第28話 アイーダ視点
午後の授業を終えたあと、学園祭の出し物を決めるための話し合いが始まった。
「ねえ、今度の学園祭、うちのクラスは演劇にしない?」
誰かがそう言うと、あちこちから賛成の声が上がった。
今年の学園祭まで、あとひと月ほど。各クラスで出し物を決める時期になっていて、私たちのクラスでもここ数日、何をするか話し合っていた。
レイは王太子としての公務があるため、学園祭の準備にはほとんど参加しない。今日も朝から王宮へ出ていて、教室にはいなかった。
喫茶店や展示という案も出ていたけれど、結局、一番票を集めたのは演劇だった。
「じゃあ、何をやる?」
「せっかくだし、恋愛ものがいいな」
「去年も喜劇だったでしょう? 今年はもっと華やかなのがいいわ」
口々に意見が飛ぶ。私はその様子を聞きながら笑っていた。
演劇なんて、今までやったことがない。裏方なら手伝えるかな、と思っていると、マリアベルがぱっと顔を上げた。
「身分違いの恋なんてどう?」
「いいんじゃない?」
「公爵家の令息と、男爵令嬢とかは?」
「ああ、そういうのね。『花盛りの令嬢』みたいなのでしょう?」
何人かが頷く。
すると、別の男子生徒が考えるように顎へ手をやった。
「せっかく俺たちでやるなら、もう少し変えてみないか」
「どう変えるの?」
「身分差を大きくするとか……そうだ、主人公を平民にするのはどうだ?」
一瞬だけ教室が静まり、それから何人かが声を上げた。
「あ、それ面白そう!」
「平民の女の子が貴族と恋に落ちるの?」
「いいじゃない。学園祭なんだから、それくらい思い切った方が盛り上がりそう」
「でも、私たちがそれをやるのって……大衆向けの芝居じゃあるまいし」
「普通の身分違いの恋より、その方が分かりやすくない?」
わあ、と教室の一角が盛り上がる。
離れたところにいた侯爵家や伯爵家の子たちは、互いにちらりと顔を見合わせていた。
「……ずいぶん思い切った設定ね」
一人がそう言うと、別の子が困ったように笑った。
「まあ、演劇としてならいいんじゃない?」
何人かは曖昧に頷き、何人かは何も言わなかった。結局、強く反対する人はいなかった。
最近は、家柄よりも本人の能力を見るべきだという話が、学園のあちこちで出ている。きっと、みんなも少しずつ同じことを考えるようになってきたのだろう。
よかった。みんなも同じように思っているみたいだ。
「じゃあ、主人公はアイーダがいいんじゃない?」
突然名前を呼ばれて、私は目を瞬いた。
「えっ、私?」
「絶対似合う!」
「そうよ。声もはっきりしてるし、その髪色も舞台映えするわよ」
「それに……ねえ?」
女の子たちが顔を見合わせて笑う。
何となく意味が分かって、頬が熱くなった。
「もう、やめてよ」
「だってぴったりじゃない」
「平民の女の子が貴族と恋に落ちる話なんでしょう?」
「私、演技なんてしたことないよ」
「練習すれば大丈夫だって!」
次々に言われて困ってしまう。でも、嫌ではなかった。むしろ少しだけ胸が弾んだ。
「じゃあ……みんなが手伝ってくれるなら」
そう答えると、何人かが歓声を上げた。
「決まり! アイーダが主人公!」
「相手役はどうする?」
「それはあとで決めればいいんじゃない?」
「まず大筋から考えようよ。手持ちの小説も参考にしてさ」
そこからは、やりたい者を中心に脚本を考えることになった。
黒板の前には何人かが集まり、次々と案が書き込まれていく。私も呼ばれて、その輪の中に入った。
「見せ場も欲しいよね。舞踏会とか?」
「シャンデリアはどうする? 幻影魔法で作ればいいかな」
「主人公は、見た人が応援したくなるような性格がいいよね」
みんなが楽しそうに意見を出していく。私も何度か聞かれ、そのたびに思いついたことを答えた。
どんな話になるのかは、まだ分からない。それでも、黒板の上に少しずつ形になっていく物語を見ているうちに、胸がくすぐったくなった。
私が主役だからだろうか。まるで、自分のために作られていく物語みたいに思えた。
◆
教室を出たあとも、浮足立っていた。
学園祭の舞台。しかも、私が主役。
どんな衣装になるのだろう。ちゃんと台詞を覚えられるだろうか。
そんなことを考えながら廊下を歩いていると、向こうから数人の女子生徒がやってきた。見覚えがある。伯爵家や侯爵家の令嬢たちだ。
すれ違おうとしたところで、そのうちの一人が私を見て眉を寄せた。
「……少しは周りをご覧になったら?」
「え?」
思わず足を止める。
「最近、ずいぶん堂々となさっているから」
隣にいた令嬢が小さく笑った。
「殿下に目をかけていただいているからといって、どこでも同じように振る舞っていいわけではなくてよ」
「そんなつもりじゃ……」
「ベクター子爵家に迎えられて、もう何年になるのかしら」
その言葉に、胸がちくりとした。
「ベクター子爵家の名を名乗らせていただいている立場だということを、もう少し自覚なさった方がよろしいのではなくて?」
そう言い残して、彼女たちは私の横を通り過ぎていった。
しばらく、その場から動けなかった。
何だったんだろう。私はただ、廊下を歩いていただけなのに。
――ベクター子爵家の名を名乗らせていただいている立場。
その言葉が、いつまでも耳に残った。
やっぱり、こういうのっておかしいよね。
どこの家に生まれたかなんて、自分では選べないのに。それだけで、いつまで経ってもこうして見られるのだろうか。
さっき教室でみんなが話していたことを思い出す。
身分の違う二人が恋をする物語。
胸の奥に、さっきとは違う熱が灯った。
そうだ。劇を成功させよう。
ただ楽しいだけじゃなくて、見た人に何かを感じてもらえるような劇にしたい。身分が違っても、その人自身を見てほしい。
そんな当たり前のことを、みんなに分かってもらえるような。
私はぎゅっと手を握った。
絶対、成功させよう。
きっとこの劇には、意味がある。




