第27話 ジュリア視点
昼休み、私はリズベットと学園内のカフェテリアで昼食を取っていた。
一般の食堂よりも落ち着いた造りで、利用者には高位貴族の子女が多い。昼時でも騒がしすぎず、ゆっくり話をするにはちょうどいい場所だった。
「それで? 殿下とはどうなったの?」
向かいに座ったリズベットが、興味津々といった顔で聞いてくる。
「別に。特に変わりはないわ」
「ええ? まだぐずぐずしてるの?」
「王太子妃として隣にいてほしいのは私だ、というようなことは言われたけれど」
「ああ……」
リズベットは何とも言えない顔をした。
「そこじゃないのよねえ」
「そうなのよ」
「まあ、ジュリアと殿下って、最初から王太子とその婚約者としての関係だったものね。あの堅物が、急にそこから切り替えられないのも分からなくはないけど」
「だから聞いたのよ。わたくしと殿下は、国王陛下と王妃陛下のような間柄になれるでしょうか、って」
リズベットが身を乗り出す。
「それで?」
「黙っていたわ」
「ぶっ……!」
リズベットが慌てて口元を押さえた。
「ちょっと、やめてよ。食べているときに笑わせないで」
「私のせいなの?」
「だって……あまりにも殿下らしくて」
肩を震わせているリズベットを見ながら、私は小さくため息をついた。
「……リズベットは、お相手とはどうやってそんなに仲良くなったの?」
「私? そうね……夜会で話したのがきっかけだったかしら。それから何度か会って、二人で出かけるようになって……まあ、彼は最初からそういうことを考える人だったから」
「ああ……殿下とは、ずいぶん違う方だものね」
「そうね。殿下、王太子としてはほとんど完璧なのに、恋愛になると五歳児くらいじゃない?」
「そこまで? ……否定できないけれど」
リズベットがくすくす笑う。
私はフォークを置いて、息を吐いた。
「私、どうすればいいのかしらね……」
リズベットの表情から笑いが消えた。
「まだ、好きなの?」
その問いには、すぐに答えられなかった。
けれど、答えられないこと自体が答えなのだろう。
「……そう簡単には、切り替えられないわ」
「まあ、そうよね。ずっと好きだったんだもの」
「しかも、婚約解消をお願いした途端に、今までしなかったようなことをなさるのよ」
「本当……遅いわよね」
二人で顔を見合わせたところで、離れた席から明るい笑い声が聞こえてきた。
何気なく視線を向けると、五、六人ほどの生徒が、二つのテーブルを囲むように座っている。制服につけられた家紋を見る限り、子爵家や男爵家の者が多いようだった。
楽しそうに盛り上がっているせいか、周囲より声が大きい。
「そういえば昨日、ダンスの授業でエヴァンス伯爵令嬢だけ先生に褒められていたでしょう?」
「ああ。『さすがです』ってわざわざ名前まで呼んでいたわね」
「でも、足運びならクラリッサの方が上手だったと思わない?」
「私も思った。ターンだって綺麗だったもの」
「やめてよ。私は別に……」
そう言いながらも、クラリッサと呼ばれた令嬢はまんざらでもなさそうに笑っている。
「でも、本当でしょう? どうしてエヴァンス様だけ、あんなに褒められるの?」
「伯爵家だからじゃない?」
「やっぱりそう思う?」
「だって、わざわざ名指しで褒めるほど差があったとは思えないもの」
「やっぱり、家柄なのかしらね」
リズベットがちらりとそちらを見た。
「ずいぶん堂々と話すのね」
言い方はともかく、彼らが抱く不満そのものが分からないわけではない。
実際、教師たちの中にも、相手の家格をまったく意識せずに接する者ばかりではないだろう。
そもそもこの学園には、家柄だけでは埋もれてしまう才能を見出すという役割もある。
実際、成績や能力をもっと登用に反映できないかという話は、以前から殿下ともしていた。王宮の役職についても、家格に左右されすぎず、優秀な者が上を目指せる道を今より広げるべきではないか、と。
殿下も、その考えには賛成していた。
もちろん、長く続いてきた身分の差が、制度を変えただけで消えるわけではない。だからこそ、自分たちの代で少しずつ変えていこうと、何度も話し合ってきた。
そう思いながら食事に戻ろうとしたときだった。
「――アイーダ様が王太子妃になれば、そういうのも変わるかもしれないのにね」
リズベットの手が止まった。
私も思わず手を止める。
「分かる。アイーダ様って、身分で人を分けたりしないもの」
「アイーダ様が王太子妃になったら、家柄だけで人を見るような人も減るんじゃない?」
「……」
リズベットがゆっくりとフォークを置いた。
先ほどまでの笑みは、もうどこにもなかった。
「……いくらなんでも、話が飛びすぎじゃない」
以前から似たような不満を耳にすることはあったが、少なくとも高位貴族の子女が多く利用するこの場所で、これほど堂々と口にするような話ではなかった。
「でも結局、侯爵令嬢だから選ばれたんでしょう?」
「身分が低いってだけで、最初から機会すらもらえないのはおかしくない?」
その言葉のあと、ちらりとこちらへ視線が向けられた。
明らかに、私を意識している。
リズベットは何事もなかったように紅茶を一口飲むと、私を見た。
「ところで、この間、婚約者とオイラー座へ観劇に行ったのだけれど」
「あら、どうだったの? たしか今の演目、ヴィクトル・レーンが手掛けているのよね」
「ええ。思っていたよりずっと良かったわ。舞台装置も凝っていて、この演目のために新しい魔道具まで作らせたそうよ。ジュリアも好きそう」
「まあ、それは気になるわね。私も母と行こうかしら」
「行くなら早い方がいいわよ。しばらく満席が続いているみたいだから」
「帰ったら聞いてみるわ」
そのまま、何事もなかったように話を続ける。
離れた席から、一瞬だけ会話が途切れた気配がした。
わざわざ振り返ることはしなかった。




