第11話 レイナルド視点
夜会から数日後のことだった。
昼休み、教室へ戻ろうとしたところで、アイーダと親しくしている令嬢たちに呼び止められた。
「殿下、少しよろしいですか?」
「もうすぐアイーダ様のお誕生日でしょう? 何かご予定は立てていらっしゃるのかなと思いまして」
「……誕生日?」
「ご存じなかったのですか?」
「ああ。いつだ?」
日付を聞き、頭の中で予定を確認する。幸い、その日に公務は入っていなかった。
アイーダは寮で暮らしている。ベクター子爵夫妻も、実の両親も遠く離れた土地にいる。せっかく知ったのだから、俺も何かしてやっていいだろう。
何をすれば喜ぶだろうか。
そんなことを考えていた日の放課後、今度はジュリアから声をかけられた。
「殿下。今度のこの日なのですが、少しお時間をいただけませんか?」
示された日付を見て、眉を寄せる。
アイーダの誕生日だった。
「その日は……何かあるのか?」
「大切なお話があります。できれば殿下にもお聞きいただきたいのです」
「そうか……」
緊急の政務なら、ジュリアもそう言うだろう。どうしても俺がいなければならない話なら、日程を動かすこともできない。
だが、そうではないのなら。
「悪い。その日は予定を入れたいんだ。できれば別の日で検討してくれないか?」
ジュリアは一瞬黙った。
「……分かりました」
「すまない」
「いいえ」
いつものように微笑んでいる。
なら、問題ないだろう。
放課後、俺はアイーダに声をかけた。
「アイーダ。この日、空いてるか?」
「え? うん。空いてるけど……どうして?」
「誕生日だろう」
アイーダが目を見開いた。
「どうして知ってるの?」
「君の友人に聞いた」
「そうなんだ。もう、みんなったら……。嬉しい! 何かしてくれるの?」
「そのつもりだ」
アイーダの顔がぱっと明るくなる。
その反応を見て、思っていた以上に期待させてしまったらしいと気づいた。なら、適当に済ませるわけにもいかない。
以前の会話を思い返す。観てみたいと言っていた演目があった。一度行ってみたいと話していた菓子店もある。
誕生日なのだから、贈り物もあった方がいいだろう。
そこまで考えると、当日の予定はすぐに決まった。
そして迎えた誕生日当日。
学園の廊下を歩いていると、ジュリアに呼び止められた。以前話していた大切な件について、今日少し時間が欲しいという。
だが、すでにアイーダとの待ち合わせの時間が迫っていた。
俺が同席しなければならない話ではないことを確認し、もう一度ジュリアに詫びて、その場をあとにした。
待ち合わせ場所へ向かうと、すでにアイーダが待っていた。
「待たせた」
「ううん、今来たところ。……え、この馬車に乗るの?」
「ああ」
「もしかして、レイ専用?」
「そうだが」
「すごい! わあ、中もふかふか!」
馬車へ乗り込んだアイーダは、座席を触ったり窓の外を覗いたりと忙しい。そのはしゃぎようがおかしくて、しばらく笑ってしまった。
その日は、以前アイーダが興味を示していた演目を観に行った。
幕が上がるなり、彼女は食い入るように舞台を見つめ、休憩に入った途端、こちらへ身を乗り出してくる。
「すごかったね! あの場面、どうやってるんだろう?」
「舞台装置だろう」
「それは分かってるけど、そうじゃなくて!」
興奮したまま話し続けるアイーダに相槌を打つ。
観劇そのものには、それほど興味がなかった。それでも、隣でこれだけ楽しそうにされると、退屈はしなかった。
そのあとは、以前アイーダが一度行ってみたいと話していた菓子店へ向かった。
店の看板を見た途端、アイーダが足を止める。
「え、ここ……」
「来てみたいと言っていただろう」
「覚えてたの?」
「それくらいはな」
店へ入ると、アイーダは運ばれてきた菓子を一つひとつ珍しそうに眺めた。
「これ、食べるのがもったいないね」
そう言っていたわりには、最後にはすべて綺麗に食べきっていた。
そして店を出る前に、用意していた小箱を差し出す。
「誕生日の贈り物だ」
「私に? ……開けるね」
蓋を開けたアイーダの目が大きくなる。
中に入っているのは、桃色の花をかたどった髪飾りだった。
女性への贈り物を自分で選ぶのは初めてだった。これまでは必要な贈答品があれば、用意された候補の中から選ぶ程度で、自分で店へ出向いて一から探したことなどない。
今回も何を基準に選べばいいのか分からず、商人にいくつも品を出させた。その中から、アイーダの髪に一番似合いそうだと思ったものを選んだ。
「……こんな素敵な髪飾り、本当にいいの?」
「もちろんだ」
「……すごく綺麗」
アイーダはおそるおそる花弁に触れ、それから俺を見る。
「ありがとう、レイ。大切にするね」
何度も髪飾りを眺める彼女を見ているうちに、胸の奥が満たされていった。
アイーダを寮まで送り届け、王宮へ戻った頃には、すっかり日が暮れていた。
今日一日、アイーダは楽しそうだった。髪飾りの小箱を開けたときの顔を思い出すだけで、自然と頬が緩む。
自室へ戻ろうとしたところで、侍従に呼び止められた。
「レイナルド殿下。国王陛下と王妃陛下がお呼びです」
「今からか? ……分かった。すぐに行く」
何か緊急の案件でもあっただろうか。
歩き出してから、ふとジュリアが話していた件を思い出す。
――もしや、あの話だろうか。
俺がいなくても進められる話だと思っていたが、うまくまとまらなかったのかもしれない。
そう考えながら、父上の執務室へ向かった。




