第18話 ジュリア視点
私はてっきり、魔法薬を作るには、作り手にも魔力が必要なのだと思っていた。
けれど、そうとは限らないらしい。魔力を蓄えた薬草や鉱石そのものの性質を利用するだけなら、魔力を持たない人間でも調合できるという。ただし、材料の性質を変化させたり、効果を強く定着させたりする工程では、術者の魔力が必要になる場合もあるらしい。
美容液の試作について話し合ううち、まず問題になったのは、調合に魔力を必要とするものにするかどうかだった。
「できることなら、魔力を使わずに作れるものにしたいですね」
「その方がいいだろうな」
セドリックも頷く。
「仮に開発がうまくいって商品化することになっても、製造するたびに魔力を持つ人間が必要となれば、その分だけ人手も費用もかかる」
「ええ。それに、魔力を持つ方でも、誰もが魔法薬の調合に向いているとは限らないもの」
そこで方針は決まった。魔力を蓄えた薬草そのものの性質を利用し、調合する人間には魔力を必要としないものを目指す。
言うだけなら簡単だった。
「……こんなにあるのね」
机の上に置かれた分厚い本を開くと、ページには薬草の絵と、その効能、採取時期、乾燥方法、組み合わせてはいけない素材まで細かく書かれていた。
「これでも基礎的なものだけですよ」
研究会の部員が苦笑した。
「まずは保湿作用のあるものと、炎症を抑えるものをいくつか選んでみましょうか」
「お願いします。……ああ、採取できる時期も考えなければいけないのですね。時期が限られすぎていたら、継続して作るのが難しくなりますもの」
考えてみれば当然なのだが、魔法薬について私はほとんど知識がなかった。魔法学は、王太子妃になるために必要とされる分野ではない。政治、法律、外交、歴史、経済――優先して学ばなければならないことは、他にいくらでもあった。
セドリックも似たようなものらしく、私たちは揃って研究会の部員から説明を受けることになった。
「この葉は乾燥させると効能が弱くなるので、生のものを使います。それから、こちらは逆に――」
「待ってください。こちらには、乾燥させることで魔力が安定すると書いてありますけれど」
「それは同じ属の別種ですね。葉の縁を見てください」
「……あ、本当だわ」
よく見れば、形がほんの少し違う。
「間違える人が多いので、気をつけてください」
「分かりました」
こんなにも覚えることがあるなんて。王太子妃教育とはまったく違う難しさだったが、嫌ではなかった。
そのとき、横から声がした。
「それなら、こっちは煮出す時間も変わるんじゃないか?」
殿下だった。
研究会の部員が驚いたように顔を上げる。
「はい。よくご存じですね」
「この種類は長く加熱すると成分が分解される。湯に入れてから三分程度で取り出した方がいい」
「そうです。……殿下、魔法薬を学ばれていたのですか?」
「いや」
「では、どうして……」
「覚えた」
私は目を瞬かせ、殿下に視線を向ける。
「覚えたって……いつの間に?」
「昨日」
一瞬、部屋の中が無言になった。セドリックまで、殿下の顔をまじまじと見ている。
研究会の部員が恐る恐る尋ねた。
「もしかして、昨日お渡しした入門書を……?」
「一通り読んだ」
「……あれ、三百ページくらいありますけど」
「そうだったな」
皆が何とも言えない顔で殿下を見つめた。
「殿下……まさか、全部覚えられたのですか?」
「大体は。ただ、実物を見てすぐに薬草を判別できるほどではない」
するとセドリックが、深々とため息をついた。
「嫌な人ですね、本当に」
「なぜだ」
「ここには、その本を何日も何週間もかけて覚えた人間がいるんですよ。それを昨日読んで、大体覚えましたなんて平然と言われたら腹も立つでしょう」
「だから、完璧ではないと言っているだろう」
「そこじゃないんですよ」
二人のやり取りを聞きながら、私は殿下を見つめていた。
殿下は昔から、必要だと思ったことには徹底して取り組む人だ。反対に、自分に必要がないと判断したものには、驚くほど関心を示さない。
そんな殿下が、昨日初めて触れた魔法薬の本を、一晩でここまで覚えてきた。それはつまり、私が興味を持ったものを、殿下も知ろうとしてくれたということだ。
少し嬉しくなって、慌ててその気持ちを振り払う。
こんなことで簡単に喜んでどうするのだ。
殿下は、アイーダが好きなのに。
私は本へ視線を戻し、並んだ三種類の薬草を指した。
「この薬草は刺激が一番少ないようですし、肌にも使いやすいかもしれませんね」
ぽつりと言うと、殿下がすぐに身を乗り出した。
「どれだ?」
殿下が私の隣から本を覗き込み、身体が強張る。
「……なるほど。ただ、これだけだと保存が難しいな」
「そ、そうなのですか?」
「ああ。こっちと組み合わせた方がいいかもしれない」
殿下は何でもないことのようにページを指す。私はその横顔を見ないようにしながら、本へ視線を落とした。
……本当に。
どうして今になって、そんなに食いついてくるの。
※ご注意
短編版とは、オチがかなり異なります。ごめんなさい(汗)
短編版の結末がお好きだった方には、好みが分かれるかもしれません。合わなさそうでしたら、どうかご無理なさらずm(_ _)m
なお、ハッピーエンドは確定です。




