしてくれる。でも、二言、三言話すと、何か用事を思い出したように離れていく。
先生たちは、それからも何度か私の話を聞きに来た。
クラスの子たちがどんなことを話していたのかも、少しずつ聞かされた。
――レイナルド殿下は、本当はアイーダ様がお好きなんでしょう?
――身分のせいで諦めなければならないなんて可哀想。
――侯爵令嬢だから選ばれただけなんじゃない?
そういう話が、思っていたよりずっと広がっていたらしい。
そして、その始まりを辿っていくと、なぜか私が以前話したことへ戻ってくるのだという。
「……どうして?」
一人になった部屋で呟く。
私は、そんなことを言った覚えはない。
ジュリア様が家柄だけで選ばれたなんて、一度も言っていない。レイが身分のせいで私を諦めたと、はっきりそう言われたわけでもない。
――あれ?
そこまで考えて、胸のあたりが妙にざわついた。
私は、何を言ったんだろう。
レイが私に好意を持っていること。でも、私を王太子妃にするつもりはないと言ったこと。私は元々パン屋の娘だったこと。レイは王太子だから、国のために我慢しなければならないのだと思ったこと。
それを、私は何度も話した。
みんなは、それを聞いて――。
しばらく考えてみたけれど、頭の中がうまくまとまらなかった。
私は嘘なんて言っていない。
でも……みんなは、私が思っていたのとは違う意味に受け取っていたの?
そして私は、その人たちが話す『私とレイの物語』を聞いても、違うとは言わなかった。
むしろ、そうなのかもしれないと思った。
「レイ……会いたい……」
あの劇の日から、レイとは一度も顔を合わせていない。ちゃんと話がしたかった。
もしかして、レイが私を好きだということを周りに話したせいで、困らせてしまったのだろうか。そう考えると、少しだけ胸が痛んだ。
でも――。
レイは、私が愛称で呼ぶことだってずっと許してくれていた。
『今さらだろう』
そう言って笑ってくれた。
それなのに、今になって急に怒るなんて、やっぱり考えにくい。
きっと、何か事情があるんだ。
王太子なのだから、劇のことで先生たちと話さなければならなかったり、ほかにも私の知らないことがたくさんあるのかもしれない。
待っていれば、きっと会いに来てくれる。
そう思っていた。
けれど、レイが寮を訪ねてくることはなかった。
代わりにやってきたのは、ベクター子爵夫妻だった。二人とも、今まで見たことがないくらい疲れた顔をしていた。
学園側からは、当面の登校停止と、今後の処分について引き続き検討すると伝えられたらしい。
その日の夕方、お父様から告げられた。
「アイーダ。学園は辞めよう」
「……え?」
お父様とお母様が相談した末に、退学届を出すことを決めたのだという。
「……辞めなければいけないんですか?」
思わずそう聞くと、お母様が悲しそうな顔をした。
「あなたを罰したいわけではないのよ」
二人はそれ以上、すぐには何も言わなかった。
その沈黙が、今までよりずっと怖くて、私は俯いた。
――本当に、それだけだったのかな。
「ごめんなさい……」
声が震えた。
「レイとのことをみんなに話したのがよくなかったのは、分かったの。でも……どうして、それでこんなことになったのかが、まだ分からないの……」
お母様が隣へ来て、そっと背中に手を添えた。
「家に帰って、ゆっくり考えましょう」
その声を聞いた途端、涙がこぼれた。
私は、お母様の服をぎゅっと掴む。
私は、レイが好きだっただけなのに。
好きな人が自分にも好意を持ってくれていると知って、嬉しかっただけなのに。
「ごめんなさい……」
もう一度そう言うと、お母様の手がゆっくりと背中を撫でた。




