第24話 アイーダ視点
「レイ……」
レイと別れたあと、私は廊下をのろのろと歩いた。
お互いに好きなのに、どうして結婚できないのだろう。私はベクター子爵家の養女だから。もともとは、パン屋の娘だから。
それだけで駄目なのだろうか。レイは私を好きなのに、それでも私を諦めようとしている。
そう考えたら、急に涙が出てきた。
そのまま寮へ戻る気にはなれなくて、私はいつもの乗馬部へ向かった。厩舎の近くまで来たところで、ベントン男爵令息が私に気づいた。
「アイーダ? ……って、どうした!?」
慌てたように駆け寄ってくる。
「何でもない……」
そう答えたつもりだったけれど、声が震えてしまった。
「何でもない顔じゃないだろ」
その声を聞きつけたのか、近くにいた何人かも集まってきた。
「ど、どうしたの? アイーダ」
「誰かに何か言われた?」
心配そうな顔を向けられると、余計に涙が止まらなくなる。
「実は……」
少し迷ってから、私はさっきレイと話したことを話した。レイが、私に好意はあると言ってくれたこと。それでも、私を王太子妃にするつもりはないと言われたこと。
「たぶん……私が、もともと平民だからなのかな……」
話し終える頃には、みんな黙っていた。最初に口を開いたのは、マリアベルだった。
「……殿下はアイーダのことが好きなのに、諦めるってことよね……」
「そんな……可哀想に。っていうか、なんだか物語みたいね」
「ちょっと、笑うところじゃないでしょ」
「笑ってないって。でも、本当にあるんだなって。身分違いの恋とか」
ベントンが眉をひそめた。
「でもアイーダ、成績いいだろ。自分で試験を受けて王立学園に入ったくらいだし。ここを卒業すれば、平民出身でも試験を受けて王宮の文官になったり、魔術院に入ったりできるんだぞ」
「そうだけど……」
「それでも駄目なの?」
「分からないけど……レイは王太子だもん。国のためなら、我慢しなきゃいけないんだと思う」
そう言うと、なぜかみんなの方が納得できないという顔をした。
「仕方ないで済ませていいの?」
「え?」
「だって、生まれた家で全部決まるなんて変じゃない?」
ベントンも頷いた。
「そうだよ。アイーダは実力でここに入ったんだろ? 試験に受かったんだから、それだけの力があるってことじゃないか。それでも、もとは平民だから駄目ってこと?」
「でも、王太子妃は普通の役職とは違うだろ。家同士の関係とか、外交とかもあるんじゃ……」
「だからって、最初から身分だけで決めるのも変だろ。王宮に入ったって、後ろ盾のない奴は下の役職から始めるのに、高位貴族の子なら最初からそれなりの役目をもらえることだってあるじゃないか」
「そうそう。能力だってちゃんと見るべきじゃない?」
「西の国なんか、うちほど身分にこだわらないって聞いたことあるぞ」
「平民出身でも、実力次第で高い役職につける国があるんだろ?」
次々と言われて、私は少し驚いた。みんな、こんなに私のことで怒ってくれている。
さっきまで悲しくて仕方がなかったのに、胸の奥が温かくなった。
「ありがとう……」
また涙がこぼれそうになって、慌てて拭った。
「でも、本当に私は大丈夫だから。レイにも立場があるし」
「アイーダはそう言うけどさ。そもそも、高位貴族だからって偉そうにしてる奴、多くない?」
「分かる。結局、生まれただけじゃんって思うことあるよな」
「おい、それ言っちゃう?」
「だって本当だろ。ダルカス伯爵家のあいつとか、前の試験、俺より点数低かったぞ」
「ああ、あいつか。でも卒業したら、どうせいい役職につくんだろ?」
「ええ。ダルカス伯爵は財務局の次官でしょう? 息子も卒業したら財務局に入るって、この前自慢してたわよ」
「ほら、結局そういうことじゃないか」
いつの間にか、話は私とレイのことだけではなくなっていた。
「あそこの伯爵令嬢だって、平民上がりの生徒にはすごく態度が違うし」
「俺もある。家名を聞かれたから答えたら、男爵家だって分かった途端に態度を変えられた」
「去年の奉仕活動だってそうだろ。ずっと働いてた平民出身の奴より、最後に挨拶した伯爵家の連中の方が目立ってたじゃないか」
「ああ。結局、名前を覚えられるのはああいう奴らなんだよな」
「結局、家柄なんだよな」
みんな、次々に日頃の不満を口にし始めた。私は、そのやり取りを驚きながら聞いていた。
そんなこと、今まであまり気にしたことがなかった。ベクター家ではみんな優しかったし、王立学園に入ってからも、身分が低いからと露骨に嫌なことをされた覚えはあまりない。でも、みんなにはみんなで、いろいろあるらしい。
「能力がある人が上に行けばいいのにね」
私が何気なくそう言うと、
「それだよ!」
すぐに誰かが声を上げた。
「生まれじゃなくて、できるかどうかもちゃんと見ればいいんだよ」
「そうしたら、アイーダにだって可能性あるだろ」
「そうかな……」
聞き返すと、ベントンが力強く頷いた。
「あるだろ。魔法学科でも上位だし、この前の中間試験だってかなり上だったじゃないか」
「殿下とも昔から知り合いなんだろ?」
「しかも両想いなんだから、一番いいじゃん」
「いや、でもそんな簡単には――」
「何でだよ。殿下だって好きな相手と結婚したいだろ」
そんなふうに言われて、胸がまた熱くなった。そのあとは、みんな自分たちの話に夢中になっていった。
私はその声を聞きながら、さっき言われた言葉を何度も思い返していた。
――アイーダにだって可能性はある。
――両想いなんだから、一番いい。
そうだよね。身分だけで結婚する相手まで決まってしまうなんて、やっぱりおかしい。みんなも、私にだって可能性はあると言ってくれている。
そこで、ふと気づいた。
そういえば私は、ジュリア様のことを「王太子妃に相応しい」と誰かが話しているのを聞いたことがなかった。
ジュリア様だから選ばれたのか。
侯爵令嬢だから選ばれたのか。
私は知らない。
だったら――。
身分さえどうにかなれば、私にだって可能性はあるんじゃないだろうか。
そう思った瞬間、沈んでいた心に、小さな希望が灯った。
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