第21話 アイーダ視点
ジュリア様と別れたあとも、胸の奥にはもやもやしたものが残っていた。
どうして、あんな言い方をするのだろう。まるで、私には無理だと言われたようだった。
授業を終えて寮へ戻ると、いつもの三人はすでに談話室に集まっていた。私の姿を見つけるなり、リシェルが手を振る。
「アイーダ。ジュリア様と何を話してたの?」
「それが……」
私は先ほどのことを、最初から全部話した。
話し終えると、同じく養女として子爵家に迎えられたシルビアが眉をひそめた。私よりずっと前から貴族として暮らしていて、礼儀作法の授業でも分からないことがあると、よく助言をもらっている。
「ジュリア様……それ、ちょっと意地悪じゃない?」
「……やっぱり、そう思う?」
「だって、アイーダが王太子妃になれないなんて、わざわざ今言う必要ある?」
「そうよね。婚約を解消したいのはジュリア様なんでしょう?」
「うん……」
「だったら、そのあとのことは殿下が決めることでしょう? 次に誰と婚約するかまで、ジュリア様が決めることじゃないわ」
言われてみれば、そうだ。少しだけ胸が軽くなった。
すると、それまで黙って話を聞いていたコレットが、ふと首を傾げた。
「それって、嫉妬じゃない?」
「嫉妬?」
「ジュリア様、レイナルド殿下のことが好きだったんじゃないの?」
思いもしなかった言葉に、私は目を瞬いた。
「……そうなの?」
三人が一斉にこちらを見る。
「いや、私に聞かれても」
「好きだったんじゃない? あれだけ長い間、婚約者だったんだし」
リシェルも考えるように口を開く。
「ジュリア様って、王太子妃になるための勉強もずっと続けていたはずよ」
「それは……婚約してたからじゃないの?」
私がそう言うと、コレットが腕を組んだ。
「レイナルド殿下よ? 顔よし、頭よし、剣も強い。しかも王太子で、次の国王。好きにならない方が難しいわよ」
「言われてみれば、確かにね」
リシェルまで頷く。
「それにジュリア様、ずっと殿下の隣にいたのよね。だったら、普通に好きだったんじゃないかな」
「じゃあ……私とレイのことで、傷ついてたってこと?」
「多少はあるんじゃないかしら?」
「しかも、その相手と毎日学園で顔を合わせるんでしょう? 結構つらそう」
「でも……」
今日のジュリア様を思い出す。
私と話している間も、取り乱したり、怒ったりはしなかった。悲しそうにも見えなかった。
「そんなふうには見えなかったよ?」
「ジュリア様だもの。人前でそんな顔する?」
「ずっと王太子妃になるための教育を受けてきたから、嫌なことがあったからって、すぐ顔に出したりはしないんじゃない?」
「……そうなのかな」
それなら、平気そうに見えたからといって、本当に何とも思っていなかったとは限らないのかもしれない。
とはいえ、本当にそこまでつらかったのだろうか。もしそんなに傷ついていたのなら、少しくらい顔に出てもよさそうな気もする。
「でもさ……」
コレットが、ふと思いついたように身を乗り出した。
「ということは、あのジュリア様じゃなくて、アイーダをレイナルド殿下が好きになったってことでしょう?」
「うん」
「だったら、やっぱりすごいよね。王太子妃候補って、ものすごい令嬢ばっかりだったのよ」
「私も聞いたことあるわ。公爵令嬢とか侯爵令嬢とか」
「最後まで残ったのがジュリア様だったんだよね?」
「そうみたい」
「なのに、レイナルド殿下が好きになったのはアイーダなんだ」
言われて、頬が熱くなる。
「もう……」
「だって本当でしょう?」
コレットは楽しそうに笑う。
「もしかして、殿下が王太子妃候補の方たちにあまり興味を示さなかったのって、最初からアイーダみたいな子じゃなかったからだったりして」
「ええっ!」
「ありそう!」
三人が楽しそうに笑う。私もつられて笑ってしまった。
そう考えると、さっきまで胸に残っていた重たいものが薄れていく。
レイが私を好きになったのは、家柄でも、王太子妃としての能力でもない。
私だからだ。
そう思うと、やっぱり嬉しかった。
「でも……」
ふいに、シルビアが口を開いた。
「アイーダって、王太子妃になれるの?」
その一言で、誰もすぐには答えなかった。
「……なれるんじゃない?」
コレットが言う。
「レイナルド殿下が選べば」
「でも、さっきジュリア様はそうじゃないって言ったんでしょう?」
「そうだけど……」
改めて言われると、私にもよく分からない。
授業で王族の婚姻について習ったことはある。ただ、自分がそこに入ることになるなんて、今まで考えたこともなかった。
「そういえば、王太子妃候補って名家の人ばっかりだったよね」
「子爵家の令嬢っていた?」
「……どうだったかな」
友人たちのやり取りを聞いているうちに、胸が少しだけざわついた。
すると、リシェルが何かを思い出したように口を開いた。
「でも、平民出身だから無理ってことはないはずよ」
「そうなの?」
「昔、いたでしょう。聖女になった人」
「ああ!」
私以外の二人が声を上げたので、私は首を傾げた。
「誰?」
「確か二百年くらい前だったかな。ものすごく魔力の高い平民の女性がいて、聖女と呼ばれるようになったの。その人、最後は王族と結婚してるよ」
「じゃあ、私だって……」
「そうよ! アイーダだって魔力が高いんだから」
「しかも殿下本人が好きなんでしょう? だったら昔より条件いいんじゃない?」
コレットも勢いよく頷く。
「ほら。やっぱりジュリア様が言ってたほど、無理な話じゃないじゃない」
胸の中に、また希望が戻ってくる。
ただ、リシェルだけは少し困ったような顔をしていた。
「まあ……あの聖女の場合は、そのあと公爵家の養女になってから王族に嫁いだはずだけど」
「でも、元は平民なんでしょう?」
「それはそうだけど……」
「じゃあ同じじゃない!」
「アイーダだって、今は子爵令嬢だもの」
友人たちはまた盛り上がり始める。
私も笑いながら、その話を聞いていた。
平民からでも、王族と結婚した人はいる。だったら、最初から無理だと決まっているわけではない。
何より、レイは私を好きなのだ。
ジュリア様はあんなことを言ったけれど――きっと大丈夫。




