第16話 アイーダ視点
その日の午後、学園中を揺らすような噂が広がった。
レイナルド殿下とジュリア・アルバイン侯爵令嬢の婚約が、解消されるらしい。
最初は冗談だと思った。
「本当みたいよ。アルバイン侯爵家から正式に申し入れがあって、国王陛下も了承されたって」
「どうして……?」
そう呟いた次の瞬間、ある考えが浮かんだ。
もしかして、私のため?
そんなはずはないと思うのに、一度浮かんだ考えは消えず、胸が高鳴った。気づけば私はレイの姿を探し、見つけるとそのまま駆け寄っていた。
「レイ……!」
振り返ったレイは、いつもより少し疲れて見えた。
「聞いたよ。ジュリア様との婚約……」
「ああ。アイーダも耳にしたのか……」
思わず一歩近づく。
「レイ……もしかして」
声が震えた。期待してはいけない。そう思うのに、止められない。顔がほころびそうになるのをなんとか抑えて、尋ねた。
「婚約を解消してくれたの……私のため?」
レイは少しだけ目を見開いた。
「いや。婚約解消はジュリアからの申し出だ」
「え?」
「俺が望んだことじゃない」
胸の奥で膨らみかけていたものが、しゅんと萎んだ。
「そっか……でも、レイは婚約を解消したいんだよね?」
そう聞くと、今度はレイがはっきりと眉を寄せた。
「いや。思ったことはない」
「……え?」
今度こそ、意味が分からなかった。
だって、レイは私といるとき、いつも楽しそうだった。ジュリア様と一緒にいるときより、ずっと。それなのに、ジュリア様との婚約を解消したいと思ったことがない?
「あ……そっか」
ようやく一つの答えに思い当たる。
「それって、やっぱりレイが王太子だから?」
「何?」
「だって、王族の結婚って、自分で決められないんでしょう? ジュリア様との婚約だって、家同士で決められたものなんだよね?」
「まあ、そうだが」
「やっぱり……そんなのおかしいよ。好きじゃない相手と結婚しなきゃいけないなんて……!」
「アイーダ……」
「レイは、それで本当にいいの?」
「……王族として生まれた以上、婚姻が国のためにあるのは当然だと思っている」
やっぱりそうなんだと分かって、胸が苦しくなった。
レイは王太子だから、自分が誰を好きなのかなんて関係ないと思っている。国のためなら、自分の気持ちは諦めるものだと思っているんだ。
だったら、私が言わなくちゃ。
このまま何も言わなかったら、レイはきっと、自分の気持ちを押し殺したまま、ジュリア様との婚約をどうにか続けようとしてしまう。
「レイ……私、レイが好きだよ」
レイの目が大きく開いた。
「ずっと好きだったの」
しばらく、何の返事もなかった。レイは驚いたように私を見つめ、やがて唇をわずかに動かした。
「……その気持ちは嬉しい」
「じゃあ、レイも――」
「ごめん。君の気持ちには応えられない」
「……どうして? 私のこと、好きじゃないの?」
「……君と過ごす時間は楽しかった」
「それなら――」
「それでジュリアを傷つけた」
「え? ジュリア様を?」
「ああ。だから、これ以上同じことはできない。これからは、今までみたいに二人で会うのもやめる」
「そんな……」
レイは、私を嫌いだから断ったわけじゃない。今だって、「君と過ごす時間は楽しかった」と言った。ただ、自分の気持ちより責任を選ぼうとしているだけなんだ。
「今までありがとう、アイーダ」
「……レイ」
そのままレイは踵を返し、廊下の角を曲がって見えなくなった。
一人になってからも、胸の中には同じ言葉が残り続けた。
――ジュリアを傷つけたから。
何を? レイと私が一緒にいたこと?
でも、ジュリア様だって、レイを好きだから婚約したわけではないはずだ。それなら――。
「あ……」
もしかして、学園で噂されていたことだろうか。
レイと私がお似合いだとか、王太子妃にはジュリア様より私の方が相応しいとか。それなら、確かに嫌だったかもしれない。ずっと王太子妃になるために頑張ってきたのに、突然現れた私の方が相応しいなんて言われたら、面白くないだろう。
でも、私がそう言わせたわけじゃない。みんなが勝手に言っていただけだ。
それに、ジュリア様自身が婚約の解消を申し出て、国王陛下も了承している。だったら、もうレイと結婚するつもりはないのだろう。
レイは責任感が強いから、自分のせいで婚約が壊れたと思っているんだ。だから、私の気持ちにも応えられないと言った。
それなら、ジュリア様がもうレイと結婚するつもりはないとはっきり言ってくれたら?
そうすれば、レイだって自分を責めなくて済む。
「……私が伝えればいいんだ」
レイが本当は誰を好きなのか。自分の気持ちを諦めてまで、王太子としての責任を果たそうとしていること。
きっとジュリア様にも、それをきちんと話した方がいい。
私が、レイを助けなくちゃ。
やっっと話が進みます……お待たせしました(汗)




