第26話 レイナルド視点
レイナルドへのヘイトが予想以上で、思わず連投してしまいました(笑)
よろしければ、続けて読んでいただけると嬉しいです!
「では、正式に婚約が解消されたら、気にならなくなるのですか?」
そう聞かれて、答えに詰まった。
そんなことは、考えたこともなかった。
「……俺は、君との婚約を解消するつもりはない」
そう言うと、ジュリアは小さく息を吐いた。
その様子が、落胆したように見えた。
……何だ?
今の答えは、何か違ったのか。
ジュリアは少し黙ってから、俺を見た。
「では殿下。もし、わたくしと同等の能力を持つ令嬢が現れたら、婚約を解消なさいますか?」
「……君と同等?」
思わず首を傾げる。
王太子妃として必要な教育を受け、社交にも長け、公務でも俺を補佐できる令嬢。
そういう意味なのだろう。
だが――。
「いや」
考えるまでもなかった。
「解消しない」
今度はジュリアが僅かに目を瞬かせた。
「そのような方なら、王太子妃として問題はないのでしょう?」
「そうかもしれない。だが、俺が隣にいてほしいと思うのは君だ」
それだけは、はっきりしていた。
国のことを話せば、ジュリアは俺の考えを理解したうえで、自分の意見を返してくる。いつも意見が一致するわけではない。俺とは違うものの見方をすることもあれば、俺が考えもしなかったことを指摘されることもある。
話しているうちに互いの考えが深まり、最後には同じ方向を見ることができる。
「君と同じ能力があることと、君であることは別だろう」
ジュリアが黙った。
しばらくして、
「……殿下に、そう評価いただけて光栄です」
そう言って、そのまま歩き出す。
俺も後を追った。
ジュリアは一歩先を歩いていた。
何度も見てきた横顔だった。ずっと隣にあったはずの横顔なのに、今は遠く感じる。
まただ。
嘘を言ったつもりはない。自分なりに、思っていることをそのまま伝えたつもりだった。
それなのに。
「……俺は、また間違えたのか?」
ジュリアが足を止めた。
エメラルドグリーンの瞳が、こちらを向く。
「さっきの答えが違うなら直す。だから……何が違うのか、正直に教えてくれないか」
ジュリアはしばらく俺を見つめていた。
やがて、俺が持っていた籠へ手を伸ばす。
「では、一つだけ」
籠を受け取ると、ジュリアはまっすぐ俺を見た。
「わたくしと殿下は、国王陛下と王妃陛下のような間柄になれるでしょうか?」
「……え?」
「籠、ありがとうございました」
軽く頭を下げる。
「失礼いたします」
「……ああ」
そのまま歩いていくジュリアを、俺はその場に立ったまま見送った。
国王陛下と、王妃陛下のような間柄。
……どういう意味だ?
◆
夕食の席で、俺は向かいに座る父上と母上を何となく眺めていた。
父上が口を開くより先に、母上が口元に手を当てて笑う。
「それ、今日も宰相に言われたのでしょう?」
「……なぜ分かった」
「あなた、そういう日は眉間に皺が寄るもの」
父上が嫌そうな顔をする。
母上はそれを見て、楽しそうに笑った。
……どういう意味だ。
今日、ジュリアに言われた言葉が頭から離れない。
ジュリアは、何を聞きたかったのだろう。
「ところでレイナルド」
父上の声で、考えを中断する。
「ジュリア嬢とは話がついたのか?」
「……まだです」
「まだなのか。何をもたついている」
露骨に呆れられた。
すると母上までこちらを見る。
「それよりあなた、まさかまだベクター嬢の後を追いかけてはいないでしょうね?」
「追いかけていません。先日、話をしました」
「なら、その点だけは前進ね……」
母上はそう言って、スープに口をつける。
「本当に、何がそんなに不満だったのかしらねえ」
「……何の話ですか」
「あなたが、ジュリアに対してよ」
母上はスプーンを置いた。
「国のことも真剣に考えているし、あなたとも話が合う。王太子妃としても申し分ない。それに、あの子がずっとあなたを慕っていたでしょう。王太子妃教育だって――」
「……え?」
母上を見るが、母上は気にせず続けた。
「今から別の婚約者を探すことになったら大変なのよ? ジュリア嬢ほど教育の進んだ令嬢なんて、そう簡単には――」
「ちょっと待ってください。今、何と?」
母上が口を止める。
「……ジュリアが、俺を?」
父上と母上は顔を見合わせると、揃って深いため息をついた。
「……あなた、本当に気づいていなかったの?」
「……」
「いや、待て」
父上が額に手を当てた。
「ではお前、ジュリア嬢がなぜあれだけお前のために努力していたと思っていたんだ」
「王太子妃になるために必要だからだと……」
「もちろん、それもあるでしょうね」
母上が疲れたように言う。
「だが、それだけであそこまではやらんだろう」
「……そうなのですか?」
「お前、自分のせいで王太子妃に求められるものがどれだけ増えたか忘れたのか」
「俺のせい?」
「お前とまともに国政の話ができて、外国使節の前でも困らず、社交ではお前の足りないところまで補える娘だぞ。そんな条件を全部満たすために、何年も勉強と訓練を続けなければならん」
父上はため息をついた。
「いくら王家に入れるとはいえ、そこまでしてお前の隣に立ちたい娘が、そこら中にいると思うな」
「……」
何となく居心地が悪くなって、皿の上の料理をフォークでつつく。
そんな俺を見て、母上が眉を寄せた。
「何なの、その顔」
「……今日、ジュリアに聞かれたんです。俺とジュリアは、父上と母上のような間柄になれるのか、と」
「まあ……」
母上が、なぜか嬉しそうな声を上げた。
「それで、お前は何と答えた」
「……答えていません。意味が分からなかったので」
「それは、お前次第だろう」
「俺次第?」
「そうよ」
母上も頷いた。
「王太子と王太子妃としてうまくやれるか、なんて話ではないでしょう。ジュリアは、あなたと夫婦になれるのかと聞いたのよ」
父上と母上を見る。
先ほども母上は、父上が何も言う前から何を考えているのか気づいていた。父上も、それを当然のように受け入れている。
長い間、互いを見て、知ってきたのだろう。
俺とジュリアは――。
そこまで考えて、手が止まった。
ジュリアは、俺を好きだった。
王太子妃になるためだけではなく、俺の隣に立つために、あれだけ努力していた。
なら――。
今日のあの質問は。
「……あ」
父上と母上が同時にこちらを見る。
父上が、呆れたように息を吐いた。
「やっと気づいたか」
俺は何も答えられなかった。




